天下普請
三、天下普請
大久保長安に新兵器の開発を命じたのと同じ頃、家康は南光坊天海とも密議をもっていた。やはり庭の真ん中に緋毛氈を敷いて野点を装っていた。
「今申したことが織田様と語り会うたことじゃ。このすべてとは申さぬが、何としても遂げねばならぬ。が、その前に皆の存念を聞きたい。遠慮はいらぬ、思うところを申せ」
安土城の落成祝いに駆けつけた時に信長と夜通し語り合った二人の夢を、初めて披露したのである。接待役として同席していた明智光秀も、途中までは大賛成であった。
話が深まり、身分制度をどうするかとなって、光秀と信長の意識が真っ向から対立したのであった。古式に則って朝廷を崇める光秀に対し、打ち続く戦乱を鎮められず、また鎮めようともしない朝廷や、虎の威を借る公家など無用の長物と言い切る信長。次第に両者は興奮し、ののしるまでに長い時は必要なかった。
「光秀! おのれはたぐい稀な知恵者だと思うていたが、とんだ食わせ者であったな。タワケは余であったわ! 家康とおのれが余の両腕じゃと思うておったに、猿とかわらぬではないか!」
信長は癇癪をおこして座を立ってしまった。
「日向殿が朝廷を崇めるのは重々承知致す。なれど、織田様の申されることも間違ってはおらぬ。いかがでござろう、も一度とっくと考えてはいただけまいか。織田様が申されたように日向殿は織田様の右腕にござる。この家康を左腕とするなら何より心強い右腕にござる。朝廷に忠義をたてるのは武士の本分にござる。なれど、民を守ることこそが本分ではござるまいか。なるほど織田様は性急に事を進めようとなさる。が、それは先々を見通しておられるからではないか。ここはこの家康がとりなすゆえ、共に新しき世を目指そうではござらぬか」
訥々と説いた言葉は、とうとう光秀には届かなかった。いや、そうではない。光秀には朝廷の勤めが理解できていたはずだし、何もせぬことに矛盾を感じていたはずである。なのに最悪の道を選んでしまった。古来から伝わる絶対の存在に忠義を全うしたのであろう。
稀有の才を二人も失ったことが家康は口惜しくて仕方なかった。
こんどこそそんな愚を再現させてはならないと思うのである。
それを瞑目して聞いていたのが金地院崇伝である。彼は茶頭として話に加わっていた。
そして茶席にもう一人。本多正信が静かに控えていた。
「これが光秀謀反の真相じゃ。だがな、光秀の名誉のために申すが、光秀は謀反人ではない。光秀は惟任を朝廷より賜った。その意味から言えば忠義者である。謀反人というのは猿がことじゃ。……まあよい、新しい国をどう舵取りするか考えるのがそのほうらの務めじゃ」
語り終えて家康は菓子に手を伸ばした。
「お尋ね致しまする。大殿のお言葉、まさに正鵠を射るものでございましょう。なれど、意味を読み解けぬ者がほとんどというのも疑いようのない事実。諸侯の反感をかったなら事は成就いたしませぬ。そうした場合いかがなされるおつもりか」
天海が同じように菓子を取り、軽く会釈しながら盆をそっと正信に廻した。
「じゃからそのほうらに考えよと申しておる。いかが致すが最上か、まとまったら言うてまいれ」
「もし大殿にご不便をおかけすることになったら如何なされます」
「よい、任す」
「手前からもお尋ねしてよろしいか」
碗に茶を取り分けながら崇伝が口を開いた。
「何なりと申せ」
湯をそそぎ、一心に泡立て終えた崇伝が家康の膝元に碗をすすめ、おもむろに続きを切り出した。
「大殿のご心中、よっく承りました。あまりに桁外れなことにて混乱しておるのが偽らざるところにございます。かかる大事を我ら三名にて諮るには荷が重うございます。大殿には誰か目当てがございますか」
「そのほうら三名では無理か。したが他の者ではのう……。誰ぞ目ぼしい者はおらぬかのう……」
崇伝の指摘通り天下の仕組みを一新させる組織を練るには三名では無理かもしれない。とはいえ余の者ではまったく話にならないのである。打ち続く戦乱は武力に長けた者のみ重用し、世を治める人材を育てなかったのである。崇伝の一言に家康は悔いていた。
「誰ぞおらぬか。そのほうらの眼にかなう者の名をあげてみよ」
苦しまぎれに家康は皆に問い返した。
「されば申しあげる。上杉景勝殿と直江兼続殿がよかろうと存ずる」
天海がまなじりを開いて言った。上杉は会津に国替えとなった今も不穏な動きをみせている、家康の敵対勢力なのである。それを推挙するからこそ天海の眼は大きく見開いたのである。
「天海様が上杉殿を推挙されるのなら、手前が真田殿を推挙してもよろしゅうございますな」
崇伝の言う真田とは真田昌幸のことであろう。これもまた豊臣に組する勢力である。
「それがしは伊達殿がよろしいと存ずる。他には前田殿、大谷吉継殿、細川忠興殿」
正信でさえ豊臣方の武将を口にしている。家康にとって心穏やかではないが、かといって家臣の中に彼らと肩を並べられそうな武将はいなかった。
「正宗だけではないか、他は豊臣とつながりが深い者ばかりだ。なさけないことよのう。崇伝、もう一服所望じゃ」
家康はいかにも面白くなさそうに肩を落としていた。
「ではお任せいただきますぞ」
それからほどなくして裏工作が始まったのである。
天下が動くまでにまだ十分な時間があった。徳川に寝返りを促すわけでなく、世の仕組みを一新させるための話し合いであった。
たった半日で大阪城が炎に包まれ、徳川が豊臣から天下を奪い取って三月が過ぎた。
その間に家康は朝廷から征夷大将軍の位を与えられていた。
今日は二条城に諸侯を勢揃いさせている。大広間を埋め尽くすように居並ぶ諸侯を前に、家康はかねて用意させていた構想をぶちあげてみせた。
「皆聞き及んでおろうが、わしは帝に征夷大将軍の位を返上いたした。そればかりか一切の官爵も返上いたした。皆もわしに倣い官爵を返上いたせ。国普請はそこから始まる」
まず労いがあって論功の沙汰でもあるのだろうと誰しもが考えていたのに、そんなことにはまったくふれず家康は皆に官爵返上を申し渡した。
「畏れながらお尋ねいたしまする。官爵返上とはいかなることにござりまするか」
細川忠興が疑念を口にすると、続々と倣う者がでてきた。
「官爵を返上するというのは、帝の家来ではなくなるということじゃ。征夷大将軍の関白のと申したところで、しょせん帝に与えられた身分にすぎぬ。どこまでいっても家来でしかない。わしはそれに甘んじるつもりはない」
「それは帝に弓引くということでござるか」
朝廷とは縁の深かった細川が膝をのりだし、家康に詰め寄った。
「戦などもうたくさんじゃ。なれど、乱れた世を鎮めることもせぬ帝はもはや不要。いちいち帝の機嫌を窺うのはもうやめにいたす」
「そのような恐れ多いことを申してはなりませぬ。いまだかつて帝に楯突いた者など一人もおりませぬ。なにとぞお考え直しを……」
「一人おるではないか、織田様を忘れたか。猿め、織田様の真似をしたつもりだろうが見当違いもはなはだしいわ。織田様は世のありようを変えようとされておった。わしも同じ考えじゃ。さればためにも帝の家来ではおられぬ。ありていに申せば、帝には我らの言いなりになっていただく」
「帝をいいなりになさるおつもりか」
「口足らずであったな。いいなりとは言葉のあや、我らの決めた政を認めていただこうと考えておる。あとは勝手になさるがよい」
「帝に弓引くことはないと……」
「左様な面倒な振る舞いはせぬ。と同時に、支配も受けぬ」
「もうひとつお尋ねいたすが、征夷大将軍を返上なされたとすれば、どのようにして天下に号令を下されるご所存にござりますか」
「ちょうどよい。その儀について皆に諮るつもりであった。だがその前に申し渡すことがある。この儀ばかりは否やは許さぬ。天海、読み上げよ」
ずっとその場に控えていたのに、靄の中から湧き出たように天海が存在を顕わした。
「新たな国普請のための下知である。方々よっくうけたまわるよう」
小柄な体躯のどこから出るのか、しわがれた声は隅々まで染み渡った。言い終えると三方に添えられた書付を掲げた。
「一つ、すべての国主の任を解く。上様御みずから領地を返上めされる。よってこれに背くことは断じてまかりならぬ。ただし、新たに国割りをした上で、国士を定める。国士には幕府から扶持を与えるゆえ領地をもつことを禁ずる」
「お待ち下され。領主はともかく、家臣の行く末をどうお考えでござるか。そこを誤れば天下騒乱は必定。確たる返答をお聞きしとうござる」
黒田長政が驚いて天海をさえぎり、伊達政宗もそれに同調して膝をのりだした。
「慌てるでない、まずは黙って聞いておれ」
長政の若さを笑っていなし、天海は続きを読み上げた。
「家臣は壮士と名を変え、政に専念すべし。国士は壮士を支配してはならぬ。国はその扶持を賄え。更に、壮士は国を発展させるを本文とし、百姓、商人を問わず能ある者を登用すべし。
一つ、日の本の政は国士、ならびに国名主の合議により決する。
国名主はすべての民より選び、幕府より扶持を与える。
一つ、年貢は諸国一律三割とする。その六割を国の資金とし、四割を幕府に収めよ。年貢は全ての者より取り立てよ。寺社であっても特別扱いは許さぬ。
一つ、幕府が許す外は武具の保有を禁ずる。
一つ、謀反はもとより、すべての私闘を禁ずる。
一つ、異国との交易を増やすべし。但し、敵対する意図あれば断固撃退すべし。
一つ、異国の言葉を覚え、異国の進んだ技を取り入れるべし。
一つ、全ての民に読み書き算盤を会得させ、工夫を奨励すべし。
このこと、永代変えるを禁ずる。
まずは以上でござる。この儀に違背せぬよう誓紙を差し出すべし」
天海の読み上げた内容を真に理解できる者は一人だにいなかった。
すべての領主から所領を召し上げ、武具の所有を禁じ、異国の言葉を学べという家康の意図を測りかねるばかりである。それを推し進めたとしたら武士のあり方が全く違ったものになるという漠とした不安が一座を支配していた。
「次に幕府の仕組みを改め申す。よろしいな」
天海の説明が終わると、隣に端座した金地院崇伝が一座に向き直った。天海と同様に三方にのせられた書き付けを取り上げる。
「幕府のあり方もこれまでのことは参考にならんでな。よろしいか。幕府の総帥は上様が就任される。上様が身罷られた後は、国士と国名主の入り札にて決める。よって秀忠様が世継ぎになるとは限らん。同様に、国士が代々国士であるとも限らぬ。国士は領民すべての入り札にて決める。国士でいられるのは十年。再び国士になることは許すが、三度はない。二十年で代替わりとなるゆえ、静かに余生を送るもよし、元老として政を督励するもよし、勝手になさるがよい」
「さて国老だが、それぞれ最も秀でた国士より任ずる。すなわち、開墾奉行であり、河川改修奉行であり、勘定奉行であり、物産振興奉行である。更に、交易、学問、細工、漁労の奉行をおき、異国との交渉をする奉行と、蝦夷との交渉にあたる奉行もおく。特に異国の文物を取り入れるために三浦按針殿に全権を委ね、蝦夷との融和を図るために伊達殿に全権を委ねたい。 又、異国との交易において銀での支払いは最小限にすべし。銅や金での支払いもなるべく避けよ。絹や錦で支払うように致せ。そのほかの奉行は後日任ずることになる。 諸侯が驚かれるように、これは世を一変させる仕組みゆえ、すべての領民が慣れるには時がかかろう。されど、これならば無駄な戦をせずにすむ。暗愚な領主に苦しめられずにすむということじゃ」
「お尋ね申す」
崇伝の甲高い声を野太い声が遮った。大坂方にこの人ありと恐れられた後藤又兵衛である。
「それがし、物心ついてより武門一筋で生きてまいった。これまでの御沙汰なれば武門は不要と存ずるが」
「それは違うぞ後藤殿。あくまで武士を貫くのが第一じゃ。されど天下は定まった。これからは国を富ませることが肝心であろう。それにはすべての民に学ばせることが欠かせぬ。武士とはすなわち仕える者であり守る者である。これまでは諸侯同士が小競り合いをするばかりであったが、もっと大きな目を持ちなされ。我等の知る南蛮国は、遠く国をはなれ、他国を屈服させて富を吸い上げておるようじゃ。更に、日の本の国は黄金の国と呼ばれておるそうな。いずれ邪まな者がやってこよう。それを叩き伏せるのが武士の本分ではござらぬか」
「異国と戦えと申されるか」
「左様。日の本に敵対する国を叩き伏せるのじゃ。やりがいがあろう」
「なるほど! その役目、それがしが承る」
「まあまあ慌てず先の話を聞くがよい」
これこそが家康の国普請であった。あまたの国々を統合した日本を諸侯に認識させ、今でいう選挙によって統治者を選び、教育に力を注ぎ、内政外交を発展させるというものである。
「これが織田様と考えていたことじゃ。織田様は外へ出ようとしておられた。それには開かれた世でのうてはかなわぬ。猿はそれをわかっておらなんだ。所詮、猿真似よ」
晩年、家康はそう語ったという。
それからの日本は太平の世を謳歌し、独自文化を発展させていった。
教育の充実は文化の発展に大いに貢献した。それだけでなく、治水に目覚しい進歩があり、農産物の収量も飛躍的に増えていた。その礎になったのが算術の発展である。
とはいえ太平楽な日々ばかりではなく、年に数度ではあるが異国の船が現れていた。正当な交易を望むこともあれば、威嚇してくる場合もあった。 按針から受け継がれてきた英語。商人から習い覚えたスペイン語やポルトガル語。日本の武士たちはそれを武器に異国と渡り合っていた。
はるかな沖に止まった外洋帆船にむけて、幾丁かの小船が漕ぎ出してゆく。
やがて外洋船の上から水夫が口汚く要求を突きつけた。
「やい土人ども、水と食い物もってこい。早くしねえとぶっ放すぞ」
そして舷側の蓋が落ち、大砲がせり出してきた。
一発撃てば驚くとでも思ったのか、ズドンという音とともに一発発射され、岸辺に大きな水煙が上がった。
「お前たちは交易を望んでいないのか。攻撃するのなら反撃する。すぐに降伏せよ」
小船からかすかに聞こえるのは流暢なスペイン語であった。反撃といっても鉄砲すら持っていないくせに、土人が何を言うかと二発目を発射した。
「よし、これから攻撃する。船を沈めるから早く退船せよ」
そう言うと小船は二手に分かれて遠ざかっていった。頃合いの距離になったのであろう、外洋船に平行にとめた小船が黒鉛に包まれた。
黒煙の中から突如赤黒い炎をひいた物体が飛び出してきた。
だだっ広い横腹を晒していただけに的を外すことはない。四発の物体が舷側で爆発した。始末が悪いことに、粘着性の物体が炎の塊になってあちこちにへばりつき、船体がチロチロと炎に炙られている。
慌てた異人が砲を発射したものの的が小さく、しかも近すぎた。今も昔も砲は水平より下を狙うようになっていない。ズドンという音とともに飛び出た弾は、はるか頭上を越えて岸辺に水柱をたてるだけで、捨て鉢に撃ちかける鉄砲弾は小船に届きもせずにむなしく海に飲み込まれた。
船尾から撃ち込まれた物体は三発。一発は直接船尾で爆発し、一発は船の上空から火の雨を振りまいた。もう一発は船の上空から小石をばらまいた。小石といっても爆発の勢いでばらまかれたのだから鉄砲の弾と同じ威力をもっていた。
ニカワや鳥もちなど粘着性の高い樹脂にたっぷり硫黄が混ぜてあり、しかもごていねいに魚油も満たされていたのでたまらない。燃えないはずの物でさえ炎をあげ、ついには消火を諦めて船を捨てる破目になってしまった。
海に飛び込んだ船乗りに小船が近づき何本もの縄を垂らすと、死にたくなければ掴まれという声が聞こえた。そのまま岸に運ばれ、竹で囲った広場におしこめられた。
暫くして腰に刀を差した部下を従え、頭だった者が広場に入ってきた。
「お前たちは、我々の警告を無視した。なぜあんなことをした。積荷はなにか」
海で聞いた流暢なスペイン語である。土人が生意気にもスペイン語で尋問を始めたのである。船乗り達は馬鹿にされたと思い悪態をつき始めた。
「土人が何言ってやがる。水と食い物を出せ」
「船を沈めた穴埋めはさせるからな。近くに艦隊がいるんだからな、皆殺しにしてやる」
口々に喚きちらしていたが、土人が武器らしいものを持っていないのに気がついた。自分達は腰に短剣を挿している。しかも、腕っ節では一目おかれた者が集まっている。
この土人を殺せば残りは逃げ出すのではないか。愚かにもそう考えた者が何名かいた。
腕に自信のありそうなのが立ち上がり、腰の短剣をかざした。次いで右からも左からも短剣をかざした男がじりじりと詰め寄っているのに、その土人は静かに立ったまま微動だにしない。
「船が沈んだというのに、まだ馬鹿なまねをするのか。今なら許す、その場に座れ」
強がりではなく、教師のような言い方であった。
「俺たちゃなあ、土人の言うことなんざ聞く耳もたねえんだよ」
正面の男が突きかけてきた。
「是非もない。佐伯、二人をたのむ。わしは右の男を倒す。見せしめじゃ、遠慮はいらんぞ」
短く突き出される短剣をかわすでもなく、防御の構えをするでもなく、ただ静かに立ったままで異人を諌めていた男が言うと、付き添っていた武士がすらりと刀を抜いた。
それを見て二人の異人が同時にとびかかった。
半歩下がった従者は右からの攻撃を払っていた。ただこの場合、軽く払うつもりがそのまま籠手を打っていた。一瞬で両断された手首に気付く間もなく、返す刀は左の男の腹から肩口へと駆け走っていた。
ギャーっという悲鳴と、グエッといううめきがほぼ同時にわいていた。手首を落とされたことを知り、激痛を感じるようになったのか、残った片方の手で傷口をかばおうとしている。悲鳴をあげながら膝をついた男に向かい、
「それしきの傷が我慢できぬか。煩い奴だ」
蔑むように呟くと、鋭く刀を走らせた。
ゴトリと地面に転がった首を追うように胴体が崩れた。腹を割かれた男は声すらたてられずにいる。みるみる顔色が土気色に変わり、もう死を待つばかりではあるが、致命部に損傷がなければ苦しみ続けることは明白であった。
「せめてもの情けだ。ありがたく思え」
そう呟いた従者は頚動脈に刀をつきたてた。
一方の頭は、相手の目を見ながら突き出される腕を的確にとらえていた。脅しの突きが続いたあとに相手の目が僅かに下を向いたことで、次が攻撃と見当をつけた。
狙われた足をかるく引いて体を開き、繰り出される腕を掴みながら残った腕を相手の顎に巻きつける。そして、虜を異人の群れによく見えるよう体を回した。
「お前たちは、一度では相手の強さがわからんようだ。これまで出会った異国人の中で一番馬鹿だ。悪いが、馬鹿を相手に話し合うことはない。食料を無駄にするつもりもない。今から皆殺しにしてやるから覚悟しろ」
大声で言い放つと、捕えていた腕をギリギリねじ上げて短剣を奪ってしまった。その短剣を突然腹に突き刺し、横にゆっくり引いた。一度引き抜き、みぞおちに刺した。
それを股にむけて押し切ってゆく。
「どうだ。これが武士の作法だ。苦しむのはかわいそうだから、簡単に死なせてやる」
再び抜いた短剣を首に添わせた。そして、そのまま頚動脈を断ち切ってしまった。
「こんな鈍らな短剣では苦しいだろうが、自分を恨め」
巻きつけていた腕を解いて、短剣を異人の群れに放ってやった。
「次は誰が相手だ。何人でもかまわん。楽に死にたい奴は出ろ」
あいかわらず丸腰のままだが、どこから出るのか辺りを圧する大音声であった。
大人しそうな顔に隠された獰猛さに恐れをなして抵抗する者は一人も出てこなかった。
「初めからそうすれば船を沈めることはなかった。これがお前達のやり方か。外の国でも同じことをしたのだろう」
あらためて問いただすと粛として声もない。
「何を奪った。金か、銀か、銅か」
「……ゴムだ」
弱々しく返事が返ってきた。
「外の積荷は何だ」
「何もない。積んでいたのは脅すための大砲と火薬、それと鉄砲だけだ。ようやくこの島を見つけたところで、これから珍しい物を積むつもりだった」
一人だけきちんとした身なりの男が呻くように言った。従者がかざしている生首から目を背け、きっと死にたくない一心なのだろう。
その男こそ、商船と海賊を使い分けている船長であった。その話によると、遥か西の天竺にある大きな港からやってきたらしい。スペインやポルトガルでは、遥か東の果てに瓦までも黄金でできた島があるとまことしやかに言われているそうで、それが日の本のことだそうである。背が低く大人しい土人がいるばかりで、どこの船であっても交易に応じてくれるともっぱら評判であった。金や銀がなくとも、せめて絹や刀を持ち帰ろうと狙っていたそうである。
しかし、安全だとされていた話は真っ赤な嘘で、ほんの脅しのつもりだったのに船を沈められ、優位に立とうと反撃にでた三人が無残な殺され方をした。その殺し方たるや尋常でなく、一人は首を切り落とされ、一人は瀕死であったのに喉をざっくり掻き切られた。そして、もう一人は自らの手で腹を切り裂かれたのである。こんな非道をする人種に遭遇したのは初めてであった。それに、驚くほど知恵が働くようで、流暢に言葉を操るし、見たことのない兵器を使っている。
いくら悔やんだところでどうなるものではないが、いずれにせよ残された者の運命を暗示されたように思えてならない。
そうしてまた不逞な船と船乗りが誰にも知られずに小さな島国に幽閉されたのである。
ひろく交易を求めるようになって、異国の技術や文化を積極的に取り入れようとはするのだが、来航する多くの船は、半ば海賊まがいの輩で、進んだ技術を求めても益がなくなってきた。こうして異国人を虜にするのは、むしろ攻撃兵器の存在を隠すためであった。