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千代田の密談

 二、千代田の密談


 織田信長が桶狭間で今川義元を討ち取った事件以来、日本の武家社会は大きな方針転換を余儀なくされた。三方ヶ原の戦い然り、長篠の戦い然り。戦の主役は刀槍から鉄砲へと様変わりを始めていたのである。しかし簡単に入手できる代物ではなかったし、仮に鉄砲を用意できても火薬はどうにもならないのである。それとは別次元での理由が一番重要なのかもしれない。それは人命の軽視にあった。財政基盤がしっかりしている大名ばかりではない。むしろ潤沢な資金のある大名が稀なのである。だから鉄砲を買い揃えるより人海戦術で雌雄を決する従来の戦法を捨てられなかったのであった。

 時がたち、秀吉が天下統一を果した頃には鉄砲の数も急激に増えていたが、秀吉でさえその用法を完全に見誤っていた。鉄砲はあくまで鉄砲であり、主戦兵器たりえないという認識でしかなかったのだ。

 もう一つ、天下を掌握した瞬間から守りに転じたことも、大きな理由といえよう。各地に自分を狙う兵器を置かせたくない気持ちが勝ちすぎて意識的に鉄砲を排除してしまった。大々名にさえ鉄砲と火薬の保有量を報告させ、新規に購入や製造を禁じてしまったのである。

 ただ一人、五奉行の筆頭であり、密かに天下を狙う徳川家康のみが、その威力に着目していた。国替えで新たな本拠地となった江戸、千代田城に落ち着いた家康は、本田忠勝、本田正信、大久保長安と榊原正康を集め密議を凝らす日を重ねていた。そしてある日、庭の真ん中に毛氈を敷き、酒に興じるのを装いながらある密命を与えていた。


「織田様亡きあと、へうげ者が天下をとりよったが、いつまで続くものでもあるまい。小賢しい猿ではあるが、所詮織田様の真似事、表っ面しか見ておらん。織田様の考えを一番理解したのは光秀であろう。よく理解したからこそ、その先が受け入れられなんだのであろう。それはともかく、猿めの策は今後も衆を頼んだ力押しであろう。が、奴は寝返りをさせるのに長けておる。そこでじゃ、いずれ来る日のためにさまざまな工夫をしておかねばならぬ。それを考えよ」

 自ら求めて江戸の地に居を移した家康には、天下を掌中にする野望が熾り火のようにくすぶっていた。京・大坂から遠く離れた地であれば、派手なことをしないかぎり咎められることはなかろう。とはいえ、猜疑心の強い猿のことである。細作をもぐりこませていようし、家臣の寝返りを誘っているやもしれぬ。それを欺くためにも、遠い江戸のほうが好都合であった。急ぎ修復させている千代田城でそんな密談が交されているとは誰も思うまい。であればこそ、単なる戦法の研究ではなく、相手を一瞬で打ちのめし、畏怖させる方法を編み出すよう命じたのである。


「工夫と申されるは、何をさすのでござりますか」

 徳川きっての猛将、本田忠勝が興味なさそうに呟きながら素焼きの杯を傾けた。

「思案のかぎりじゃ。身分にこだわらず、忌憚なく申せ」

 家康は機嫌よく忠勝の杯を満たしてやり、畏まっている長安にも杯を干すよう促した。

 忠勝の言いようは家康にとって折り込みずみである。しかし、奇抜な戦術を編み出したとしても、単に命じるだけでは忠勝が従わないことも心得ている。だからこそ忠勝を話の席に加えたのである。


「某は元武田の家臣でござりまする。武田は精強な騎馬武者を擁しておりましたが、信長公の鉄砲に壊滅いたしました。これからの戦は、鉄砲がすべてでございましょう」

 大久保長安が家康をしっかり見据えて言った。常の評定では発言さえ憚られるのに忌憚なく考えを述べよと言われ、こころなし顔色が青ざめていた。


「のう藤十郎。酒も呑まぬ、箸もつけぬでは宴に興じているように見えぬではないか。ここなれば床下で聞き耳をたてる者などおらぬ。このとおり人払いをしてあるのじゃぞ、何を話しているかなど聞けるわけない。もっと楽にせぬとかえって怪しまれるというものじゃ。杯をあけよ。呑めぬことはわかっておる、呑んで酔うたふりをせよ。……そうか、藤十郎は鉄砲を揃えろと申すか」

 家康は宴に似つかわしくない長安の態度をあらためさせ、大きな身振りであいた杯に酒を満たした。遠くから見るかぎり心安い者同士の宴に見えるはずである。が、身振りの大きさとは裏腹に、家康の眼は強い意思をみなぎらせていた。


「愚かなことを申すな藤十郎。鉄砲では戦が決すまい。雨が降れば使えず、近すぎても使えず、一度放てば弾込めに手間取る難儀な代物ではないか」

 忠勝は、長安の唱えた鉄砲主戦論に異を唱えた。確かに威力があり、狙いをつけやすいという利点があるものの、雨に弱く、次発に時間がかかり、白兵戦では役に立たないのも厳然たる事実である。


「されど、弓では兜を射抜くことが適いませぬ。要は用い方かと」

 家康の意を悟った長安は、ぎこちないながら両手を大きく開いて意味のないしぐさをしながら忠勝に反論した。

「なれど矢も弾も同じこと、身を隠されては役に立たぬわ」

「いかにもそれが困りものにございます。されば、……宙で破裂させればいかがでございましょう」

「……藤十郎、顔を洗うてまいれ。破裂させてなんとなる、ただの狼煙玉ではないか」

 作事、築堤に手腕を発揮する長安ではあるが、実戦向きでないことは多くの武将が認めるところである。畑違いに口出しをするなという思いが忠勝にはあった。


「で、ございますから、鉄砲玉の中に礫を詰め込めば八方に飛び散りましょう。それならば身を隠す意味がなくなりましょう」

「愚かなことを……、そのような玉をどうやって作るのじゃ。よしんば玉ができたとして城攻めはどうする。所詮小さき矢玉にすぎぬわ、門さえ崩せぬではないか」

 実際に鉄砲弾では分厚い板を打ち抜くことはできないのである。野戦ならともかく、城攻めには不向きであることは忠勝の言うように明白である。

「それは弾が小さいからでござる。されば弾を大きゅうすれば破れましょう」

「長安、そのほう何を言いたい。存念を申してみよ」

「されば某、これからの戦は鉄砲が主役、刀での打ち合いは時代遅れになろうと存ずる」

「なんと、そのほうは刀を捨てよと申すか。清和源氏以来の武門の誉れを捨てよとか」

 一瞬にして座が凍りついた。忠勝はもちろん榊原正康も杯を口からはなして長安を睨めつけている。家康と正信でさえぎょっとしたように長安を見やっていた。


「いや、止めは刀でのうてはなりますまい。されど、刀には鞘がつきもの。あれが邪魔でしかたございません。それに……、本多様や榊原様のような剛将ならばお困りでございましょう。打ち合えばすぐに刃がボロボロになり、いつまでも斬れるものでもないのが刀の泣き所かと」

 忠勝と正康の動きが止まった。図星だったのだ。

 将である二人は、いつも騎馬で闘いに臨んでいたのだが、刀を振るっていては雑兵の槍先をかわすことしかできないので、主に手槍を使っていたのだ。それに、組討にもちこまれること自体、周囲から襲われる危険を招くという意味では負けなのだ。数々の修羅場をくぐってきただけあって、二人にはグゥの音も出ないことだったのだ。


「のう長安、このような思案はどうじゃな。鉄砲に穂先を括り付ければどうであろうか、手槍ほどの長さになろう」

 それまで黙って二人のやりとりを聞いていた正信が言った。それならば遠目には短槍に見間違えるだろうとの意味合いである。が、言いながら正信は、それで白兵戦に対応できるのではないかと考えていた。


「それは良い工夫でござりまする」

 長安は、大仰に膝を打ってみせた。

「されど、先ほどから忠勝様が仰せのように鉄砲弾では矢と同じ意味しかございません。大きな鉄砲であっても矢が大きゅうなるだけでござりまする。弾を破裂させるなど考えようがございません」

 長安は思わぬ正信の助け舟をありがたく思いながら、弾が実現可能とも思っていない。


「ならば何といたす」

「弾を破裂させるには、弾の中に焔硝を詰めねばなりますまい。されど鉄や鉛弾ではそのようなことはできませぬし、大きな鉄砲を作ることが適うか、まことに心もとないことでござりまする。そこで某に思案がござりまするが、皆様に誹られそうで……」

「何じゃ、申してみよ」

「されば、弾が自らとぶようにすればよいではござりませぬか」

「自らとはどういうことじゃ」

「まだそこまでは思案がとどいておりませぬ」

 首筋に手をやって恥ずかしそうに長安が言った。

「自ら飛ぶのう、いったいどのようなことかのう。鉄砲が無うてもかまわぬということであろうか、意味がわからぬのう」

 正信は難しい顔を仰向けた。

「正信も愚かなことよ、勝手に飛ぶ弾などあるものか」

 忠勝が正信を笑った。

「されど忠勝様、鉄砲を放つ時に肩を強く叩かれる心地が致します。もしも、筒の中に棒でも入れて弾が動かぬようにしたなら、鉄砲が跳んでも不思議ではありますまい」

 自信なさげに長安が言った。

「長安、かまわぬ。思うところを申してみよ」

 正信は続きを促した。そのような発想は誰もしたことがなかったからである。


「たとえば、竹の中に焔硝を詰めれば飛ぶのではないでしょうか。竹ならば容易に割れましょうし、外に切れ込みを刻めばより割れ易うなりましょう。焔硝の詰め方しだいで届く先が変わるのではないかとも考えまする」

 意を決したように長安が言った。

「ならば問う。仮に飛んだとして焔硝をどうする。鉄砲の値は張るが、焔硝とて同じこと。あればかりは堺から取り寄せねばならぬ。そうなれば戦仕度が露見しよう」

「その義なれば思案がございます。少しばかり時はかかりますが、作る方法がございます。又、太閤に疎まれている納屋衆を通じて異国から取り寄せることもできましょう」

「納屋衆のう、我等に加担いたすであろうか」

「説き伏せるしかございますまい。その費えなれば山から掘り出してごらんに入れ申す」


「よし、なれば忠勝は手槍隊を鍛えよ。正信は長安が働けるよう手配りいたせ。このこと、かまえて他言いたすな。細作の目がある。寝返りで露見してもつまらぬ。よいな」

 実を結ぶかどうかを思案するよりも、他の陣営では考えつかない戦法が見えてきたことを受け、家康が断を下した。


「お待ち下され。忠勝様、正信はようござる。籐十郎もようござる。されど某に何のご下命もないのは合点がまいりませぬ」

 じっと黙って成り行きを聞いていた正康が顔を朱に染めて家康にくってかかった。

「早まるでない正康。正信と長安は戦働きを得手としておらん。されば、陣立てを編み出すのは忠勝と正康の勤めではないか。長安がどんなものを作るかわからぬでは出番はあるまい。それより、気取られることのないように致せ」



 時が移り、秀吉が世を去った。翌年には前田利家が生涯を閉じた。


 信長の思想を具現すべく朝鮮に出兵したはいいが、秀吉は、何も得るものとてなく無駄な浪費と無益な出血を繰り返した。そんな労力を新田開発に振り向ければ年貢を軽くできようにと、家康がせせら笑っうほどに無益な戦ではあった。

 秀吉は朝鮮で初歩的なロケット兵器で攻撃されているが、如何せん、その兵器が何物であるかを全く知らないために、何も学ばなかったのである。ただ、その話を伝え聞いた長安は、不発弾であれ持ち帰ってくれたならと口惜しがっていた。 唯一の安心材料は、それが空飛ぶ槍にすぎなかったことで、炸裂させる能力を備えていないことであった。


 火薬についての基礎知識がほとんどない状況にあって固体ロケットを作ることは困難を極めた。ただ火薬を詰めただけでは一瞬に爆発してしまう。連続して燃焼させるにはどうすればよいか。試行錯誤を繰り返すしかなかったのである。しかも、燃焼の方向を一線上に収束させなければならないのだ。ノイマン効果など世界のどこを探しても考案されていない時代のことだ、現代でいうところの、ホールラードゥングが開発されるまでには遥かな時が必要だが、しかし、調合や詰め方などを気が遠くなるほど試すうちに、安定して燃焼する組み合わせがみつかった。そうなれば、あとは量の問題である。

 焔硝が高価なために小規模の実験しかできないことが幸いし、何人もが暴発で指をふきとばされながらも死者を伴う大事故にはいたらず、一応の完成をみたのであった。


 同時に、硝石栽培を大規模に着手していた。そればかりか、領地の村々を廻っては便槽の周囲から土を剥ぎ取ることさえしていた。

 硝石の得られる土地は限られていて、いかに納屋衆が異国との交易をしているからといって手軽に入手できるものではない。ましてや硝石確保のために国家間の争いがおきるのである。しかし、わずかながら希望はあった。伊賀組が火薬製造の技を身に着けていたのである。その勧めで便槽の土を剥いでいたのだ。しかしそれでは量が足りない。ならば作るしかないということで、肥やしを作るという名目で硝石畑を作っていた。

 畑を一枚召し上げて藁を敷き詰め、来る日も来る日も小便を撒き続けたのである。三年過ぎた頃から結晶化した成分がとれ始めた。長安はそれを商人から買う二割ほどの値で引き取ったのだが、それでも百姓には法外な値であった。そうなると現金なもので我もわれもと栽培にのりだす者が相次ぎ、やがて火薬の心配をする必要がなくなったのである。

 おりしも、豊後臼杵に異国船が漂着する騒ぎがあった。その後大坂に回航されたのだが、淀は厄介払いを望んでいたので、珍しい品を献上させただけで家康に船員を含めた船すべてを下げ渡してしまった。喜んだのは長安である。異国の新しい技術を得られるのではないかと熱心に家康にはたらきかけ、ほどなく船は浦賀へ回航を許されてきた。


 長安は狂喜していた。船の形が違う。帆の形や数が違う。それだけでも得られるものは計り知れないというのに、積荷や備品、こまごまとした日用品ですら驚きの連続であった。それを一つ一つ長安は模写し、何に使うかを書き留めていた。

 当然、船大工が集められて船体の模写と採寸をし、甲板では大砲の模写もすすめていた。それがすむと修復にとりかかったのだが、どうにも手に負えないところが修理できないままである。

 修復を終えた船体を点検していた異人たちは揃って肩を落としていた。回航した時のような穏やかな海ならともかく、外洋を行くには耐えられないらしく、 僅かに生き延びた二十名ほどの異人の落胆は気の毒であった。

 一方で、家康も長安も彼らを家来にしようと目論んでいたので好都合である。


 都合のよいことに、以前からいた宣教師たちは彼らと敵対関係にある国からやってきたらしく、即刻処刑するように家康に迫っていた。それが追い風となったのだろうか、帰国を諦めた彼らは、家康の庇護を仰ぐのが唯一生きながらえる方法であった。


 互いに気持ちが通じるようになると言葉を教えあうことになり、長安の奔走により多くの若者が集められた。一方で長安は、最も親しくなったウィリアム・アダムスを独り占めして装備品のことを詳しく尋ねていた。わけてもガマの穂に似た物が木箱にぎっしり詰まっているのが気になっていた。一間ほどのまっすぐな棒と黒塗りの寸胴が組み合うようになっている。寸胴の先から火縄がのぞいていて、反対側には先の尖った蓋がついていた。


 これこそが、長安が求めていた火矢であった。その数三百五十本。そして十八門の大砲。

 それより重要なのは、西洋の航海術や軍事技術などを知ることができたことである。

 家康が驚いたのは、一大名が保有している鉄砲が、イギリス一国の保有量を凌駕していることである。そして、西洋の国々は他国を侵略して繁栄を目論んでいることであり、すでに天竺は西洋の植民地になってしまったという事実であった。いきなり攻撃する場合もあるだろうが、宣教師を送り込み、徐々に国を乗っ取ることをしていることも知った。そういうことならば異人達の役割はおのずと決まってくる。それが家康の戦略である。


 わけても長安の知識欲は底なしであった。片言の言葉を覚えると西洋の技術を知ろうとやっきになっていた。軍事技術などは別として、さまざまな技術を習得しようとしたのであるが、相手が船員だけに詳しいことはわからない。ただ、所蔵品の中にあった辞書を読んでくれるのをじっと聞いていた。

 特に大きな興味を引いたのは燃料の違いである。燃料というのは製鉄に使用する燃料のことで、異国では燃える石があるという。それを使えば鉄さえ熔かすことができるらしく、熔かした鉄で簡単に道具を作ることができるらしい。それに反して、自分達には炭しかなかった。しかし、その炭で作った刀が見事に異国の剣を断ち切ってしまう。それには異人が驚いた。


 そのリーフデ号の積荷にも長安は興味を示していた。家康の許しを得て解体してみると、何度も失敗していた原因が一目瞭然であった。どうしても一度に爆発してしまう解決策がそこにあった。つまり、火薬の燃焼速度を遅くし、連続燃焼させるための火薬の調合や装薬方法である。ただし、本体には長い棒が付いている。安定した飛行姿勢を得るための方法だそうだが、一間近い長さの物では運搬が容易ではない。ただ飛行姿勢を安定させるだけなら別の方法もあるだろうと長安は直感した。そして、その弾体は破裂する能力を備えていない。しかし、試射してみると鉄砲では届かない場所にまで見事に飛んでゆく。長安が作り上げた物とは雲泥の差である。とはいえ、試行錯誤を繰り返した分だけ理解は深い。異国の技術を取り入れるとたちまちのうちに試作品を作ってしまった。少し違うのは弾体が竹製であることと、先端に炸薬が詰められていることである。そして、長安の考案した試作品には長い棒がついておらず、その代わりとして矢羽を模したものがついていた。


 早速試射したのだが方向が安定せず、勝手気ままな方角に飛び去ってしまった。

 どうすれば解決するかわからないまま尾羽の大きさを変え、先端を粘土で整形して幾分かの改善がみられた。が、まだ狙いをつけるには程遠い。次々に要求される試作品作りは混乱していた。

 あるとき、未熟な職人が尾羽を斜めに取り付けてしまったのだが、それは錐をもむように回転しながらまっすぐに飛んでいった。こうして国産初のミサイルが完成したのである。


  弾体を炸裂させる時間は、導火線の長さを調整することで解決できたし、弾体にする竹をロクロで削ることが可能になると、一層精度が増したのである。そのかわり思いもかけない問題が表面化した。運搬に不便なばかりでなく、安定した燃焼を持続できないものが半数もあった。つまり火薬がとても敏感だったのだ。しかし、それを差し引いても、矢玉の届かない場所からの攻撃が可能になったのである。

 そんな家康の戦略を知る由もない他の大名は、秀吉亡き世の趨勢を見極めることに必死であった。


 じっくり体力を蓄えてきた家康は、時至れりとばかりに些細なことに難癖をつけて天下奪取に着手した。

 関ヶ原の戦いは、家康の戦略を試すのに格好の機会であった。旧態依然とした軍勢が狭い範囲にひしめく野戦に誘い出したのだ。

 家康が野戦を好むということは大坂方にはわかっている。でありながら誘いに乗った理由は、この際、一気に決着をつけようと考えたからだ。軍勢の数で勝り、後ろ盾となる大名の数でも勝っている。その上、遠路を行軍してきた家康に対し、大坂方将兵は疲れていない。押し包んで一気に揉み潰すことができるとふんだのだ。


 当時は、総大将を討ち取れば勝敗が決したとされていた。つまり、いきなり敵将を亡き者にすれば無駄な人死にを防ぐことができる。そのためには馬印、旗印を狙えばよいのだが、それでは遺恨を残すことになる。いずれ平定した天下を覆す動きにつながることもあろう。が、家康は全く意に介していなかった。



 大坂方の名義人である毛利輝元の陣を二発のミサイルが襲った。どちらも頭上はるかに飛び去っていった。三発目は頭上すれすれを飛び去り、一瞬後に炸裂した。その時点でもその兵器が何なのかわからない毛利方将兵は動ずることなく、眼下で始まった小競り合いを注視しているのか目立った動きをみせなかった。


「火縄を五分摘めよ、総大将はそれでよい。合図するまで待て。二番隊、三成を狙え」

 火覆いで頭部をすっぽり覆った山内一豊は、いたって軽装であった。甲冑も具足も着けず、鎖帷子と小袖のみである。配下も同じように鎖帷子の上に浅葱色の小袖を着て、同じ色の頭巾で頭部を覆っている。異人の服装を見習った筒袖は素早い動作に都合がよく、同じような細袴も兵には好評であった。自らを守る武器を最低限しか持たないことは、擬態を工夫する上で非常に役立っている。その二番隊が三成の陣に狙いを定めた。続いて三番隊が宇喜田秀家の陣に狙いを定めた。各隊は五十名。それぞれ一貫目の弾を四発背負っているので合計二百発である。試射でいくらか失ったがほとんど消耗していない。


「よいか、三発目の狼煙玉が上がると、寄せ手は一旦引き下がる手筈じゃ。三発目を合図に一斉に放て。遠すぎたら火縄を摘めよ。近すぎたら伸ばせ。五発ごとに一休みじゃ」


 パッ、パッと二発の狼煙玉が宙ではじけ、一息間をおいて三発目の狼煙玉がはじけた。

 それを合図に、僅かに押されていた一隊がじわじわと後退を始めた。


「黒田隊、細川隊下がりました。福島隊、京極隊、田中隊も下がっております」

 木に登って戦況を見守っていた物見の叫び声が聞こえると、じっと合図を待っていた一豊の右手が上がった。

「よし、放て!」

  大声で叫ぶと同時に右手をサッと振り下ろした。

 長い棒の先で揺れていた炎が一舐めするとブシューという音をたてて真っ黒な煙を吐きながら史上初のミサイルが飛び出した。

 

 矢玉のはるかに届かない山あいに突如煙が沸き立ち、真っ黒な煙を吹き出しながら轟音とともに飛び来るものがある。それが何を意味するのか、西軍はもとより東軍の武将ですら知る者は少ない。

 呆然と眺めていた輝元の後ろで突如それが破裂し、陣幕の後ろに繋いであった馬が何頭か一度に倒れた。他の馬も轟音と飛来する礫に驚き総立ちになっている。

「うろたえるな、様子を見てまいれ」

 輝元の叱声は続いて飛来したミサイルの炸裂音にかき消され、輝元は馬と同じ運命をたどっていた。


 宇喜田の陣も三成の陣も同じように雷が落ちたかのように防ぐことのできない攻撃にさらされていた。

 それからの西軍は統一した指揮が下されなくなり、毛利勢も石田勢も浮き足立つばかりで陣払いを始めた。

 驚いたのは西軍諸将である。総大将の陣払いとなれば敗戦が確定したようなものだからだ。しかし、まだ小競り合いすらしていないというのに陣払いとはどういうことか。狐につままれたようではあるが、敵軍の只中で孤立する不利をきらい、慌しく陣払いを始めた。しかし、そうして一斉に大坂をめざすに難問が立ちふさがった。

 いくら荷物を捨てたとはいえ、狭い街道にひしめく人の群れである。遅々として進まぬばかりか指揮が伝わらないために誰が殿軍なのかすら決まっていない。


「中ほどに一発撃ち込め。降参する者を殺してはならん」

 本陣にいる家康がうっそり呟いた。


 この日の戦、総勢二十万もの兵が戦ったというのに僅か一時間ほどで勝敗が決っしてしまった。旧来の戦なら早くても夕刻、夜陰に乗じての攻撃を繰り返し、神経戦を何日にもわたって繰り返していたことだろう。どう贔屓目にみても二日や三日では決着がつかない、というのがほとんどの将士のみるところであった。なぜこのような結果になったのか。その理由は兵器と戦術に尽きると家康は確信していた。あの剛勇を誇る本多忠勝でさえ長安の意を汲み、鉄砲のみで組織した一隊をひきいて戦っていた。華々しく敵将の首級をあげることを考えず、ただ味方の犠牲を減らし、敵の気勢を喪失させるのが目的の一隊である。  

 忠勝にとって恩白いはずはないが、律儀者である忠勝は見事にその役割に徹したのである。

 別行動をとって中仙道を来た秀忠に随行している按針が一番驚いていた。辺境の島に住む未開人が、前代未聞の兵器を開発してしまったことを目撃したからである。


 それから十年。朝廷から征夷大将軍の位を授けられた家康は、豊臣壊滅のための大坂攻めにうってでた。十年の歳月は新式兵器を開発するのに十分すぎる時間があった。飛行距離を伸ばし、破壊力を増し、焼夷効果をもたせ、目くらましも可能にした。もちろんその技術は味方といえども内密にされている。おびただしい細作が放たれていたのだが、すべてが偽物を掴まされて姿をくらましていた。



 城攻めの要諦は総大将の殺害か捕獲に尽きる。それを家康は実行した。

 布陣図にしたがって包囲が整ったことを茶臼山から俯瞰すると、家康は脇に控える正信に攻撃合図を送るよう軍扇を翻した。

 真田信繁が守る真田丸、そして大野長冶の陣が真っ先に狙われた。

 黒鉛を吐いて敵陣上空に飛び込んだミサイルがはじける。しかし、関ヶ原の教訓が徹底していたようで竹束に身を隠してさしたる損害を与えていない。

 茶臼山から俯瞰していた正信は、硫黄と油を混ぜた弾体を撃ち込むことにした。


 轟音とともに飛び来たったミサイルが破裂した。

 礫がばらまかれるものと竹束に隠れたところ、破裂と同時に火球が噴出した。ベトベトした泥のようなものが燃えながら飛び散っている。竹束はもちろん、旗指物も具足も燃え出すありさまで、弾よけのための竹束は盛んに火をふき、遮蔽物の用をなさなくなっていた。慌てて塹壕に飛び込むと煙弾で目隠しが始まる。身動きできないまま鉄砲隊の接近を許してしまった。次いで攻城兵器が天主めがけて四方から突入した。

 その戦略は、途中の陣を無視して純粋に攻撃対象を絞っている。自分達が無視され、総大将が狙われている。総大将が崩れたら無傷の軍勢はどうすればよいのか。天守への侵入を防ぐために配置された将兵の胸中は複雑である。


「豊臣方の衆、投降する者の罪は問わぬ。徳川様はまったく違う世を作るおつもりじゃ。そのために有能な士がいくらでも必要になる。徳川に力を貸せ。あくまで刃向かうならやむを得ぬ、総攻撃をかけるしかないが、死んで何とする。暫時攻撃を休む。陣を捨てて投降されよ。狼煙玉を三発あげる。三発目が攻撃を始める合図とする。しかとお伝え申したぞ」

 対峙する陣に伝令が走り、正信の言葉が正確に伝えられた。

 豊臣方にとってその言葉が真実なのか諮りかねるが、いきなり天守を攻撃されるのを目のあたりにして対処に困っていた。


 シュルシュルと一発目の狼煙玉が茶臼山にあがると、谷町口に陣を敷いていた織田長頼と、農人橋を守っていた塙直之が。二発目で大谷、長宗我部、明石が欠けた。そして三発目が上がった。ひしめいていた旗指物が突然崩れ、後藤基次の軍勢が思案橋を渡って旗指物を横に寝かすと、それに呼応するかのように真田丸の旗指物も寝かされた。牢人衆として豊臣方に組したはいいが、軍議での主張を一切黙殺されたことを快く思っていない者ばかりで、豊臣に対する忠誠心などない者ばかりである。関ヶ原以降の処遇に不満を抱いていたにすぎないのだから覚悟が違う。


「大野長冶を狙え、焼き尽くしてやるのじゃ。後の世普請に不要な奴じゃ」

 家康がうっそりと呟いた。

「大野長冶の陣。硫黄弾を放て」

 正信が鞭で攻撃をかける陣を指した。


 轟音を轟かせてミサイルが飛び去ると次の指示をだした。

「あと五発放て。その後は炸裂弾を五発。石火矢を十発。敵陣が火に包まれたら炸裂弾を放て。長冶の陣はそれでよい。次は天守に石火矢を見舞え。穴があいたら硫黄弾を撃ち込め。城が燃えれば勝敗は決したも同じ。雑魚は無視せよ」

 正信はそう指示を下すと、家康と酒盛りを始めた。


 狭い範囲に立て続けに石火矢が命中すると、漆喰に塗り固められた天主の壁に大きな亀裂が走った。更に命中する石火矢の激震でポッカリ穴があき、そこに飛び込んだ硫黄弾が一面を火の海にしてゆく。 秀頼親子の消息を心配する必要などまったくない。死ねば幸い、生きながらえたとしても拠り所をなくしてしまえば生きられない。仮に牢人を組織しようにも領国はなく、いずれ世に知れることは間違いないし、蜂起できぬよう世の仕組みを一新させるつもりなのだから。


 大天守で成り行きを窺っていた淀は、たった数発の攻撃で牢人衆の中枢にあたる五手組が寝返るのを憤怒の形相で睨んでいたが、大野長冶の陣に攻撃が始まり、いっさい抵抗できぬ間に火達磨になったのを知ると、急に怖気に襲われた。外に出れば火にまかれ、身を低く蹲れば炸裂弾に蜂の巣にされ、堅牢な砦に逃げ込んでも石火矢で叩き壊されてしまう。まさにこの世の地獄絵図であった。そして、天主の中段に石火矢が集中しだすと、いてもたってもいられなくなり、慌てて下へ降りるしか考えられなかった。

 やがて硫黄弾が崩れた壁から突入し、一面を火の海にしてしまった。難攻不落といわれた大坂城がいとも簡単に落ちようとしている。想像を絶するめまぐるしさに淀は言葉を失っていた。こんな結果が予想できたなら家康の提案を呑んでおけばよかったと、たちこめる煙にむせながら淀と秀頼はいまさら噛めない臍を噛んでいた。


 大野長冶の指示が途絶えたことで、一旗あげるために参集した牢人衆の抵抗がやんだ。有力な武将が少ないなかで、全体を指揮していたのは大野長冶だったから当然のことで、牢人衆は次にくる残党狩りを生き延びる算段を始めていたのである。いかに無抵抗であれば殺さないと叫んでみても、戦の帰趨が決したとなれば信用できるものではない。それに、論功を考えれば、たとえわずかでも敵の人数を減らさねば功に報いることができないこともわかっていた。あまつさえ絶対不落と豪語していた城が紅蓮の炎に包まれている。噂にきく抜け道をたどったとしても蟻の這い出る隙間もない布陣である。万に一つの僥倖で淀と秀頼が生き延びたとして、誰が豊臣を盛り上げる後ろ盾になるだろうか。誰の目にも豊臣の天下が崩れ去ったことを事実ととらえるしかない光景であった。







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