表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/18

心のやいば

 十八 心のやいば


 アメリカのだまし討ちに端を発した戦争が終結した。しかしそれは対米戦争である。不可侵条約を破り、開戦通告なしに侵攻したソビエトとの闘いは終わっていない。ハバロフスクを占領され、樺太を拠点に沿海州を占領されたソビエトは海洋進出の手段を失っている。

 黒海から地中海に出ようにもトルコが、ギリシャがソビエト艦隊を黒海に封じ込めている。残るは北海しかないが、ドイツやイギリスがそれを許さない。

 日本はソビエトを、スターリンを許していないのである。しかし、ソビエトは広い。アメリカでさえ攻略など不可能なのに、ソビエトに侵攻して何ができるというのか。いかに人の住めない森林原野ばかりであっても、それを潰してまわるわけにはいかない。ではどうするかということで、海上進出を封止したのである。

 同時に、ソビエトに併合された民族国家に分離独立をそそのかしていた。ソビエトというのは小さな共和国の連合体である。その外周にあたる国を独立させてソビエトを弱体化しようという戦略である。いまさら分離独立など画策しようものならスターリンが黙っていまい。しかし、ソビエト軍とはいえ、元をただせば共和国の軍隊である。自分の属する共和国が独立を目指しているとき、他の共和国を鎮圧するようスターリンからの命令があったとして、はたして命令に従うだろうか。それを説いているのである。

 そうやってスターリンの逃げ場所を狭めながら、クレムリンを直接攻撃する準備が進められていた。


 そしてもう一国、困った国がある。それが中国である。

 清朝崩壊後、紆余曲折を経て共産主義が台頭し、ようやく国内が安定するきざしがあったのに、お約束のように内部抗争が始まり毛沢東と蒋介石が国を二分する勢力に成長した。それに目をつけたのがアメリカ諜報部であった。双方が国内で繰り広げる無駄な闘争を外へ向けさせようと、台湾乗っ取りをもちかけたのである。トルーマン政権下で行われた工作なのだが、アイゼンハワーの政策を受け入れられない強硬派議員と、軍需産業で成長をとげた財閥が暗躍している。さらに、日本によって既得権益を剥奪された企業も影になり陽になりしてそれを支えている。いずれにせよそういった不穏な活動は非合法であり、消滅するのに多くの時間を要しなかった。他人を屈服させて利益を得ることを当然のこととしてきた歴史がそうさせるのだろう。もしかすれば、遺伝子レベルの問題かもしれない。

 ところが、中国はそれを真に受けてしまった。すでに中国内部の抗争は毛沢東が有利に展開していて、全土の七割を支配したといってよかった。対する蒋介石は、地方部族に呼びかけて挽回を図ろうとするものの形勢を好転させることができず、沿海部を中心に勢力を維持しているにすぎない。

 そこへ横から悪知恵をつけられたのだからたまらない。

 中国本土を毛沢東に譲り、蒋介石に台湾を譲る。そんな話し合いが裏でできあがってしまった。

 なるほど中国本土は広く、じっくり国づくりに取り組めば豊かな国にできるだろう。対する台湾は、国土こそ狭いが気候に恵まれた土地であるうえに、日本からの進んだ産業や技術が備わっている。蒋介石にとって損な取引では決してない。


 北は上海から南は広州まで。ありとあらゆる港から一斉に小船が漕ぎ出した。ほとんどがジャンクで、鈴なりに人が乗っている。ほんに小さな小船にも船端が沈みそうなほど人が乗っている。あるものは大きな帆の力を借り、あるものは交代で櫓を漕いで。僅かばかりの財産といえば、当面の食料と鉄なべくらいである。

 各地から一斉に漕ぎ出した船は、申し合わせたように台湾をめざしていた。見るからに本土を追われて逃げ出した難民の群れである。女子供をまじえているだけに無下に上陸を拒むこともできず、台湾では対応に困惑していた。

 やがて居留地を抜け出し、各地の居留地と連絡を取り合うようになり、どこで手に入れたか小銃を隠し持つようになった。


 知らないのは台湾の当局者だけで、難民を装った国民党軍は本来の目的のため蜂起したのである。

 台北から新竹にかけての平地に分散収容されていた中国兵は沿海部の村々を襲い、住民を虐殺しながら台北を占拠せんと乱暴の限りをつくしていた。

 中国兵は、もとより台湾社会に同化するつもりなどまったくない。蒋介石自身が毛沢東との密約で自分の王国にするつもりなのである。

 しかし、皆殺しとなった村からどうやって悲報を発することができようか。台湾当局の盲点をついた蛮行であった。つまり、蒋介石の戦略は大成功だったのである。


 各地を行商している商人と、資材運搬船が最初に異変を感じたのだが、すでに多くの村が全滅の憂き目に遭っていた。急を知って駆けつけた軍も逆に掃討され、にわかに台湾国内で戦火がジワジワ拡散していった。


 台湾からの悲報が東南アジア各国にもたらされた。もちろん日本にも。

 防衛に関する相互条約を結んでいる各国から支援兵力がもたらされたのだが、いかんせん、各国は独立後間もない状態である。これから国力を増強し、軍備は後回しなのである。近隣同士でくだらぬ消耗戦を引き起こさないために相互不可侵条約を結んだのである。国を追われたとはいえ国民党軍は規模も、装備も違っていた。それに戦闘経験が豊富なのである。東南アジア各国の軍隊など、各個撃破されてしまった。


 日本は……。

 対米戦争がひとまず終結して、戦後処理に大わらわだったのである。経済的損失を取り戻すのは先延ばしにして、アメリカの法律を変更させている最中であった。外地に駐屯している部隊も早く帰国させ、日常生活に戻してやらねばならない。つまり、問題が山積していた。しかし、今回は軍より議会の決断が早かった。いや、迅速だった。

 そうではない、武士の魂が息を吹き返したのである。

 武器を持とうが持つまいが、力があろうがなかろうが、武士であればこそ、いや、人であるかぎり奮い立たねばならん。議会がそう決していた。それに、議会が意思決定を下すより早く、ラジオが台湾情勢を流していた。

 アメリカが戦争をしかけた時、国民は信じられないという思いを少なからず抱いたものである。絶対に許してはいけないけれど、相手が謝罪するのを待つ余裕があった。北海道沖の戦いでも似たようなものである。いいかげんに諦めたらいいのにとさえ思っていたのである。しかし、国民党軍に対してはそうではなかった。

 皆殺し。そのあまりに陰惨な手口を認める者など一人もいない。



「総務、議会の決定はご覧のとおりです。速やかに台湾へ出兵していただく。今回は特に付帯決議がありますでな、中途半端なことでは困る。講和など認めませんぞ」


 議会を緊急招集し、夜遅くに始まった議会は、付帯決議を付けるつけないで意見集約に手間取ったために徹夜審議となっていた。目を赤くした議長は、一部始終を知っている総務に重々しく念を押した。


「もちろんです。こんな野蛮なことを許すわけにはいかん。準備できしだい出発させます。いいな、石原君」


 即答があるものと思っていたのが裏切られて総務が脇を見ると、参謀総長は陸海軍長官と段取りを煮詰めている最中であった。


「石原君、参謀総長。話を聞いていないのかね」


「申しわけありません。行く行かないの段階はすでに決定しましたので、具体的なことを煮詰めないといけませんので」


 にべもない返事が戻ってきた。


「その言い方はないだろう。せめていつなら出発できるか議長に説明をだなぁ」


「うるさい! ただ行くわけにはいかないから知恵を絞っているのですよ。ここは専門家にまかせて黙っていなさい」


 石原は殺気立っていた。こんどの出兵は陸兵なくして成り立たない。その陸兵をどこからもってくるかが問題なのである。


「ですからねぇ参謀総長、まず航空隊を高雄と花蓮に飛ばせて、航空攻撃をかけましょう。戦線を北部にしぼりこんで南下を阻止します。同時に海上へ逃げられないように封鎖。海上から市街地を締め付けると同時に陸さんが東西から押し込む。どうですか、今村さん」


 井上海軍長官は、地図を指しながら陸軍長官の同意を求めた。ただ、二人は共に住民救出の困難さを感じている。今村が難しい顔でいるのは、決定的な打開策がないからであった。


「……それが一番でしょうな。しかし困った問題があります。まず、戦車の数が足りないのです。よしんば数がそろったにせよ、戦車兵が足らん。東西から押し込むと、こんどは山岳戦になります。となれば山越えをされる危険がある。それまでに住民を避難させられるか。……そこに自信がもてんのですよ」


 今村は背もたれに身を預けてポケットをさぐった。しかし空になった包みしかない。


「当てがないわけではないが、ここは井上君が交渉してくれんか」


 石原は、今村に真新しいたばこを放り、自分も一本。


「名案がありますか?」


 井上が疲れた目を向けた。


「ロンメルとソビエト戦車だよ。機動戦ならロンメルが最適だろう、なにより実戦経験がものをいう」


「ロンメルが手伝ってくれますかねぇ。それに、ソビエト戦車は整備が必要でしょう」


「当たって砕けろという言葉を忘れたかね? そんなことは序の口だよ、まだ驚くことがある」


「どんなことですか?」


「台湾の指導者だよ。現時点で台湾には強力な指導者がおらん。だから、しっかりした指導者を据えねばいかん」


「その口ぶりだと目当てがいると聞こえますが。……総長、まさか……。嘘ですよね、いくら謀略の専門家だからって……。いや、それはちょっと……」


 井上は、石原の腹をさぐってみた。そして一つの思惑を感じたのである。謀略家として名を馳せた石原がありきたりなことを考えるわけがない。世間の誰も気付かないことを考えているに違いないと、常識を取り払って考えてみたら一つの推論が浮かんできた。だが今村はそれに気付いていないようで、石原と井上を交互に窺うだけであった。


「ロンメルですよ。総長は彼を台湾に引き抜こうとしている。しかしロンメルはイギリス連邦の一員ですからなあ、チャーチルが手放す保障がない」


「さすが井上君だ、恐ろしく勘が働く。まあ、後の話は伏せておいてロンメルを口説いてくれないか。それで、海軍は誰を行かす?」


「こういうことなら小沢と山口が適任でしょう」


「今村君は?」


「山下を行かせます」


「うむ、いずれも剛毅なやつらだ。よし、しっかりたのむ」



 日本の動きをじっと待ち構えている男がいる。うまく騙して蒋介石を国外へ追いやった周恩来である。彼は、国民党軍を包みこむように兵力を集中させ、国民党軍を海へ海へと追い立てていた。


「毛、ここらで一旦攻めるのをやめるぞ。蒋介石とは話をつけたが、木っ端は知らねえはずだ。本気で反撃されたら被害が増えるだけだ」


 どこで奪ったのか、小奇麗な綿入れを羽織った周恩来がトウモロコシをかじる手を休めて言った。


「恩来、俺を毛と呼ぶのはやめろ。何回言えばわかるんだ。いいか、俺は赤軍の総帥なんだぞ、もう山賊じゃないんだからな」


 豪華な肘掛け椅子にどっかり座り、膝に抱いた娘に食事の世話をさせているのが毛沢東。中国共産党の総帥である。

 娘は毛沢東に跨った姿勢で食べ物を口に運んでいるのだが、面白がって毛が顔を背けたりするので困っている。膝から降りればどんなめにあうやら、へたをすればその場で命を奪われるかもしれないのである。


「毛、いいかんにしろよ。人民にソッポ向かれたらイチコロなんだぞ」


 周恩来はうんざりしている。知恵も腕っ節もないくせに、ただのお飾りだということは自覚しているはずなのに、民衆を敵に回すようなことばかりしてくれる。とはいっても、毛沢東が奇行をするほど自分の存在が霞むのだから不満はない。要は、自分がいかに毛沢東という名目人を操るかである。事が成就したあかつきには巧妙に息の根を止めればよいのである。そうすれば、次の総帥は自分以外には誰もいない。だいたい毛沢東というチンピラが総帥になることじたいが異常なのである。それに、元をただせば毛は自分の部下だった。周の気持にはそれがずっと尾を引いている。


「うるさい奴だなあ、まったく。気が散ってしまったではないか」


 不服そうに吐き捨てて女の体を押しやった。


「今のうちに次の手はずを整えておかねばいかん。女なんか千人でも万人でも相手させてやるから、先に段取りを決めておくぞ」


 膝から降りた女を部屋の外に追いやって、周恩来も立派な肘掛椅子にどっかりと腰を落とした。


「ほんとうにうるさい奴だなあ、お前は。次がどうだって言うんだ?」


「いやな、蒋介石の野郎が色気だしやがった。うまく台湾を乗っ取ったら、そいつをいただかねえではご先祖様に申しわけがたたねえ。おまけに、日本が台湾に手ぇ焼いてる今が勝負だ。本土が無理にしても朝鮮くらいはいただこうってことだ」


 この周恩来という男、自分に軍略があると信じている。これまでは清朝崩壊後のどさくさを上手く泳ぐことができたが、蒋介石を追い落としたのが目一杯なのである。決して彼に才能がないというのではない。しかし、周恩来によらず、蒋介石によらず、皆中国という狭い世界でしか物事を捉えていない。中国で一番になれば、それは世界一なのである。だから、実質的に中国を手中にした今、彼は天下無敵になったと錯覚している。


「まず手始めに、北京へ引っ越すぞ。 南京なんかにいたんじゃあ何もできん。北京なら朝鮮にも近いし、海にも近い。それに、ソビエトが信用できん。お前を玉座に座らせんと格好がつかんからなあ」


 馬賊あがり、山賊あがりが中枢を握っているだけに、玉座に座ることに執念めいたものがあるらしく、毛沢東はあっさりと周恩来の企てを認めた。



 周恩来には切り札がある。海を渡りそこねた宋美齢を虜にしているのである。が、それを毛沢東には教えていない。なぜなら、赤軍きっての戦略家とともに、武器弾薬を調達する窓口として自分の存在意義を保ち続けるためである。実際は宋美齢の人脈をたよってアメリカから輸入することになるのだが、それを悟られないようにしているのである。

 宋美齢は蒋介石の妻、いわば敵である。それが拉致されたからといって周恩来に協力するなどありえない。どこまでいっても敵である。しかも、馬賊あがりの野蛮な者に、どうして名門、宋家の自分が従わねばならぬのか。そう考えるのが当然であろう。が、周恩来はそれを許さなかった。もちろん自ら命を絶つことも許さなかった。何日も押し問答したあげく、なまなかなことでは従わないと見切るや、おぞましい行動に出たのである。


 周が使う専用の屋敷。そこは歴代の大物武官に与えられた官舎である。屋内の調度類は持ち出されて見る影もないが、武官が使っていただけに拷問部屋の名残がある。外部から侵入できないその部屋で、周は残忍なことを始めようとしていた。


 すずなりのランプに火をいれて真昼のような明るさにした部屋に美齢をひきたてて、硬い寝台に転がした。


「何をするつもりか知らないけど、死んでも言うことなど聞かないからね。一思いに殺しなさい」


 さすがに蒋介石を影で操るだけのことはある。顔色ひとつ変えずに言い放った。


「どうしても嫌だ、それに間違いないな?」


 いくら睨みつけても美齢はまなじりを吊り上げたままである。周は小さく頷くと美齢を押さえつけている男に合図をした。

 男は節を抜いた細竹を美齢に咥えさせると、中に通した紐を頭の後ろでしっかり結わえた。そしてなめし皮で美齢の口をふさいでしまう。

 処刑されることを悟ったのか、美齢の顔からサーッと血の気が退いた。


「いいか、自分で死ぬなんて許さん。どうせ死ぬ身だ、せめて死ぬ前に功徳をほどこしてもらう」


 周が合図すると、男が一人引き立てられてきた。汚れてはいるがさぞ身分が高かったことをうかがわせる服装である。腫上がった顔面にはいたるところが膿み崩れていて、殴られて腫れたのか、何かの病気で腫れたのか見分けがつかない。


「こいつは税を取り立てる役人だった。ところが、しっかり自分の懐を肥やすことばかりしやがって、その金で妾を囲っていやがった。五人だぞ、おい。ところがだ、色に狂って病気もちを妾にしやがった。知らねぇってなぁ無残だなぁ、おい。他の妾も本妻も病気をもらっちまってなあ。ここまで膿んだらもう先は長くねえ。だからよ、慈悲深い周さんとしてはだ、せめてあの世への土産に美齢さんとお手合わせさせてやろう。仏心が出ちまってなぁ」


 信じられない言葉である。いくら殺すからといって、誇りすら踏みにじるというのか。生きていればなおさら、死んだあとでも我慢ならない。


「ふうーーぅ、ふぅっ、ふうっ、ふうぅlllーーーーーぅ」


 美齢は目を大きく見開いて咽の奥から声を絞り出した。



 掴まれた手首に縄が巻きつけられ、寝台の柱にしっかり縛りつけられた。

 必死に逃げようともがくたびに乗馬鞭が容赦なく打ちつけられる。その激痛に動きが鈍ったところで、足を抱えられてしまった。

 寝台に犬這いさせられた美齢に、目隠しがされた。

 身動きができず、目をうばわれると、自然と耳に頼るしかなくなる。足音一つ、しわぶき一つにビクビクしている。


「どうせ死ぬんだから、こんなもの破ってかまわないな」


 周の声である。そして、襟に挿しこまれた挟みがジョキジョキと上着を裁ち切ってしまった。


「これはこれは、アメリカかぶれか」


 美齢はアメリカ生活により、欧米の下着を身に着けていた。それを周が笑ったのだろう。


「美齢さんよう、強がり言ったって体は正直だなぁ、ふるえてるぜ」


 周はわざと下品た言い方をして美齢に手を這わせた。


「美齢さんよう、お前ぇ子供を産んでねぇそうだな。図星だろ? 女と生まれて子供を産まねぇまま死ぬってのも気の毒なこった……。よし、いいことを思いついた」


 周の思惑を察したのか、美齢が悲鳴を放った。小刻みに身を震わせ、長い長い悲鳴を放っている。


「さて、どっちも支度ができたようだ。まあ、せいぜい楽しんでおくことだ」


 周はそこで身をひいた。

 ヒィーー、ヒィーー。

 美齢の悲鳴が途切れなく続いている。


「おい! いいぞ、あとはまかせる!」


 一段と悲鳴が大きくなり、物音がかき消されてしまう。そして、ジョーーーー。おぞましさのあまり、美齢は失禁してしまった。



 悲鳴をあげながら激しくかぶりをふる美齢を周は冷たく見つめた。



「そろそろか? おい美齢、そろそろだとよ」


 小休止した際に、猿轡をはずしてやると、細い声で泣いていた。


「あーー、やめてー。それだけはやめてー。いや、いや、いやーー。きくから、いうこときくからーーー」


 すべて周の一人芝居である。が、美齢はもう考えることができなくなっていた。


「嘘じゃねぇな、嘘つきやがったら抉りだしてやるからな。わかったか!」


 美齢が激しくうなづいた。嗚咽しながら激しくうなづいた。


「ようし、忘れるんじゃねぇぞ! それじゃあ手打ちだ。裏切ったら次はないぞ!」


 すでにその言葉も理解していない。美齢は、悲痛な悲鳴をあげるだけの女になっていた。



 こうして宋美齢を意のままにすることになった周恩来は、アメリカの財界に太いパイプを手に入れたのである。


 伝わってくる台湾情勢をにらみながら、周は兵員配置を整えていた。朝鮮方面に侵攻する部隊。台湾を狙う部隊。そして、日本を狙う部隊。武器の性能や数では劣っているだろうが、中国は頭数では負けていない。五人がかり、十人がかりで敵をたおせば勝ち目はある。安易といえば安易だが、世界情勢を知らない中国人にとってそれは必勝の公式であった。



 中国共産党幹部と同様に、蒋介石も似たような認識しかない。

 まんまと目論見通りに上陸することができ、部下が家族をともなって続々と集まってくる。会場には順番待ちの者がまだ大勢いる中で、台湾政府が上陸に待ったをかけるようになった。政府としては、収容施設がまったく追いつかないことと、提供できる食料が底をついたことからのやむを得ぬ措置である。蒋介石はそれを好機と暴動を起こしたのである。女子供を外周の柵とし、電話線を切断してしまう。そして監視兵から奪った武器で住民を狩りたてたのである。

 ひとつの村が、町が根絶やしにされてゆく。餅を覆うカビのように、彼らは着実に台湾を侵食していた。事が運び、だが、彼らが目にしたものは、圧倒的に近代化された日本軍であった。

 飛来した飛行機が、機銃の届かないところから榴弾を撃ちかけてくる。人数ばかり多くて、ろくな装備のない国民党軍は、戦車と歩兵用ミサイルに追い立てられ、たまらずに山中へ逃げ込んだ。ところが、山越えをした日本軍に遭遇して行き場所を失ってしまった。

 歩兵の携行している弾薬などたかがしれている。全弾撃ちつくすのにどれほどの時間がかかっただろうか。

 国民党軍の攻撃が散発的になるのをまって、日本陸軍による掃討戦が開始された。無駄弾を撃たせては囲い込むように追い立ててゆく。やがて、怯えきった兵士が続々と投降を始めた。


「女子供を分けよ!」


 部隊指揮官は厳しく命令を発した。


「第一中隊、抜刀! 第二中隊は警戒位置につけ! 第三中隊、捕虜を護送せよ!」


 大隊長が大声で叫んだ。

 女子供が中隊に囲まれて茂みのむこうに姿を消すと、警戒配備の兵が銃を構えて周囲を囲んだ。


「第一中隊、前へ」


 大隊長は軍刀の柄頭をしっかり掴んで地面に突き立てた。

 それを合図に抜刀した中隊がなだれこんだ。


「ギャー。うううぅう。あーーーー」


 刀が一閃するたびに悲鳴が沸きあがった。日本刀では何人も斬れないという人がいる。そういう人は何人もを斬った刀の前に立ってみるがいい。斬られてみるがいい。剃刀のような切れ味こそ失うが、なまじっかな剣など足元にも及ばないほどよく斬れる。突けばいくらでも人を殺すことができるのである。さらに、兵士は一撃で殺すなという命令を受けていた。死にいたるまでにより多くの苦痛を味あわせてやれというのである。腹を割いたなら、傷口に軍靴を突っ込めとも言われていた。

 特に厳命されたのは、止めをさすなということである。

 自分たちの犯した罪の重さを、身をもって知るために地獄の獄卒たれと言われていた。

 ひとたび激しい苦痛に襲われた者が、新たな苦痛を味わうことはないだろう。腕を落とされた者の足を薙いだとて痛みは感じまい。しかし、それを目撃した者はすさまじい怒りを思い知るだろう。すさまじい恐怖に苛まれるだろう。そして、自分の罪を棚に上げ、死の間際に日本兵は鬼畜だと叫ぶだろう。

 あえて武装解除をしていないのは、戦闘状態にあるということである。にもかかわらず、失禁しながら逃げ惑うだけの中国兵。誰がどう見ても殺戮以外の何物でもない。

 まさに阿鼻叫喚地獄が出現したのである。


 国会が命じた付帯決議。それは、捕虜を認めないということである。付帯決議をどう読み解くか。誰が考えても二通りの解しかない。殺すか放免するかである。

 ならば、誰かを殺して誰かを放免することがあってもかまわない。しかし、住民を女子供にいたるまで殺しつくした者を放免などできるだろうか。

 彼らを殺し尽くしたとしても虐殺された住民が生き返るわけではない。では放っておけばいいかということになる。抵抗すらできずに殺された女子供の恨みはどうなるのか、誰がはらすのか。闘いで兵士が死ぬのは仕方ない。だが、女子供に手を出すことにどんな意味があるのか。どんな正当性があるというのか。付託決議が糾弾しているのはその一点にある。

 きっと恨みをかうだろう。中国人が日本人を忌み嫌うようになるだろう。だが、犯した罪は身をもって償わねばならない。

 大隊長は、おぞましい光景をくいいるように見つめていた。



 ここに中国内乱を嫌って国外に身を隠したキーマンがいる。その名は汪兆銘。

 中国国民党の中枢を支えた人である。動乱が続く国内を安定させねば諸外国の格好の餌食になることを恐れた汪は、国民党であれ共産党であれ、人民があんしんして暮らせる仕組み作りに心を砕いていた。始めのうちこそ蒋介石は列強に蹂躙された国家を再興しようとする気概があったのだが、天下を掌握したとたんに独裁者に変身したのである。それに反発した汪は国外に身を隠した。しかし、政権中枢に行政を担う人物がいなかったのか呼び戻され、少しでも早く混乱から立ち直らせようとした。しかし、ひとたび掴んだ独裁者の地位を捨てる勇気を蒋介石はもっていない。それどころかますます独裁の傾向を強めている。いくら理をもって説得しても聞く耳をなくしてしまっていた。汪は周恩来ともかかわりがある。しかし、周の理想とする世界は汪の目指す世界とはかけはなれていた。汪は思想としての共産主義をとやかく言うつもりはない。しかし、自分の理想を民衆に強制することは許せなかった。理想実現のためとはいえ、何十万もの民衆を虐殺したことも許せなかった。こんな者たちと仲良く手をつないで地獄へ行く気など更々ない。

 汪は、失望のあまり国を捨てる決心をしたのである。しかし、後ろめたい気持におしつぶされそうだったのである。自分にはいささかの財力があり、カオがある。視察だとか交渉だとか、何か理由をつけて外国へ逃れることができる。しかし民衆にはそういう特権などあるわけがない。そこに汪の懊悩があったのである。

 フランスへの出国を予定していた汪は、ヨーロッパ情勢がほぼかたまってきたことからそれを断念し、神戸に渡っていた。そこで台湾でおこっていることを知ったのであった。

 国民党兵士全滅という文字が新聞の一面に躍っている。国民党が占拠した町や村がそうやって開放されているらしいが、困ったことにかな文字が読めないために意味がよく理解できなかった。思い余った汪は新聞社を訪ね、ことの仔細を教えてもらったのである。

 問われるままに身を明かしたことで新たな目標を与えられることになったのである。


 東京に招聘された汪は、議員や閣僚からの歓迎とともに、重大な懸案事項となった捕虜処遇の協力を求められた。

 捕虜とは誰を指すのだろうか。台湾では国民党を全滅させているとしか聞いていない汪はいぶかった。やはりそうなのだ、いかに劣勢とはいえ国民党兵士は五万や十万ではない。それを殲滅できるはずがないではないか。日本人は誇大に吹聴することを好むようだと汪は安心した。が、政府の説明は無残な事実であった。しかし、女子供を手に掛けるようなことは断じてできないとして、保護下においてあるという。その人々の行く末を図る手伝いをしてほしいというのである。

 自分ひとり逃げ出すべしだった後ろめたさに、汪はその申し出を受け入れることにした。

 後に、朝鮮北部の開発を任された汪は、中国からの難民を受け入れて若者があふれる町つくりに生涯を捧げたのであった。



 さて、もう一つの困った国。というより、困った奴、スターリンがいる。

 スターリンは、アメリカの航空打撃力を利用して版図拡大を謀ったものの、ものの見事に粉砕され、あまつさえ日本海側の領土を失っていた。そればかりか、シベリアからモスクワへの玄関口にあたるハバロフスクまで占領されてしまっている。投入した兵力は半端な数ではなく、ヨーロッパへ向ければいとも簡単に一国を降伏させられる戦力だと信じているし、特にサハリンには精強な部隊を配置したつもりである。それだけに、ことごとく失敗したことをスターリンは怒っている。が、本当に失敗したかは今もって誰にもわからない。アメリカからの情報はなく、そのアメリカは講和という形をとったものの、事実上降伏してしまったのである。だが、あれだけの兵力を投入したのに、何も連絡がないというのはどういうことだろうか。スターリンには冷静に分析する能力がない。ごり押しでのし上がってきただけである。だから考えに行き詰るとウオッカをがぶ飲みして寝てしまうのが常である。

 あまりに強すぎる猜疑心が側近をつくらなかったのだから本人の責任に違いない。スターリンの近くにいるのは、言いなりの役立たずばかりである。


 外務省の磯崎はそこに目を付けていた。スターリンに批判的で、しかも有能な役人や軍人は少なくない。それで、内部の切り崩しにかかっていたのである。それと、シベリア送りとなった科学者や文化人の救出工作にものりだしていた。平和な世の中になった時に必ず必要な人材を奪い去り、戦争終結後の復興を遅らせようという考えである。どうせ辺境へ追いやられた彼らへの関心などスターリンにはあるまいし、不条理に粛清された人々の活躍の場を国外に与えるほうが世のためである。とはいえ、国外へ脱出させることは簡単ではない。軍や警察の追及が厳しくなるだろう。しかし磯崎は楽天的に考えていた。広すぎる国土がきっと手助けしてくれると考えていたのである。また、磯崎は配下を督励してソビエト連邦に加盟している共和国の独立を画策している。欧州諸国に接する国を中心に、スターリンの影響力を殺ぐのが目的である。うがった見方をすれば、磯崎ら外務省諜報員の働きがスターリンの命を握っているといってもよかった。


 ロンメルに与えられた任務は、敵兵が山越えをしないよう監視し、追い戻すことである。求めて交戦する必要はないということなので幾分気楽であった。路肩が崩れそうな山道をたどって山越えをし、前方を見渡せる場所に陣を張った。

 色鮮やかな民族衣装の若者が突撃砲に仁王立ちになって見張りをしているのを、ロンメルは微笑ましく思っていた。

 礼儀正しく、人懐っこく、特にドイツ人を見たことがないらしく事あるごとにいろんなことを訊ねてくる。なぜ彼らが英語を話し、片言ながらドイツ語を話すのか、ロンメルをはじめ、ドイツ兵はそれが不思議である。だが、こういった山岳戦では彼らこそが最強の戦士だろうとも感じていた。なるほど武器といえば粗末な弓と腰の蛮刀しかないが、敏捷な身のこなし、驚異的な視力聴力、樹木を使った罠。知らずに闘えば酷い目に遭うことは間違いない。それにしても人懐っこい若者たちである。


 コンコン。竹筒を打つ音がした。敵を見つけた合図である。

 高い木に登った若者が峠を指差している。

 双眼鏡をのぞいても何も発見できないロンメルは、何度も見張りの教える方角をたしかめて、ようやくチラチラ動くカーキ色の集団をみつけた。ロンメルの想像をくつがえし、稜線を越えてきたのである。やがて峠道にもカーキ色の集団が湧き出してきた。


「第一小隊は稜線の敵。第二小隊は峠の出口。第三小隊は反対の稜線を見張れ。脇へ逃がすなよ」


 ロンメルは無線機に短い指令を伝えると、砲塔に立つ若者の足を軽く叩いた。攻撃開始の合図である。

 コン、コココココン!

 若者が竹筒を打つと同時に携帯ミサイルが飛び出していった。


 トロールのように外から根こそぎ配下の兵力が失われ、蒋介石は慌てていた。

 外へ出れば絶えず上空を舞う飛行機が機銃掃射をかけてくる。奥地へ逃げようにも伝令が戻ってこない。はるか沖には化け物のように巨大な空母が周囲を睨みつけ、強行に接岸した輸送艦は荷揚げ作業を始めている。せめて輸送艦を襲撃し、物資を燃やしてやりたくても手が出せないのである。

 残された手段は、夜陰に乗じての逃亡である。

 アメリカに騙された、馬賊にしてやられた。

 蒋介石の頭の中は後悔が渦巻いている。こうなったら身軽に、いや、自分だけ助かればよい。土下座してでも糞を食ってでも生き延びてやる。他のことは一切考えられなくなっていた。


 夜明けとともに新竹に上陸した山下奉文。新竹にこもる中国兵を追い立てた山下は、女子供を引き剥がして輸送艦に収容させるよう命じると、敵兵の殲滅にかかった。

 皆殺しにあった住民の苦しみを思い知れと、恨みをこめた殺戮である。

 多くの者は抜刀していた。が、刀を用いるにふさわしい相手ではないと、着剣した小銃を槍代わりに突き出す者もいた。

 女子供なら気絶するような光景である。中国兵ですらその凄惨さに度肝を抜かれ、せっかく持っている銃で反撃することすら忘れていた。実際、嘔吐と失禁で足元がぬかるんだくらいである。

 そうやって山下は、次々に敵を虐殺しながら台北をめざしていた。


 山下は、一個師団を率いて自転車をこいでいた。敵兵を見つけるたびに少しづつ人員が割かれるので、今は連隊規模にまで小さくなっているが、まだ若いつもりで颯爽と先頭をきっていた。しかしもう中年である。顎が上がるのに時間はかからなかった。


「司令官、これくらいで音を上げるとはだらしない! お先にごめん!」


 中尉の襟章をつけた若者が山下をからかった。

 怒りにかられた山下はその中尉に並ぶと叫び返した。


「貴様! 司令官に対し、無礼であろうが。官姓名を名乗れ!」


「かかる事態で階級は無用! 名乗る必要なし!」


 若い中尉は無邪気な笑顔を残して先へ、先へと進んで行く。


 野営地に到着するまでに、そうして山下を追い抜いて行ったのは五十人を下らない。

 夕食がおわるなり山下は、自分に悪態をついた者を集めさせた。


「貴様ら、よく俺の前に出られたな。せめてものなさけだ、弁明の機会をやる。言いたいことがあるなら言ってみろ!」


 じっと睨みつけておいて、押し殺した声をはなった。


「お言葉ですが、自分たちの司令官はあれくらいで怒るような胆の小さな人ではありません。あなたは本当に山下閣下でありますか?」


 若い中尉は臆することなく言い放った。

 そのままにらみ合っていた両者は、やがて大笑いを始めた。


「よし、元気があって大いによろしい! いいか貴様ら、内地に帰ったら一杯飲ませてやる。だから所属と名前を書いておけ」


 山下は若者が育っていることが嬉しかった。いずれ自分たちは第一線を譲ることになる。それよりも、軍などという無意味な組織がなくなる日が来るのだろうかということの方が興味深いことであった。

 広く散開させた歩哨が夜陰に乗じて突破を図る敵部隊をいくつか捕らえはしたが、その夜は静かに更けていった。

 翌朝、元気に走り出したはいいが、むきだしの路面である。タイヤだって丈夫なものをはめているわけではない。徐々にパンクする自転車が増え、台北の町外れにさしかかるころにはガチャガチャというけたたましい音をさせていた。その音を戦車と間違えたというから人の耳はあてにならない。

 予定通りであれば、東から栗林が迫っているはずである。そして、山側にはロンメルが網を張っている。ましてや海へなど逃げられず、日中は絶えず上空を飛行機が舞っている。


 そうして翌日、身勝手な願いを一蹴された蒋介石は、急ごしらえの竹槍に首を突き立てられて見世物になってしまったのである。

 特別仕立ての軍服を着た胴体がどこにあるのか、それすら知れない無残な最期であった。



 蒋介石が台湾に渡って約二ヶ月がすぎた。そろそろ蒋介石が台湾を、せめて半分でも掌握しただろうと周恩来はふんでいた。となれば、そこを分捕るには頃合いかもしれない。だが、うかつに出て行って日本軍と鉢合わせでもしたらつまらない。いや待て、もし日本海軍が出てきていれば逆に日本本土は手薄だということになる。では、当初の予定通りに朝鮮国境を突破して兵力分散を図ってやろう。三方から僅かな時間差をつけて侵攻すれば、日本軍には抵抗する力などあるまい。周の思考はそこで止まった。


「美齢、もっとアメリカから武器を買い付けろ。やつらにはもう無用なはずだ、安く買い叩け」


 あの日を境に、宋美齢は周恩来の妾として囲われている。周によって極限の恐怖を思い知らされた美齢は、周の言いなりであった。いつ誰がいようと、周が望むことを進んでするようになっている。

 自分の人脈がなければなにもできないくせに、そう反発したくても言いなりの女に成り下がっていた。


 林彪の率いる一団が鴻緑江を渡り、劉小奇の率いる船団が台湾めざして海を渡った。その前日、羅瑞卿の率いる船団が壱岐を経て長崎に迫っていた。朝鮮と台湾には航空機による攻撃態勢も整えてある。兵員の数で比較すれば問題にならない大兵力である。周は、今回の作戦に八十万の兵力を投入したことで、すでに勝った気でいた。


 ……ところが、朝鮮に越境した兵士は追い散らされ、それを追って飛行機が物資集積場を焼き尽くしてしまった。敵地攻撃に出撃させた攻撃機などは、高空から駆け下る敵戦闘機にバタバタ撃墜されたらしく、わずか数機がボロボロになって帰っただけである。急遽邀撃にあげた戦闘機にしたところが、アメリカやソビエトの払い下げばかりである。まったく歯が立たないことを悟った兵士は、機銃掃射をかいくぐって町へ逃げ込むのが精一杯であった。


 台湾をめざした船団も、領海へ侵入したとたんに航空機による攻撃を受け、ほぼ壊滅状態になった。いくら対地ミサイルとはいえ、中国がくりだした輸送船などは紙のようなものである。甲板上で炸裂すれば満載の兵士が一度に負傷するのである。沈没ともなれば水に不慣れな兵士が生き残るわけがない。これも周恩来にとって大きな誤算であった。となれば、日本本土攻撃をめざした船団は?



 一気に攻勢をみせる日本に対し、周の採った策は降伏である。林彪や羅瑞卿を差し出して国家体制を保持することが精一杯の策であった。


 余談になるが、国威発揚の式典で演説をしていたスターリンは、ポーランドのイギリス軍基地から飛来した飛行隊により死亡している。それにより指導者が一新し、日本に講和を求めてきた。すでに失った領土を差し出すかわりに戦時補償を免除するという協定が交わされている。

 すでに国外へ脱出していた文化人や科学者はソビエトへの帰還を望まず、オーストラリア南西部で静かに暮らしている。

 台湾で引き剥がされた中国人婦女子は、半数が祖国帰還を希望し、残りの半数は新天地での生活を始めた。その世話をしたのが汪兆銘である。

 朝鮮北東部は寒さが厳しい土地である。しかし、近くにはウラジオストックのような大きな町もある。そこで新たな生活ができるよう日本政府との交渉を精力的に行っていた。

 さらに、粘り強い交渉が功を奏してロンメルの引き抜きに成功し、台湾危機を救った人物として台湾社会に受け入れられ、初代大統領として正式に国連加盟を認めさせたのである。

 ロンメルは、軍人でありながら政治家でもあった。


 時がたち、台湾から祖国へ帰還した子供が社会の中軸を担うようになった。最貧国であった中国も、日本からの経済援助で工業力をつけてきた。それが彼らの自信ともなったのだが、過去の恨みがぶりかえしたのである。


 もうその頃にはミサイル技術は広く知れ渡っていた。なにをかくそう、日本みずから情報を公開したのである。

 他国が驚異的な軍備をもたぬよう秘密を守ってきたのになぜか、と思われるだろう。

 その裏には慣性装置の開発がある。装置自体は、分解して図面化すればどの国でも作れるだろう。しかし、そこに使われている電子基盤は簡単に複製できないのである。百歩ゆずって複製ができたとしても、中に仕込まれた自爆回路を遮断することはできない。つまり、高度な慣性を求める限り、発射しても日本の意向で自爆してしまうのである。ではそんな面倒なチップを使わなくしたら、もしくは代用品を使用したら……。衛星からの情報を受けることができない。それで公開したのである。


 その公開に先立ってオーストラリアから一人の老人が来日した。元ロシアの科学者で、名をコンスタンチン・ツィオルコフスキーという。

 彼は文部省を訪れると一冊の論文を差し出した。

 多段式ロケットに関する詳細な研究論文で、井上が発想する以前に科学アカデミーに発表したものであった。

 となると、世界で最初に多段式ロケットを考案したのは日本人ではなくなる。が、それは素直に受け入れるべきものである。日本人が実用化したと言い張ってみたところで、研究データなど残っていない。推論もなければ実験値もない。これも不幸な戦争が招いた無駄だと笑いあったものである。


 さて、そんなことを知らない中国は、大量のミサイルを日本に向けて発射した。

 が、領空を出たとたんに爆発してしまった。

 無誘導弾だけが朝鮮から九州北部に達し、少なからぬ被害を与えた。

 すぐさま反撃にうつった日本は、重工業地帯を破壊。またしても中国を最貧国におとしめてしまった。


 毛沢東が世を去り、周恩来が、鄧小平が、そして華国鋒も世を去った。

 中国共産党の生え抜きがすべて夢をつかめないまま姿を消して、現在がある。

 幾度も苦い経験をしたというのに、またしても筋の通らぬ言いがかりをつけてきた。

 是非もあるまい。

 それが政府の答えである。


 領土交渉を一蹴され、紛争をおこすと捨て台詞を吐いて退出した中国側代表。その虚勢を張った背中を哀れに感じていた次官は、交渉記録に一文を追記した。


「縷々説得するも納得し非ず、ついに主張を取り下げず。紛争の示唆是有るに、応戦を申し渡したり。よって交渉は物別れとなりぬ。又、次回の交渉申し出是無きにより、不測の事態を想定すへし。


 鬼にもならむ、蛇にもならむ。

 血潮を浴び、血潮を舐め、理を見極め、義を貫く。

 我らみな武士也。

 腰になくとも、心の奥底に研ぎすまされたる刃あり。

 この国に生ける者、すへて武士也。

 心の刃、砥ぎすますへし」


 刀を捨てた武士 これにて完結といたします。


長らくお付き合いいただき、ありがとうございました。

「刀を捨てた武士」これにて完結とさせていただきます。

たくさんの誤字や誤変換を放置したことをお詫びします。

何か少しでも心に残るようなものに仕上げられなかったと反省しております。

どうか、今後の勉強のため、感想を寄せていただければさいわいです。

読んでいただき、本当にありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ