呼び水の人、狐火の神
蓬が管理している神社は、その名を『天輝神社』という。そこには水神様が祀られていた。
古きに遡るは500年前。水神様は地域のものから崇められ、また水神様は彼らに水を寄越して善しとされた。そんな時代があったとか。そこに深く関わるのが、『菜丘の使い』である。
菜丘の使いは人々の声を聞き、水神様に力を貸していただけるよう請う、いわば人と神の間の仲介者である。
そして、水神様にまつわる神事を担う、菜丘の御業---------------
それはまさに、『雨乞いの儀』であった。
この地域でも、大昔は大干ばつの被害に見舞われた時期があるそうで、その度菜丘の雨乞いを頼り、毎年神事が行われていたそうである。
当時こそその名はこの地域一帯に知れ渡っていたようだが、今となってはすでに見る影もなく、その事実を知るものは数少ない。雨乞いなんてものは、科学の発達に連れて次第に支持を失ってゆき、現代においては無用の長物と化した。
かつて呪術として名を馳せた力も、ただの子供だましとして記憶から忘れられてしまった。たまにやってくる参拝者も、賽銭とともに持ち込む願い事は色恋沙汰ばかりで、どうやらここに祀られているのが、縁結びの神か何かと勘違いしているらしい。
今、遺されたものは歴史と事実。そして俺、菜丘蓬のみだった。
ひと通り話し終えて、俺はコーヒーに口をつけた。
こんなに長く話し続けた事自体が久しぶりで、ちょっぴりつかれた。そして、こんなことを話してしまった自分に意外で、内心おどろいていた。
(別に頼まれたわけじゃないのに・・・・。長々と話しちゃったな、らしくない)
それはいよいよ、枯れてきたということか。
或いはそれなら一向にかまわないのだが、蓬はなんとなく『危機感』のようなものを憶えていた。
芙蓉は、蓬の話を黙って聞いていた。こんなに真剣に話を清聴してくれるとは思ってなくて、思わず蓬は「悪い。」と謝っていた。
「なんで?謝る必要なんかねーだろ。」
「や、そうなんだけど・・・・・まぁ、所詮昔話だよ」
蓬はごまかすみたいにそう言った。けど、それは逆に芙蓉の機嫌を損ねたようだった。
「む、それ私の存在否定してないか?」
「そういうつもりじゃなかったんだけど・・・」
言われて、慌てて否定しようとするが、神様なんて迷信と言っているようなものだ。神様相手だとそういうところにも気を回さなくちゃいけないのかと思うと、正直面倒だなぁと思わずには居られなかった。
「まぁ、いいさ。そんなこと。・・・・・で、さ。今の話の流れからだと、お前は『雨乞い』ができるってことになるけど」
察しが良い。蓬は芙蓉をアホキャラだとずっと思ってたが、実はそれは偏見で本当は狐神なりに頭がいいのかもしれない。昔から狸や狐はずる賢く巧妙であるとされている。同じ狐に当てはまる芙蓉も、そうでないとは言い切れないか。
「ところで雨乞いってなんだ?」
「いや、今の説明でわからんかね。意図的に雨を降らせようと希うことだよ」
「意図的に、雨を降らす・・・・!?そんなことが人間にできるのか!」
「できるわけねーだろ。いや、なんでか知らんけどできちゃったんだけどさ」
芙蓉はかなり驚いていた。それは別に芙蓉に限ることではないだろう。蓬も事実初めて自分で雨を降らせた時には、自分のやったことではあるが、驚きを隠せなかったものだ。
「一応補足しておくけど、俺が直接雨を降らせるわけじゃないからな?俺にできるのは『祈り』という儀礼を通過した上で、水神様の力を借りることだ。簡単にいうと、神様に雨を降らせてくださいって頼んでるってこと」
実際、人間が天気を変えるなんて神業を為せるわけがない。そんなことができたら、俺は超能力者か魔法使いだ。その証拠に蓬の行う雨乞いというのは融通が効かない。
しかし、雨を降らすことができるのは確かであった。
蓬の雨は必ず『天気雨』となるのである。空を雲が覆っていないときのみ、輝く雨がさあさあと、傘をささずにはいられないほどに地面を濡らす。迷惑極まりない雨が降るのだ。
問題はもうひとつ、祈願してから『すぐに降るとは限らない』ということ。
翌日かもしれない。2日後かもしれない。或いは1週間先かもしれない。蓬は降雨の『祈願』を、神様に気付いてもらえるようアピールしているだけで、直接神様にコンタクトを取って「この日に雨を降らせてください」などと依頼してるわけではないのだ。
いつ雨が降るのかわからない。自然現象と何ら変わらない。
結局、すごいことでも何でもない。今の時代は、融通、効率、需要が伴ってないものは役には立たない。
菜丘の呪術は、疾うの昔に廃れたまやかしだ。今となっては気休めにすらならない。
それこそ蓬が超能力者でもなければ、雨乞いなんてなんの価値もないのである。
雀の涙ほどの興味もなさそうに、蓬は自分の降らす雨を説明した。
「そうか。でも納得した」
「あ?」
すっとした表情の芙蓉を見て、蓬は不思議そうに聞き返した。
「お前、私が狐神だってのに全然驚かなかっただろ?それがなんでなのか、ずっと気になってたんだ。普通の人間なら、もっと驚いてもいいはずなのにな。でもお前の話を聞いてたら納得した。お前も、『こっち側』だったんだ。」
こっち側。その言葉に蓬は顔をしかめ、苦笑した。
「・・・んー・・・そうかもね」
こういう立場上、神様とか、おばけとかそういう、俗に『眉唾もの』と呼ばれるものの存在に、案外蓬は無関係でもないのだ。
ファンタジーものの小説もたくさん読んできたことだ。
「・・・・私・・・・・てたらな・・・・」
芙蓉はなにか言いかけ、そして口をつぐんだ。
「ん?」
気のせいか、何かを憂う表情に見えた。
「い、いや、なんでもない。」
取り繕う姿があからさまに見えたが、なんでもないというので特には追及しないことにした。
蓬は新聞に目を戻そうとしてふとあることを思い出して芙蓉を見た。
「ああ、そうだ。芙蓉。」
「うん?」
「俺、後で買い物行くけど、お前」
「行くっ!!」
「マジかよ・・・。留守番頼みたかったんだけど・・・・」
こうも元気に返事されてしまっては、不安は多々あるが連れて行くしかなさそうだ。
買い物の内容が内容なだけに、付いてきてもらっても構わないのだけど。
仕方ないと割りきって、蓬は芙蓉も連れて出かけることにしたのだった。
フラグ立てる前に芙蓉をデレさせようとしてしまう水屋の悪い癖がところどころにかいま見えます。