招待状と大きな村
「フローラ」
柔らかな声。私がよく知っている。
「起きて、フローラ」
肩を揺すられている。もう、わかったから。
ゆっくりと目を開けると、イーディが私の顔を覗きこんでいた。
「イーディ?」
「そうよ、おはよう」
「おはよう」
体を起こして周りを見ると、私は部屋にいたことがわかった。
「あの、ケヴィンは?」
「ケヴィンはとっくに仕事へ行ったわ。ぎりぎりまでここにいたわよ」
「ぎりぎりまで?」
「そう、ずっとあなたの寝顔を見ていたわ」
どうやらあのあとはケヴィンがここへ運んだようだ。
そうだ、武器!武器はどこ?
自分の荷物を見ると、武器は置いていなかった。壊れたからおそらく処分をしたのだろう。
「武器は壊れていたみたいだからケヴィンが持って行ったわ」
静かに息を吐くと、イーディはこっちを見ている。
「ぐっすり眠っていたわね。こんな時間まで眠っていたのは久しぶりじゃないかしら」
私の乱れた髪を撫でながら、珍しいとばかりに言った。
まだ眠気があるせいか、うとうとしながら椅子に座り、朝食を食べた。
「何かあった?ケヴィンと」
その問いかけにドキッとした。
「どうして?」
「フローラの様子もおかしいけど、ケヴィンの様子も少し気になったから」
ぼんやりと聞いていると、手紙が届いた。
手紙を受け取り、封を切った。
「誰から?」
手紙の送り主はステラからだった。一気に目が覚めた。急いで文面を読んだ。
内容は無事に鍵を見つけることができたということと学校のイベントである学園祭への招待が書かれていた。
どうして?私はケヴィンに負けたのに、ステラのもとに鍵があるのだろう。
確かめに行こうとすぐに決定した。
朝食後、私はアイリーン学園へ向かったが、ある問題ができた。
「来たことは来たけど・・・・・・」
一般人が急に来たら、不審に思われてしまう。
こんなことなら、ステラを呼び出せばよかった。帰ろうとしたとき、声をかけられた。
「フローラお姉ちゃん!」
ステラの声がしたが、どこから呼んでいるのかわからず、左右を見た。 何度か辺りを見回すが、その姿を捉えることができない。
「こっち!上を見て!」
上を見ると、窓から顔を出しているステラを発見した。
「今そっちに行くから!」
待っていると、ステラが来て、動物のように飛びついてきた。足に力を入れ、倒れないように踏ん張った。
「お姉ちゃん、見て!鍵が見つかったよ!」
確かにそれは本物の鍵だった。
どうしてこの子が持っているの?ケヴィンの手の中にあったのでは?
「ステラ、どうやって見つけたの?」
本物は昨日までケヴィンが持っていたのに!
「ケヴィンさんが今朝に届けてくれたの。どこで見つけたのか知りたかったけど、仕事だからってすぐに行っちゃったよ」
本当に何を考えているの?これを利用して何かするつもりじゃなかったってこと!?
帰ったら絶対に話を聞かなきゃ!
ちょっと怖いな。本当のことを言うかもしれないし、嘘を吐くかもしれない。
「じゃあ、そろそろ戻るね」
「うん!学園祭に絶対に来てね!お姉ちゃん、手伝ってくれて本当にありがとう!」
もう一度、鍵を見せてから走っていった。
何が何だかわからなかった。
その夜、イーディにばれないように私はケヴィンを呼び出して話をすることにした。
「どういうこと?」
「いきなりどういうことって言われても・・・・・・」
「だからなんで鍵をステラが持っているの?」
「いらないから返したんだよ」
「だってあれを使って何かをするつもりだったんだよね!?」
「違うよ」
ケヴィンはあっさりと否定をした。
「俺は最初から鍵なんてどうでもよかった」
「じゃあ、どうして?」
「今まで見たことがない表情を見たかった。笑顔も泣き顔も寝顔もたくさん見てきたけど、まだ知らない表情があることに気づいたんだ」
ケヴィンが知らない私の表情?
「だからフローラにとって、大切なものを傷つければ新たな一面が見れると思ったんだ。予想以上のものを見れて満足だよ」
「そのためにこんなことをしたって言うの?」
「そうだよ。満足したからちゃんと鍵も渡した」
許されることじゃない、絶対に!
「もうあんなことをしないから安心していいよ」
いつも見せる笑顔だった。私は何を言ったらいいのかわからなかった。
その夜、私はどうしても眠ることができなかった。
いつまでもここにいることができない。そもそも私のせいでステラをこんな目にあわせたんだから。
私さえいなければこんなことにはならなかったのかもしれない。
誰にも見られないように城の外に出た。
「これからどうしよう」
私は目的もなく、重い体を引きずって行った。
私はブルック村という村にいる。ここは他の村より大きな村で道具屋や食堂、ホテルなどがある。
緑に囲まれていて綺麗。ここの風を感じていると、二十代後半と見られる戦斧を持った知らない男性に声をかけられた。
「この辺の子じゃないな」
「は、はい!」
「驚かせてしまったか?」
「だ、大丈夫です」
そう言えばまだ何も口にしていない。そう思っていると、お腹が小さく鳴った。慌てて押さえるが、もう遅く、男性は笑っていた。
「空腹のようだな。食べに行くか」
「あの、私・・・・・・」
「俺も腹が減っていたからちょうどいい」
人の話を聞いてください!
店の中に入ってドンと椅子に座らされ、荷物を下に置いた。
「いつものを頼む。お前は何にする?」
軽くメニューを見てから、何でもいいと結論づいたので、同じものにした。
店主は私と彼を交互に見て笑った。
「ノア、彼女?」
「違う。さっきそこで会っただけだ。クレイグ」
「ノアさん?」
「ノア・キーツ。それが俺の名前。お前は?」
「フローラ・モーガンです」
「よろしくな」
「クレイグさんとノアさん、似ている」
「そりゃそうだ。俺達は兄弟なんだから」
だから似ていたんだ。クレイグさんが兄でノアさんは弟だろうな。
「クレイグは俺の兄貴だ」
「そうですか」
「あ、やっぱりここにいた」
知らない女性がノアさんに話しかけてきた。知り合いかな?
「ルアナ。どうした?」
「時間があったから来たの」
セミロングの綺麗な女性がこっちを見た。
「ノア、いつから彼女ができたの?」
「だから違うって言っているだろう。フローラだ。フローラ・モーガン、こいつは幼馴染のルアナ・ブルック。魔法大学の学生だ」
「よろしくね、フローラ」
「よ、よろしくお願いします」
「そんなにかしこまらなくても平気よ」
「そうそう、敬語なんて不要だ。呼び捨てでいいから」
「にしても、どこでこの猫ちゃんを捕まえたの?」
「すぐそこでお腹を鳴らしながら空を眺めていたから連れてきた」
キッと睨むとケラケラと笑っている。
「あ!」
「どうしたの?」
「フローラって、城に住んでいる?」
「そうだよ。どうして?」
「思い出した。ケヴィンのお気に入りの。話は聞いている。そうか、なんか見かけたことがあると思えばそういうことか」
もしかしてこの人はケヴィンと同じ?
「あの城で働いている騎士様?」
「そうだ、俺も有名なんだぜ。ここまで来て、あいつと喧嘩でもしたのか?」
何も言えなくなってしまった。この間まで彼と戦っていたのだから。
私の様子を見て何かを悟ったのか、それ以上何も訊かなかった。
クレイグさんは注文の品を置いた。
「注文いい?私はほたてときのこのクリームパスタとオニオンスープにする」
「かしこまりました」
クレイグさんの後姿を見送り、海老カツサンドを齧り、スープを飲んだ。
美味しいけど、少し物足りない。
隣にいるはずの彼はいないことはわかりきっているのに。
「元気がないな。もし、お前が望むのなら、あいつを叩きのめしてもいいぜ」
「物騒なことをしないでよ」
「喧嘩って言っても、力比べのようなものだぜ?」
「そういうことにしておきましょう」
「いや、本当だって」
数十分後、クレイグさんは料理を両手で持ちながら来た。
「二人がいるといつも店の中が賑やかになるね」
「やっと来たわ!」
「お待たせしました」
「クレイグが作るものはどれも美味しいから何度もここに来ちゃうの」
「嬉しいな。また頑張ろうって気持ちになるよ」
クレイグさんはドアが開いたことに気づき、視線をそっちに向けた。
「いらっしゃい、あ!久しぶりだね!」
誰かな?また知り合い?
「やっと見つけた」
後ろから抱きしめられ、振りかえるとケヴィンが立っている。
「やっ!」
立ち上がろうとするが、強い力で動きを封じられた。
「何黙って出て行こうとしているの?許すと思う?」
「そんなの知らない!痛いよ!」
「おい、ケヴィン。その子が痛がっているだろ」
ノアが立ち上がって、やめるように言ったが、ケヴィンは逆のことをしたまま。
「緩めたら逃げる」
必死で抵抗をしていると、ケヴィンが舌打ちをした。
「いつまでそうしている気?帰るよ」
抱えたまま、店を出ようとしている。
「せっかく来たんだからゆっくりしなよ。汗がすごいよ?」
「どうしてここがわかったの?」
「魔法で」
「そんな魔法を使えるの?」
ケヴィンは肯定も否定もせず、私に質問をぶつけた。
「思ったより時間がかかったよ。いつからノア達と仲良くなったの?」
「いつでもいいでしょ、それに戻らないから」
「束縛強いな。お前」
「ノア、黙ってなよ」
しばらく睨み合いが続いた中、先に沈黙を破ったのはケヴィンだった。
「二人で話をしよう。ここじゃ、集中できない」
「話すことなんてない」
「俺はある」
「ケヴィン、少し落ち着いて。はい」
クレイグさんが冷たい飲み物をケヴィンの前に置いた。
「とりあえず座れ。見ていて暑苦しいぜ」
ケヴィンは私が逃げないように、私を奥へ押してから座った。
本当に逃げ道を塞がれちゃった。
「フローラ、ご飯は?食べたの?」
「うん、さっき食べたばかり」
私はテーブルの下を一瞥した。私の手はケヴィンが握っていた。振り払っても意味がないから何もしなかった。
グラスが空になり、私の手を引いたまま、歩き出した。
「おい、ケヴィン」
「何?この子と話をするだけ。邪魔しないでくれる?」
「あの、大丈夫だから」
これ以上、心配かけないように笑顔を見せ、私達は店を出た。




