怪我と夢
私は誰にも言わず、万全に体調を整えて武器を抱えて街道へ来ている。それはだいぶ前から密かに行っていること。
理由は自分の力をもっと高めるため。私は城へ来てから多くの人達に守られ続けてきた。今度は私が彼らを守りたい。
「さっそくいた」
左前方に魔獣を発見した。この魔獣は火を操るのが得意だから、水の魔法で攻撃をした。
「まず一匹」
魔獣は全部で四匹。他のものが攻撃を仕掛けてきたが、それをかわして水魔法を発動させた。最後は持っている愛用の武器で一撃でしとめた。
「この調子でどんどん行こう」
これを合図に魔獣は次々と姿を見せては襲い掛かってきた。中には後ろから狙う魔獣もいたが、気配は強く感じていた。
「ふう・・・・・・」
どれくらいの魔獣を倒したのだろう。数はわからないが、結構な数を倒し続けた。
「もう戻ろうかな」
そのとき物音がしたので、すぐに武器を構えた。再び音がしたが、どうやら魔獣ではないらしい。じっとしていると、血がついた女の子が現れた。
「ちょっと!」
「た、助けて・・・・・・」
慌てて駆け寄り、手当てをしようとしたが、女の子は首を振って、私の手を強く引っ張って行った。
「これは私の血じゃないの!」
「何?どこへ・・・・・・」
「こっち!」
着いた先には腕に怪我を負った男の子とその腕の中で怯えている女の子がいた。男の子は必死で女の子を守ろうとしている。
「助けて、友達が・・・・・・」
目の前には魔獣がいた。空腹で苛立っている。
「待って!」
魔獣が目をぎらつかせながら二人ににじり寄っている。
この魔獣、危険性が高い!油断していると、命をすぐに奪われてしまう!
「せいっ!」
二人から視線をずらせるために剣を抜いた。
「わっ!」
二人は私を見るなり、驚いていた。
「あなたは?」
「話はあと!」
私は距離を保ちながら、魔法で攻撃し続けた。スピードはあるが、防御力はとても弱い。
「早くしないと!」
倒さないと、怪我人も心配で仕方がない。魔獣はかなり弱っている。あと一回強い魔法を使えば倒れるに違いない。手に魔力を集めようとしたとき、鋭い牙が私を襲った。避けようとしたが、牙があたってしまった。
「これくらい」
痛みを我慢していると、全身が痺れていくのがわかる。腕を動かそうとしても、力が入ってこない。どうやら敵を痺れさす毒も持ち合わせていた。
「まずい!」
あと少しで倒すことができるのに、このままだとやられてしまう!
そのとき頭上から水が降りかかってきた。
何?これ、ひょっとして薬?
背中には木が当たっている。誰かが木の上にいる。痺れが消え、魔法を敵にぶつけると、苦しみながら激しい音をたてて倒れた。
「すごい、動かなくなった」
「倒せるなんて・・・・・・」
「ふう、大丈夫?腕を見せて」
男の子の腕に白魔法を使った。
「他に怪我はない?」
「大丈夫、ありがとう!」
「あなたも怪我をしている!」
「血が出ているよ!」
私自身も怪我を負っていたので、同じ魔法を使った。
「送るよ、どこまで行くつもりだったの?」
「学校だよ。街まで買い物をしてから帰ろうとしていたところだったから」
「ここから近いね。歩ける?」
「何とか」
「俺達も大丈夫」
それから彼らを学校まで送って行った。帰りが遅かったため、先生達は心配していた。
「よかった。戻ってきてくれて」
「この子達を守ってくれて本当にありがとう」
「いえ、傷の手当てはしましたが、どうか安静に。では、失礼します」
名前を教えてくれとせがまれたが、通りすがりとだけ伝えた。
学園を出てある問題に気づいた。
「これは困った」
上着には血が付着している。このままではばれてしまう。上着を脱いで小さくたたんだ。
「まだ痛いな」
私達を助けてくれた人が誰なのかわからないままだった。もやもやとした気持ちを抱えながら、城へ入った。
階段を上っていくと、よく知っている後姿が見えた。
「アンディさん」
くるりと振り返った。そのとき気がついた。マントが少し汚れていて、肩にも葉っぱがくっついている。
「さっきはありがとうございました」
「何のことだ?」
礼を言ってから部屋へ戻った。幸い部屋にイーディはいなかった。ほっとして上着を隠した。
血の匂いを消すためにバスルームへ転がり込んだ。
いつも以上に念入りにごしごしと体を洗った。髪の毛も少し多めにつけた。シャワーですべてを洗い流すと、湯が血と混じっていた。
バスルームから出ると、イーディが部屋に来ていた。
「フローラ、どうしたの?」
風呂に入るにしては時間が早いので驚いている。私は動揺を悟られないように笑顔を見せた。
「今日も外へ出かけていたの。汗をたくさんかいたから風呂に入っていたの」
「本当に?」
「うん」
イーディはそれ以上何も言葉を発さなかった。
今日までケヴィンが仕事でいなくて少し安心した。もちろん寂しさもあるけれど、もし彼がいればきっとばれる。
「ケヴィンがいなかったら、こんなに部屋が静かになるのね」
「そうね。一人いないだけでこんなに変わるなんて・・・・・・」
いつもいるはずの姿はそこにはいない。二日前から仕事の都合で出かけている。城を出る前も散々行くことを拒んでいた。
「明日になれば騒がしくなるわ」
窓の外には月が輝いていた。ケヴィンも同じように見ているのかな。
ケヴィンにもっと手を伸ばしたいのに届かない。
今日はよほど疲れていたのかすぐに眠ってしまった。夢の中で私の名前を呼んだのは遠くにいるケヴィンだった。
ケヴィンは夜に帰ってきた。少し疲れた表情をしているように見えた。
「おかえり」
「ただいま」
少し背伸びするような形で抱きしめあった。
「とても長く感じたよ」
「仕事が?」
「そう」
「疲れたでしょ?ちょっと座って待っていて」
「こんな時間にどこへ行くの?」
「少し取りに行くの。すぐに戻るから」
数分後にイーディと一緒に戻ってきた。
「はい」
「紅茶だね、いただきます」
一口飲んでゆっくりと目を開けた。
「美味しい」
「それね、フローラが淹れたものよ」
「そうなの?」
驚いて私の顔を見た。
「うん、私もイーディのように美味しく淹れたいなって思ったから教えてもらったの」
「疲れが少しとれた」
「良かった」
「フローラ、ありがとう」
「いえいえ」
私達はお互いに微笑みあっていた。
「あの、私もいるのよ」
「ごめん、置いてけぼりにしちゃって」
とても心から謝っているようには見えなかった。
ただ言葉を並べただけって感じ。
「さて、仕事から帰ってきたことだし、フローラを堪能しないとね」
「ちょっと何をする気よ?変なことをしないで!」
「変なことじゃないよ。実は前からやってみたいことがあったから」
「初耳。難しいこと?」
「ふふっ、何だろうね?」
それが何なのか見当がつかなかった。
考えていると、ステラから手紙が届いた。ステラと手紙をやり取りすることはしょっちゅうある。
「誰から?」
「ステラからだよ。いつもしているの」
「いつも?」
「うん、あとで返事を書かなきゃ」
手紙をしまってから椅子に座りなおした。
「ここに帰ってくるまで、一度だけフローラの夢を見たよ」
「本当?」
ケヴィンも私の夢を見ていたんだ。私もケヴィンの夢を見ていたから驚いた。
「うん。滅多に見ない表情だったから、もう少し見ていたかったな」
滅多に見ない表情ってどんな表情かな?
「どんな?」
「だーめ、教えてあげない。けど、いつかは見たいな。現実で」
最初はあまり表情を出せなかったけれど、日に日に自然と出せるようになっていった。
夢の中の私はどんなことをしていたのかな?
「あれ?」
ケヴィンは少し低めの声を出した。
「どうかしたの?ケヴィン」
私の髪を少しどけて、首の辺りに指で触れた。
「この傷はどうしたの?」
傷なんてあったかな?
触れてみると、小さな傷ができていた。痛みがなかったため、言われるまで気づかなかった。
「わからない、どこで傷をつけたのかな?」
おそらく街道。魔獣を倒している間につけたのだろう。
水音が耳元で聞こえた。首筋が何かで濡れている。
「フローラ!」
イーディが叫んでいる。
けれどケヴィンは傷を舐め続けていた。
「や、やめて!」
「だめだよ。どこでこんなものを作ったのかは知らないけど、手当てをしなきゃ」
こんな傷、何もしなくてもすぐに治るのに。
動物のように舐められ、耐えることに限界を感じていた。
「今どんな表情をしているかわかる?イーディに見てもらおう」
顎を持ち、イーディへ向けようとした。
「嫌!」
イーディにこんな顔を見られたくないし、見るのが怖かった。
ケヴィンの肩に顔を埋めて小さく震えていた。
「可愛い」
くすくすと楽しそうに笑いながら髪にキスをしたり、撫でたり、きつく抱きしめてきた。
それでも羞恥心が強く、抵抗なんて一切できなかった。
耳に息がかかり、顔を上げようとしたら、イーディが怒鳴った。
「やりすぎよ!いい加減にしなさい!」
「うるさいな。せっかく楽しんでいたのに・・・・・・」
「それ以上すると本気で追い出すわよ」
「もっとやりたかった」
私は息を荒くしながら、ケヴィンにもたれかかっている。
「他の男には見せられないな」
顔を覗きこもうとしてきたので、視線を逸らした。
「フローラを見ていると、そそられるから困るな」
「おかしなものでも食べた?」
「食べていない。久々にフローラに会えたから嬉しくて」
そう言ってくれると嬉しくなる。
私もケヴィンにずっと会いたかったから。
「ケヴィンは・・・・・・」
「ん?」
「ごめん、何でもない。忘れて」
「何それ?気になるじゃん」
「いいの」
「やれやれ。いつか言ってね?」
「気が向いたらね」
ケヴィンはどうしてこんなに私と一緒にいたがるの?
どうして好きだって言ってくれるの?
私の何に惹かれたの?
傍にいるのにわからないことだらけのままだった。




