ケーキと紅茶
カレンは私より下に目を向けていた。
空になったケーキ皿?
何で見ているのかな?食べたいとか?
「やっぱりケーキが好きなのね」
「やっぱり?」
何で甘いものが好きだということを知っているの?
あの、それってどういうことでしょうか?
「これも噂で聞いたわ。甘いものが好きだって」
私の噂は幅が広いようだ。好みまで広がる噂か。
おそらく他にも噂があるのだろうな。
そう思うと、ほんの少しだけ憂鬱な気分になってしまう。
「これは私のお勧めよ」
それはチョコレートケーキだった。クーベルチュールチョコレートや贅沢な生クリームをふんだんに使用し、ふんわりとしたチョコスポンジケーキで濃厚な甘さが魅力のケーキ。
何だか食べるのがもったいない気がする。
でも、とても美味しそう。
このこともきっちりと日記につけておかないと!
「食べてみて」
他の人達は動きをピタリと止め、石のように動かないままだった。
いきなり音も声も消えたので、妙な緊張感が漂った。
「いただきます」
フォークでチョコレートケーキを一口分切って、口に入れると、今まで食べた中で最高に美味しいことがわかった。カレンは満足気だった。
「気に入ったみたいね」
「本当に美味しい!」
紅茶も口にした。どの紅茶とお菓子の相性がいいのかは私はよくわからない。
「紅茶の味がさっぱりとしているものには今食べているようなケーキと合うの」
親切に教えてくれた。
そうだったんだ。いい勉強になった。
ケーキはゆっくり食べよう。急いで食べたらもったいない。
これ、何度食べても飽きないよ、きっと。
「なるほど。可愛がりたくなるわね」
何を納得しているのかな。可愛がりたくなる?
わずかに首を傾げると、カレンは笑みを浮かべた。
「フローラ、今度から私との時間も作って。もっと一緒にいたくなったわ」
期待に満ちた顔をしている。
「そう言ってもらえると嬉しい」
「フローラは?」
「私ももっと一緒にいたいよ」
「良かった。これからもっと楽しくなりそう!」
まさか姫様と仲良く話ができるなんて、まるで夢のようだった。
「友達が増えたわ!今日はとてもいい日ね!」
「本当ね」
「また一人、気に入られましたね」
イーディがそっと耳打ちをした。
それからお茶会の時間、私の魅力について知るということに変更された。
はじめは恋愛話が多かったが、私に関する質問攻めをされ続けた。
好きなもの、嫌いなものや普段することやファッションなど。
お茶会はあっという間に終わってしまい、令嬢達は帰り、メイドさん達は片付けをしていた。
「あの、私も・・・・・・」
「ここは私達にお任せください」
私も手伝おうとしたが、やんわりと断られた。
廊下を歩いていると、誰かにぶつかった。
「わっ!」
「おっと、また会ったな」
「アンディさん」
すっとアンディさんが私に近づいた。
「何ですか?急に」
そういう行為をするのはケヴィンですよ?
いつもケヴィンは私のところに来ると、匂いを嗅ぐので犬みたいと思った。
「甘い」
お菓子だろうな、きっと。たくさんいただいたから。
「さっきお茶会に参加させていただいてたんです」
「知っている。薔薇園がいつも以上に騒がしかったから」
「楽しかったです!本の世界に入ったみたいで!」
少し不安だったけど、姫様やまわりのお嬢様やメイドさん達と楽しいひとときを過ごすことができた。
アンディさんは今日は何をしていたのだろう。
「それは良かったな。俺は魔法薬を作っていた」
「どんな薬ですか?」
懐から液体が入った小瓶を渡してきた。
「試しに飲んでみるか?」
何が起こるかわからないのに飲めない。
怪しくて恐怖を感じる。
「飲みません」
当然きっぱりと断った。
そんなものを本気で飲むと思いますか?
説明してから渡すでしょう。
「残念だな」
結局、何の薬だったのかな。
アンディさんの薬の効果は謎に包まれた。
「薬も作れるんですね」
「学校で学んだからな」
私も学びたかった。ちょっぴり羨ましかった。
「お前が飲まないのなら、誰に飲まそうか」
なぜあなたが飲まないのですか?
「アンディさんが飲めばいいじゃないですか」
「それだと意味がない」
どんな意味を求めているんですか!
人を実験材料にでもする気ですか!?
「あいつとは相変わらず仲良くしているようだな」
「ケヴィンのことですか?」
「そうだ」
「ケヴィンはいつも優しいです」
とても好きになった。嫌われたくなんかない。
いつだって優しい。傍にいてくれて、抱きしめてくれる。私ももっと彼に何かをあげたい。
人のぬくもりがこんなに安心できるものだと実感した。
長い時間一緒にいたい。
「好きなんだな、顔が笑っている」
自然と笑顔になっていたみたい。
「そんなことないです」
恥かしくなり、俯いてぼそぼそと呟いた。
「嘘が下手だな。部屋に戻るのか?」
「いえ、図書館へ行くところなんです」
「図書館?」
「はい、そうです」
「文学少女?」
「そういう訳ではありません。少し勉強をしたいので」
「そうか。じゃ、俺はもう行くから」
「ではまた」
彼は私の横を通り過ぎ、角を曲がって行った。
「今日は開いていたよね」
アンディさんと別れてから私は図書館へ進んだ。
アールグレイに合うお菓子は柑橘系のオレンジを使用したお菓子、クリームチーズやバタークリームを使用したお菓子。ディンブラに合うお菓子は果物やカスタードクリームを使用したお菓子。ダージリン・ストレートティーは強い甘みでクリームなどの油脂分がないお菓子。
「いろいろある」
お茶にも種類がたくさんあるからいい勉強になる。
紅茶とお菓子の相性が大切なのね。
まだ誰かに淹れたことがなかった。
「美味しいものを淹れてあげたいな」
頭に思い浮かんだのはケヴィンだった。何かをしていてもふと考えることはよくある。
今何しているのかなとか、無事に帰ってきてくれるかなとか、今日も私に会いに来てくれるのかななど、たくさん考える。
あと少ししたらケヴィンが部屋に来る時間になる。それまで他の本も読んでおこう。
部屋に戻ったときにはドアを開けようとしているケヴィンがいた。
「ケヴィン!」
「ただいま、フローラ」
部屋の中に入ると、きつく抱きしめられた。私もそっと背中に腕を回した。
「珍しいね?そういうことをしてくれるなんて」
「驚いた?」
「うん、それに大歓迎」
頬や髪、首や手など、あちこちにキスをされた。こ、腰が砕けそうになってしまう。 ケヴィンが支えてくれているからいいけど、そうでなかったらそのまま座ってしまう。
「たまにはフローラからキスしてほしいな。駄目?」
上目遣いでそう強請られた。
おそらく私がこれに弱いと知っていて、わざとやっているのだろうな。
「女の子からしちゃ駄目なの」
もちろんここは拒否をするところ。
けれどそれで何もしない彼ではなかった。
「そっか、だったらこうしようか」
「どうする気?」
「イーディ!?」
ドアの前に腰に手をあてたイーディがいた。
いつから部屋の中にいたんだろう?
「危なかったわ」
「もう少しゆっくり来てくれてよかったんだよ?」
「時間は守らないといけないでしょ?」
「怒らないのに」
「いつまでそうやってフローラにしがみついているの?」
「抱きしめているが正しいよ。今日はほんの少しだけフローラも積極的になってくれたから気分がいい」
「そろそろ離してほしいな」
「今日はここまでか」
もう一度髪にキスをしてから素直に離してくれた。
「ケヴィン、今日はイーディ達とお茶会をしたの」
「初めてのお茶会はどうだった?」
「とても楽しかった。紅茶もお菓子も美味しかったよ!まわりの人達もとても優しかった」
「カレンにチョコレートケーキをもらったの。また食べたいな」
きっと忘れられない味ね。
「カレン?呼び捨てにしているの?」
ケヴィンは驚きを隠せないとばかりの声で発した。
「そうするように言われたの」
「ケヴィン、またあなたにとって、厄介なことが増えたわよ」
ケヴィンは口をひくつかせた。
「想像と違っているといいな」
「姫様がフローラのことを気に入ったわ」
イーディが口元を歪めて言い放った。
「嘘だよね?」
「残念、本当の話よ」
「何なの?次から次へと」
ケヴィンはベッドにダイブした。
あーあ、布団の上でごろごろと寝転がるから乱れてしまう。
そう思っていると、掛け布団がベッドの下へ落とされた。
「やっぱり」
私に向かって両手を広げている。
「悪いことをしたから罰を与えてあげる」
罰という言葉に過剰反応をしてしまった。
「そんなことしていない!」
「どっちでもいいよ。それでどんな罰がいい?」
「何があるの?」
「それを教えたらつまらないな。一番から五番、好きなのを選んでいいよ」
「だから何も悪さなんてしていない」
「じゃあ全部やってあげる。一日では終わらないから数日かけて」
全力で拒否をします。危険な感じがする上にケヴィンの笑顔が不気味になっている。
危険な表情だ。
「来ないで」
ベッドから私のところまで移動しようとしている。
「さっきまであんなに仲良くしていたのに」
「怖い顔をしているよ」
「普通だよ」
それのどこが普通なの!?
ケヴィンが獲物を捕らえようとしている猛獣みたいに見える。
その顔で普通って言われたら、普段の顔は何なの!?
まだ私に近づこうとしている。
「束縛が強い男は嫌われるわよ?」
「だってフローラ、俺の気持ちを知っているくせに男も女も関係なく、好かれるから」
「女の子って、私のことを言っているの?」
何も返事をしないので肯定だ。
「女の子に嫉妬するなんて・・・・・・」
「正確にはおばさんだよ」
「な!?」
「聞こえなかった?もう一度・・・・・・」
「言ったらすぐにここから追い出すわ!」
力強く抱きしめられ、そのまま黙り込んでしまった。
私も何も言わず、ケヴィンの背中をぽんぽんと優しく叩いた。
しばらくそうしていると、ゆっくりとケヴィンが顔を上げた。
「フローラ、できることなら俺はもっと早く会いたかった」
名前を呼ぼうと顔を見ると、いつも通りの表情に戻っていた。
私を抱きしめる瞬間に見えたケヴィンの苦しそうな表情が頭から消えなかった。




