私と騎士様
ぼんやりとした状態で起き上がると、そこは知らない部屋だった。
「くらくらする」
自分の額に触れてもう一度ゆっくりと部屋を見渡そうとしたとき、ドアが開いた。
「目が覚めた?良かった」
目の前にいる人物を見た。
つい最近、どこかで会ったような記憶がある。
「俺のことがわかる?今にも倒れそうな状態で道を歩いていたから、心配になって声をかけた瞬間に本当に倒れちゃったのだよ」
あのとき私は買い物から帰ったとき、私の家は炎に包まれていて、あっという間に帰る家を失ってしまった。怪しい人影をが走り去って行ったみたいなので、放火された可能性が高い。まわりに頼れる人もいなくて、目的もなく、ずっとふらふらと歩いていたら、この人に話しかけられて、そこからの記憶は一切ない。
どうしよう。今にも泣いてしまいそう。
涙を堪え、必死に唇を噛み締めていると、ふんわりと頭の上に柔らかい手が触れてきた。ゆっくりと撫でられ、それが余計に心に染みたので、涙を流した。
どれくらいの時間が経ったのか知らないけれど、ようやく少しだけ落ち着きを取り戻すことができた。
「あの、ここはどこですか?」
「ここはアイリーン城の中の客間だよ。それと俺の名前は・・・・・・」
突然ノックの音に続けて「失礼致します」と言った。
私より年上の女性が入ってきた。格好から見て、メイドであることは間違いない。
一礼したあと、私を見てから笑みをこぼした。
「目が覚めたのですね。けど、まだ顔色が優れないようですね」
メイドさんが覗き込むようにしてみてきたので、思わず後ずさりをした。
「怖がっているよ。まだ混乱している」
「ごめんなさい。そんなつもりはなかったの」
また知らない人がやってきた。
「イーディ、どうしたの?」
「彼女がここに運び込まれたことを耳にしたので様子を見に」
「イーディさん?」
たどたどしく名前を呼ぶと、彼女は嬉しそうに笑った。
「はい。ここにいる恐ろしい騎士、ケヴィン・ワーナー様に何かされているのではないかと思い、心配でならなかったのです」
「人聞きの悪いことを言わないでくれる?それに勝手に紹介しないで」
たった今、自分で紹介するはずだったのに、とんだ邪魔が入った。
「あ、あの!」
二人は同時に私を見たので、背筋を伸ばした。
「私はフローラ・モーガンと言います。助けてくれてありがとうございました」
深々と頭を下げた。
「素敵なお名前ですね」
「い、いえ・・・・・・」
「お腹は空いていない?」
ケヴィンの問いに私は首を横に振って、否定した。
「食欲があまりないです」
「うーん、何も食べなかったら、また倒れるよ?少しでも食べよう?何か軽いものを持ってきて」
「かしこまりました。すぐにお持ち致します」
そう言ってイーディさんは静かにドアを閉めて出て行った。
混乱と緊張で息が詰まりそうになる。
いくら辛い状況に立たされても、すぐには理解することができなかった。
けれど、これからどうするかを考えて行動しなくてはならない。
お金がたくさん残っているといっても、しばらくしたら底をつくだろう。他に持っているものといえば、武器と本、薬くらいだった。
誰が火をつけたのかはもちろん気になるが、どうやって見つけ出せばいいのだろう。
考えていると、視線を感じたので見ると、騎士様が見ていた。
「何ですか?」
「いや、可愛らしい顔をしているなと思って」
嘘ですよね。おそらく眉間にしわを寄せていましたよ。そんな顔が可愛いわけがない。
睨みつけると、にこっと笑っている。
何でそこで笑うのか、理解できなかった。
イーディさんが戻ってきて、テーブルに器を置いてくれた。
湯気がたっている卵粥が美味しそう。
イーディさんは私にスプーンを渡そうとしたとき、横からそれを奪った。
奪った犯人は騎士様だった。
「俺が食べさせてあげるから、口を開けて」
卵粥をスプーンですくって、口元まで運んできた。
恥ずかしくて、口をしっかりと閉じていると、イーディさんが助けてくれた。
「ケヴィン様、彼女が困っていますよ」
「どうして?」
「恥ずかしいのですよ。それ、渡してあげてください」
けれど、スプーンを渡す気なんてないらしく、運んだままだった。
きりがないと思ったのか、彼は私の頬に少し力を入れて、口を開けさせた。
口の中に広がるのは卵粥で、痛みを感じながら食べた。
「ケヴィン!無理矢理することないでしょう!」
さっきと口調が変わり、驚いていると、騎士様が指先で頬を優しく撫でた。
「ごめんね。でも、素直に食べてくれないから」
イーディさんはまだ睨みつけていると、彼は私から視線をはずし、彼女に目を向けた。
「そんなに怒らなくてもいいでしょ。小さいときからいつもそうやってすぐに怒る」
小さいとき?ずっと一緒だったってことなのかな。
疑問を抱いていると、その答えを教えてくれた。
「イーディとは幼馴染でこっちが俺より一つ年上。ちなみに俺は二十六歳だよ」
私よりかなり歳が離れているんだ。
「あの、私は十八歳です」
「そうなんだ。十四か十五くらいに見えたよ」
「そうですか」
私はそんなに幼く見えるのかな。
「仕事のときはきちんと敬語を使うけど、感情的になると、さっきみたいに普段の口調に戻るよね」
「女の子に荒っぽいことをするから」
「じゃあ、食事を再開しよう。今度はちゃんと開けてくれるね」
彼はすでにスプーンを持って、待ち構えていた。抵抗する気もなくなったので、それからずっと彼に食べさせてもらった。
「ごめんなさい。彼は世話好きなの」
目尻を下げ、謝るイーディさんに首を横に振った。
「うん。ちゃんと全部食べたね。美味しかった?」
「はい。ありがとうございました」
お辞儀をしようとすると、口元を指で拭われた。
「お粥、ちょっとついていた」
そのまま舐めたので、慌てて顔を背けた。
「さて、いくつか質問をしてもいいかな?」
「はい」
「君はどこかへ行くつもりだったの?」
「いえ、あの、家に帰ろうとしたんですけど・・・・・・」
あまり言葉にはしたくない。でも言わないと。
「なくなっていて・・・・・・」
彼は顔をしかめて聞いていた。
「その、家を誰かに燃やされていて・・・・・・」
「放火されたってことだよね?他に頼れる人はいないの?」
「誰もいません」
二人は深刻な顔をして見つめあっていた。
「いろいろ親切にしてくださって、本当にありがとうございました!これ以上迷惑はかけられないので・・・・・・」
荷物を持って、部屋を出て行こうとしたが、止められた。
「こらこら。何勝手に行こうとしているの?」
「そうですよ。今、出歩いたら危険です。もう夜ですから」
「だけど、いつまでもここにいるわけにはいきません」
「この件に関しては俺が話し合ってみるから」
話し合う?ここの人とですか?
「今日はここで寝て。もし、怖かったら一緒に寝てあげるよ」
近づこうとしてきたので、急いで距離を置いた。
「い、いりません!」
全身真っ赤にして、拒否した。
何考えているんですか!?年頃の娘に向かって!
そんな出会ったばかりの方と一緒に寝るなんて、怖いし、恥ずかしいし、頭がいっぱいいっぱいになってしまう!
「ケヴィン様が一番危険な存在ですから。警戒しても無理ありませんよ」
「ひどいな。何も悪いことなんてしないって、約束できるよ」
笑顔ではあるが、それが本当か嘘なのか判断することができなかった。
「信じてはいけませんよ。嘘を吐くのが得意ですから」
普段から空気を吸うようにいろいろな人達に嘘を吐いているのかな。
本当だったらちょっと離れるべきかな。
「イーディ、変なことを言わないで。信じたらどう責任を取ってくれるの?」
「別にどうもしません」
きっぱりと言い放ったイーディさんを見て、騎士様は溜息を吐いた。
「あの、騎士様」
いきなり呼ばれて驚いたのか、目を丸くしていた。
「あぁ、何?」
「えっと、重ね重ねありがとうございます」
「いいよ。それくらい。それと騎士様?」
呼び方がおかしかったのかな。
「はい。騎士様」
「あのさ、それは言いにくいでしょ?ケヴィンでいいよ」
「ケヴィン様?」
「そうじゃなくて、ケヴィン。呼び捨てにしないと、罰を与えるよ?」
ビクッと体が震えた。
「ケヴィン」
「いい子だね。これからはそう呼んでね」
「はい」
「ケヴィン様、あまり怖がらせないでください」
「イーディも様で呼ばれると、少し寒気が走るよ。今は誰もいないんだから」
額を押さえながら、返事をした。
「フローラ様がいますよ」
「フローラはここの人じゃないでしょ?大丈夫だよ」
「あの、お気になさらず、普段の話し方でいいですよ?」
イーディさんは少し申し訳なさそうな顔をした。
「よかったね。許可をもらえて」
「ケヴィン、さっきから何がしたいの?あまり人で遊んでいると、その内に痛い目を見ることになるわよ?」
「それは怖いな。あはは」
あの、明らかに怖がってなんかいませんよね。
むしろこの状況をとても楽しんでいるように見えて仕方がありません。
「これから楽しくなりそうだな」
まるで新しい玩具を見つけた子どものような顔をしていた。
「フローラ様、これからは私だけを頼ってください。できることなら何だってお手伝いしますから」
「あれ?優しいね。フローラのこと、気に入った?」
「もちろん。今から仲良くなっていく自信があるわよ」
イーディさんは私に笑いかけた。
この人の笑顔は花が咲いたような笑顔だと思った。
「私のことはイーディとお呼びください。さんをつけると、よそよそしく感じてしまいますから」
「わ、私もフローラと呼んでください。敬語も使わなくて大丈夫ですよ」
「じゃあ、フローラ。これから二人で仲良くしましょう」
話が弾んできたときにケヴィンが話しかけてきた。
「ねぇ、俺だけ仲間はずれにしないでくれる?」
「仕事へ行ってきたらどうなの?」
「そんなのとっくに終わっているよ」
いつの間にか二人は言い合いを始めている。
明日からどうなってしまうのだろうと、不安に頭を抱えていた。