猫ほど素敵な商売はない
1話 漆黒の世界
夜の路地にキラリと光る、宝石の目
昼の怠惰な居眠り姿はどこへやら
こちらを見下ろし、憐れむようにニャンと鳴き
風のように闇の中へ消えていった
小さな獣、その颯爽たることよ
終電帰りの家路へ向かう足を止め
しばし彼方の暗い世界をただ茫然と小さな影を探す
しかし――ただどこまでも漆黒が続くだけだった
◇◇
2話 可愛いシエラ
十姉妹のシエラは、人懐こくおとなしい
元々、人に愛されるように改良されて生まれた鳥だ
同じように人に慣れて賢いインコなどは実は凶暴
一羽では寂しいだろうと、祖母が番を籠で飼ったが
ある朝、一羽がもう一羽を虐め殺していた
その肉を啄み平然としていた残った一羽を
祖母は化け物を見るような目で見つめて
「やはり畜生は畜生か」
と悲しげに呟いた
しかし、飼ったものの責任か――
その一羽がほぼ天寿を全うするまで、嫌いながらも
ちゃんと世話をしていた祖母の姿は
生命の理不尽を体現しているようにも感じた
鳥なんて本質は凶暴な恐竜の親戚だ
巨大なイリエワニや、人すら食うコモドドラゴン
――あいつらより、そこらのスズメの方が
はるかに恐竜に、種としては近いのだから
だから、金輪際飼う気などはなかったが
十姉妹のシエラは人懐こく、また攻撃性が全くなく
多頭飼いしても喧嘩しないからとねだられ……
仕方なく、飼うのを了承したのだが――
ねだった当の本人の方が
私の部屋に飼われているのに飽きて居なくなった
だから仕方なく、私がシエラにエサをやる
あの頃の祖母のように
少し忌々しい気持ちで
しかしまあ、あの共食いのインコと違い
シエラは小さく、かわいいのが救いだが
◇◇
3話 闇と宝石
窓が開いていた
暑かったから、開け放していて――
うっかりそのまま出勤してしまった
鳥籠が落ちていた
餌受けも水受けもひっくり返り絨毯を濡らしていた
安普請の古マンションにはそぐわない
暑苦しいアラビア風のラグだ
選んだ女は、全くもってセンスがない――
いやこれは私怨が多々入っているな
シミができると掃除は大変
夏は暑くて冬はあまり暖かくない
唯一の取り柄はデザインだが
このアラビアンは彼女の好みで、私は好かない
いやそれもどうでもいい
掃除をしながら、現実逃避……。
私の悪い癖だ
窓の外の闇をみる
籠の蓋は壊れている
――いなくなったシエラを探さなければ
しかし視界は、どこまでも闇
何かの想いが込み上げてしまいそうなのを耐え
闇の彼方を見つめていると
窓際に凛とした黒い影
それは、ニャン!と一声鳴いた
二つの宝石が私を見ていた
◇◇
4話 黒と灰
猫は、自由で羨ましい――。
そんな風に感じるのは人間の身勝手だ。
事実、この人類の古い友は、時と場所により
人に神と崇められたり、愛玩されたりされつつも
時には皮を剥がれて三味線にされたり
その楽器を弾きながら火で炙られる芸を仕込まれたり
飢饉の時には食われたりと、散々弄ばれてきた
野良猫――不思議な言葉ではないか
元来、この国に野生のイエネコなどはいない
勝手に連れてきて、崇めて愛玩して、鼠を駆除させ
いらなくなったり、世話したくなくなって捨てた
そんな風にして増えたのが彼らなのに
人間は、全く自分らの罪を自覚せず
野良――などと呼び、被害だ保護だ処分だと
傲慢極まりなく、彼らの生殺与奪を支配する
だが安心するがいい
人がいくら無情に無惨に振る舞おうとも
今を生きる猫たちは人間の味方で、人間に愛される
――長い歴史の中で、そういう種だけが残ったのだ
可愛くない猫がいないのではない
可愛げなく懐かない猫は、排除されたのだ
だから、今の猫は人の味方だ
だが忘れてはいけない
それは今を生きる人間の手柄ではないからだ
そして、人と猫を結ぶ友情は――
往々にして、猫の側の寛大さにより維持されている
――窓辺の黒い猫は、今度はニャンとは鳴かなかった
小さく喉を鳴らしたが、それは私には「来るか?」
と聞こえた。
「ああ」と答えたつもりだったが、その響きは……
ニャン! だった
私は気付くと、灰色の猫の姿になっていた。
シエラを探すには、都合が良かった。
◇◇
5話 猫の名前
――「小鳥のシエラを探したいんだ。出来れば朝……出勤前までに。心当たりはないかな」
馬鹿な話だ。
朝、人間に戻っている保証などない。
猫の姿で会社へ行くか?
いや、それは少し面白いかもしれないが。
私は、黒い猫に話しかけてみた。
喉からはニャゴニャゴとした音しか出なかった
しかし幸い、通じてくれた
黒猫は、少し首を傾げて籠と私を交互に見た
「小鳥?」
私は黒猫の「言葉」が聞き取れる事に安堵し、答えた
「十姉妹という、小さな鳥だ。臆病で、優しい」
「ニャーム(ふーむ)」
黒猫はしばし考え、ゆっくり言った。
「残念だけど僕は見ていない。でも……」
「でも?」
黒猫は、闇の向こうを見た
湿った木々のにおいが微かに小山の方を向き――
それから反対側の商店街のある方角を向いた
「逃げた小鳥は、風下に向かう事が多い――行こう。一晩退屈凌ぎに付き合うよ」
黒い影が、サッと跳ぶ。
慌てて後を追いながら、私は彼の名を訊いた
「街猫に名前なんか無いさ――好きに呼びなよ」
それが答えだった
私は、気高くどこか哲学者的で、しかし優しい彼に
「石英」
の名を贈った
彼は小さく、ニャン!と答えただけだった
しかし、その尻尾はどこか満足気に揺れていた
◇◇
6話 ゆらゆら
青と緑と黄色の世界。
――夜の闇のせいかと思ったが、違うようだ。
猫には赤や赤系の暖色が見えない。
たまに、動画などで赤ずきんのような真っ赤な服を
窮屈そうに着せられている姿をみるが
猫自身には赤なんか見えないのだ
ついでに言えば、猫には甘みを感じる味覚もない
赤いスイカなんかを食わせている飼い主は
猫が喜んでいると思うのだろうが、あれは水分補給だ
しかし糖分そのものは身体にたまるから……
糖の甘みは感じられずに、健康被害だけは受けるのだ
カルセドニは闇の中をまるで自分の庭のように疾る
私もまた、よく着いて行っていると自賛したいが
どうやら彼が、後ろも見ずに
私の足音や気配で、ペースを調整してくれている様だ
気の利かない人間と違い、彼は賢く――
それを当然のように、こなしているのだった
あちらこちらから、生ゴミや
缶に残った飲み残しの酒の臭いが漂ってくる
夜の間にゴミを出す、不届ものが多いのだろう
ふと、カルセドニが街角で止まる
「どうしたんだ」
見れば、彼は見事な満月を見上げながら
ヒゲをフルフルと動かしている
猫のヒゲは、高性能のレーダーだというが
私にはまだ使いこなせそうもない
「この先は、行かない方がいいと思った。でも」
「でも?」
微動だにせず、カルセドニは爪を一瞬煌めかせた
「良くない奴らが、もうこっちに来た」
「良くない奴ら、とは?」
ニャ……
小さく黒猫が唸る
「人間たちには見えない奴ら。生命の反対……」
「あ……」
生臭い――
その不快な影がゆらゆらと漂ってきた
もう私にもわかった
あれは、この世のものではない……
霊とか、怪異とか、人間が呼ぶもの
その存在すら認めぬくせに
暗闇の中に、それが潜む事は、古くから知っていた物
◇◇
7話 満月の下
(かなしいなかなしいな……)
(いたくてつらくて、くやしくてなつかしい……)
(どこへいけばいいの、どこへいけばいいの……)
ゆらゆらと、生臭い影たちが漂ってくる。
もし、人間の姿の時に、あれらと遭遇したならば
私はきっと正気を失ってしまったろう
いや、たぶん
人間の姿の時にも、何度もきっと逢っている
理由のない悲しみに襲われたり
ふいに止まらぬ悪寒がしたり
怒りや絶望に満たされ、良からぬ考えがよぎったり
そんな時に、きっとあれらは近くにいたのだ
ただ幸いに、人間の鈍重な感覚では
はっきりと存在を確認出来なかっただけなのだ
猫も、犬も――おそらく他の鋭い動物も
あれらを感知し、あれらを避ける術を持っている
今の凛としたカルセドニのように
「街角の――」
「ん……」
私は、カルセドニの真似をして、爪を出す
「私にかけた爺さん猫が、似た臭いをしていた」
「その猫はどうなった?」
ニャ……
カルセドニが、小さく首を捻る
「姿を見ない。その時がきたらいなくなるのが猫さ」
――ああ
野生の残る生物は、死期が迫ると身を隠す
未練を残して彷徨うのは――ならばやはり
目の前に近づいてくる影たちは
消える事すらできない、半端な――
この世界のどこにでもいて、ありふれた存在
決して軽んじてはいけないが、しかし哀れな「気」
(さびしい、さびしい)
(くらい、くらい、くらい、くらい)
(いたい、こわい、つらい)
怨嗟の声にならない叫び
苦痛や苦しみに歪んだ、醜い顔たち
だが、私はもはやそれを恐ろしくは感じない
それは、常に人のすぐ側にいるものだ
部屋にも、会社にも、なんなら浴室にもトイレにも
当たり前のように側にいて
ふとこちらが弱ったり、運が悪かったり
そうした時には襲われて、無意識に振り払っていた
敗れたら、どうなるのかはしらない
だが、まだ若く生命溢れているならば
そうは負けないから、生きてこれた
だがやがて、人はいつか彼らに負ける日が
いつか必ずくるのかもしれないが
いまはまだ、その時ではない
ならば、もう恐れる事は、何もない
まして――今の自分は人ではない
夜に守られた――時がくれば未練なく消えるだけの
誇り高き不死の魂の生き物、猫なのだ
ミャーオウ!
カルセドニが、高らかに鳴く
ミャオウ!
私も、彼を真似て、生命を込めて叫ぶ。
夜のしじまに、猫たちの声が木霊した
影たちはカルセドニと私の傍を
何もできずにすり抜けていった
ニャン!
カルセドニは、尻尾を立て今度は小さく一声鳴いた
行くぞ、という合図だ
月下の屋根を、私たちはまた走った
8話 セーラ
小さなマンションの角部屋を見下ろす屋根
カルセドニは、足を止めた
真夜中だが、まだ室内は明るい
「?」
私は、いったいどうしたのだと部屋を覗き込む
見事な毛並みのペルシャ猫が、飼い主に抱かれ
丁寧にブラッシングされていた
実に気持ち良さそうだ
「見事な毛並みだ」
私が呟くと、カルセドニも頷いた
「室内猫は気の毒だと思うが――」
彼はプイと横を向いて、つぶやいた
「ああしてブラシをかけてもらえるのは、悪く無い」
それだけ言って、また走り出す
彼を追いながら、私はチラともう一度部屋を振り向く
ペルシャ猫……
同居していたセーラは、猫を飼いたがっていた
あんな風な、ペルシャ猫を欲しがった
ペットokのマンションではあったが
しかし二人とも遅くまで仕事の身では猫は無理だ
それで、十姉妹になった
だが飼い始めて何日も経たないうちに別れてしまった
何が原因の喧嘩だったかすら、もう覚えていない
覚えていないくらいだから、きっと些細な事だろう
後悔していないわけではないが、ほっともしていた
愛しているつもりだったが、愛されていたかは不明だ
ともかく、セーラは泣きながら家を出た
なんで泣くのかと、その時は無性に腹が立った
たぶん、そういう所が、私の悪い所なのだろう
後日、私の留守に合わせて彼女は荷物を回収に来た
しかし、転居先で鳥は飼えないとの事だった
ごめんなさい、できれば世話をして欲しい
彼女は、そんなメモを残していった
まだ名前のなかった十姉妹に、シエラと名付けた
セーラが買ってきたのだから、その名を付けようか
そうも思ったが、未練のようで少し変えた
シエラがいなくなったら、セーラは悲しむだろうか
いや、そんな事は別にどうでもいい
ただ、私は――
あの時、セーラの涙を見てしまった
泣かせてしまった
だから、なるべくなら……
もう会う事が無い女であるとしても
なるべく彼女が悲しむ事は、もうしたくなかった
別に彼女の為ではない
そうしないと、自分が、ひどく……
冷血で酷薄な人間のように感じられて辛かったからだ
だから、私は――私の為にシエラを探す
◇◇
9話 闇を走る
自販機の森を抜ける
児童公園のベンチで少しだけ足を休める
チラホラ現れる酔っぱらいたちのワキを掠め
私たちはついに商店街のアーケードに辿り着く
「この辺りの屋根には、よく燕なんかが巣を作る」
カルセドニがそう言いながら、器用に柱を登る
なるほど、確かに風に流された小鳥なら
こういった高い屋根のある場所に隠れるかもしれない
人の姿の消えたアーケードの柱から柱へ
私たちは十姉妹を探して駆け回る
人間ならば、当に諦めていただろう
風下だとか方角だとか
実際そんなものは、ほとんど当てずっぽう
ここにいるなどという、何の保証もありはしない
だが、猫に保証などは、そもそも無意味だ
私のヒゲは微かな空気の振動を探り
私の嗅覚は、小鳥に着いた我が部屋の匂いを追う
「あっはっはっはー!」
突然、頓狂な声が響いた
酔っぱらいか、うるさい奴らだ
「ヤキトリ――」
「いや、石でもぶつけて見ようぜ」
若い連中が、不穏な事を言っている
酔っぱらい達は空に向かって小石を投げていた
その先には――
小さな羽ばたき
力なく逃げ回る十姉妹の姿があった
シエラ!
激しい怒りに任せて叫んだ
だがそれは、フーという小さな猫の声でしかなかった
同時に、私は気付いた
先程、月下に出会った不吉な影……
あれらに近い臭いがした
死、苦痛、絶望――
あれらはそれを訴えていた
目の前の享楽的な連中は、それとは違う
しかし、同じような虚無や怒りや破滅の気配がする
おそらく、死や苦痛が、酒や薬物に形を変えたもの
彼らは、猫のように誇りを持ってではなく
ドラックや酒によってそれを遠ざけたつもりで
まんまと影にとりこまれた連中なのだと知った
私は灰色猫の体で、酔っぱらい達に突進した
しかしその時、彼らの投げた石がシエラに命中した
十姉妹はしばらく力なく羽ばたき、地面に落ちた
酔っぱらい達が歓声を上げ、走ってくる
私は方向を変え、シエラに向かった
シエラは血を流し痙攣していたが、生きていた
悪童達が近づいて来た
私は、咄嗟にシエラを咥え、対峙する
「おっ、泥棒猫?」
「鳥を横取りするつもりかな」
なぜ、小さな生命――自分達に無関係な命を
奪う事に、そこまで執着するのか不思議だった
怒りでも悲しみでもなく、憐れみが浮かんだ
――それは、私が猫だったからか、わからないが
ミャーオウ!
凛としたカルセドニの声が響いた
同時に、先程までは見せるだけだった爪が閃く
「うわ、痛えっ」
「血がっ!」
悪童達の動揺の声が響いた
高所から飛びかかったカルセドニの黒い身体が近づく
ニャ!
「走れ、あんな奴らに構っている暇は無いだろう?」
黒猫は、周囲を滅茶苦茶に走り回った
私たちを逃す為の撹乱だった
私は彼に深い友情と尊敬の念を感じつつ、走った
シエラを咥えたまま
――何処へ?
何処へ走れば、この生命を救えるのか考えながら
◇◇
開け放した窓、カーテンが揺れている
太陽が眩しい
ベッドの上で、伸びをする
身体中が、痛い
体の感覚が、まだ猫の時のようだった
「人生初の、欠勤処分。まあ、ダメ元で後から有給申請してみるか……?」
スマホに目をやる
全身が痛むので休みます――と朝方に連絡した
その通話終了画面のままだ
当日欠勤連絡だが、やってみると案外呆気なかった
感染症かもしれない、と言ったのが効いたのか
むしろ、来るなという空気
こんなものなら、もっと早くから……
休む必要がある時は、休むべきだった
「ああ、そうだったか……」
思い出した
セーラとの、絶えない喧嘩の最初のきっかけ
これだったっけ
「今更さ」
カチコチと機械式時計の音がしている
時間を見れば午後3時――ずいぶん寝た
パジャマも着ずに、裸で寝ていた
猫のまま、ベッドに潜り込んだのだっけ
起き上がり、コーヒーメーカーのスイッチを入れる
すぐにコポコポと、身体に染みる一杯が出来上がる
空の鳥籠は、そのままだ
「あの後――」
昨夜の事を、順を追って思い出す
シエラを咥えて、私は走った
獣医の所、と思ったが――真夜中に猫が来ても
まともな対応は、してくれまい
「ならば……」
行き先は一つしかなかった
商店街を抜けた先――
未練だとは思っていたが、控えておいたアパート
もちろん、セーラの転居先だ
ペットの飼えない、女性向けの小さなアパート
迷惑だろうが、非常事態だ
灰色猫が一瞬滞在したくらいならば
大家に追い出されはすまい
モルタルの建物の小さな螺旋の階段を駆け上がる
幸い、灯りは点いていた
窓側に回り、そっとシエラを下に置き――
ここぞとばかりに、窓を引っ掻きミャーミャー鳴いた
こうして、こうやって……
一緒にいる時にも、時には遠慮なく大声で伝えたら
何か違う事も、あったのだろうか
そんな、くだらない事を考えながら
やがて、何事かと窓が開き――
懐かしい白い顔と一瞬、目が合った
その視線はすぐに、傷ついた十姉妹に注がれた
ふう
ミッション完了だ
私は、やれる事は全てやったぞ
あとは、セーラと獣医にバトンを渡すだけだ
(……。)
昨夜の回想を終え、至福の一杯を口にする
「コーヒーが、染みる」
これも喧嘩の原因の一つになった、お高いコーヒー
トアルコ・トラジャは、譲れない
まあ、バカなこだわりなのは自覚している
本当は味の違いなんか、そうはわからない
ピ――
ショートメールが届いた
セーラからだ
昨夜、彼女とやり取りをした
「私の元から十姉妹が逃げ出した――そちらに行ったら、よろしく頼む」
「なんでそんな不思議な事を言うの?――昨夜、偶然舞い込んだ十姉妹を獣医に見せたのだけれど、あの猫はなんなの?」
どんなトリックを使ったのかと、問い詰められた
――まあ、そのうち説明できたらする、といなしたが
「相変わらずね」
と呆れられた
そればかりか、シエラを逃した事でも責められた
……私の苦労も知らずに、少し腹立たしい気分だ
相変わらず私とセーラは相性が悪いのだろう
今度のメールは何だ?
まだ文句が言い足りないのか
「十姉妹が元気になったら、連れて行きます。今度はもう逃さないでね。それと、治療費が結構かかったの――今少し苦しくて、請求してもいい?」
今回は、そんな内容のメールだった
「はいはい」
苦笑混じりに、スマホをベッドに放り投げ、呟く
「そう憐れむような目で見るなよ、カルセドニ」
出窓に凛と佇んだ哲学者猫が、ずっと泥のように眠っている私を見守っているのは、先刻から気づいていた
私は、ただそれが嬉しくて、ブラシを手にとり――彼に手招きをする。
「飼い猫になれとはいわないよ。安心してこちらへおいで。ブラッシングしよう」
ニャン!
黒く美しい獣は、一声鳴いて、歩み寄った。
完




