006:「冒険の動機」はくだらない
神は「敬語を忘れておるぞ」と小さく呟きながら、魔法について解説を始めた。
「その名も《エヌドプテン》 効果は『無への回帰』であーる。対象を選択して魔法を唱えると、その対象を消し飛ばすことができるのじゃ!」
「《エヌドプテン》⋯⋯?」
「そうじゃ! 神の授ける魔法じゃから、強さに心配はいらないぞよ。さぁさぁ、魔法を放つのじゃ少年!」
ドリーは精神を集中させた。焦る気持ちを抑えながら、内側に書き加えられた新たなインスピレーションの輪郭を一つ一つ確かめていく。
「ダメだ。対象が選択でませんけど?」
「緊張するな。お友達にはあたらんから。ざっくりでよろしいの」
ドリーは再度精神を額に集めた。藪の向こう側に微かに見える気配。それをドリーは手繰り寄せていった。
「見つけた! 喰らえ! 《エヌドプテン》」
魔法を唱えた瞬間、激しい光が分厚い雲を焦がした。込み合う森林を押しつぶすような光の束がクァマシヌス一行の元へと到達する。
「復唱したまえ人間よ。我の役職は――」
恒星の鳴き声のような轟音が静まり、光が空気中に溶けて消えると、クァマシヌスのシルエットは完全に消えてなくなっていた。
「撤退! 全軍撤退だ!」
遠くの大樹の裏側から、クァマシヌスの側近の声が響いた。
「やったな少年! これでおぬしも英雄じゃ!」
「ありがとう神様。欲張りかも知れないけどさ、もし二人と話せるなら、何か一言最後の言葉を伝えてほしいんですが⋯⋯」
「ん? おぬしは死なないぞ? 今わの際であるのならば、なぜそんな流暢に喋っていられるのじゃ?」
ドリーは少し恥ずかしいような吐息を漏らしながらも、純粋に疑問を神にぶつけた。神は拍子抜けしたような声を上げる。
「ああ、でもだって、体は動かないし⋯⋯」
「ああ、それは⋯⋯」
ドリーは神のセリフを微動だにできぬまま待っている。
「魔法を授ける代わりに、ドラム缶になってもらった!」
「おぬしの体はドラム缶じゃ!」と乾いた笑いを起こす神に対して、ドリーはさらに疑問が増えた様子でいた。
「ドリム缶? ドリム缶ってなんなんだよ!」
「ああ、まだ人間の文明はそこまで発展しておらぬのか⋯⋯ ちとまずいの。まあ簡単に言えば、鋼で作られた樽みたいなものじゃ!」
「鋼? だから体が動かないのか? じゃあ一人で歩くこともできないのか? 飯を食うことも、シュビンウマレースもか?」
「まあ体という概念がないから、無理じゃろうな。あと、飯は心配せんでもいい。腹は空かぬし喉も乾かん。第一に、口もないからな!」
ドリーはひどく憔悴していた。「五感は残ってるんじゃな。その感じでは」と神は補足をぶつぶつ一人で話している。
「助かった、けど、いくら何でも⋯⋯」
「文句を言うでない! 力には代償がつきものなんじゃ! 特例の加護にはそれに見合うだけの犠牲を作る決まりじゃし。 そもそもおぬしの命も救ってやったのじゃぞ! サービスじゃ! 大サービス」
ドリーは声にならない声を漏らしている。
「な、なぁ、元に戻る方法はないのか?」
「ない。――んじゃが、一つだけ。神の住む土地、現在の魔王城に眠る『ナンデモカナン』―― 何でも願いを叶えてくれる魔道具じゃ! それなら、おぬしの体を元に戻せるかもしれぬ」
神は悪戯っぽく笑っている。
「じゃあその魔王城に連れてってくれよ! 神のパワーでさぁ」
「じゃから、必要以上の介入はできぬのじゃ。おぬしの力でゆけ! それに今の私は、魔王の策略によってパワーの大部分を失っておる。サービス精神があったとしても、現状の私では無理であるな」
まず起き上がろうとドリーは、感覚のない手足を動かそうとする。実態のない脳から放たれる信号は鉛の塊の重圧で離散し、ピクリともドラム缶は動かなかった。
「くっそ! 動け、動け!」
「さぞかし不快なんじゃろうな。であれば尚更、ナンデモカナンを見つけに征かなくてはな」
滴り落ちることのない涙が弾け飛んだとき、木々の向こう側から声が聞こえた。
「ドリー! ドリー!」
「ドリーが飛ばされたのは、こっちの方だったと思ったのですが⋯⋯」
四足の靴が藪を踏んでいる。
「ドリー! ドリー? ドリー⋯⋯」
「やっぱり⋯⋯ あの攻撃を受けたんです。返事をできるような状態じゃないはずです。ボクを庇って死んじゃうなんて⋯⋯ ボクの方が生きてる価値なんてないのに」
ヒークスの泣き声が聞こえたと同時に、ドリーの画面角度の変わらぬ視界に、レイの足が写り込んだ。
「おーい! こっちだ! こっち! ここにいる!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
周囲を探してもドリーの姿を見つけられなかったヒークスは、「幽霊になって、ボクを連れて行こうとしてるんです! ごめんなさいごめんなさい」と取り乱し始めた。
「一回落ち着いて」とレイがヒークスをドリーの上に座らせたことによって、二人はドリーの存在に気が付いた。
「鉄の樽?」と純粋な疑問を浮かべるレイに対して、状況がうまく呑み込めずにいたヒークスだったが、神が「おぬしらにも聞こえるのか?」と話し始め、ことの顛末を端的に説明したことによって場がとりあえず落ち着いた。
ドリーの現状について、二人は交互に問いかける。ドラム缶の体のまま炎魔法を唱えたドリーは、「これからどうしよう」と不安を交えて回答をしながら、レイの持つランタンの魔力を補填した。
「で、どうやって帰ろう? お母さんが⋯⋯」
神の案で二人はドリーの体を懸命に転がしながら、荒い山道を二割ほど引き返した。
「ま、これは魔物なのか? 全軍、攻撃用意!」
複雑な事情を伝えるのには苦戦したが、強い魔力を探知した村の駐在軍に二人と一缶は保護され、無事にハジマの村へと戻ったのであった。
長い前置きとなりましたが、冒険の序章はこれにて終了です。
戦闘シーンを端的に終わらせられるチートスキルには頭が上がりません。また、主人公には身振り手振りも表情もなくなったので、冗長な地の文とはお別れですね。その分、世界観や人物の描写を深堀れます。
次話からは、冒険の全容を示した上で、レイやヒークス、これから登場する様々な人物の話題に、テンポを上げて迫っていく予定です。
魔法による無双シーンも増えていくので、楽しみにしていただければなと思います。




