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005:「チートスキル」はくだらない




 大地がひどく揺れる。木々が軋みを上げるとともに、砂塵が微かに舞い散った。ドリーたちの眼前にクァマシヌスの巨大な影が落ちる。


 先程まで絶え間なく悲鳴を挙げていたヒークスの声が小さく擦れていく。息を吹き過ぎた縦笛のような声を聞いたクァマシヌスは、口を開けて大げさに笑っていた。


「偉大なる存在を前に、怯えることしかできぬのか! 実に哀れじゃ。弱き人間どもよ!」


 上から覗き込むように笑ったクァマシヌスは鞭の様に上体をしならせ、明かりに夢中のモススたちを自分の背後まで撤退させた。

 ドリーに触れていたレイの指先から力が抜けていく。ランタンと地面が強くぶつかる。ドリーは険しい表情を浮かべ、攻撃のチャンスを窺っていた。


「うーむ、そうだな⋯⋯ そこの一番上等な服を身に着けている人間よ。愚図な頭でよーく覚えておけ。我は魔王軍第六十四番隊特別調整部隊『キャタピラ』隊長の《最強の虫王・クァマシヌス》である!」


 頭部をレイの方へと向けたクァマシヌスは、そう名乗った。


「――微動だにしておらぬが、人間も強い脅威を感じると仮死状態になるのか? 覚えられなかったら、『めっちゃ強い《虫の》魔物』とだけでもよいが⋯⋯」


 クァマシヌスはドリーやヒークスには微塵も構わず、「我の軍は魔王軍屈指の武力を誇っておるのだ」「魔王都では我の名前が魔王様の次に挙がる」とレイに説明を続けている。

 レイの瞳孔が激しく揺れ、唇が小刻みに震える。


「レ、レイに何をしてるんだ! お前の相手はこっちだぞ!」


 ドリーが初級魔法をクァマシヌスへと放った。立ち上る炎が、ドリーの瞳と声を揺らしている。


 クァマシヌスの湿った皮膚に衝突した火の玉は静かに爆ぜ、煙だけが微かに立ち上った。


「――ダメだ。微塵も効いてない」


 クァマシヌスは地面を腹で豪快に叩いた。


「我が話しておるのだ。邪魔するな! キャーキャー吠えられると虫の居所が悪い!」


 山道の路地には花瓶のような亀裂が走り、ところどころから木の根が針のように飛び出した。クァマシヌスはドリーに睨みをやると、「人間の認知機能において、仲間の死は甚大な影響が確認されていると聞いていたが⋯⋯」と触覚を組み替えながら独り言を呟いた。


「あまりに騒ぐようであれば、先にお邪魔虫から殺してしまうか」


 クァマシヌスは表情一つ変えずに、ドリーを見つめている。


 クァマシヌスの威圧を聞いて膝を震わせていたヒックスは鼻水をすすると、息を殺して短い雑草を掴み、踵を返しながら立ち上がった。


 とぎれとぎれの息が声帯の摩擦音を小さく鳴らす。足首が上手く曲がらないような一歩二歩がモススたちの間を潜り抜け、ヒークスは二人を置いて全力で走り出した。


「――ハァ、ハッ。ハァ。ごめ」


「逃すな! そやつを抑えろ!」

「承知しました⋯⋯」


 クァマシヌスの指示を受けた上級モススの一匹が山道へと飛び出し、ヒックスの眼前に魔法を放った。


 地面から木の根が這い上がり、魔法の低木が退路を塞ぐ。

 

「あ、アァ。なぁ」


 情けない声を上げながらヒックスは態勢を崩して転んだ。背負ったカバンからはスケッチブックや絵の具のような物が零れ落ちている。


「実に弱虫な人間だな⋯⋯」


 体を宙に浮かせてヒックスの眼前へと回り込んだクァマシヌスは、太々とした腹を薙ぐようにして振りかぶった。


「ヒックス!!!」


 ヒックスの危険を察知したドリーは、身を投げ出すように地面を蹴り飛び跳ねると、身を呈してヒックスを藪へと突き飛ばした。



 ヒックスの体が木の幹に激しくぶつかったのと同時に、クァマシヌスの攻撃がドリーの背中へと突き刺さる。背骨を湾曲させるようにしてドリーの体は撓り、少年の体躯は一瞬のうちに彼方へと吹き飛ばされてしまった。


 

 制御を失ったドリーの体は木々の間をすり抜けて、付近の岩壁へと激しくぶつかった。


(――頭が、フワフワする)


 ドリーの額からはまだ温かい血が流れ、手足は角材のように曲がらず重くなっていた。


(死ぬってこんな感じなのかな。意外と「あっけない」)


 意識が遠のいていく中、ドリーの視界には見知らぬ景色が浮かんできた。


(この感覚、どこかで⋯⋯)




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ぼやける視界の内側に、ドリーは一筋の人影を見た。


「褒めて遣わすぞ人間の子よ! この私の封印を解いたのじゃからな!」

「――あんた、誰だ? 俺はもう死ぬから、レイたちを助けに向かって⋯⋯」


 瞬きを繰り返すたびに、不定形だったシルエットが鮮明になってゆく。


「私に指図をするでない! 長きに渡って力を失っているとはいえ、私はこの世界の神様なのじゃぞ!」

「神様?」


 そこには白鳥のような翼を背負い、中性的な顔立ちをした『神様』と名乗る人物が凛としてたっていた。


「そうであるとも。私こそが、この世界の作った張本人であり、この世界の維持・管理をしている神様なのである!」


 上機嫌な様子の神はくるりとターンをして、ドリーに翼を誇示してみせた。


「ほんとに神様なのか? 神様ならさ、死ぬ前に最後にお願いを聞いてほしいんだ」


 ピントが酷くちぐはぐになって、ドリーの視界が大きく揺れる。


「だから、私に指図をするでない! あと、少しは私に敬意を示さぬか! おぬしが生きておるのも、もとのもとのもとくらいを辿れば、私のおかげに他ならないのじゃぞ。眠っておる間に世界から信仰心が――」

「ストップ、ストップ。承知いたしましたです。あの、急ぎなんです。友達が魔物に襲われてるから。その助けてあげて欲しい⋯⋯ んです」


 息が絶え絶えになる中でドリーは願いを口にした。


「友達? ふーむ。あまり世界に積極的な介入を行うのはよろしくないんじゃが、封印を解いてもらったということもあるしのぉ⋯⋯」


 神は顎に手を当てて考えるしぐさを見せると、ニヤリと神らしからぬ笑顔を見せた。


「よし分かった。その望み、叶えてしんぜよう⋯⋯」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 視界が元に戻るとドリーは件の岩壁の前にいた。

 崩落した一部の岩肌からは、高度な魔法を制御していたであろう魔法石と、レリーフの彫られた像が露呈している。


「体が動かねぇ⋯⋯ 重い」


 ドリーは自分の体が数倍もの重さになっているように感じた。


「手足が折れているのか?」


「外に出るのはいつぶりじゃろうな! 細部まで作り込まれた良い世界⋯⋯ まったく、作者は誰なんじゃろな?」

「さっきの神? どこにいるんだ? 傷が酷くて、体が動かないみたいで」


 神が自画自賛を行っていると、ドリーが質問した。


「おぬしの内側じゃ。 正確には、おぬしの脳みその一部を借りておる」

「内側? それより助けにいけねぇんだけど、騙したのか?」

「まぁまぁ安心しなさい少年よ。おぬしには魔法を一つ授けた」



「魔法?」


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