004:「虚栄心」はくだらない
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「綺麗だったけど、曇っちゃったね」
レイは恥ずかしそうにしながら、苦笑いを浮かべる。キレーク湖の畔から離れた二人は、山道を四割ほど引き返し、闇に包まれた森の中を進んでいた。
「けっこう暗いね⋯⋯ さっき通った道とは思えない。魔物とかでないよね?」
「この辺りは魔物の報告例が多いわけじゃないしな⋯⋯ 万が一魔物がでても、そんなに強くはないだろ。一人でなんとかできる」
腰をかがめ、周りをキョロキョロと見渡しながら怯えるレイは、ドリーの背中を盾のようにしながら不安を口にした。ドリーは目を細めて、「怖がりすぎだって」と呆れたように口を尖らせる。
「ねぇドリー。ストップ」
「なんで?」
しーっと人差し指を唇の前に立てたレイは、ぴたりと立ち止まると、耳を澄ますようにしながら首を振った。
ランタンがぎこちない金属音を奏でたのちに、辺りは完全な静寂に包まれる。
「なんかさ。泣き声? みたいなの聞こえない? 『えーん、えーん』って」
ドリーの肩を掴むレイの指に、一段と強い力がかかる。小さくなって震えるレイを背に、ドリーは一層聞き耳を深くした。
「うーん。聞こえるかなぁ?」
「ほら! 『えーん、えーん』って近づいてきてるよ!」
慌てるようにレイが声を荒らげる。それと同時に正体不明の泣き声が、ドリーの鼓膜を揺らした。
「これ、持ってて」
ランタンをレイに預けたドリーは、左足を一歩引いて泣き声の方に体を向けると、片腕でレイを自分の後ろの方に制して、魔法を放つ準備をする。
山道の別れ小道の先から、泣き声が大きくなってきている。うねる風に木々が叫びをあげ、ドリーの指先には炎が揺らめく。
「えーん。えーん。誰かぁ、誰かぁ」
「――ヒークス? こんなところでなにやって」
ドリーの体の力が、一気に抜け落ちる。ドリーの背中からひょっこりと顔を出したレイは、「魔物」と想定されていたものを認識すると安堵の笑みを浮かべた。
「ま、まもの!! ってドリー!!!!」
ヒークスは震える片腕から木の棒を地面に落とし、両腕で静かに涙を拭った。
「あんまり泣くなって」と的外れに落ち着かせようとするドリーの裏で、レイがヒークスにハンカチを渡した。
「あ、ありがとうございます。ほんとうによかった⋯⋯ です! ボク、もうじじで死んじゃうんじゃないかなって、不安だったんです⋯⋯」
ヒークスはドリーと同じ孤児院で暮らしているドリーの友人であり、同じハジマの街で暮らすレイとも旧知の仲であった。
「一緒に街まで帰るぞ。てかヒークス、こんな遠くで何をしてたんだ?」
「ああ、えーっと。散歩です。お散歩⋯⋯」
ハンカチを不器用に折りたたんで返却したヒークスは、小さく跳ねて背負っていたカバンの位置を直した。
レイからランタンを再度受け取ったドリーは、腰に手を当てて伸びをしてから、談笑する二人と暗闇に隠れた進路を確認し、帰路へ歩みを進めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「人間が出現したとの報告を受けて出向いたが⋯⋯」
「ええ、あちらが確認している人間でございます。合計三人でしたが、それぞれの報告による外見の特徴からして、一体と二体の《群》が合流した様子でございます」
側近から報告を受けたクァマシヌスは触覚で頭を掻くと、肥えた腹を地面に擦らせて藪をかき分けながら、ドリーたちの方へ移動した。
「クァマシヌス様! あまり近づかれますと、勘づかれる恐れがございますので⋯⋯」
「問題ない。人間の五感はそこまで優れておらん。ましてや夜の闇の中、視界は我々の方が数倍広い。この程度でバレたりせんわ」
上体を大きく起こして目線を高くしたクァマシヌスは、腹を左右に揺らしながら、三人を凝視している。
「幼体が三体とはいえ、無暗に姿を晒したり、危害を加えるようなことがあれば、人間は我々を討伐すべく軍を立てるでしょう。小規模な軍であっても、捜索を阻む厄介な存在になりえます。クァマシヌス様、どうされますか? 一旦付近の部隊を撤退させるか、奴らが離れるまで、捜索範囲を変えましょうか?」
四本の足で巧みなボディランゲージを見せた側近は、クァマシヌスの表情を確認しつつ、部下たちに命令を下す準備を始めている。
「ふーむ⋯⋯ 我らの強さを示す絶好のチャンスだとは思わないか? 二体だけ殺して、残りの一体に⋯⋯」
「クァマシヌス様、ありえません。幼体の人間を殺した程度で、魔王様からの評価が上がるとお思いですか? そうじゃないのをご自身で理解されているからこそ、我々は日々を無謀な探索に時間を費やしているのではないのですか?」
「まぁ、そうではあるが⋯⋯」
クァマシヌスとの会話の傍らで、呆れた顔で新たな進捗報告を部下から受けている側近は、残り二本の足で腹の虫を踏みつぶしていた。
クァマシヌスは側近の言葉を半分しか耳に入れず、怪しく腹を動かしている。
その時、一筋の大きな風が木々をひどく揺らした。
「うわっあ! ランタンの炎が消えちゃいましたね⋯⋯」
ヒークスがおどおどと呟く。「風で消えたわけじゃなさそうね」とレイが後から続き、「調子悪いのかな」とドリーはランタンの底を開けて内部魔法の状態を確認した。
「一旦、灯しなおしてみれば?」
手提げを肩に持ち替えたレイが、ランタンを見つめるドリーにそう提案した。
ドリーはおもむろに提案を受諾し、首を一周回すと、ランタンの底を元に戻し、掌に魔法を構えた。
「ひゃあ! 眩しい⋯⋯」
辺りが一瞬の間強い光りに包まれ、ヒークスは仰け反りながら硬く目を瞑った。
「ごめんごめん、熱くなかった? 出力ミスしちゃって、まぁ点いたみたいだから⋯⋯」
その時、ドリーたちの左手の藪から、数体の魔物が飛び出した。
「なんだあれ! 明るいぞ! 明るい!」
「わぁ! 明るい! お月様みたいだ!」
「おい! お前ら! 指示を無視するんじゃない!」
側近の怒号が木々の隙間から飛び跳ねる。しかし、それがまるで耳に入っていないかの如く、また一体、また一体と魔物たちは藪を揺らしていく。
「ま、ま、魔物です!どうしよう! どうしましょう!」
「ひゃ! 蛾? 蛾の魔物なの? ねぇドリー、こんな魔物聞いたことないんだけど、どど、どうするの?」
ヒークスが逃げようとして地面に尻もちをつき、レイはドリーの肩を痛みを感じるほどに握りしめた。「あんまり近づかれると戦えねーから」とレイとヒークスを後ろに退避するように言ったドリーは炎魔法を更に強くし、周囲にいる魔物の数を確認した。
「六匹、七匹⋯⋯」
「ふ、増えてるっ。 増えてます! どんどん数が増えてますよ!」
蛾の姿に似た魔物は、ドリーと同じほどの体躯を斑模様の羽で浮かせている。下の羽からはサラサラと鱗粉のようなものが舞い散り、微かに甘いにおいを発していた。
「ねぇドリー! 炎の光に集まってきてるんじゃない! どうにかできないの?」
「炎の光? 関係あるのか? 炎を消したら周りも見えないし、炎以外の魔法は力不足だろうな⋯⋯」
増え続けた蛾の魔物は、ついにドリーたちの周囲を完全に取り囲んだ。退路を失ったドリーの額には汗の粒が滴り、瞳に落下しては視界をボケさせていた。
「クァマシヌス様! モススの部隊が、人間に突撃してしまいました! 奴らは光に夢中で、攻撃も放棄している様子です! こうなってしまった以上、隠密作戦は失敗です。どうされますか? ライドバッタの部隊を向かわせて、奇襲を仕掛けますか?」
慌ただしく関節を動かす側近は、藪の内側のクァマシヌスに判断を仰いでいる。
「いや、その必要はない。私がゆこう」
「ちょ、クァマシヌス様! クァマシヌス様! お待ちください」
青虫のような太い腹で強く地面を叩いたクァマシヌスは、弱い転移魔法を唱えて空へ勢いよく飛び上がった。
胸から腹にかけての蛇腹のような皮膚が、たゆんたゆんと波紋のように揺れている。
「哀れな人間どもよ⋯⋯」
小説のストックが底を尽きてしまいました。
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