002:「夢を見ること」はくだらない
「ねぇ、綺麗な星空ってなんなの? 私たちの家があるハジマの街中で見たって、ミナティスの海辺で見たって、見える星は変わらないんじゃない?」
疎らに生える草を踏み分けながら、レイが問いかけた。
「まぁまぁ。楽しみにしとけって。こういうのは詳しく訊かずに、自分の目で見るのが一番だよ」
ドリーはニヤリとおどけた風に笑った。それと同時に、木々の隙間から漏れた斜陽が、ほとんど真横の角度から二人の顔を照らした。
「毎回そういう売り文句言うけどさぁ、前回も、前々回も、前々前回も、くだらないものばかりだったじゃない!『魔法石を見つけた!』とか言ってガラス玉を見せられたときの衝撃は、今でも忘れられないけど」
半分貶すような物真似をしながら、レイはひょうきんに答えた。ドリーは苦笑いを浮かべながら、粒ほどの言い訳を弾く。
ほどなくして、二人の談笑が森の緑に吸い込まれると、道の脇に横たわった朽木から、小さな尻尾がちらりと音を立てた。
「ねぇ、ドリー! あれって魔法動物のポイズキャウィリスじゃない?」
レイは弾みながらも囁くようにそう言った。レイが指し示した先には、小さな両手を使って紫色の木の実をいっぱいに頬張る小動物がいた。
「あー。確かにキャウィリスだな。でもそんなに珍しい? ハジマの街中でも、パン屋のゴミ箱漁ってる姿をよく見るよ?」
「わかってないなぁ。これはただのキャウィリスじゃないの」
ドリーのぶっきらぼうな質問に対して、「それは無粋だ」と空に書くようにしながら、右手をくるくると回し、レイは得意げに答える。
「キャウィリスが食べてる木の実をよく見て。あの木の実の名前は知ってる?」
「あれだろ? ドクドクグリとか言ったような⋯⋯ えーっと、確か毒があるんだよな?」
「概ね正解。 あのキャウィリスは、ドックリみたいな毒のある木の実しか食べない特別な種類なの」
手に持ったドックリを全て頬張ったポイズキャウィリスは、大げさなくらいに大きく頬を膨らませている。
「毒を持った木の実しか食べないなんて変わってるな。味オンチなのか?」
「違うよ。 これはれっきとした、彼らにとっての生存戦略なの」
レイの熱のこもった解説に半分圧倒されつつも、ドリーは「へぇ」と気の抜けた返事をした。餌探しに旅立ったポイズキャウィリスを見送りながら、レイは寂しさと呆れが混じったような顔を浮かべた。
「個体数が少なくて珍しいから、これは貴重な体験なんだよ! しけてるなぁ」
レイはキャウィリスのように、ぷくっと頬を膨らませた。
「珍しいって言われても⋯⋯ 見た目はほとんどフツーのヤツとかわらねぇしなぁ」
「ふーん。あんたって毎日バカみたいに野山を駆け回ってるのに、こんなことも知らないのね」
同じ感動をドリーと分け合えなかったその寒暖差に失望したのか、レイは投げ捨てるようにイガのついたセリフを吐いた。
背の低い藪がかすかに摩擦音を奏でる。そうこうしているうちに、すっかり日は落ちてしまった。木々の隙間から見える空には雲一つないが、月は登っていない。星空の観測条件としてはぴったりだが、月明かりのない夜道は、それがあるときと比べて精神的にもずっと細くなる。
「星が見えてきてるけど、いつもと変わらなくない?」と微かに文句を転がすレイをよそに、ドリーは背負っていた革のカバンから手持ちのランタンを取り出し、覚えたての炎魔法で明かりを灯した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
フィン山の中腹にそびえる黒々とした断崖の影に、彼らはある「企み」を描いていた。
「おい! お前ら! あの壁画に書かれていたのは、このあたりで間違いなんだよなぁ?」
「はい。 クァマシヌス様⋯⋯ 我々の考察によれば、この湖の付近であると思われます」
芋虫のような巨体を反らし、辺りを一瞥したクァマシヌスは、「それならよろしい」と言った風に長い触覚を斜めに振った。蛾やバッタのような姿をした部下たちは、その指示に合わせて周囲に分散し、痕跡を隈なく検索し始める。
「なぁ、あの壁画の信用性ってどのくらいなんだ? もう数年も探してるけど、前も、その前もガセネタだっただろう?」
「うーん。結構古いものだったし、じいさんも胡散臭かったし、今回もあんまり期待してないかな」
「だよなぁ。見つかるとしたら前回だったんだけどな。あれは俺も本気で見つかるんじゃないかって思ってたけど――」
「ええい! うるさい! 探索に集中せんかい!」
部下たちの愚痴を、クァマシヌスが一蹴する。
「お前たちは悔しく思わないのか! 我々《虫系魔物》が他の魔物に比べて劣っていると馬鹿にされていることが!」
演説を始めるかの如く啖呵を切ったクァマシヌスに対して、部下たちは「またいつものが始まった」といった風に呆れた表情を浮かべた。
「都市を歩けば『気持ち悪いのに弱い!』だの『弱虫!』だのと蔑まれ、魔王様からは全くもって期待されていない! 戦績だって殆ど変わらないのに、犬系魔物が『かわいい!』と持て囃されているのも気に食わぬ! 思い出しただけで虫唾が走る!」
自らの腹を大きく薙ぐように捻ったクァマシヌスは、周囲の木々をへし折ってみせた。
「この状況を逆転させるためには、何か一発、誰もが驚くような成果を挙げねばならん! ならば、この腹の虫を鎮める方法はただ一つ! 『神の封印された場所』を見つけること! ――魔王様がはるか昔に神と戦い、混戦ののちに神が封印された場所! 魔王様はその場所を忘れられてしまっているようであるから、我々がそれを突き止め、神の時代に完全な節目を打つのだ⋯⋯」
「この話聞くたびに思うけど、魔王様って結構バカだよな」
「な、そうだよな。自分で封印しといて忘れちゃうなんて」
クァマシヌスの語る大きな野望に対して、一匹の蠅が目の前を横切った。
「お前たちは魔王様と直接喋ったことがないから、そんなことが言えるのじゃ! 確かにお茶目ではあるとは思うが⋯⋯ ええい! そんなことはどうでもよい! これは魔王軍が数百年を以てしても成し遂げられなかった偉業である! 馬鹿にしてきた魔族どもめ! 虫の知らせを今に聞くがよい!」
「魔王軍で特別捜索部隊を組んで数百年もやったのに、見つけられなかったんすよね? それを我々が数年で⋯⋯ なんて、虫のいい話がありますね?」
「うるさい! 我々には虫としての天性の勘がある。それより探索に集中せんか! そろそろ資金も虫の息なんだ。血眼になって探したまえ! 今日こそは長き戦いに決着をつけようぞ!」
森には硬い骨格が地面とぶつかる音が犇めいている。夜の闇に溶ける彼らのシルエットは、息をひそめて『その時』に備えていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




