ボードゲーム
「ボードゲームというのは、実際にあった出来事が元になっているのもあるそうだな」
目の前の男は、私にそう言ってきた。
「例えば将棋。あれはもともと戦争の際の布陣を考える時に出来ていったものらしい」
男は話を続ける。
「人生ゲームなんてものもある。あれなど、実に面白い。破産した者はどうなる?開拓農場行きだ。新天地が用意されていて、優しい限りだ」
ふと、男は顔に手をあてて考え込んだ。
「駒の動きは何かの制限によって規定されている。進める方向、さいころの目数。それらを変えようとする者は、ボードゲームに向いていない。彼らはその遊びの本質を理解していないからだ」
考え込む男の眉間にしわが寄る。わずかなうなり声の後に、男は両手を広げた。
「だめだ、逃げ場がない。君の勝ちだ」
私も男の間には、チェスのボードと駒が置かれていた。
「相変わらず、君は強い」
男は興味深そうに、今の勝負の盤面を眺めていた。
「恐縮です」
私はかしこまりながらも、この一局を無事終わらせることができて、安堵の気持ちを感じていた。
「ぜひもう一局やろう」
男は嬉しそうに、盤面の駒を並べ直している。どうやらまだ遊び足りないらしい。
「いえ、夜も遅くなってきました。今日はもうこの辺で」
いくらかの引きとめを経た後に、私は男の家を出た。
「また来た時には、一局お願いするよ」
そう男は言って親しみのこもった握手で私との別れを惜しんだ。
私は一人帰り道を歩きながら、もの思いにふけっていた。
「ただいま」
そう言いながら、家の電気をつける。
誰も返事をする者はいない。当たり前だ。誰もこの部屋にはいないのだから。
それでもこのただいまは癖になっていた。強いて言うのであれば、部屋の中の物たちに挨拶していたのだろうか。それをしなくては、なにか帰ったという気が自分の中で起こらなかった。
フーと、長いひと息をつく。それはまるで、いままでずっと息を止めていたかのような呼吸だった。私は持っていた鞄を投げ出して、ベッドの上へ飛び込んだ。思考だけがやたらとぐるぐる回る。そう思っているのも錯覚で、実は何も考えていないのかもしれない。ぼうっとしている頭に出来た隙間で、自分とは関係のない考えが一人でのびのびと散歩しているような感覚だった。
それは決まって、あそこから帰って来た時に起こる思考の散歩だった。
このはたらきが起きなければ、どうにも落ち着くことがでいない。そのように私は感じていた。
しばらく、そのまま時間を過ごす。やがて立ち上がり、私は食器を洗いだした。




