『高級店まるふく商店』
その夜、まるふく商店にはいつもより早い時間から客が集まり始めていた。
店先には香ばしい匂いが漂い、通りを歩く人々が鼻をくすぐられて足を止める。
厨房のショウイチは、魚焼き器の前で手際よく鯵の干物をひっくり返した。
皮目はこんがりと黄金色、脂がじゅわっと弾けて香りが立つ。
隣ではガラス瓶に詰めたツナが湯煎され、マヨネーズと和えられるのを待っている。
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「おーい、ツナマヨサンド、あと二つ追加!」
店の隅で注文を取っていた衛兵のラルスが声を上げる。
彼は勤務を終えると、そのまま制服姿で店に寄り、同僚や家族を連れてくる常連になっていた。
「うちの娘がここのツナマヨしか食べなくなっちまってな」
「贅沢なガキだな。うちの嫁も毎日来たがるんだよ」
「……っていうか、この干物、他の店の三倍はうまいぞ」
衛兵同士の会話は自然と料理の話題に染まる。
どうやらこの街の魚料理は塩気が強すぎたり、焼き加減が甘かったりするのが普通らしい。
ショウイチの絶妙な火加減と、日本式の調味が“異様に上等”に映っているようだった。
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奥のテーブルでは、衛兵が恋人を連れてきていた。
若い女性は鯵の干物定食を前に、少し緊張した面持ちで箸を取る。
ひと口食べた瞬間、その表情が驚きに変わった。
「……お、おいしい……! 骨もすっと取れる……」
「だろ? ここの料理は祝い事に出しても恥ずかしくないんだ」
「え、こんな庶民的な店なのに?」
「庶民的なのは見た目だけだ。味は別物さ」
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気づけば、まるふく商店はいつの間にか“デートや祝い事に使う店”として定着していた。
店の内装は相変わらず木の棚に缶詰や調味料が並び、壁には売れ残りの雑貨が無造作に吊るされている。
だが客たちにとっては、この飾らない空間が逆に特別感を生んでいた。
ショウイチは厨房で洗い物をしながら、にやりと笑った。
(干物とツナマヨで高級店扱い……こりゃ、この世界、ほんとチョロいな)