港町の仕入れとひったくり
昼下がり、ショウイチは店の前に「本日休業」の札をぶら下げた。
腰には小袋、背負いカゴには包んだステンレス製のアクセサリー数点。
数日で稼いだ銅貨と銀貨、それに換金予定のアクセを手に、南の港へ向かう。
衛兵たちの話では、この港は交易が盛んで、魚介が安く手に入るらしい。
石畳の坂を下りきると、潮の香りと威勢のいい掛け声が飛び込んできた。
「今朝獲れだよー! 丸々太った鯵だ!」
「脂ののったサーモン、銀貨一枚で二匹!」
「鮪の赤身、切り身なら銀貨半枚!」
値札代わりの木札を見て、ショウイチは心の中で計算する。
(安っ……これ、日本なら目玉飛び出すやつだぞ)
結局、鯵十匹、鯖五匹、サーモン二匹、鮪の塊を抱えても銀貨二枚ちょっと。
まだ財布は重い。
「よし、じゃあアクセも売ってみるか」
市場の外れ、宝飾品の看板を掲げた店に入る。
ショウイチはステンレス製の指輪やネックレスを机に置いた。
店主はルーペでじっと観察し、怪訝そうに首をかしげる。
「金や銀じゃないな……だが細工は悪くない。銅貨四十でどうだ」
「……それでいい」
銅貨が財布に加わり、さらに懐が温かくなった。
だが、その帰り道だった。
横道に入った瞬間、背後から足音。
次の瞬間、肩に掛けていた小袋が引きちぎられた。
「おっと……」
逃げる影。
ショウイチは即座に追いかけた。
赤字続きの鬱憤を晴らすかのように、毎日鍛えた体が自然と動く。
港の石畳を踏み鳴らし、三歩で距離を詰める。
右手で首根っこを掴み、体を引き倒す。
地面に叩きつけると同時に、膝で腹を抑え込み、顔面に軽く一発。
「がはっ……!」
「人の稼ぎに手ェ出すな。骨は折らねぇけど、心は折ってやる」
数秒後、ひったくりは涙目で財布を差し出した。
周囲に人が集まり始め、誰かが「衛兵呼べ!」と叫ぶ。
ショウイチはため息をつきながら、相手を衛兵に引き渡した。
手の甲に残った感触を振り払いながら、心の中で思う。
――港は稼げるが、用心も必要だな。
港の衛兵詰所。
石造りの部屋の中で、ショウイチは木椅子に腰掛けていた。
目の前には鎧姿の衛兵と、羊皮紙と羽ペンを構えた書記らしき男。
「氏名は?」
「ショウイチ。まるふく商店の店主だ」
その名を聞いた瞬間、衛兵が一瞬だけ目を丸くする。
「……あの衛兵詰所向かいの? 飯がうまいって噂の?」
「まあ、そうらしいな」
すると奥から別の衛兵が顔を出した。
「その人なら問題ない! 俺も昨日食ったが最高だった!」
確認はあっさり終わり、盗賊の身元や被害状況についての質問も簡単に済んだ。
驚くべきことに、捕まえたのはこの港町でそこそこ名の知れた常習犯だったらしい。
「こいつを捕まえたのは大手柄だ。町から報奨金が出る」
革袋が机に置かれ、ジャラリと金属音が響く。
袋を開けると、銀貨三枚と銅貨数十枚が光っていた。
ショウイチは思わずニヤリとした。
「捕まえただけでこれか……」
詰所を出て港の風に当たる。
潮の匂いと遠くで鳴くカモメの声が心地いい。
だが胸の内には、別の感情が湧き上がっていた。
(……この世界、チョロいぞ)
飯を出せば衛兵が味方になり、
軽くひったくりを捕まえれば銀貨三枚。
下手に商売するより、こっちの方が稼ぎは早い気さえしてくる。
とはいえ、港で買った魚介は鮮度が命だ。
「帰って仕込みだな」
そう呟き、ショウイチは魚の入った背負いカゴを背負い直し、港町を後にした。