悪の手先になった元同級生が我が家を襲ってきたので、家事のついでに倒しました
映画を観ていて、私だったらこの場面はこう書くなぁ……というところから始まった短編です。
朝の光が差し込むキッチンで、クレア・フェイはフライパンを握っていた。マッシュルームとトマトに火が通ったので片側に寄せ、空いたスペースに卵を割り入れる。
鍋ではスープがぐつぐつと音を立て、洗濯物は魔法の風に乗って庭へ飛んでいく。
トースターに入れたパンがそろそろ焼き上がるかな。
「ママ、スプーンが動いたよ!」
五歳の息子がスプーンを凝視しながら興奮している。魔力の芽生えだ。クレアは笑って、その頭を撫でた。
「すごいわね、ティム。でも、スプーンに命令しちゃだめよ。スープをかき混ぜ始めたら止まらなくなるわ」
「はーい!」
平穏で、温かく、幸せな日常。けれどその時、窓がガシャンと音を立てて砕けた。
「ティム、しゃがんで!」
咄嗟に火を消し、腕を伸ばして、息子をかばった。
飛び込んできたのは、真紅のローブに身を包んだ女――ローザだった。
「やあ、クレア。久しぶりね」
「……卒業以来ね。禁呪師の手先になったって噂は、本当だったの?」
「噂じゃない。真実よ!」
ローザは冷たく笑った。その背後には、ゆっくりと闇が渦巻いている。
「警察官の旦那さん、最近忙しいみたいね。夜勤が多いでしょう?
あんたの子を人質にすれば、あの男もすぐに動けなくなる」
禁呪師様にお褒めいただけると、恍惚とした表情を浮かべる。
ティモシーの腕をつかもうとするローザに、クレアはフライ返しを向けた。
「その汚い手、引っ込めなさい。ここは私の家よ。キッチンとリビングの防衛線を甘く見ないで!」
ローザは鼻で笑う。
「フライ返しぃ? 本当に魔法を忘れて、ただの主婦になったのね。情けない」
クレアは一言も返さなかった。代わりに、足元の床が魔法陣のように光を帯びた。
キッチンマットが跳ね上がり、ローザの足元に巻きつく。
「っ、何これ!」
「巻縛よ。使い古された魔法だけど――家事だって立派な魔法だわ」
……ローザは、これが無詠唱だったことに気付いていない。
ローザは怒りに顔を歪め、詠唱を始めた。
「《血滾る刃よ、真紅に踊れ――ラグナレッド!》」
禁呪の一つ。炎の刃が空を裂くようにクレアへと迫った。
「ティム、リビングへ走って! 鏡の裏!」
叫ぶと同時に、クレアはまな板を空中に飛ばし、そこにまとわせた魔法で刃の軌道を逸らした。
ローザは続けざまに二つ目の呪文を構える。
「逃げられると思うな。禁呪《魂刈り(ソウル・カーマイン)》……!」
詠唱の最中に……空中に浮いていた鍋がくるりと回転し、ローザの背後に滑るように移動する。
「……遅いのよ、あなたの魔法は」
クレアの、怒りを帯びた低い声が響いた。
ローザが気づいたときには遅かった。
鍋の中身――『焦げちゃった鍋用の強力洗浄スープ』が、魔法の力で霧散しながら、彼女の首筋に叩きつけられる。
「ぐ、あああっ――!?」
ローザの詠唱が途切れ、生成される途中の闇の靄が空中で霧散した。
床に倒れ込んだ彼女を、すかさずニット用の毛糸がグルグル巻きにする。
ローザは羞恥と怒りでブルブル震えながら、こちらを睨んだ。
許せないのは、こっちの方よ?
「子どもを脅迫の道具に使うなんて! 良心だけじゃなく、プライドも捨ててしまったのね」
クレアは吐き捨てた。
この芋虫には、学年主席を争った面影はみじんも残っていない。
キッチンに設置された消臭魔法が、すでに空気を浄化し始めている。
床に這うローザが呻いた。喉を洗浄剤で痛めつけられて、かすれ声だ。
「……主婦風情が、こんな……力を」
「専業主婦が弱いなんて、誰が決めたの?」
そう言って、クレアはひとさじの砂糖を紅茶に落とした。静かに蒸気が立ち上がる。
「私は朝ご飯を作りながら、洗濯と掃除と買い物リストと防犯結界のメンテナンスを同時にこなしてるの。
今、この紅茶を用意したのも気付かなかったでしょう?
同時に複数の魔法を展開、でも丁寧に。一秒も無駄にしない。それが主婦の魔法よ」
ローザは唇をかすかに震わせたが、もう何も言わなかった。
「そうそう、『ママの毛糸ムチムチネット』!」と唱えて、毛糸を弾力のある網目状に変化させる。
リビングから顔をのぞかせたティモシーが、
「悪いことして、お仕置きされてるの?」と訊いてきた。
そう、これはティモシーがイタズラをして逃げ出したときに、捕獲するために編み出した魔法だ。
「パパに悪い人を捕まえたと連絡しましょうね。
お坊ちゃま、その間にブレックファストはいかが?」
十数分後に夫が同僚の警察官を連れて帰宅し、ローザは現行犯で逮捕された。
「大丈夫だったか、クレア、ティム……!」
徹夜明けの疲れた顔で彼が抱きしめてくる。
けれど、クレアは肩をすくめた。
「別に。あなたが敵わなかったローザ、倒しといたわよ」
「……マジで……?」
「マジマジ」
ティモシーが握っていたスプーンを浮かせながら、言った。
「ママ、すっごかったよ!」
クレアは微笑んだ。
「でしょ?」
その笑顔の裏で、もう一つ呟く。
(一撃の魔法が強いだけじゃ、家庭は守れない。
子育ては、気を抜けない修行みたいなもの。常に全方位、神経を張り巡らせているのよ)
いかがでしたでしょうか? 肝っ玉母さんって、素敵ですよね。
呪文など生成AIを利用した箇所があります。