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決戦、ユミナの森

第一節:仲間と共に戦場へ


 轟音とともに走る、魔導列車の車輪の音。


 窓の外に流れる景色は、かつて見慣れた大地。けれど、どこか違う。大気が震えていた。風が緊張していた。


「……ユミナの森は、すぐそこか」


 カインは立ち上がり、列車の通路に立つ。リオナ、レオナ、フィリアが静かに彼の背中を見守っていた。


 胸がざわついていた。アクアリスが待っている――そんな予感が、胸を焼くように響いていた。


 そのときだった。


 列車が突如、急停止した。


 車内に緊急魔導アラームが響き渡る。


『警告。前方路線に異常な魔素反応。魔導路線、安全確保のため一時停止』


「……やっぱり、来たか」


 カインが呟いた。遠く、空に漂う水晶の残滓。アクアリスがまた、力を振るっている。


「このままじゃ、森に辿り着けないわね……!」


 リオナが歯を食いしばる。そのとき、光が列車内に射した。


 ぴしゅん――と空間が切り裂かれる音。

 時空の向こう側から、歩み出たのは一人の女性――導師、レイナ・ヴァルティア。


「……あなたたちを止める気はないわ。だからせめて、これを教えに来た」


 そう言って彼女は、手を差し出す。


「転移魔法よ。《エクスゲート》。緊急時用に、私が開発した術式」


 その言葉にカインたちは目を見開いた。


「一度だけ、自力で開けるように教えてあげるわ。でも制御を誤れば、次元の狭間に消えることになる。覚悟しなさい」


 その言葉に、カインは頷いた。


「覚悟なら、もうとっくにしてます。あいつと、決着をつけるって」


 


 ***


 


 次の瞬間――


 白い光が空間を裂いた。レイナの魔力を軸にして、カインたちはそれぞれの術式を重ねる。


 《エクスゲート》


 呪文が口をついて零れた瞬間、魔力の門が開いた。


 時空の狭間を抜け――辿り着いたのは、再びの場所。


「……ここは……」


 カインは目を見開いた。そこは、かつて目覚めた街――暁都・神苑通り。


 けれど、景色が違っていた。


 赤レンガの駅舎。きらびやかな浮遊通路。官庁と商業の街が複雑に交差し、都市そのものが別物のように変貌していた。


「まるで、知らない街みたいだな……」


 カインの呟きに、フィリアが微笑んだ。


「都市再編ね。ここ数ヶ月で、急速に整備が進んだと聞いています」


「なるほど……でも、変わったのは街だけじゃない。俺たちも、変わったんだ」


 カインは拳を握りしめた。


「――行こう。あいつが待ってる」


 


 ***


 


 ユミナの森。


 再び足を踏み入れたその場所は、かつての静けさを失い、空気そのものが震えていた。

 木々は囁きを止め、湖は月光を飲み込むように沈黙し、まるで世界が呼吸を忘れたかのようだった。


 湖の中心──

 その水面の上に、ひとりの少女が立っていた。


 蒼銀に揺れる長髪、透き通るような肌。

 だが、その瞳だけが赤く燃え、狂おしいまでにカインを見つめている。


「来てくれたんだぁ、カインくん……嬉しい……ほんとに、嬉しいの」


 その声は、もうあの挑発的なメスガキのものではなかった。

 どこまでも愛しげで、どこまでも本気で――だからこそ、狂気に満ちていた。


「俺は……お前と戦うために来た。今度こそ、負けない。俺たちはもう、前のままじゃない」


 カインが剣を構えると、アクアリスはふわりと微笑んだ。

 その笑みには、痛みと喜びが交じり合っている。


「うん……そうだよね。強くなったんだよね、カインくん……ボクも、ちゃんと見せなきゃ……」


 そう言って、彼女はそっと胸に手を当てる。

 コアのように輝く赤い光が、ゆっくりと脈動を始めた。


「ボクね、あなたに会えなくて……ずっと寂しかったの。でも、寂しいだけじゃないの。胸の奥が、ずっと熱くて、張り裂けそうで……だから、気づいたの」


 その言葉と共に、湖面が波打つ。

 彼女の身体を中心に、魔力の波動が吹き上がる。


「これはね、恋じゃない。ただの想いじゃないの。……これは、運命なの」


 瞬間、彼女の背中に蒼光が咲いた。

 水晶のような羽根が広がり、彼女の身体を優しく包み込む。


 その光の中で、アクアリスの姿が変わっていく──


 肌が透き通る鱗に覆われ、髪が水のように舞いながら風へと消え、

 しなやかな四肢が鋭く伸び、指先が爪に変わっていく。

 足元から濃密な魔力が噴き上がり、彼女の影が巨大な竜のものへと姿を変えた。


「カインくんだけを、見てるの……ずっと、ずっと……だから――受け止めて、ボクの全部を!」


 最後の言葉と共に、変身は完成した。

 そこに立つのは、かつての少女ではない。


 背に六枚の水晶の翼を持ち、氷と水晶が織り成す蒼き鱗に包まれた、美しき神話の竜──

 セレナス・スライム、ドラゴン形体。


 その瞳はなおも、カインをまっすぐに見つめていた。


「……行くぞ、みんな。今度こそ――あいつに、俺たちの“今”を見せる!」


 剣を抜いたカインの金の眼に、かつてないほどの決意が宿っていた。


第二節:ドラゴン形態との激闘


 ドオォォン……!


 ユミナの森に、轟音が響いた。


 爆発の余波で大樹がなぎ倒され、大地は白く凍りついていく。

 空を裂くように吹き荒れる氷のブレスが、森の色彩を塗り替えていく。


 その中心に舞うのは、一体の蒼き魔竜――

 水晶の羽根を広げた、氷と水の神秘を纏う存在。


 それは、セレナス・スライムへと覚醒したアクアリス。


 その赤く輝く瞳が、真っ直ぐにカインを捉えていた。


「ふふ……見ててね、カインくん。これが、わたしの――“愛の証”♡」


 ルビーのように煌めく瞳が細められる。


 ルビーのような目が笑う。水晶の羽根が鋭く光ると、次の瞬間、空が割れた。


 水と氷を圧縮して放たれる超高圧の刃――《アイス・シェルクレイ》が四方へ降り注ぐ。


「来るわよ、カイン!」


「わかってる!」


 カインは咄嗟に剣を構え、リオナと背中合わせに立つ。


 リオナの剣が旋風を起こし、炎の力をまとった太刀が《氷刃》を斬り払う。


 フィリアの防御魔法が瞬時に展開され、爆発の余波を遮った。


「……くっ、前よりずっと強い……!」


 レオナが一歩引きながら、詠唱に入る。


「でも、こっちだって……何もしてなかったわけじゃないもんっ!」


 レオナの杖から炎の奔流が走り、《ファイア・ショット》がアクアリスの翼を焼く。


 だが――


「えへへ……無駄だよぉ? だって、ボク……誰かに囁かれたんだもん。“もっと強くなって、彼を手に入れなさい”って……♡」


 アクアリスの笑みが妖艶に歪む。


 言葉の端々から滲むのは、誰かの意志なのか、それとも彼女自身の欲望なのか。

 甘やかで、狂気を帯びた、曖昧な“囁き”。


 そして――アクアリスは、ふっと力を抜いたように、微笑んだ。


「……ねぇ、カインくん。ボクのこと、ちゃんと見て……?」


 その声は、どこまでも優しく、どこまでも儚い。

 けれどその瞳の奥には、決して引く気のない執着と、恋のような熱が、確かに宿っていた。


 その一瞬、カインは動けなかった。


(……くそ……なんだよ、その顔……。そんなふうに言われたら……)


 胸の奥が締めつけられる。

 あの笑顔は、あの時の彼女とは違う――

 無邪気だった少女が、恋を知り、歪なほどに愛を深めた“今”の表情だった。


 だが。


(それでも……止めなきゃいけない。あれは、俺たちを殺す気で来てる)


 強く息を吐き、剣の柄を握る指に力を込める。


「カイン、迷わないで!」


 その声が、戦場の空気を切り裂いた。


 リオナが剣を手に前へ出る。その目には、震えと、覚悟が同時に宿っていた。


「その顔……アンタが止めなきゃ、誰が止めるのよ!」


「彼女は……苦しんでいます。たぶん、心の奥で、ずっと」


 フィリアの祈るような声が重なる。

 その静かな言葉が、カインの中の迷いを、静かにほどいていく。


 彼女は今、孤独だ。

 それでも“見てほしい”と叫んでいる。

 だから――応えなきゃいけない。


「……わかってる。俺が……俺たちが、止める!」


 カインが一歩前に出た、その瞬間――


「じゃあ……まずは、試してみて? “ボクの愛”が、どれだけ重いか……♡」


 アクアリスが翼を広げ、氷の魔力を収束させる。

 蒼い輝きが天に昇り、空間が悲鳴を上げた。


「来る……ッ!」


「《アイス・シェルクレイ》――っ!」


 空間を裂いて、氷の刃が四方へと解き放たれる。

 超高圧で圧縮された氷魔力が、命を刈り取るように降り注ぐ。


「くっ――みんな、散開っ!」


 カインの叫びと同時に、リオナが真っ先に飛び出す。


「《紅焔壁こうえんへき》!」


 剣から放たれた炎が、氷刃の一つを焼き切り、衝撃波を食い止める。

 フィリアの防御魔法がすかさず展開され、仲間たちの頭上を守る光のドームが現れた。


「レオナ、右から援護してくれ!」


「合図は任せたよ、カインっ!」


 レオナの杖が煌めき、雷と炎が混じる魔法弾がアクアリスの羽根を撃ち抜く。

 その隙をつき、カインは駆ける。


(あの時と違う。俺はもう、一人じゃない)


 かつての自分には、背中を預ける仲間なんていなかった。

 だが今は違う。――ここには、信じ合える絆がある。


「リオナ、右の翼、お願い!」


「任されたっ!」


 炎を纏ったリオナの剣が、アクアリスの翼を薙ぐ。

 咆哮とともに竜が振り向いた瞬間、カインはその懐へ飛び込んだ。


 二刀を構える。

 風が裂け、重なる剣閃が奔る。


「――《ツイン・ストライク・ブレイク》!!」


 閃いた双剣が、竜の爪と正面から激突。

 火花が飛び散り、空気が震えた。


 鮮やかな連携により、二人の間に確かな信頼が芽生えていた。


「……ありがとう、リオナ」


「べ、別に……アンタがちゃんと動いたからでしょ……」


 顔を赤らめながらも、リオナは目を逸らさない。


(強くて、優しくて……不器用だけど、誰より真っ直ぐで……)


 その横顔に、カインの胸が少しだけ熱くなる。


 ***


 


 衝突の音が、森を揺るがす。


 アクアリスの攻撃はなお激しさを増すが、それに応じて、カインたちの呼吸も一つにまとまっていった。


 剣と魔法。支援と攻撃。


 個の力では敵わない相手に、仲間との「絆」で挑む――。


 それは、かつての孤独な少年が手にした、かけがえのない成長の証だった。


「……もう一度言うよ、アクアリス」


 カインが剣を構え、前に出る。


「今度こそ――俺たちで、お前を止める!」


 空の中、アクアリスの微笑が、ほんの少しだけ揺れたように見えた。


第三節:勇者の覚醒と、終わりなき戦いの幕開け


 仲間の支援、仲間の声、仲間の想い――


 そのすべてが、今の自分を作っている。


「カイン、後方からの支援、整いました」


 フィリアの声とともに、カインの体に薄く輝く魔法のバリアが纏われた。


「今よ、カインくん! あのドラゴン、隙を見せた!」


 レオナの魔導書が燃え、アクアリスの周囲に炸裂する光と熱が巻き起こる。


 その瞬間を、彼は見逃さなかった。


 仲間を信じる力が、自らを突き動かす。


「――俺は、もう一人じゃない」


 カインの両目が金に輝く。


 その瞳の奥から、力があふれ出した。


 剣が震え、風が鳴く。


「この想いと――剣に込める!」


 カインの声とともに、剣に蒼白い光が宿る。


 新たなる力。未だ名もない、勇者だけに与えられし魔法。


 それは――


「《ソウルリンク・ブレイカー》!」


 叫びとともに、彼の一撃が炸裂した。


 空を断つように放たれた斬撃が、アクアリスの水晶の翼を貫いた。


 光が爆ぜ、氷の鱗が砕け、アクアリスの巨体が空から――地へと、落ちた。


 


 ***


 


 沈黙が、森に降りた。


 土煙の中で、水の波紋だけが静かに揺れていた。


「……終わった……のか?」


 カインがそう言いかけたとき――


 水音が跳ねる。


 ゆらりと、蒼い影が立ち上がる。


 そこにいたのは、もはやドラゴンではなかった。


 背中に水晶の羽を持ち、滑らかな肌と美しい肢体を纏った、覚醒後のアクアリス。


 紅い瞳を伏せたまま、唇を少しだけ噛む。


 その頬には、熱に火照るような赤みが差していた。


「……ふふ……やっぱり、カインくんは……強いね」


 彼女はゆっくりと目を上げる。

 その瞳には、敗北の悔しさと、しかしそれを上回る想いが宿っていた。


「でもね……」


 アクアリスが、羽をふわりと広げる。


 空気が震えた。魔力がざわついた。


「終わってないんだよ――まだ、“ほんとのわたし”はここからなんだから」


 その言葉に、カインの背筋が冷えた。


 これは、終わりではない。

 今のは――まだ、序章に過ぎなかったのだ。


 アクアリスの体が再び淡く輝く。


 その輝きは、怒りでも絶望でもない。

 それは“想い”だ。カインへ向けられた、狂おしいまでの“恋情”。


「ねぇ、カインくん……今度こそ、わたしの“全部”を、受け止めて?」


 彼女の瞳が、すべてを語っていた。


 宿命が、想いが、そして愛が――次なる戦いを呼び起こしている。


 カインは、再び剣を握りしめる。


「……あぁ。受け止めてやるよ、お前の“全部”を」


 闇と水が重なる空の下。


 静かな決意と、燃えるような恋情が交錯する――


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