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おちこぼれ召喚術師と魔王の子  作者: 藤宮晴
一章 長い冬の終わり
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【5】フラホルクの国宝様とおやつ係

 フラホルクの千年守護者。

 女王アリアーヌの番。

 長い歴史の生き証人。

 生きた化石。黄金獣。

 〈聖獣〉国宝様――ひとつひとつをあげれば、キリがない。

 さまざまな異名を持ち合わせる彼は、その綽名が意味する通り古くから生き続けている。

 彼の語る歴史は一聞信じがたくとも多くの文献と合致するし、現に、彼自身を記す書物も数多く残されていた。

 魔導学院に籍を置く生徒たちが「未来の担い手」と言うのであれば、彼はまさしく「過去を担った」存在と言えるだろう。

 もうかれこれ千年以上は生きている、と自称する彼は、只の人間と殆ど見分けがつかない。

 人間の寿命を遥かに凌駕しながら、その外見は二十代の半ば。

 長身痩躯で顔立ちの整った、非常に見目麗しい若者の姿。

 黄金色の髪をなびかせて魔導学院内を悠々と闊歩する美貌の青年は、まるで物語の中から出てきた王子様のよう――と、たいていの女子生徒はうっとりとした羨望の視線を向けるのである。

 中身を知っているウルリカからすれば、暇を持て余した老人が敷地内をあてどなく徘徊しているようにしか思えなかったが。

 かの偉大な女王アリアーヌが逝去し、〈守護聖獣〉の身分から解放された彼は、彼の生まれ故郷の異層あちらがわに戻るのではなく、女王アリアーヌが愛した国、そして民とともに生きる道を選んだ。

 フラホルク王室の長い歴史に寄り添い名を刻む彼は、女王アリアーヌを輩出した聖マルグリット高等魔導学院にも所縁ある存在だ。

 そのため、関係者不可侵となっている魔導学院内への立ち入りが特別に許されているのだという。

 エリオットは元宮廷召喚術師で、なおかつ魔導学院の卒業生であることから、ハーヴェイとはとくに親しい間柄であるようだ。

 ウルリカが魔導学院に入学する以前は、養父が仕事に出ると、どうしても日中、家には幼いウルリカがひとり残されてしまう。


「老後に悠々と孫の子守ができるのは、尊敬されるステータスの一種らしい」


 と、エリオットの口車にまんまと乗せられたハーヴェイに、幼いウルリカが預けられることは度々あった。

 おかげでウルリカは寂しく過ごさずに済んだが――ウルリカがどうにも穿った思考になりがちなのは、真摯な養父ではなく、この曲者の老人の影響を強く受けたからだと思っている。

 ハーヴェイはソワソワと落ち着きない態度で、ウルリカに訊ねてくる。


「なあなあ、ウルリカ。なぜ授業に出ないのだ? 何か悩み事でもあるなら、このハーヴィおじいちゃんが、聞いてやるぞ?」


 たれ目がちな黒色の瞳が爛々と輝いていた。

 七色の虹彩がきらめく瞳は、まるで宝石のようである。

 口ぶりこそウルリカを心配したそれだが、内情は異なる。

 長い付き合いになるからこそわかる。察するに、ウルリカを暇つぶしのおもちゃにするつもりなのだ。


(面倒なときに、面倒な人と、遭遇しちゃったなぁ……)


 正直、育ててもらった恩はあっても、尊敬はしていない。

 偉い立場ではあるが、中身はろくでもないこの老人。

 幼いウルリカに常識ではなく非常識を叩き込んでは、散々振り回してきたのである。

 ウルリカの首根っこをひっつかんで、


「たくさん食べないと、人の子は大きくなれないからな!」


 と王宮の厨房に盗み入ったり。


「情操教育を育むには絵心も大切だな!」


 と歴代の王や女王の肖像画にらくがきをしたりと、様々な悪事に加担させられた過去は数知れず。

 魔導学院に入学すれば彼と顔を合わせる機会目減るだろう――と高をくくっていたが、現実には、こうして度々出くわしている。

 過去の経験則より、彼に絡まれたら最後、ろくでもないことに巻き込まれる方が多い。

 ウルリカがどう追い払うか算段していると、ハーヴェイはフフン、と胸を張って言う。


「何せわたしは、フラホルクの千年守護者! かれこれ千年以上は王室の守護と相談役を務めているのだからな! 安心実績の、その道の専門家をぞんぶんに頼るといい!」


 果たして本当に務まっているものか。過去のおぞましい狼藉がウルリカの脳裏によぎる。


「……ハーヴィおじいちゃんが相談に乗ってくれるなんて、身に余る光栄ね。お気持ちだけいただいておくわ」


 それとなく断りの言葉を返して、ウルリカが歩き始めると、ハーヴェイもヒョコヒョコとその後ろをついてくる。

 ウルリカは職員棟の方角に向かっていた。魔導学院の職員であれば、召喚術以外にも、この老人の扱いに長けている。

 適当に預けて、あとは彼の保護者に引き渡してもらおうと決めたのだ。


「お気持ちだけだとぉ? 謙虚なことを」


 背後から不満そうな声で、ハーヴェイがグチグチと言い始めた。


「いいか、ウルリカ。若いうちは遠慮をするものではないぞ。何も金をとるわけでもないし」


「うらぶれた場末の占い師や、乞食も拒まない教父様でさえ相談料をとるんだから、その道千年の専門家様がお金をとらないと市場が壊れるわよ」


 どうしたら諦めてくれるんだか、とウルリカが頭をうんうん悩ませていると。

 グウ、と大きく――腹が鳴る音が聞こえた。

 ウルリカは思わず足を止めて振り返る。

 ハーヴェイは悲愴に満ちた顔で、お腹のあたりに手を当てていた。


「……また、『朝ごはん』、食べ損ねたの?」


「はて、どうだったか。こうも長く生きていると、最近、物忘れがひどくてな?」


 齢千年越えの老人にとぼけた調子で言われると、それが事実か冗談か判断がつかない。

 ウルリカは何と返せばいいか、困惑し口を噤む。

 かといって、お腹をグウグウ切なげに鳴らし始める老人を前に、ウルリカに何もしないという選択肢はなかった。

 空腹のつらさを、ウルリカは何よりもよく知っているからだ。

 ウルリカは溜息をこぼしながら、右腕を差し出した。


「……しょうがないなぁ。少しだけなら魔力、食べてもいいよ」


 ここでいう『朝ごはん』は人間が必要とする食事ではなく、彼という存在を維持するために必要不可欠な魔力を指している。

 一般的な〈守護聖獣〉同様、彼を人間の世界に繋ぎ止めるには魔力を要とする。

 フラホルクの千年守護者はその強大な力に比例して、多くの魔力を消費するのだ。

 通常であれば、彼の盟友である女王アリアーヌによって与えられるべき魔力だが、彼女の没後は宮廷召喚術師が供給の役目を果たしているという。

 しかし、朝早くから城を抜け出すおてんばな国宝様。うっかり朝食も抜きがちなのだ。

 食べても燃費が悪くいらっしゃる……と、いつだったか彼のお付きの宮廷召喚術師がぼやいていたのを思い出す。


「ほんとうかっ!」


 ハーヴェイはぱっと瞳を輝かせた。

 よほど腹が減っていたのか、恐ろしいほどに食いつきがよい。

 ウルリカは差し出した右腕の指を彼の鼻先に突きつけながら、強い口調で念を押した。


「言っとくけど、少しだけよ。それと、あたしの躰の一部、あげるんだから。お金はキッッッチリ貰うからね?」


「言い方。ウルリカはもっと、自分の躰を大切にした方が良いと思うぞ、わたしは」


 と口では窘めながらも、ハーヴェイはそっと下ろしたウルリカの手の甲に、自らの左手を重ねた。


「んん……」


 ウルリカは軽く呻いた。

 彼が触れた瞬間に、何かが吸われるような、ムズムズとした、慣れない感覚が訪れる。

 ハーヴェイがウルリカの魔力を食べたのだ。

 妖精の眷属や小型の〈聖獣〉は花や木の実をムシャムシャと口から食べるけれど、この老人は腕にいきなりガブリと嚙みついたりはしない。よほど女王アリアーヌとその子孫の躾がよかったのだろう。

 彼の食事は、ほんの数秒のことだ。

 それでも、魔力の少ないウルリカからすれば、ごっそり持っていかれた。


(強欲クソジジイ……)


 少しだけ、と忠告したのに。ウルリカは小さく舌打ちする。

 ウルリカはハーヴェイを叱責しようとした。

 だがその矢先、貧血が起きたあとのようにクラリと立ち眩みに見舞われる。

 わずかに体勢を崩し、たたらを踏んだウルリカの腰を、ハーヴェイが片腕でヒョイ、と器用にも支えた。

 彼はペロリ、と赤い舌でくちびるを舐めると言う。


「ウルリカの魔力は量こそ少ないが、宮廷召喚術師に劣らず美味いなぁ」


「……それはどうもぉ」


 人間の身では魔力の質なんていまひとつわからないが、初めて顔を合わせたときから、彼からはベタベタに褒められている。

 そうは言いつつも、しょっちゅう同じ手口で生徒を口説く彼の姿は見かけていた。

 結局のところウルリカも例に漏れず、彼の「予備のおやつ」として換えの利く都合のよい存在なのだろう。

 それでも褒められて嫌な気はしない。こんな見え透いた甘言で喜ぶなんて、我ながら情けないと思いつつ、ウルリカはすまし顔を取り繕う。

 それから、ハーヴェイの腕を押しよけると、手のひらを差し出した。

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