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おちこぼれ召喚術師と魔王の子  作者: 藤宮晴
三章 噂と予兆
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【12】『終わり』まで、あと少し

 ウォーレン・ノールズを筆頭とした召喚術同好会の学生たちは、身の丈に合わない召喚を行おうとしていたようだ。


 ――〈天竜〉セルヴィッジ。天空の覇者で、心優しき慈愛の竜。


 だが、暴走した召喚の陣で呼び出された彼は、今では自慢の翼が折られ、哀れにも地に伏している。

 聖マルグリット高等魔導学院には、エリオット・ネヴィルのように戦闘に特化した元軍属の召喚術師が多く在籍している。

 そのため、あの〈天竜〉セルヴィッジを相手にしながらも、彼の暴走を抑え込むことができたのだ。


(〈天竜〉セルヴィッジは戦闘不能に陥っているけど、故郷あちらがわに帰れば、魔力で傷は癒えるだろう)


 中庭奥の訓練場は、学生たちは足を踏み入れぬよう、教師たちによって侵入を阻む結界が張られていた。

 物好きな学生たちが一目見ようと集まっているが、エミールはその場にはいない。

 どちらかと言えば小柄なエミールでは、野次馬の群れに埋もれてしまうのだ。

 だからエミールは今、空の上から訓練場を眺めていた。


(セルヴィッジは倒れ、迷い込んだ他の〈魔獣〉も討伐された。あらかた、事態は収束したと考えていいかな)


 今教職員たちは、暴走した召喚の門の解除にあたっている。もうしばらくすれば、エミールは動きづらくなってしまう。人の集まっている今が、絶好の機会だ。

 『天使』の姿は、好んではいないが、情報収集に持ってこいである。エミールはひっそりと地上に降り立ち、人目のつかない場所で、〈武装〉を解いた。

 エミールが降りたのは、中庭の訓練場からほど近い職員棟。召喚の余波や、〈魔獣〉の攻撃で古く歴史ある建物は、半分崩壊しかけている。

 廊下は凄惨たる有様だ。ガラスの破片を避けながら、エミールはとある研究室の前に辿り着く。


(鍵だけなんて、間者のくせに不用心だね)


 鍵こそかけられていたが、魔術で強引に解除する。ミルカとは異なり、部屋の主は侵入者向けの結界を張っていないらしい。

 窓が割れ、荒れた部屋に人の姿はない。

 部屋の主は慎重な性格なのだろう。残念ながら、彼の素性を表す証拠は何一つ存在しなかった。


(でも、貴方がウォーレン・ノールズを唆したんだろう?)


 エミールはローテーブルに腰を下ろして、中庭がある方を睨みつけた。


(ウォーレン・ノールズに、〈天竜〉セルヴィッジの召喚の陣が書けると思えない。空から見た召喚の陣は、明らかに暴走するよう、仕込まれていた)


 エミールたちが〈天竜〉セルヴィッジを召喚したとき、召喚の陣に不備があるとスティーブ・ニーンは指摘し、強く叱責した。

 だがあれは、彼による工作だ。召喚後の騒ぎに乗じて、彼が密かに召喚の陣の術式を書き換えたのを、エミールは目にしている。

 彼が不正に手を下すことを、エミールは何とも思わなかったが、今後の学生生活の妨害になると考え、魔導学院側に彼の不正を密告したのだ。

 以前から教職員の不正に、魔導学院の運営側も頭を悩ませていたらしい。

 スティーブ・ニーンは元軍属で、おおかた上司であったマルコ・マスカールから「孫をよろしく」とでも言われていたのだろう。

 だが、マルコは清廉潔白な人物で、汚職は決して許さない人間だ。純粋に孫を案じた言葉を曲解してしまったか。


(軍の決められた術式ではなかった。でも独自オリジナルじゃない。ある程度の規則性を持った、特徴のある術式を、僕は昔、見たことがある)


 ウォーレン・ノールズを唆した『その人』は〈天竜〉セルヴィッジの召喚の陣の書き方をウォーレンに教えた。必ず、暴走するそれを。

 だが、『その人』の正体がウォーレンの口から語られることはないだろう。彼は暴走に巻き込まれ、命を落としてしまったからだ。


(近いうちに、また、事件が起きるだろうね……その時、黒幕を突き止めてやる)


 それが本来のエミールの目的なのだから。

 近いうちに起きるだろう、〈魔王〉の復活。

 それを阻止するべく、エミールは聖マルグリット高等魔導学院に送り込まれた。

 双子のエステルは何も知らず、護衛の任務にあたっている。

 彼女にとっては願ったり叶ったりだろう。エステルは昔から、ウルリカの〈守護聖獣ゆうじん〉になりたいと想い続けていたから。

 エミールはそっと瞼を閉じる。


 ――あんたは〈魔王〉復活したら大変だと信じ込んで、あたしを守ってくれているってこと?


 ――仮にそんな事態が起きたとしたら、ウルリカ・ネヴィル、ボクは命懸けで君を守ると約束する。


 少し前に交わした言葉を思い返しながら、エミールはひとり、微笑みを浮かべる。


(ノアの利用価値も高い。でもそれ以上に、ウルリカ・ネヴィルは最上級の餌だもの。黒幕を炙り出すために、有効に使わせてもらうよ?)


 たとえウルリカの身を危険に晒して、エステルの想いを裏切ることになっても。

 エミールは大義を前に、躊躇いはなかった。

 だから、胸が苦しいのは、ちょっとした気の迷いなのだ。


 ***


 闇の獣たちもまた、聖マルグリット高等魔導学院で起きた不幸な事故を観測していた。

 〈黒杖の公爵〉は遠見の魔術を使い、魔導学院から遠く離れた安全な場所で、すべての惨劇を目にしていたのだ。

 聖カトリーヌ高等魔導学院はフラホルク統一王国でも、三大魔導学院のひとつと称される歴史ある教育機関だ。

 高位貴族向けの学生寮の一室。居室内のしつらえは部屋の主の好みが反映されている。

 高級だが最低限の家具が置かれるのみで、装飾の類は少ない。

 学習用の机の上には、水に張った盥が載せられている。


「ついに始まったか」


 夜闇に紛れてしまいそうなサラサラの黒い髪は艶やかで、白い肌は雪のよう。

 つくりものめいた美貌は薄い微笑みを湛えて、水面を眺めている。

 遠見の魔術の効果は切れ、静かな水面に映るのは、聖カトリーヌ高等魔導学院の制服を身に着けた、『美しい人間』の少年だった。

 〈黒杖の公爵〉は人間に化けている。いや、人間が獣に化けているともいえる。


 ――フラホルク統一王国の宰相、バート・オーデッツの孫。エセル・オーデッツ。


 それが〈黒杖の公爵〉の人間としての名だ。


「〈老老獅子王〉。封印された〈魔王〉復活の時は、いよいよ近いようだな」


 エセルは窓際でまどろむ獅子の獣に声をかける。

 〈老老獅子王〉はエセルの声に反応するよう、ピクリ、と耳を動かした。

 〈老老獅子王〉は一度故郷に戻り、右脚の怪我は既に完治している。

 一応は人の身であるエセルは、腹を宝剣に貫かれ、全快するまでそれなりに時間を要した。

 それでも傷跡ひとつ残っていないのは、エセルの躰に悪魔の血が流れている、そのおかげだろう。


「封印か。〈魔王〉は初めから封印など、されておらぬのだがな」


 〈老老獅子王〉はエセル・オーデッツの〈守護聖獣〉として身を偽っていた。そのため、凶悪な本性を隠し、凛々しくも優美な姿をとっている。


「初代〈魔王〉は生きている。今もなお」


 フラホルク統一王国。偽りの歴史で作られた、千年王国。

 その秘密が暴かれるとき、フラホルクは新たな歴史が紡がれる。

 普段は貴族の子らしく、澄ました演技をするエセルも、大局を前に高揚は抑えきれない。

 滲む喜びを隠せず、エセルは口にする。


「〈雪の獣〉も誘おう。彼もこの時を待ち望んでいたと思うから」


「どうだろうな」


 〈老老獅子王〉は片眼を閉じて口にする。


「あれは何よりも、人間を愛する獣だ。人の世の終わりを望んではおらぬよ」


 ***


 〈雪の獣〉は遠い空の果てを見つめていた。


(なまえ、呼ばれた、気がする)


 〈雪の獣〉が吐息を零せば、周囲の空気が凍るようだ。

  事実。〈雪の獣〉は冬を呼び起こす獣。彼が自ら望まずとも、世界に冬をもたらすことができる。

  生まれ持った強大な力を、〈雪の獣〉は未だ制御できていない。

  母は偉大な悪魔だった。彼女の愛は、幼い少女の願いを叶えたのだという。


(ぼくも、おかあさんのように、優しくて暖かいひとに、なりたいな)


 〈雪の獣〉が理想とする姿は、『おちこぼれ』と呼ばれた少女と同じであることに、彼はまだ気づいていない。

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