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おちこぼれ召喚術師と魔王の子  作者: 藤宮晴
三章 噂と予兆
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【11】悪意を滲ませた召喚陣

 ――もし俺の邪魔をするなら、容赦しない……殺す。


 冗談で脅しているわけではないのだろう。告げる彼の声音には明確な殺意が滲んでいた。

 絶句したウルリカが押し黙っている合間にも、彼は職員棟の出口に向かって歩いていた。

 教職員たちはあらかた逃げ出した後なのだろうか、道中はまったくすれ違わない。

 職員棟に紛れ込んだのだろう、何度か〈魔獣〉が立ち塞がったが、ミルカは魔術で退けていた。召喚術師でありながら、魔術師としての腕も立つのだろう。

 職員塔の外に出て、ウルリカはようやくミルカの肩から降ろされた。


「どうやらお迎えが来たみてーだな」


 ミルカは空を見上げて言う。

 彼の視線の先から、もの凄い勢いで、何かが落ちてくる。

 流星のような、白銀の槍。

 美しく清廉な雰囲気の天使の〈聖獣〉は、エスエルの〈守護聖獣〉であるプリュムだ。


「ご無事ですか、ウルリカ」


「ピギャっ」


 頭にノアを乗せたプリュムはわずかに身を屈めて、ウルリカと目線を同じくする。

 それからひとしきり、ウルリカの顔や躰を触って検分すると、ほう、と安心したように吐息をこぼした。


「お怪我はないようですね」


「心配すんな。ウルリカ・ネヴィルには傷ひとつつけていねーよ」


 ウルリカをさりげなく背に隠すプリュムに、ミルカは探るような目つきを向けて呟く。


「双子の天使が守るほどの価値が、ウルリカ・ネヴィル……いや、その〈聖獣〉にあるのか?」


 プリュムは無言で槍を構えたので、ウルリカはギョッとして彼女の細腕を掴んだ。


「ちょっと、プリュム!? 何してんのよ!」


「ウルリカに害をなすものは、殲滅します」


(せ、殲滅って……)


 本気らしいプリュムに、ウルリカは困惑顔を浮かべるが、ミルカはちっとも動じていない。


「ふん。飼い主に似て血の気の多い天使様だな。ウルリカ・ネヴィルにも、その『トカゲ』にも、今は手出ししねーよ……ヨナーシュ!」


 ミルカの呼びかけとともに、彼の右の耳飾りが光る。

 現れたのは黒く大きな鳥獣。彼の〈守護聖獣〉だろう。

 鳥獣に颯爽と飛び乗ったミルカは、見慣れた教師の顔つきで告げる。


「ウルリカ・ネヴィル。そして天使。貴様らは魔導学院を脱出し、安全地帯まで逃げろ。後のことは我々教職員に任せるように」


 有無を言わせぬ口ぶりのミルカは、鳥獣の〈聖獣〉とともに、中庭の方へと姿を消した。


 ***


「そうだ。言い忘れてたわ。プリュム、助けに来てくれてありがとう」


 プリュムに横抱きにされたウルリカが礼を述べると、彼女は口元を緩めて言う。


「お礼を言われることではありません。貴女を守ること、それがわたくしの務めですので」


 プリュムは地面を蹴って飛び立ち、魔導学院の外、王城へ向かっていた。

 飛翔とともに、彼女の白く美しい翼がバサリ、と大きく広がる。

 聖マルグリット高等魔導学院は王都の外れに位置しているので、被害は最小限に食い止められるだろう。

 〈聖獣〉を引き寄せやすい体質のウルリカは、とりあえずフラホルクでも最も安全とされる王城に向かうべきだ、とプリュムから提案されたのだ。


「プリュムにはまた、助けられちゃったわね……。そうだ、エステルはどこに行ったの?」


 彼女の主であるエステルが一向に顔を見せないことに、ウルリカは不安を覚えていた。

 ウルリカが率直に問いかければ、プリュムはギクリ、と肩を跳ねさせる。


「わ、我が主は……その、学生たちの救助活動にあたっています。……申し訳ございません」


「えっ?」


 なぜ謝られるのだろう。

 ウルリカが首を傾げれば、彼女は気まずそうな口ぶりで言う。


「その、本来わたくし……の主、エステル・コルネイユは貴女の護衛を優先するべきです。ですがその任を放棄しているのです」


「放棄はしてないわよ。だってプリュムが助けに来てくれたじゃない。ノアもずっと守ってもらってたんでしょう?」


 ウルリカの胸元にしがみつくノアは、「ピギャ!」と相槌なのか、元気よく鳴いた。


「それに、学生たちの救助活動にあたるのはとても立派な行いだと思うわ。あたしにはできないもの」


 何か負い目を感じているらしいプリュムに優しく言い諭せば、プリュムはくちびるを閉ざして黙り込んでしまう。

 ウルリカが褒めたことで、何故か逆に気を悪くさせてしまったようだ。


(プリュムはエステル以上に、仕事一筋! って感じだし、あたしの救出が遅れたことに罪悪感を抱いているのかしら……)


 こういうときはさっさと話題を変えるに限る。


「そういえばエステルとプリュムは、ミルカ先生の知り合いなの? さっき、エミールがミルカ先生のことを、『ミルカ先輩』って呼んでたけど」


 あまり深入りされたくない様子ではあったが、気になるものは気になるので、ウルリカは素直に問いかけた。

 エミールが護衛騎士であることを、ミルカが見抜いていたのも気にかかる。


「……ミルカ・カスタニエは宮廷召喚術師で王立魔導兵団に所属していますが、彼の所属については、その、あまり口外できないので……」


「なるほどね」


 歯切れの悪そうなプリュムの態度で、ウルリカは察して頷いた。

 王立魔導兵団は防衛部や護衛部など、いくつの部隊が存在するが、中には秘匿とされる組織が存在するのだろう。

 おおかた秘密の任務を受けた彼も、マルグリットに教師として忍び込んでいるといったところか。

 エミールが彼を先輩、と呼んだのは想像通り、組織上の立場を指したのだ。

 秘されたミルカの素性。公にはできない任務。

 〈魔王〉復活の噂を切り出したときの、彼の緊迫した表情。


(まあ、邪魔したら殺すって言ってたし……ひとまず深く考えるのはやめておこう)


 モヤモヤを抱えながらも、ウルリカはしばしの空の旅を楽しんだ。


 ***


 あの決闘以来、ウォーレン・ノールズの学校生活はすっかり変わってしまった。

 誰が吹聴したのか、ウォーレンやアンジュが率先して嫌がらせをしていた事実を生家に知られてしまったのだ。

 彼の家族が自主的に停学を申し入れたのだろう、アンジュはしばらく、魔導学院に顔を出していない。

 ウォーレンも父からひどく責められた。


 ――ノールズ家の面汚し。誇り高いノールズの子が、いじめを先導するなどあってはならない。


 と、放逐こそ免れたが、家督は弟に譲ることになったのだ。

 数日の謹慎を経て、ウォーレンに寄りつこうとする者は少ない。以前であればノールズ家を味方につけようと、ウォーレンが動かずとも学友たちは寄ってきたのに。

 ロイクもウォーレンと交友を断ち、何故かあの『おちこぼれ』に付きまとっているようだ。

 おかげでウォーレンは肩身の狭い学生生活を送る羽目になっていた。


(それもこれも、すべてあの『おちこぼれ』のせいだ)


 ウルリカ・ネヴィル。

 あのエリオット・ネヴィルの養女だが、魔導学院いちの『おちこぼれ』。新年度に、高等実技科に転科した少女。

 そして優秀な転校生、エステル・コルネイユとエミール・コルネイユとつるみ、〈天竜〉セルヴィッジの召喚に成功し、他者の〈守護聖獣〉とともに、ロイク・マスカールとの決闘に勝利した。

 それから周囲が彼女を見る目は、変化したように思う。

 彼女はただの、おちこぼれではないのかもしれないと。


(違う、違う。あいつはズルをしたんだ)


 聖マルグリット高等魔導学院にはいくつかの訓練場が存在する。

 中庭の奥にある訓練場は放課後、召喚術同好会の利用が許可されていた。

 だが顧問であるスティーブ・ニーンが休職しているため、召喚術同好会の活動は停止するよう、魔導学院側から言われている。

 だがウォーレンは、召喚術同好会のメンバーを数人誘って、合同召喚を行うべく召喚の陣を書いていた。

 消極的な様子であったが、ノールズの名前を出せば彼らは素直に従った。

 また、活動ができないことで鬱憤が溜まっていたのだろう。初めは乗り気ではなかった彼らも今ではすっかり和気藹々と術式を書き出している。


「スティーブ先生、早く戻ってきて欲しいよなぁ」


 学生のひとりが呟くのを耳にして、ウォーレンは杖を握る手に、自然と力がこもる。

 ウォーレンは偶然にも、合同召喚術学の授業でスティーブが、〈天竜〉セルヴィッジの召喚陣を工作した現場を目撃していた。


(スティーブ・ニーンの細工を、俺以外の誰かが見ていた。そして告発したんだ……)


 スティーブの休職は、病気ではなく、不正によるものだろう。彼が復帰する可能性は限りなく低い。


(あの『おちこぼれ』が召喚の陣を書かなければ、スティーブ・ニーンは不正で手を汚さなかった)


 スティーブはおそらく、ロイクのチームの成績を最高得点とするために、工作を行ったのだ。


(あの『おちこぼれ』が、双子たちと同じチームでなければ、俺たちは上にいたんだ)


 そもそも、彼女が高等実技科に転科しなければ。ウォーレンは歯牙にもかけなかっただろう。

 きっと何かズルをして、転科したのだ。〈守護聖獣〉を得たのも、きっとそうだ。


(…………ウルリカ・ネヴィル。あいつさえ、いなければ)


 深い憎悪が辿り着いた先にあるのは、彼女の存在の是非。

 どす黒い感情に支配されたウォーレンは忘れていた。

 召喚術は、術者の精神状態によって大きく影響を受けることに。


 ――そして、召喚の陣は完成し、歪な願いとともに、門は開かれた。

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