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おちこぼれ召喚術師と魔王の子  作者: 藤宮晴
一章 長い冬の終わり
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【4】フラホルクの守護聖獣

 あれから遅れて家を出たウルリカは、怒りが静まっても、とてもではないが授業にでる気分にはなれず、沈み込んでいた。

 フラフラと重い足取りで魔導学院に向かいながらも、その足は気づけば教室ではなく裏庭へと運ばれている。

 裏庭の一角には園芸クラブが世話をする花壇があり、ウルリカは猫の額ほどの土地を間借りして花を育てていた。

 一時的に呼び出す〈聖獣〉の中には、人間の魔力ではなく物質を対価として求める者も存在する。

 生命を宿す物質にも、同じく魔力は宿るのだ。

 〈聖獣〉の嗜好はさまざまである。

 たとえば妖精の眷属である〈聖獣〉。

 彼らは美しく生命力の強い花を好む。

 年に数回ある実技試験では、ウルリカがせっせと育てた花を報酬に彼らの協力を仰いだ。

 魔力に乏しいウルリカは、こうした涙ぐましい努力を得て何とか及第点がつけられているのである。

 ウルリカは花壇の前にしゃがみ込むと、育てている最中の苗に手を伸ばした。

 小さく固い蕾を、指先でそっと撫でる。

 蕾の色は薄紅色。小ぶりな花弁が鈴なりに咲く可憐な花だと、人気の花種らしい。


「ここまで育つのに思ったより時間がかかったわね……。でも、時間をかければそれだけ良質な魔力が宿るから、よい花が咲きそう」


 手塩にかけて育てた花も、散る時はあっという間だ。

 実技試験後に無残にも食い散らかされた花の茎を思い返し、ちょっぴり切なくなりながら、ウルリカは呟く。


「……綺麗に咲いたら、余った花、家に持ち帰って飾ろうかなぁ。エリオットも――」


 喜ぶだろう。

 口にしかけた言葉を、ウルリカは苦々しく飲み込んだ。

 エリオットは存外風雅な性格をしている。

 なにせウルリカに花の育て方を教えたのも実のところ、彼なのだ。

 痩せた畑から取れるのは芋ばかり。山でわずかにとれる草花は毒がなければ食べるもの。

 ひもじさに喘ぐ幼少期を過ごし、花を愛でる文化も知らぬウルリカは、エリオットに引き取られて初めて、花瓶に生けられた花を目にすることになった。


『あれは何。エリオットの非常食なの?』


 と、首を傾げるウルリカに対して、彼は唖然とした表情を見せて、ウルリカに「あれは観賞用だ」と懇々と説明したものだ。

 余分に育てた花を自宅に持ち帰り花瓶に差すと、エリオットは嬉しそうな表情をする。

 引き取られて九年経った今でも、ウルリカは花を観賞することに何の感慨も抱かない。

 しかし、花瓶とその花に優しいまなざしを向ける養父の喜んだ顔が見られるのは、まあ悪くはない、くらいは考えていたのだ。


(エリオット……あんな顔しといて、あたしが花を育てることも、何か思うところがあったんでしょうね……)


 これでは花で喜ぶエリオットはまるで妖精の眷属のようだと、無邪気に貢いでいたウルリカが馬鹿みたいに間抜けではないか。


(エリオットの、ぶぁーか! ぶぁーか! 今日からエリオットの苦手な料理、たくさん並べてやるんだからっ……!)


 年のせいか最近油料理がキツイ、と嘆いていたから、毎食揚げ物だらけにしてやろう。

 こってりとした肉料理を並べてやるのもいい。食後のデザートにはバターと砂糖をたっぷり使った菓子を出すのも悪くない。

 地味な嫌がらせはあっさりとした食事を好むウルリカにもダメージがあるのだが――思いつく限りのレパートリーを頭に浮かべるウルリカは、その落とし穴に気づいていない。

 ウルリカが怒りに身を任せ、花壇の雑草をブチブチと抜いていると、不意に、目の前を暗く大きな影が差した。

 ウルリカはノロノロと顔を上げる。

 背後についた〈聖獣〉がニヤリ、と不敵な笑みを浮かべて、ウルリカの欝々とした顔を覗き込んでいた。

 まるでしっぽのような黄金の三つ編みをプラプラと揺らしながら、彼は気さくに口を開く。


「やぁやぁウルリカ。今日も絶好の散歩日和だな!」


「…………おはよ」


 不愛想に挨拶を返すと、黄金の〈聖獣〉は、わざとらしく首を傾げてみせる。


「はて、珍しいこともあるものだな? 今日はよく晴れている」


「そうね……」


 わざとらしく天を仰ぐ彼を見習って、ウルリカも顔を上げる。

 雲一つない、綺麗な青空だ。

 ウルリカの心中は暗雲が広がり、ゴロゴロと雷鳴轟いているけれど。


「だから、思わず散歩をしたくなる気持ちはわたしにもよぉ~くよぉ~くわかるぞ? しかしだな、本来今は、学生であれば授業を受ける時間だろう? まさかおまえさん、優等生のくせに授業をサボったのか?」


 入学以来、至急の捜索活動といった場合を除き、ウルリカはほぼほぼすべての授業に出席していた。

 ウルリカが自己都合で授業をサボったのは、今日が初めてのこと。

 しかし、やる気が削がれた状況下。

 無理を押して講義に出たところで、どのみち内容にはろくに集中できないだろう。


(そもそも優等生だなんて、よくもその口で言えたものね?)


 優等生――と呼べるほどの成績を修めてはいないことを、魔導学院のありとあらゆる噂話を常日頃から耳にし口にする情報通の彼が、知らないはずもなく。


「おまえさん、『魔導学院のおちこぼれ』と呼ばれているらしいな!」


 と何も知らないウルリカに嬉々として吹き込んだ張本人こそが、彼なのだ。

 ウルリカは手に着いた土汚れを掃いながら、重い腰を上げる。


「あたしべつに、優等生じゃないし……」


 不貞腐れた顔で言い返せば、黄金の〈聖獣〉は肩をすくめて言う。


「わたしは何も、おまえさんの成績を指して、優等生と称したわけではないぞ。授業に対する姿勢を見て、そう口にしたのだ」


「ふうん、姿勢ねぇ」


「ああ。試験は毎回赤点ギリギリの成績でも、どんなに体調を崩していても、欠かさず授業には出ていたな? 成績不振でも意欲的な生徒を、わたしは模範的な優等生だと考えるが」


 そんな風に見ていたのか。ちょっとだけ胸がほっこりとしたウルリカに、黄金の〈聖獣〉は訊ねる。


「で、サボるのか?」


「た、たまには、授業に出たくない気分にもなるのよ……」


「ほぉ?」


 授業に出る気分にはなれなかったのは確かだが、こうして「サボったサボった」と繰り返され、明確に事実を突きつけられると、うっすらと罪悪感のようなものが芽生え始める。

 その感情を見透かされたかのように、ニタニタと面白そうな顔を向けられて。

 ウルリカは口を尖らせながら、言い訳がましくぼやいた。


「……べ、別に、そんなの、あたしの勝手じゃないの? いまさら、何言われたって平気だし――」


「悪いとは言わん。だが、不真面目な不良の養女となっては、あやつの悪評につながるのではないか?」


「……」


 もっともな指摘に、ウルリカはぶすっと押し黙る。

 自分は何を言われてもかまわない。

 じゃあ養父が悪く言われて平気かと問われたら、そうでもない。


「ああ、アリアーヌ。冥府より見ているか? 我らの愛するフラホルク、その未来を担う、召喚術師の生徒がついにサボりを正当化する時代が訪れてしまった! この様子では、我が国の将来も危ぶまれるなぁ?」


 一学生のサボりが国家存続の危機となると、もはや話が飛躍しすぎである。

 ウルリカの呆れた視線も素知らぬ様子で、フラホルク統一王国初代女王アリアーヌのかつての友、そして〈守護聖獣〉であったハーヴェイは、これ見よがしに嘆いてみせたのだった。

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