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おちこぼれ召喚術師と魔王の子  作者: 藤宮晴
三章 噂と予兆
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【4】誰も正しき答えを知らず

「…………」


 教室がシィン、と静まり返る。

 渦中のニィロは、重い沈黙に耐えかねたように、ポリポリと頬をかいて口を開く。


「えっとぉ……センセ?」


「なにかな、ニィロ君」


「その質問って、ズルくないっすかぁ?」


 唇を尖らせて不満を唱える彼に、チェスターはどことなく含みのある表情を浮かべて、問いかける。


「ずるい、ですか……。それでは、どうして君がそう思ったか、聞かせてもらえるかな?」


「だってそれって……いわゆる『答えられない』系の質問でしょ? 嫌な炙り出し(トラップ)。下手に名前を出せば、ヤバ~イ派閥の連中にボコボコにされるやつ」


 確かに、いわゆる『答えられない』系の質問である。


「だから、模範解答は、『わからない』でしょ?」


「それならどうして君は、『いない』と断言したのかな?」


 ニィロは白い歯を見せて笑った。


「誰も『わからない』なら、いっそ『いない』ことにしちゃえばいいと俺は思うよ?」


 なるほど。それもひとつの思想だと、ウルリカは密かに唸った。

 ただ、一部の反感も得るだろう。

 当の本人は飄々としている。他人事ながら、ウルリカは心配になった。


「……彼、曲者ですね」


 エステルがウルリカに小声で言う。ウルリカもそれには完全に同意だ。


(あてずっぽうで言ったのかと思えば、理由を知っていて、あえて『いません』って答えるなんて、すごい度胸の持ち主ね……)


「……ごめんね。君が僕の授業そっちのけで居眠りをしていたものだから、つい、いじわるをして君の困った顔を見てみたかったんです。……僕の授業は、つまらなかった?」


「つまらなくなんかないですって!」


 ニィロはブンブン、と勢いよく首を振ると、満面の笑みを浮かべて続けた。


「センセの質問、なかなかパンチがキいてたし、俺、歴史学けっこー好き! でも、俺の夢のほうがもっと愉快だったっすよ! 〈魔王〉なんかよりも超おっかない顔したアニキを盛大にやりこめる夢で、すっげぇ爽快でぇ~!」


 目を輝かせて拳を振り上げるニィロに、チェスターは毒気の抜かれた顔で、どこか反応に困ったように笑う。


「そっかぁ……。次は僕の授業も聞いてくれると、嬉しいかな?」


「うんっ! 俺、センセの模範解答の説明、聞きたいな!」


 ニコニコと笑いながら、ニィロは着席した。気の抜けた会話に、しかし教室の前方から後方まで、様々な思惑で冷え切っている。


「あのニィロ・ロジャーズという彼……見た目から、出身は北部だろうか。であれば、あえて道化を装っているのか……?」


「…………あれが素なんじゃないの?」


 真面目な顔でブツブツと考察しだしたロイクに、ウルリカは呆れた声で言った。


「あの教師も……何を考えているんでしょう?」


 普段は柔和な笑顔を浮かべる彼女にしては、珍しく剣呑とした顔つきで、エステルはチェスターの整った顔を睨んでいた。

 エミールはつまらなそうに頬杖をついている。

 エリート優等生のエステルやエミール、マスカール家の嫡男が、この手の事情に通じていないわけがない。

 だが、歴史学を未履修の学生の中には、当然知らない者も多いだろう。

 半分まだわかっていない生徒たちを見渡しながら、真面目な表情に切り替えたチェスターは模範解答について、語りだす。


「〈魔王〉を呼び出した、災厄の根源たる召喚術師の名前――その問いの最適解は『わからない』が一般的な通説です。諸説はありますが――これは僕個人の考えではないということを前提に、話を聞いてくださいね?」


 彼は十分に念押ししたのち、言葉を継ぐ。


「前回までの授業で、皆さんには、フラホルクはもともといくつかの国の集まりだと、教えました」


 チェスターは黒板の一部を手早く消すと、その上に、ゴツゴツとところどころ歪に飛び出た横長い楕円形を、グルリと描いた。

 それから真ん中に大きな丸を描くと、周りにポツポツといくつかの丸を描き込んでいく。

 三十ほどの丸を描き終えると、彼は口を開いた。


「中心が旧フラホルク神聖王国。つまり今で言う王都になります。その周辺にはいくつもの州が連なる。昔はこれらも、個々の国でした。フラホルク統一王国が建立される前は、エリュシオン大陸北部から東部にかけて、多くの国がひしめきあっていたのです。そして、領土を拡大するために、長年戦火は絶えなかった」


 〈魔王〉が顕現する以前は、人間と人間が争乱する時代が長く続いていたと言う。

 その人間同士の争いに終止符を打った――あるいは変化をもたらしたのは、〈魔王〉の存在だった。


「まず前提として。〈聖獣〉は自らの意思で表層こちらがわ〈ベゼル〉に訪れることは不可能とされています」


 例外として、自然召喚災害があるが、あれは抗えない災害に、比較的力の弱い存在が巻き込まれただけに過ぎない。


「ですから〈魔王〉もまた、召喚術によって呼び出されたと仮定してよいでしょう。では、誰が呼び出したか。それを考える前に、『なぜ、呼び出されたか』、理由について考えてみましょうか」


 チェスターは丸のいくつかに、迷いなく大きなバツ印をつけていく。

 あらかたバツをつけ終えて、彼は続けた。


「〈魔王〉は強大な存在――何せ、名前に王を冠している一際力のある〈魔獣〉です。現に彼の者は多くの国を壊滅状態に陥らせた。今僕がバツをつけた箇所は、君主の首が討たれた国と文献には残されています。……ここまで説明すれば、皆さんも薄々と気づくと思いますが。そうです。〈魔王〉は人間同士の戦争の道具として呼び出されたと、そう推測されませんか?」


 彼はコツコツと、バツのついていない丸にチョークで点を残していく。


「さて。それでは、どの国が彼の者を呼び出したのか――」


 元は三十ほどあった丸も、今や数は両手の指に足りない。その中には当然、フラホルク王都――旧フラホルク神聖王国を示す丸もある。


「いくつか候補は絞られます……生き残った国の中にあるかもしれませんし、〈魔王〉を御しきれず、無念にも滅んでしまったのかもしれません。ただ、それをつまびらかにするのは、いささか都合が悪いのです。なぜなら、今でも君主を失った国の民は、〈魔王〉を憎んでいる者も多い」


 千年経っても、深い憎しみは消えない。

 ニィロが言う通り、過激な思想を持つ者を前に口を滑らせては、ボコボコどころか最悪、命をとられかねないだろう。


「皆さんのご両親の中には、深い事情も伝えず、名を教えた方もいるのではないでしょうか? ですが、こういった事情があるので、安易に口にしてはなりませんよ?」


 ウルリカの生まれた寒村も、元はサッリという名の極小国に属していたという。

 サッリは大陸でも最北部に位置していたため、〈魔王〉の力は及ばなかった――正確には〈魔王〉とその配下がサッリの地を踏み入れるよりも先に、滅びてしまったのだ。

 サッリは昔から貧しい土地で、兵力も弱い。

 そのため、度々、隣国からの侵略の憂き目を見た。

 千年前の〈魔王〉顕現の折には、〈魔王〉の攻撃で明日食べるものにも困ってしまった隣国に略奪で攻め入られ、君主一族は皆殺し、狭い国土の半分以上が焦土と化したのだとか。

 今日を生き延びることで精一杯の寒村において、フラホルク統一王国の成り立ちも、〈魔王〉の存在も、話題にのぼるはずがない。

 そのため、ウルリカが〈魔王〉という言葉を知ったのは、エリオットに引き取られてから随分日が経ってのことになる。


(〈魔王〉を呼び出した召喚術師、その名を追い求めることは禁忌である……って、エリオットもおっかない顔して言ってたな……)


 サッリを除いた北国は悉く〈魔王〉の力を前に屈している。

 そして一部地域では〈魔王〉を呼び出した国こそが、旧フラホルク神聖王国であると今でも盲信している地域があるとも、養父から聞いていた。


(だから、北国出身っぽいニィロが『いない』というのは、意表を突かれたわ)


 そう答えるように、両親から言い含められているのかもしれない。

 ウルリカは密かに納得した。


「ここまで一般的な通説に基づいて説明しましたが、実際のところ、当時の文献は大部分が戦火によって失われており……〈魔王〉を封印した、あの〈守護聖獣〉ハーヴェイですら『わからない』と口にしているものですから、後世、召喚術師の名が明らかになることは永劫ないでしょうね」


 チェスターはチョークを置くと、パンパン、と乾いた音を立てながら、手の粉を払う。

 それから、クルリとニィロの座る席に体を向けて、ニコリと笑いかけた。


「以上の説明より、〈魔王〉を呼び出した召喚術師の名前は、『わからない』が最適解となるのです。もちろん、ニィロ君の回答も『わからない』のですから、あながち間違いではないのかもしれませんね? ……ニィロ君、僕の説明どうでしたか?」


 ニィロは、今度こそはバッチリと目を覚ましていたようだった。

 パチパチパチパチとけたたましく手を叩きながら立ち上がると、興奮気味に褒め称えた。


「すごい、すごいよセンセ! センセの教え方、すっげぇわかりやすかった!」


「ありがとう。僕は教師としての歴は浅いけれど、召喚術師協会では後輩相手に、知識を授けていたからね」


 浅く薄っぺらい、しかし声だけは大きい誉め言葉に、チェスターは素直に称賛を受け取ったようである。


「さて、時間が中途半端に余っているので、次の範囲に移らず、もう少しだけ〈魔王〉の話を続けましょうか? 教壇から見ていると、皆さんの食いつきが明らかに、いつもと違うことがわかります。内容は雑学でも、授業を面白いと思っていただけるのは、教師冥利につきますね」


 ニコニコと嬉しそうな表情で指示棒を取った彼は、教科書をパタン、と閉じると、話を続けた。


「――ここからは教本にも載っていない話をしましょうか?」

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