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おちこぼれ召喚術師と魔王の子  作者: 藤宮晴
三章 噂と予兆
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【1】卑俗の悪女ウルリカ

 ロイク・マスカールとの決闘から、早いもので二週間が経つ。

 その頃になれば、表立った嫌がらせや悪口の類はすっかりと消え失せていた。

 しかしウルリカには新しい悩みの種がある。


「ウルリカ・ネヴィル!」


 よく通る大きな声で呼ばれ、ウルリカはその声を無視し、早足気味に廊下を歩く。

 廊下を歩いていた生徒たちが何事かと振り向いて視線を集めるのが、恥ずかしくてしかたがない。


「ウルリカ・ネヴィル! 君、聞こえないのかっ」


(聞こえてるわよっ、あえて返事をしないだけ!)


 哀しきかな、声の主とは体格差があるため、距離がズンズンと詰められる。

 まったく、どうしたら諦めてくれるものか……と、ウルリカは密かに溜息をこぼす。

 ちょっとお手洗いに行くだけ――と高を括って、護衛のふたりと離れて別行動したのが、裏目に出てしまったらしい。

 次の授業はフラホルク歴史学。高等部であれば学科・年次を問わず受講できる選択科目のため、ゆうに五百人ほどが収容できる教室への移動となっている。

 目の前に『511』の看板が見えて、これ幸いとウルリカはさっと駆け足で飛び込もうとした。


(げっ……)


 ウルリカは顔を顰めた。

 目の前にサッと立ちはばかるよう回り込んだのは、先ほどから鬱陶しいくらいにウルリカの名前を連呼する男、ロイク・マスカール。

 そう。ウルリカの悩みの種こそが、彼の存在であった。

 彼は決闘以来、ウルリカの周りをちょこちょこ付き纏うようになってしまったのだ。

 ウルリカはロイクを見上げ、じっとりと睨みつけた。

 無視されたことがよほど腹に据えかねているのか、彼は気難しい顔でウルリカを睨みつけている。

 ウルリカは渋々、口を開いた。


「……ええと、教室に入りたいから、そこ、どいてくれない?」


「ウルリカ。俺を下僕にするのではなかったか?」


 下僕と聞いて、近くにいた学生が、ギョッとした顔でウルリカ達を見た。


「そっ、その誤解を招く言い方、やめて欲しいし、あたし、あんたをその、従えるつもりはないわ……」


 ウルリカが周囲の目を気にしてボソボソと言う。

 確かに言った。あたしが勝ったら卒業までこき使うと。何なら卒業後も、良いようにマスカール家の名前を使わせてもらうと。

 でもそれは、その場のノリでなんとなく言ったもの。本心ではない。

 確かに卒業後、彼やマスカール家の助力を得られるのであれば大変助かるが、喧嘩の見返りとしては大きすぎる。

 聞けば現マスカール家の当主、マルコ・マスカールは魔導兵団の総帥らしい。

 大事な孫が『おちこぼれ』の下僕になっていると、マルコの耳に入ったらどうなるか。

 いじめっ子に立ち向かえても、権力には抗えない小心者のウルリカは、必死に彼の要求をはねのけていた。

 しかしロイクはめげずに、真剣な面持ちで続けた。


「ウルリカ。君をおじいさまに紹介したい」


「えっ!? なんでっ!?」


 ウルリカはギョッと目を剥いた。


「決闘の敗者である俺は勝者ウルリカ、君に生涯の忠誠を誓おう。だが、そうなると俺の一存では決められないからな」


 家長、つまりマルコに話を通す必要があるらしい。

 いよいよ話が大事になってきた。


(いやそもそも、下僕にするつもりは、本当に、ないのよ!)


 クラクラと眩暈がしたウルリカの腰を、ロイクが支えた。


「どうした、ウルリカ。いや、我が主と呼んだ方がいいか?」


(か、勘弁して……)


 痛む頭を抑えながらも、しかしこれは好機でもあると思う。

 ウルリカが仇とする〈雪の獣〉はその危険性から〈特殊指定魔獣〉に認定され、一般人が手を出すことも、討伐依頼を出すことも禁じられている。

 〈雪の獣〉に相対するためには、ウルリカが召喚術師になるしかない。だが、強力な相手を前に、勝ち筋は薄い。

 もし、魔導兵団を動かせるとなれば。不可能と思えた討伐も可能性が生まれる。

 ウルリカが密かに考えていると、ロイクが意気揚々と言った。


「さあ、おじいさまのところに行くぞ」


「嘘でしょ!? えっ、まさか、今から!?」


「そうだ。ちょうど、おじいさまは本家に帰還されているところで……」


 ロイクに手を引かれ、ウルリカは抵抗するが、恵まれた体格のロイクを前に、ウルリカは無力な子ども同然だ。

 廊下では学生たちが面白そうにウルリカ達を眺めているが、誰も割って入ろうとはしない。


(待って、待って、偉い人と仲良くなるためには、諸々の仕込みと時間が必要なのよっ……!)


 権力と仲良くなる秘訣を、拝金主義のハーヴェイは「金だ」と嘯いたが。

 そんなわけがない。必要なのは長く積み重ねた信頼関係。

 あれこれすっ飛ばしてうまくいくはずがないのである。

 ウルリカが鼻息荒く、その場に踏ん張っていると、割って入る声があった。


「ウルリカ・ネヴィル、帰りが遅いと思ったら、何をしているの?」


 いつの間にいたのだろう。

 大柄なロイクの背に隠れ、教室の扉にもたれかかるように立つのは、薄い桃色の髪と神秘的な銀色の瞳が美しい、まるで人形のように整った顔立ちの少年。

 一応、ウルリカの護衛騎士である、エミールだった。

 彼はすまし顔で、しかしどこか面白そうに、口の端を持ち上げて言う。


「ロイク・マスカール。ウルリカ・ネヴィルを口説くなら、他所でやってくれないか。他の生徒の邪魔になる」


「くっ、くどっ……!? こっ、これはっ、断じてちがうっ」


 ロイクは手を放すと、大仰なほどに、バッと飛びのいた。


「家長に妙齢の女性を紹介したいなんて、まるで婚姻の意志があるみたいなのに?」


「こここ、婚姻!? そんなつもりなど!」


「生涯の忠誠を誓うなら、似たようなものじゃない?」


 ロイクに呆れたように言いながら、彼は続けてウルリカにこっそりと囁いた。


「……マルコ・マスカールは孫を溺愛していることで、軍でも有名だよ。彼に似合いの番を探すために、裏で色々と手を回しているんだって」


 エミールが何を言いたいか察したウルリカは、身をブルリと震わせた。

 ひっそりと慄くウルリカの横で、気まずそうな顔でソワソワと落ち着きないロイクに、エミールは率直に訊ねた。


「ねぇ。ロイク・マスカールはウルリカに好意を抱いているの?」


「なっ!」


 いよいよ顔を真っ赤に染めたロイクに、「まあ、答えはどちらでもいいけど」と言って、エミールは続ける。


「ロイク・マスカール。君、ウルリカの迷惑になってるって、わかってる?」


「……」


 あまりにも遠慮のない指摘に、ロイクはハッとしたように押し黙る。


「負けたとはいえ、『おちこぼれ』に優秀なマスカールの嫡子が付きまとうことで、ウルリカ・ネヴィルがどのように思われるか、考えたことがある? 噂を耳に聞いた? こずるい手段で決闘に勝利して、マスカールの才子を手玉に取る、卑俗な悪女だって。『おちこぼれ』も随分と出世したものだね」


「……そう、なのか?」


 噂を耳にしていないのだろう。ロイクはウルリカに、困惑した表情で問う。


「……一部の人は、そう言ってるみたい」


 裏でそう言われているみたいだぞ、と情報通のハーヴェイが教えてくれたのだ。『おちこぼれ』の件といい、なぜ当の本人に聞かせるのか、以前から疑問に思っていたが。


(自らの行いにはそれ相応の責任を持てって、自覚を促しているのよね)


 陰口を叩かれるのは慣れているが、それでロイクに悪い影響を及ぼすのも申し訳がない。

 そもそもキッチリとロイクを拒絶しなかった、ウルリカにも非があるのだ。

 だから、エミールの言葉は厳しいと思いつつも、ウルリカは否定できない。


「ボクも姉さんも君の存在には迷惑してるんだ。これ以上、かき乱さないでよ」


 エミールはそう言い捨てると、ウルリカに「ほら、行こう」と促した。

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