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おちこぼれ召喚術師と魔王の子  作者: 藤宮晴
二章 おちこぼれ学生、初めての決闘をする
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【13】天使の〈聖獣〉

(ハーヴィおじいちゃんの嘘つきぃぃぃ)


 申し訳ない、と言いながらもニヤニヤと状況を楽しんでいるらしいクソジジイをウルリカは睨みつけた。

 だが彼の言い分も理解できる。千年経っても、かつての相棒との蜜月を語る老人に、一時の浮気を唆すことは、さすがのウルリカも憚られた。


「……取り消すのはなし、と自ら言ったな?」


 呆れたようなロイクの声でハッとなったウルリカは、すかさずエリオットに助けを求めることにした。

 彼の使役する〈春の女神〉は強大な精霊だ。彼女の力をもってすれば、間違いなく勝てる。


「エリオット、お願いっ。〈春の女神〉、貸してよぉ」


 エリオットに縋り、甘い声で強請るも、彼は振りほどくと溜息交じりに言った。


「一度痛い目を見ないと、わからないのだろうな。我が愚かな娘は」


 娘の窮地だというのに、なぜかエリオットは素っ気ない。


(どどど、どうしよう……)


 ロイクの冷めた視線を感じながら、ウルリカは頭を抱えた。しがみつくノアもすっかり威勢が弱まり、「ピギャ……」と弱弱しく鳴いている。

 ロイクの前で啖呵を切ったものの、ウルリカは魔導学院を退学するつもりはないのだ。

 もちろん、エリオットの娘もやめたくない。

 ウルリカを「僕の娘」と呼ぶ彼を、ウルリカだって本当は父のように思っている。

 実の両親を思えば、なかなか父とは呼べないが。

 だから彼と離れたくないのだ。

 勢いがあまったとはいえ、ウルリカの判断はあまりにも軽率がすぎた。しかし、今になってごめんなさい冗談でした、と言って覆すこともできまい。

 どうしよう、どうしよう、とウルリカが必死に頭を巡らせていると、静かに成り行きを見守っていたエステルが口を開く。


「……わたくしの〈守護聖獣〉を使ってください。ウルリカ」


「……エステル?」


 エステルの表情は、思いつめた果てに覚悟を決めたような、いつになく真剣なそれだった。


「こうなったのも、わたくしが貴女を守れなかったから。感情的になって、ロイク・マスカールの頬をぶった、そのせいで」


 ここまで拗らせたのはウルリカのせいでもある。

 だが彼女は責任感を感じているらしい。


「今度こそ、わたくしに貴女を守らせてください。ウルリカ」


 ウルリカを見つめるのは、真摯な銀色の瞳。

 いよいよ、「やっぱり決闘やめよう」が言い出せない雰囲気になってしまった。

 そしてエステルの〈守護聖獣〉とともに、決闘に挑むことになったのである。


 ***


 ウルリカとロイクの決闘は、それから一週間後に決まった。

 決闘をするために、ある程度広い場所を確保する必要があるし、審判役やサポートの術者も定めなければならない。

 場所についてはすべての授業が終わったあと、訓練場を特別に借り入れられるよう、エリオットが魔導学院側に許諾を得るという話になっている。審判役も同じく探してくれるらしい。

 翌日の授業は、決闘のことで頭がいっぱいのウルリカはどうにも身が入らない。

 座学の講義を聞きながら、ウルリカは頬杖をついてボンヤリと考える。


(エステルの〈守護聖獣〉、か……)


 隣に座るエステルをちらり、と盗み見る。

 彼女は昨日の気迫が嘘のように、おっとりとした佇まいで、ノートに板書内容を書き入れていた。

 ウルリカの視線に気づいたか、彼女はニッコリと可憐に微笑んで見せた。

 謎に包まれた護衛騎士で、ウルリカを友人と言ってくれたエステル。

 ウルリカは彼女の〈守護聖獣〉を未だ見たことがない。

 実践学ではいつも高位の〈聖獣〉を呼び出し、戦闘を行っている。

 即席のパートナーだが、彼女は呼び出した〈聖獣〉と息ピッタリで、勝率は高い。

 高等技術科ともなれば、どの生徒も〈守護聖獣〉と誓約を結んでいる。〈守護聖獣〉がいないのは、エステルとエミールくらいのものだろう。

 いないようにふるまっているが、実際のところ、宮廷召喚術師である彼らに〈守護聖獣〉がいないわけがない。秘密の護衛任務で派遣された彼らだからこそ、身元が割れないよう隠しているのだろう。

 そんな状況で、〈守護聖獣〉を公の場に見せてもいいのか。

 ウルリカは不安に思いつつ、エステルに訊ねたが、彼女は頑なに、「大丈夫」としか言わない。

 そうして決闘当日を迎えたのだった。


 ***


 決闘当日。ウルリカとロイクの決闘は話題に話題を呼んだか、訓練場は多くの野次馬でいっぱいだった。

 魔導学院の『おちこぼれ』と名門マスカール嫡子の戦い。そして『おちこぼれ』が使役するのは、今まで秘されていたエステルの〈守護聖獣〉。注目を浴びないわけがない。

 ハーヴェイも護衛騎士を引き連れて、両者の姿が良く見える位置に陣取っている。本日の護衛騎士はリシャールで、「頑張ってくださいね」と声をかけられた。

 決闘の戦闘形式はいくつか存在するが、今回ウルリカ達が選んだのはいたってオーソドックスな、〈聖獣〉同士を戦わせる形式だ。

 数は一対一。ロイクの〈聖獣〉は彼の〈守護聖獣〉であるサラマンダー。

 そして、ウルリカの〈聖獣〉はエステルの〈守護聖獣〉……なのだが。


(エステルも、エステルの〈守護聖獣〉もこんな時にどこにいるのよ……!)


 決闘の開始時間を前にして、ウルリカは頭を抱えていた。

 エステルは決闘の直前となって、忽然と姿を消してしまったのだ。

 いつもはウルリカにベッタリな彼女にしては珍しい。何か問題でも起きたのだろうか。

 ウルリカの不安を増長させるように、ロイクの後方に控えていたアンジュがせせら笑う。


「コルネイユ嬢の姿が見えないけれど、彼女は逃げたのかな?」


 いつもはエステルにボコボコにやりこめられているアンジュだ。本人がいないのを幸いに好き勝手に言い出した。


「直前になって、負けるのが怖くなったのかな。負けたら彼女だけの責任ではないからね」


 その言葉にウルリカは眉を寄せた。


(負けるのが怖い? 違う。エステルは、そんな子じゃない)


 いつもウルリカに寄り添ってくれる彼女は、確かに臆病なところがあるけれど、目の前の戦いから逃げる子じゃない。

 セルヴィッジを呼びたい、その願いを叶えてくれた。いじめられていたウルリカを守るため、立ち向かってくれた。

 ウルリカが言い返そうとすると、ウルリカの隣にエミールが静かに歩み寄る。

 薄い桃色のやや癖の強い髪に、意志の強さを感じさせる銀色の瞳。

 エステルと似た相貌の少年は、姉が見せないような、不敵な微笑みを浮かべると告げた。


「姉さんは逃げない。彼女は――守るべき人がいる、〈守護聖獣〉は誰よりも強いから」


 その時。空から白銀の槍が、一筋の流星の如く降ってきた。


 ***


 ウルリカが槍と思ったものは、実のところそうではない。

 訓練場に勢いよく突き刺さった――ブワリと砂塵が視界を奪い、エミールが風の魔術で払った先に現れたのは、ひとりの〈聖獣〉の姿だった。

 ウルリカは目を大きく見開く。


(てっ、天使の〈聖獣〉……!?)


 絹糸のような、腰まで届く癖の強い銀髪を無造作に流した、人型の〈聖獣〉だ。

 おそらく少女か。背は高いが、女性らしい柔らかさに乏しい細身の体躯をしている。

 雪のように白い肌を見せつけるかのように、身に纏う衣装はいささか露出が多い。白銀の鎧の装甲は胸元と手の甲、太ももまでを覆うロングブーツ。

 露わになった背中から生えるのは、純白の大きな翼。

 顔の上部は仮面で覆われているが、かたちのよい鼻梁や、品よく引き結ばれた唇、滑らかな曲線を描く輪郭から、彼女の整った相貌が窺えるようだ。

 頭の上部には白く輝く光輪。紛れもない、天使である。

 訓練場の学生たちは天使の襲来にざわめいていた。

 それも当然だ。天使は〈聖獣〉の中でも飛びぬけて高位の存在。その強さは竜に比肩するという。

 天使の〈聖獣〉を従える者は、教員も含め、魔導学院には存在しない。天使は召喚難易度が極めて高く、また気位の高さから人間に従われる気質ではない。初めて天使を目にするものも多くいるのだろう。

 ウルリカもこれが初めてではないが、稀少な存在だ。思わず息を呑みつつも、身構える。


(ノアを狙った、敵襲?)


 しかし、エミールは泰然としている。リシャールは緊迫した面持ちでハーヴェイの前に立っているが、ハーヴェイは口の端を持ち上げて、楽し気に様子を窺っている。

 身を硬くするウルリカの元に、美しい天使はしずしずと歩み寄る。そして優雅に跪いて、彼女は口にした。


「エステル・コルネイユを主とする我が名はプリュム。ウルリカ・ネヴィル。その願いを果たすため、貴女を一時の主と認めよう。この身と槍が貫けぬものは、ありはしない」


 清廉な雰囲気で、凛々しい声色は、おっとりとした彼女の主にどこか似ている。

 立ち上がった彼女が手にするのは、その身を宿したような美しい白銀の槍だった。

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