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おちこぼれ召喚術師と魔王の子  作者: 藤宮晴
二章 おちこぼれ学生、初めての決闘をする
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【11】怒りのビンタ(私怨マシマシ)

 ついに来たのだ。反撃の時が。

 ウルリカの胸は、緊張で高鳴っている。

 盟友の震えを感じ取ったのだろう。ノアは澄んだ瞳で、ウルリカを見つめてくる。


「大丈夫よ、ノア」


 ノアとは事前に、入念に作戦会議を済ませていた。

 予定通りにやれば、ウルリカたちは負けない。彼にひと泡吹かせることができる。


「あのむかつくお綺麗な顔に、一発かましてやろうじゃないの?」


 ウルリカは対戦相手、ロイクを睨みつける。

 彼もまた、ウルリカを見据えていた。

 その瞳はウルリカが憎くて憎くてたまらないと言うように。嫌悪感を隠そうともしない。


(そして、聞いてやろうじゃない。どうしてあたしに嫌がらせをするのか)


 理由がわからないからこそ、ウルリカたちには会話が必要だ。

 悪しき獣である〈雪の獣〉とは違う。彼とは言葉で分かり合える。

 勝負の合図は、互いの〈聖獣〉が動きだしたそのとき。

 ロイクの〈聖獣〉は、彼が在学中に召喚に成功した炎の上位精霊サラマンダー。

 今は人型をとっているが、本来は火吹きトカゲ――ある種、『黒トカゲ』のノアと同類である。

 だが、ノアは火を吹けない。

 彼にできることといえば、飛ぶことと、小さな手でひっかくことくらい。強大な相手に、ほぼ無力なのだ。

 サラマンダーは二十代に見える、若い男性の姿をしていた。上背があり、肌の色は浅黒い。

 上半身は裸で、彼の逞しい胸板が露わになっていた。白くゆったりとしたズボンと黒い腰布、両手首に金色の腕輪を付けている。

 赤くうねる豊かな髪は膝下まで伸び、その毛先は赤い炎で燃えている。太い両腕が握るのは、灼熱の剣。

 あの剣で切りかかられたら、ノアは大怪我を負ってしまうだろう。

 先に動いたのは、ノアだった。

 ノアは空高く飛びあがると、サッと身を翻す。


「ノア、とにかく時間を稼いで、逃げるのよ!」


「ピギャ!」


 指示通り、ノアは小柄な体躯を生かし、空を飛び逃げる。

 その後ろを、すかさずサラマンダーが追いかけた。

 ときに火球を投げるが、ノアはすばしっこく、なかなか当てられないようだ。


(あっちは、大丈夫ね)


 ウルリカは視線を、ロイクへと向けた。

 杖を持った彼もまた、戦闘態勢に入っている。

 ロイクは稽古場にはっきりと通る声で詠唱を紡ぐ。

 様子見で威力を落としているのだろう、矢じりのような土の欠片がウルリカを襲う。

 ウルリカはあえて、避けなかった。


(うぐっ!)


 厚手のローブを、土の欠片が裂く。

 ウルリカの灰色の髪が、数本、はらりと舞う。

 風圧の中耳に届く悲鳴は、エステルのものだろうか。

 彼女は護衛騎士だが、これは模擬戦闘。ウルリカを守ることはできない。

 ロイクは手心を加えているのだろうが、痛いものは痛い。ウルリカは呻いた。


(でも、〈黒杖の公爵〉にやられたときの方が、もっと痛かった!)


 死ぬかと思った。というか、実際に死にかけた。

 それと比べたら、こんな痛み、たいしたことはない。

 攻撃を耐えて、ウルリカは杖を放り投げた。

 そして。


「うぉおおおおおおおおお!」


 走った。全力で走った。

 雄々しく叫びながら、なりふり構わず駆けた。猪のように。

 その勢いに、ギョッとしたのだろう。思わず攻撃の手を止めたロイクに、ウルリカは勢い強くタックルをかました。

 そして、馬乗りになって、彼の白い頬をひっぱたいてやったのだ。


 ***


 ロイクは呆然とした顔でウルリカを見上げていた。

 彼は驚くのも当然だ。

 本来、応用戦術学は魔術で戦うもの。肉弾戦ではない。


「ロイク・マスカール! あたしのこと、いじめるくらい嫌いなら、ほら、反撃しなさいよ!」


「なっ……」


「まさか女だからって、殴れないとでもいうつもり? だから、陰でコソコソ、嫌がらせを繰り返しているの?」


 ウルリカは彼の襟元を掴み上げ、上半身を起こさせた。


「嫌がらせ、とは……?」


 ロイクは怪訝な顔で問い返す。

 この場に及んでそれを言うのか。ウルリカは苛立ちを抑えて言った。


「とぼけないで。あたしの教本壊したの、あんたでしょう?」


「何の話だ? 俺は知らない。教本を汚損したのか? であれば、新しい物を用意すればいいだろう。俺に責任があると言うのなら、弁償するが」


 彼は潔白だと言い張ったが、カッと頭に血が上ったウルリカの耳には届かなかった。

 新しいものを用意すればいい。なんて、貴族的な考え方なのだろう。


「新しい物じゃ、代わりにならない!」


 ウルリカはギラギラと、瞳に怨恨を宿らせ、彼を睥睨する。


「あの教本はね、エリオットが買ってくれたの! 勉強を頑張りなさいって、一冊一冊、渡してくれたうちの、ひとつなの! エリオットはね、あたしが本好きなのを知ってる。だから絵本でも、教本でも本なら何でも、手渡してあたしだけのものだよってわかるように、名前を書いてくれるの! だからあたしの、宝物なの!」


 話しかけても無視したり、失敗を嘲笑したり、聞こえるように陰口をたたいたり、授業で仲間外れにしたり。傷つくけれど、実害はない。

 躰を痛みつけられても、傷はいずれ治る。

 でも。

 宝物を失ったら、二度と戻らないのだ。


「返してよ、あたしの宝物! 返せ、返せ、返せっ!」


「……」


 ロイクは黙り込んだまま、何も言わない。

 どうして何も言わない。ウルリカは感情のあまり、再び彼の頬を打ち付けた。

 それでも彼は、無抵抗だった。

 再三、手を振り上げたウルリカの腕を握ったのは。


「やめなさい、ウルリカ」


 宝物を贈ってくれた、エリオットだった。


 ***


 その後、応用戦術学の授業は中断となり、ウルリカとロイクは、個別にエリオットの研究室に呼び出された。

 関係者として、エステルやエミール、アンジュやウォーレンも呼ばれている。

 エステルとエミールは、壁際にひっそりと立っていた。本来の護衛任務を果たすように。


「今回は応用戦術学、模擬戦闘ということを考慮して、ウルリカ、君の少々行き過ぎた暴力行為は見過ごすことにしよう」


「……」


「そしてロイク。これはウルリカ・ネヴィルの養父エリオット・ネヴィルとして。我が娘の浅慮で野蛮な行いを謝罪する」


 応接用の長椅子に座るエリオットは、納得が行かないと頬を膨らませるウルリカの頭を抑え込み、折り目正しく頭を下げた。

 彼は言うことを聞かない、幼いこどもを叱る親のような顔で、ウルリカに命令する。


「ほら、ウルリカも謝るんだ」


「……………………やだ」


「ウルリカ」


「やだ! やだやだやだ! なんであたしが謝らないといけないの? 最初に手を出してきたのは、こいつらじゃない!」


 ウルリカはエリオットの手を振り払って、向かいに座るロイクたちを指差した。


「ピガ!」


 ウルリカの膝に座るノアも不服なのだろう、不満げな鳴き声を漏らす。

 頬を赤く腫らしたロイクは、あれからずっと黙り込んだままだ。

 彼の隣に座るアンジュとウォーレンは物言いたげに、互いに視線を交わしつつも、しかし口を開こうとはしない。


「……ちっ。被害者ぶりやがって」


 ウルリカが毒づくと、「ウルリカ」と、エリオットの窘める声が飛んでくる。


「まあ、ここらで互いにスッキリさせておこうではないか」


 重い空気を壊すように、お気楽な口調で言うのは、抜け目なくウルリカの隣に座り話を聞いていたハーヴェイだった。


「代表して、ロイク・マスカールに問おう。おまえさん、ウルリカに一方的に恨みを募らせているようだが、その理由は何故だ」


 フラホルクの千年守護者に問われては、黙秘を貫けないのだろう。

 ロイクは重い口をようやく開いた。


「国宝様。それは彼女ウルリカが、エリオット・ネヴィル先生の未来を奪ったからです」


「……はぁ?」


 意味がわからず、ウルリカは思わず、疑問の声を漏らす。

 ロイクは立ち上がると、間抜けな顔をしたウルリカを、やはりギラギラと怒りと憎悪の滲む瞳で睨みつけた。


「何が『我が娘』だ。本当の娘でもないくせに! ウルリカ。君を引き取らなければ、エリオット先生は宮廷召喚術師を辞めないでいた! 君のせいでその身分を捨てることになった!」


――ウルリカがいなければ、エリオットは宮廷召喚術師でいられた。 


 ウルリカは息が止まりそうになった。

 こんなふうに、直接的に言われたのは初めてではない。

 彼の元仕事仲間から、彼の親戚から、何度も言い聞かされたではないか。

 そのたびに、ごめんなさいと口にして。

 だから、つい癖で、ウルリカは「ごめんなさい」と口にしようとして――。


「こいつさえいなければ――」


 そのとき、パン、と乾いた音が響きわたった。

 驚愕に目を見開いているロイク。

 彼の前には、エステルの姿がある。

 エステルは可愛らしい顔を真っ赤に染めて――憤怒の表情でロイクに吐き捨てた。


「ロイク・マスカール! あなたに、それをいう権利はない!」


「なっ……!」


 驚いたのは頬を叩かれたロイクだけではなかった。

 校内では禁じられている暴力行為。それをあのエステルが、破ってしまったのだ。

 ウルリカはそっと、エリオットの顔を窺う。

 エリオットは険しい表情で、だが、その視線はエステルに向けられていた。


「エステル・コルネイユ。魔導学院内での暴力沙汰は、停学処分となる」


 エリオットの声が一段と厳しいのは、教員としてだけではないだろう。

 エステルが本来、ウルリカとノアの護衛騎士であることを知っているから。

 彼女が停学処分となり、数日謹慎することになれば、本来のお役目を果たせなくなってしまう。

 確かにロイクの発言は度を越していたが、彼女が手を出すほどのことではない。


(どうして……)


 ウルリカが問いをくちにする前に、彼女はプルプルと震えながら、叫んだ。


「わたくしのっ、とっ、友達が悪く言われているのに、手を出して、悪い、ですかっ!」


 まさかの開き直りである。

 でも。


(友達。……エステルは、護衛騎士、なのに)


 ウルリカの胸のあたりが、妙にザワザワとした。

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