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おちこぼれ召喚術師と魔王の子  作者: 藤宮晴
二章 おちこぼれ学生、初めての決闘をする
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【9】あたしがどうしたいか

「ウルリカ。落ち着いた?」


「……うん」


 目を赤く腫らして、鼻をグズグズと啜りながらウルリカは頷く。

 椅子に座ってこどものように泣きじゃくるウルリカの頭を、エリオットは何も言わず撫で続ける。

 ノアもウルリカの膝に乗りながら、「こうすればいいのか?」とぎこちない手つきながら頭を撫でてくれた。

 気恥ずかしいけれど、愛おしさがこみあげて。胸がポカポカと暖かくなる。


「僕もノアも、君の味方だ。だから君の口から、何があったのか教えて欲しい」


 真面目な顔つきのエリオットに問われ、ウルリカは素直に、今日あった出来事を伝えた。

 そして、ボロボロになった教本を彼に渡す。


「なるほどな……」


 手で口元を覆った彼は、険しい表情で呟く。


「おおよそ報告通りではあるが、娘の君の口から聞けば、直のこと腹立たしい」


「……報告?」


「ああ。エミール・コルネイユからのね」


「エミールが?」


 エリオットの口から出てきたのは想定外の人物の名だ。

 ウルリカは思わず、驚いた声をあげた。

 エステルと同じく、現役の宮廷召喚術師でウルリカの護衛につく彼は、双子の姉とは異なり任務に忠実とは言い難い。

 基本的にエステルは魔導学院内ではウルリカと行動をともにするが、彼はその常ではなかった。

 エステルが一時的に離れなければならない事情がある場合は、さすがにウルリカの目の届くところにいてはくれるが、それ以外は大抵、きまぐれな猫のようにふらりと姿を消してしまうのだ。

 それに、ウルリカへの発言は辛辣がすぎる。だが、ウルリカに限った話ではない。

 双子の姉にも、クラスメイトにも平然として毒づくので、ウルリカだけを特別嫌っているわけではなさそうだ。

 友好的に話しかける教師や生徒にも素っ気ない態度をとることから、そもそも人付き合いが苦手か厭っているのかもしれない。

 ウルリカは彼という人間をそのように捉えていた。

 だから、嫌がらせを認知していても踏み込むことはないだろう――と口止めを怠ったのである。

 エリオットはウルリカの向かいの椅子に座ると、気難しい表情で口にする。


「エミール・コルネイユ。君の優秀な護衛から、アンジュ・バルトとウォーレン・ノールズが君の歴史学の教本を損傷した、と報告を受けた。おそらくいじめの主犯格であるロイク・マスカールが指示したのではないかともね」


「ロイクが……」


「思いあたる節がある?」


 ウルリカはコクン、と頷いた。あるといえば、ある。

 ウルリカが嘲笑されるとき、その場には決まって彼の姿があった気がする。

 そして、アンジュとウォーレンは、彼とよくつるんでいるのだ。

 ロイク・マスカールは数々の名のある召喚術師を輩出した、名門マスカール家の嫡子だ。

 彼もまた極めて秀抜。高等実技科に籍を置く生徒でも、〈守護聖獣〉を三体従えるのは彼をおいてほかにはいない。

 黒い髪は丁寧に撫でつけられ、制服をキッチリ着込んでいる。凛々しく整った顔立ちで、女子学生からの人気もあるらしい。教師からも好意的に思われている優等生を体現したかのような少年。

 つまり、ウルリカとロイクには天と地ほどの差があるのだ。

 かなしきかな、ウルリカにはロイクのように家柄も、才能も、人望もない。

 そんな彼が、なぜ執拗に嫌がらせを繰り返すのか、ウルリカには理解しがたい。だから、その理由まではわからないけれど。


「そう」


 エリオットは頬杖をつくと、溜息をこぼした。


「君が連日、つまらない嫌がらせを受けている点については、以前より彼から報告を受けていた。しかし、エステル・コルネイユは一言も匂わせはしなかった。おおかた、君がエステル・コルネイユに口止めを強要していたのだろう? 今回の件も、強がって『護衛の任務とは関係のないこと』と言い含めた」


「…………うん」


 ウルリカは俯きがちに答えた。

 ウルリカのちっぽけな自尊心でさえ、この養父はいともたやすく見透かしてしまうのだ。


「そんなことだろうと思った」


 しかし、とエリオットはボロボロの教本を撫でながら言葉を継ぐ。


「ロイク・マスカールと彼の友人はやんちゃが過ぎたな。あまりにも悪質すぎる」


「そうだそうだ! わるいのは、だめだ!」


「そう。彼らの行いは保護者に通達したうえで、学園側でも然るべき処罰を与えることになるだろう」


「……処罰、されるの?」


 ウルリカがハッとして顔をあげると、首をわずかに傾いだエリオットと視線がぶつかった。


「当然だろう? 規則を破った。故意に、他人の資産に手を出したのだから」


「ロイクたちは、具体的にどんな罰を受けるの?」


 エリオットは少し考え込んだのちに、口を開いた。


「……これが初回であるから、数日の停学処分が妥当だろうな」


「なあ。ていがくって、なんだ?」


 ノアが訊ねると、エリオットは「しばらくの間、魔導学院をお休みすることだよ」と答えた。


「それなら、いやなやつ、ロイクと、会わなくていい。いやなこと、されなくなる!」


 パア、と笑顔になったノアが言う通り、『嫌なこと』はされなくなる。


 だが、数日といえど、停学処分はロイクの経歴に傷をつけるだろう。

 それと同時に名門であるマスカール家の名誉を汚すことになるのだ。彼は実家からも、手ひどい罰を受けるに決まっている。


(ロイクはひどいことをした……。エリオットの言うことは、正しい)


 エリオットが介入すれば、問題は迅速に解決する。

 ウルリカにとって、いいことだ。でも、モヤモヤする。その理由が見当もつかなくて。

 だけど前にも、似たようなことがあったな、と思い出す。


「あの日……」


 ポツリと口にすると、エリオットは怪訝そうな顔をウルリカに向ける。


「ウルリカ?」


「エリオットに魔導学院を退学しろって、召喚術師に向いていないって言われた時の方が、あたしずっと傷ついた。あたしはおちこぼれだから、他の人に何を言われて、何をされても、落ち込むけど、それもしかたがないことだと思ってた。でも、エリオットに言われたのは、すごく、しんどかったの」


 エリオットにも立場がある。保護者として、教師として、適性のない生徒に残酷でもそれを伝えることが、あるべき姿なのだろう。

 エリオットは苦い表情で訊ねる。


「ウルリカ。なぜ、今になって過去の話を持ち出すのか?」


「あたしにとっては、まだ終わっていないから。言われっぱなしだったから、言い返したくなった。今も、これはあたし自身の問題なのに、エリオットが決めようとしてる。それって解決しても、あたしは納得できないし、スッキリしない」


「ウルリカ……」


「あたし、ロイクと話がしたい。どうして、こんなこと酷いことするのって、理由を聞きたい。エリオットからすれば、無駄に空回りするあたしの姿は、すごく、もどかしく見えて、手を出したくなるかもしれないけど……」


「てをだす? なぐるのか? 俺がてつだうか?」


「暴力に訴えたら、今度はこっちが悪者になるわよ」


「……むう。ニンゲンのおきて、むずかしいな」


 そう。人と人が理解するのは難しい。だからこそウルリカはきちんと向き合いたい。

 強情なウルリカに、同じく強情なエリオットは深い溜息をこぼした。


「君の考えも、理解できなくはないんだ。僕もかつては君のようないじめ――嫌がらせをされた経験があるからな」


「エリオットが?」


「エリオット、よわかったのか?」


「……いじめはときとして、強者もその対象となるんだよ」


 ムッとした顔で、エリオットがノアに言い諭す。


「僕は学生時代、聖マルグリッド高等魔導学院を首席で卒業した。……ノア向けに言えば、頭がすごく良くて、力がすごく、あったんだ」


「エリオット、むかしから、つよかったんだな!」


「そう」


 エリオットは謙遜することなく頷いた。


「優等生だったから。多方向から嫉まれていた……いっぱい敵がいた」


「エリオット、たいへんだ! でも、よく生きのこった! すごい!」


「ねぇ、エリオットはどうやって解決したの? やっぱり、先生に相談した?」


「けんかか?」


 エリオットは爽やかに笑った。


「平和的な解決さ。僕はこれまで以上に勉学に励み成績を上げ、実技試験で模擬戦闘をするときは相手に合わせて力の加減をしていたけれど、手を抜くのはやめるよう〈守護聖獣〉に命じた。これは叶わない、と相手に思わせるためにね。それから嫌がらせはピタリと止まった」


「…………なるほど」


 ウルリカは腕を組んで、小さく唸った。

 聞けば確かにエリオットらしい、正当なやりかただった。

 努力と研鑽を重ねる姿勢はたいへん素晴らしく見習いたいところだが、もとがおちこぼれで伸びしろのないウルリカには難しい解決方法だ。


「よくわかんないけど、なぐったほうが、はやいのにな!」


「そうね……」


 ウルリカに関しては、そうかもしれない。

 それに腹が立つから、一発くらい、全力の怒りパンチをお見舞いしたいところだ。

 だが、ロイクは体格が良い。殴り合いの喧嘩もまず、勝ち目はないだろう。


(……いや、不意打ちなら、一発いけるか?)


「……ウルリカ」


「ん、何?」


 そのまなざしは真剣そのものである。また何か説教が始まるのかと、ウルリカはわずかに身構えた。

 だが、彼の口から出たのは痛切な懇願だ。


「……念のために釘を刺しておくけれど、魔導学院内での理由のない暴力沙汰は停学処分になり得る。それだけはくれぐれも、絶対にいけないよ」


 心をズバリ見通したかのような養父の忠告に、ウルリカは「はい」と殊勝に頷いたのだった。

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