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おちこぼれ召喚術師と魔王の子  作者: 藤宮晴
二章 おちこぼれ学生、初めての決闘をする
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【7】新しい部員

 聖マルグリット高等魔導学院では、召喚術師の育成を主に行っている。

 そもそもの話、フラホルク統一王国自体が召喚術師の育成を推進している。

 フラホルクの始祖である女王アリアーヌはかの暗黒時代、召喚術の力と彼女の守護聖獣ハーヴェイの黄金の剣を持って、統一に成功したからだ。

 だからといって、魔術師の育成や扱いがぞんざいということはない。

 隣国マドラプタ神聖帝国やワグテイル魔導王国には若干の遅れをとりつつも、三大魔導学院では魔術師の卵のために専用の学科を設けていた。

 聖マルグリット高等部の特別魔術科に在籍するルイーズ・バルビエも、魔術師を志す少女である。

 バルビエはフラホルクでも指折りの魔術師の名家で、高名な魔術師を歴代輩出してきた。

 ルイーズの祖父もまた卓越した魔術師で、王立魔導兵団魔術師部の幹部を務めている。

 父や伯父たちも、要職に就いているという。

 バルビエ本家のこどもは二人。

 ルイーズには兄がいる。だが、心優しくも臆病な兄は、魔力が一般人並みで、バルビエの恥と祖父から早々に勘当されてしまった。

 そのため、ルイーズに家督相続のしわ寄せが及んだのだ。

 幸か不幸か、ルイーズには魔術師としては十分すぎるほどの魔力があり、祖父と同じく、オーソドックスな風と土の属性を得意としていた。

 中等部に在籍していた時点で、非常に難易度の高い飛行魔術を習得したルイーズ。バルビエの分家のこども達と比べても、圧倒的に魔術師としての才能がある――と祖父から手放しに認められていた。

 偉大な祖父の期待を背負い、勉強漬けの生活を送るのは苦ではない。それでもたまに息抜きがしたくなることもある。

 今では寮暮らしのルイーズだが、実家にいた頃からの趣味は庭いじりだった。

 初代バルビエは『花の魔術師』と呼ばれ、植物魔術に長けていたという。

 植物の生態を知ればこそ、魔術の精度もより高くなる。

 そのためルイーズは、魔導学院で園芸クラブを作りたいと、祖父の力も借りて交渉した。

 園芸クラブの設立から四年が経つが、未だに部員はルイーズを含めて二人だけ。

 人間関係にものぐさなルイーズが積極的に部員集めに動かないのも理由ではあるが、大抵の生徒は趣味ではなく、実益となるようなクラブに所属している。召喚術学や魔術学といった実践的なクラブは、卒業後のコネクションつくりにも有用となるそうだ。


(アタシはそういうの、興味ない)


 別に一匹狼を気取るつもりはないが、親しくもなりたくない人間とおしゃべりをするのは有意義ではないと思うし、ひどく疲れる。だから、ひとりが一番楽なのだ。

 それに、いまさら人脈を作らずとも、バルビエの子にはフラホルクで重要なポジションが約束されている。

 ルイーズはただ、穏やかに植物を向き合いたかった。

 ルイーズがせっせと雑草をむしり、花に水をやり、さてそろそろ休憩をとろうと立ち上がると、花壇の奥に見覚えのある男の姿がある。

 金色の髪を結った眼鏡の男。

 魔導学院教職員のローブを纏った彼は、かつては宮廷召喚術師、そして隊長として名を馳せ、現在は実践召喚術学や基礎魔術論を担当するエリオット・ネヴィルである。

 ルイーズはほんの少し迷った。

 彼はルイーズに気づいてはいないようなので、声をかける必要はないのだが、彼は学科の指導教員で、また、園芸クラブの設立にあたり協力してくれた人だ。

 何か困ったときには相談してほしいとも言われている。

 つまり、園芸クラブの顧問的立場なのだ。

 そして、彼の娘であるウルリカは、唯一の部員。

 少々気になることもあったので、ルイーズは彼に話しかけることにした。


「あの、エリオットせんせい」


「ん? ……ああ、ルイーズ・バルビエ君か」


 やはり彼はルイーズに気づいていなかったのだろう。

 ウルリカが花を植えたあたりの花壇の前で跪いていた彼は、立ち上がるとルイーズに薄く微笑んで答えた。

 エリオットは『未婚』で、元宮廷召喚術師。家柄も良く、見た目も優れている彼は、魔導学院の女子生徒から人気を集めているようだった。

 だから意図的に愛想のない、時には拒絶とも思える振る舞いをしているらしい。ルイーズに関して比較的柔らかい態度をとるのは、ルイーズの本質を見抜いているためか。


(まあたぶん、エリオットせんせいも同じタイプだね)


 自分にとって毒となる人物とは距離を置く。必要以上の関係を築かない。それは特殊な環境に身を置いて育ったが故の、歪な成長だ。

 付き合う人間は選べと祖父に言われた。必要な『友人』は祖父が用意してくれる。

 ルイーズは彼の使役する〈春の女神〉にこそ興味は抱いても、彼にはそれほど関心を抱けない。

 だが。

 ルイーズはしばらく悩んだ末に、口にした。


「あの……。最近ウルリカ・ネヴィルの顔を見ていません。何があっても、花壇の世話は欠かさなかったのに。だから今はアタシが花の面倒を見ていて……」


「そうか。すまないな」


 エリオットは申し訳なさそうに口にするが、ルイーズが彼から引き出したかったのは、謝罪ではない。


「……ウルリカさんは、魔導学院を辞めたんですか?」


「…………はぁ?」


「その、少し前から魔術科でも噂になっていて。彼女は成績が良くないから、魔導学院を中退したって」


 ルイーズとて、誰かが話しているのを通りがかりに聞いた程度の噂話。本気で信じはしない。

 だがこうもクラブでの不在が続くと、いよいよ噂は信憑性を増してくる。

 エリオットは複雑な表情で答えた。


「噂は偽りだ。……ウルリカは今、怪我の療養中でね」


 ルイーズは驚きを隠せず、口にする。


「怪我を、したんですか?」


「ああ。でも今は命に別状はないよ。無事、快復に向かっている。今は寝ている時間の方が多いけれど」


 今は、ということは、少し前までは危険な状態だったということか。

 だがそれを問う勇気はなく。今は快復に向かっている。その言葉を耳にして、ルイーズは胸を撫で下ろした。


「彼女の復帰は四月の半ばになるかな。それまで、花壇の世話は頼めるかい?」


 エリオットに頼まれ、ルイーズは頷いた。元々顔を見せない彼女の花壇はルイーズが面倒を見ている。

 それからルイーズは花盛りの茎に鋏を入れ、手際よく小さな花束を作った。


「エリオットせんせい。これ、ウルリカさんの病室に飾ってください」


「ありがとう。でもいいのかな? こんな綺麗な花を、貰ってしまっても」


 ルイーズはこくりと頷いて言った。


「はい。彼女が起きたら伝えてください。うちは幽霊部員はいらないから、復帰したらちゃんと、顔を出せって」


「わかった……ところで」


 エリオットは困惑した表情で、ルイーズに訊ねた。


「……食用可能な花が多いのは、何故かな?」


「それ、ウルリカさんが好んで育てている花ですよ」


「…………」


 エリオットと会話をしたのは、三月の終わりのこと。


 ***


 それからひと月が経った頃。


「ねえ、ルイーズ部長。入部希望者を連れてきたんだけど」


 柔らかい土を掘り返していたルイーズに声をかけたのは、黒いトカゲ――おそらく彼女の〈守護聖獣〉を頭に乗せた、ウルリカ・ネヴィルだった。

 灰色の髪の勝気な顔つきの小柄な少女の背中に隠れるように、桃色頭が見える。

 身をかがめているようだが、桃色頭の方が背が高く、どうにも隠れ切れていないのだが。


「この子はエステル・コルネイユ。高等実技科のクラスメイトで、植物に興味があるんだって。園芸クラブに入部させてもいい?」


 ウルリカに促され、オドオドと身を現したエステルはプルプルと子兎のように震えていた。

 排他的な態度をとっていたつもりはないが、ルイーズの緊張が伝わったのかもしれない。


「…………ふうん。別にいいよ」


 素っ気なく言えば、エステルはパア、と笑顔を見せた。

 嬉しそうなエステルに、「良かったわね」と口にするウルリカの声を聞きながら、ルイーズはエステルの分の花壇を整えてやる。

 スコップで土を均しながら、ルイーズはふとエステルに訊ねた。


「その、エステルさんは何か育てたい花があるの?」


「は、はいっ。わたくし、穀物やお野菜を育てるのが、得意、ですっ」


 質問の答えになっていないし、花ではなかった。

 紹介者であるウルリカが〈聖獣〉の餌にするために花を育てていることは知っているし、『自分用』か、食用の花を好んで育てていることもそれとなく察していた。

 どうやら新しい部員も花より食い気らしい。

 なるほどね、と口にするルイーズの頬は自然と緩んでいた。

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