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おちこぼれ召喚術師と魔王の子  作者: 藤宮晴
二章 おちこぼれ学生、初めての決闘をする
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【6】国宝様と内緒話

 放課後、裏庭一角の花壇へと向かったウルリカは、久しぶりの土いじりに精を出していた。

 入院中は誰かが――おそらくは園芸クラブの部長あたりが世話を見てくれたのだろう。

 育てかけの花は綺麗に咲き、ウルリカが入院する病室の花瓶に美しく生けられていた。


(新しい花、何を植えようかなぁ……)


 頭を悩ませるウルリカの後ろには、疲れて眠ってしまったノアを抱く、エステルの姿がある。

 護衛としてウルリカの傍を頑なに離れない彼女は、どうやら園芸に興味があるらしい。

 花壇の花を指さしては、「これは何というお花なのですか?」と、ひとつひとつ訊ねてくる。

 それはまるで、好奇心旺盛なこどもを見ているようでどこか微笑ましく、何より可憐な彼女が花にそっと触れる様子は、非常に絵になるのだ。

 ウルリカがぼんやりと眺めていると、ハッと何かに気づいたような顔をした彼女が、申し訳なさそうに口を開く。


「あっ、そのっ、ごっ、ごめんなさい……。わたくし、ウルリカの邪魔になって、しまいますね……」


「別に、邪魔じゃあないわよ。それよりエステルは花に興味があるの?」


「は、はいっ!」


 笑いながら訊ねれば、エステルははにかみながらも頷いた。


「ヨランドにいた頃は……。わたくし植物の研究に、ほんの少しだけですけど、携わっていたんです。あっ、でも、お花ではなく、穀物やお野菜なんですけどね……」


「ふうん?」


 聖ヨランド高等魔導学院は聖マルグリット高等魔導学院ほどではないが、古く歴史ある魔導育成の伝統校である。

 特に〈聖獣〉の生態研究については、どの学問施設よりも進んでいるのだとか。

 〈聖獣〉や召喚術を差し置いて、専門外の植物の研究に携わるというのは些か違和感があり、ウルリカは首を捻った。

 ウルリカの疑問を察したらしい。エステルはモジモジと補足する。


「えっと……、ヨランドは学生の自主性を重んじていて……。基本的には好きなことを、やらせてもらうんです。わたくしみたいに、植物に興味のある学生は、あんまりいなかったんですけど……」


「へぇ。エステルは、植物に興味があるの?」


「はいっ。植物というよりは、食糧問題……です。だから、魔力を付加して、成長速度を早めたり、栄養価を高めたりすれば……食べ物に飢える人間も減ると、思って……」


「へえ。すごい! 世のためになる、素敵な研究だと思うわ!」


 フラホルク全土で見れば食料問題はおおむね問題がないと言えるだろう。

 だが、貧しい地方部や厳しい土地となると、食料に飢える者もいる。

 例えば、かつてのウルリカのように。

 それに悪天候による不作や飢饉が全くないわけでもないのだ。

 もし、彼女たちの研究が実を結べば、食糧不足における課題解決へと貢献するだろう。地味な研究であるが、人のためになる素晴らしい研究なのだ。

 しかしながら、植物の成長の研究は、実のところ、あまり活発ではないという。

 育つ植物の量や速さには限度があり、大量に生産するとなると、消費する魔力もわりに合わない。

 現状、実用性が低いのだ。

 稀少価値の高い植物や、観賞用の花を手早く用意するために使われることもあると聞くが、いかんせん研究者も少ないため、安定した供給にはほど遠い。

 だが、彼女のような志を持つ人間がいれば、解決の手助けとなるだろう。

 ウルリカの素直な称賛に、エステルは顔を赤らめた。


「あっ、ありがとうございますっ。……えっと、その……」


「うん?」


「も、もしよければ、なんですけど……。ウルリカも魔力でお花を、育ててみませんか? わたくし、簡単なものなら、教えられます、よ?」


 正直なところ、ウルリカが花を育てるのは自らの魔力の低さを補うためであって、それほど情熱があるわけでもない。

 だが、瞳をキラキラと輝かせて熱弁する彼女を前にしては断りづらく、何より秘匿性の高いヨランドの研究成果となると俄然興味が湧いてくる。

 聖ヨランド高等魔導学院は聖カトリーヌ高等魔導学院と違って、些か閉鎖的なコミュニティで、謎に包まれている部分も多い。


「そうね、お願いしようかしら」


「はいっ、まかせて、くださいっ!」


 彼女のために、もう少し広めに花壇の土地を借りられるか、部長へ交渉してみようか。

 ウルリカがそう考えていると、陽気すぎる声が降ってくる。


「やぁやぁウルリカ、今日も絶好のお散歩日和だな!」


 ご機嫌な様子で話しかけたのは、金色の髪を、尾のように揺らすフラホルクの至宝、ハーヴェイ。

 この世ならざる美しさを持つ男だが、口を開けばその神秘性はすっかり失われてしまう。

 そしてウルリカが新学期早々大変な目に遭っている、元凶ともいう。

 ウルリカはゆらり、と立ち上がると、彼の襟元を掴み上げた。


「ハーヴィおじいちゃん~? よくあたしの前に、そのツラ見せられるわねぇ?」


「なんだなんだ、退院したばかりなのに、元気が有り余っているなぁ」


「誰のせいだと思ってるのよぉ!」


 ウルリカは彼の首もとをガクガクと揺らしながら叫んだ。


「わっはっは、調子を聞くまでもなく、元気のようだな!」


 この能天気ジジイ。一発くらい殴っても大事にはならないだろう。

 ウルリカの滲み出る殺気を感じてか、エステルが泣きそうな声で宥めた。


「う、ウルリカっ? 気持ちはわかりますが、あのぉ、国宝様に乱暴な様子は……」


 ハーヴェィの護衛騎士は、何故か今日に限って彼の後ろに控えている。

 事情を知っているのだろう。その視線はウルリカに対し、やや同情的であった。


(今度、人目のないところに引きずり込んで、一発ヤってやる)


 ウルリカは拳を下ろし、不機嫌な声で訊ねた。


「で、クソジジイ。何の用?」


「いやあ、鬱憤が溜まりに溜まっているようだなぁ? すまんすまん、愚痴ならいくらでも聞こう。……皆、少し席を外してもらえるか?」


 ハーヴェイはエステルや護衛の騎士たちに視線だけを動かして、お願い口調で言うが、彼の言葉に従えない者は、ここにはいない。


「わ、わかりました……」


 困った様子ながら、それでも護衛として目の届く位置に、エステルはそっと離れた。

 ハーヴェイの護衛騎士たちも頭を揃えて一礼したのち、それぞれ遠くに姿を消す。


「……あたしをていのいい人払いにしたってわけ?」


「その方がおまえさんも気兼ねなく話せるだろう?」


「まあ、そうだけど……」


 もちろん愚痴もぶちまけたいところだが、それよりもウルリカは知りたいことの方が多い。

 ハーヴェイは花壇の前に片膝を立てて腰を下ろす。ウルリカも彼の高級な仕立てのローブを下敷きに、座り込んだ。

 ハーヴェィは国宝級の美しい顔で、ニヤリと笑う。


「聞いたぞぉ。先日の授業で、〈天竜〉セルヴィッジを召喚したらしいな?」


「……呼び出したのはあたしじゃなくて、エステルとエミールだけどね」


 彼はなかなか、情報の入りが早い。

 不完全な召喚の陣ながら、無事召喚を成功させた双子の姿を思い浮かべながら、ウルリカは訊ねた。


「あのさハーヴィおじいちゃん。あの子たちって何物なの?」


 すると彼は顎に指をあてて、にっこりと微笑んで答える。


「何って、優秀な護衛騎士だろう?」


「とぼけないで。普通の宮廷召喚術師じゃないでしょ? 識別名つき(ネームド)の竜をたった二人召喚するなんて……」


「だが、エリオットは在学中に〈天竜〉セルヴィッジの召喚に、単独で成功しておるぞ?」


 ウルリカは顔を顰めた。その逸話も聞いてはいる。


「……それはまた、別の話でしょ。それを言ったら、在学中に宮廷召喚術師になんて、エリオットにだって成しえなかった」


 通常、宮廷召喚術師は魔導学院を卒業しなければ、その受験資格は得られないとされる。

 魔導学院現役の学生で宮廷召喚術師を務めるのだから、受験資格を特例で得たのだろう。

 よほど優秀なのか。あるいは裏に、強力なコネでもあるのか。

 流石に当の本人たちには聞きづらい。


「エステルもエミールも、表面上は優秀な護衛騎士で学友と思えばいい。だが、差し向けたのはフラホルクの王室だ」


 穏やかな声色だが、何か含むものを感じて、ウルリカは問いかける。


「……あの子たちに、裏の顔があるってこと?」


「わたしはフラホルク王室の相談役だが、王室と意向が同じとは限らんよ。わたしなら、大切なものは宝物庫にしまいこんで、誰の目にも晒さぬようにするが」


「動く国宝様が言っても、ち~~~っとも説得力ないけどねぇ」


「危険も承知で、そうしているからさ。まあ、今ではそれほど、自由の身ではないよ」


 あの一件以来、彼も外出を控えるように言われ、渋々従っているらしい。

 そんな中で、彼はウルリカに会いに来たのだ。


(危険を承知で、あたしを、ノアを自由にさせている……。できれば目立たせたくないはずなのに、あたしに取り巻いて、〈天竜〉セルヴィッジの召喚に成功して、派手な活躍を見せた……)


 これはただの、『撒き餌』だろうか。

 〈黒杖の公爵〉に顔は割れている。彼らをおびき寄せるには、不要な行いのように思えた。


「つまり、王室には、何か別の狙いがあるってこと?」


 率直に切り込んだウルリカのくちびるに、これ以上は続けるなと、ハーヴェイは人差し指を当てる。


「ノアを真に守れるのは、おまえさんだけだ、ウルリカ」


 曖昧に誤魔化した、彼の主張をウルリカは正しく読み取れない。

 だが、彼女たちをあまり信用しすぎるなと釘を刺された――それだけはわかった。


「まあ、何か困ったことがあればわたしを呼べ。老いぼれながら、力にはなれるだろう」


「……言質、とったからね」


「あっはっは。金の融資はできぬが、躰ひとつは貸してやれるぞ?」


(いざとなったら剥いで換金するのもありか……)


 ウルリカは不埒な考えを抱きつつ、それを知られぬよう「助かるわ」と礼を述べた。

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