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おちこぼれ召喚術師と魔王の子  作者: 藤宮晴
二章 おちこぼれ学生、初めての決闘をする
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【5】認められない、認めたくない

(すごい、すごい、すごい……!)


 ウルリカは感動を声に出せず、躰を静かに震わせた。

 憧れていた存在が目の前にいて、そして光の雨を降らせている。

 なんて美しい光景なのだろう。そして、なんとあたたかい光なのか。

 ひとしきり光の雨を降らせたセルヴィッジは、厳かに地上へと降り立つ。ウルリカは彼が消える前に、この熱い胸の昂りを伝えたい、と思った。

 だからウルリカは走り寄ると、慣れない〈聖獣〉言語で『ありがとう』と口にする。

 するとセルヴィッジは顔を寄せて、大きな口を開いた。


『次はお前が。我を求める声を聞かせてほしい。竜つかいのアウローラ』


「……え?」


 彼が発したのは〈聖獣〉言語。

 セルヴィッジの言葉の意味が分からず、ウルリカが首を捻っていると、彼は〈召喚の門〉とともに、白い光の粒を残しながら消えていく。


「あ、待って、セルヴィッジ!」


 手を伸ばすが、彼は既に消えた後だ。

 ウルリカは掌に残る光の粒をじっと眺める。


(竜つかいのアウローラ……? 最後にセルヴィッジが言っていたのは、誰のことを指しているの?)


 不慣れな〈聖獣〉言語で聞き間違えたか。彼は誰かの名前を呼んでいた。

 だが、その心当たりがない。

 ウルリカが密かに考えていると、興奮したエステルがばっと抱き着いた。


「ウルリカ、ウルリカ! わたくしたち、やりましたねっ!」


「う、うん、そうね」


「ピギャ!」


 嬉しそうなエステルとノアの頭を撫でていると、口元に手を当てたエミールに問われる。


「……ウルリカ・ネヴィル。〈天竜〉セルヴィッジと、最後、何を話していたの?」


「え? ああ、彼は――」


 ウルリカが答えようとした続きは、大声によって遮られた。


「君たち、何かインチキをしたのだろう!」


 声の主は、アンジュ・バルトだった。


 ***


 合同召喚術学の指導教員スティーブ・ニーンは、内心頭を抱えていた。

 ロイク・マスカールの祖父、マルコ・マスカールは宮廷魔導兵団の元帥を務めている。

 マルコはかつての上司であり、スティーブはそんな彼からは「くれぐれも孫をよろしく」と頼まれていたのだ。

 スティーブは魔導兵団を『想定外のミス』で辞して、結果、聖マルグリット高等魔導学院の教職に就いた。

 ここで挽回したら、また魔導兵団の席を用意してもらえるかもしれない。

 ロイク・マスカールは祖父マルコの血を強く受け継いだ才子。高等実技科でもトップクラスの成績を修めている。

 このままいけば、彼が魔導学院を首席で卒業することは、想像に難くない。

 だが、こんな時期に、彼に比肩する転入生が二人も現れた。

 エステル・コルネイユ。そして、エミール・コルネイユ。

 あの聖ヨランド高等魔導学院から転入した双子の経歴に、スティーブは金を積んで探りをいれたものの、結果としてたいした情報は得られず、謎は深まるばかり。

 マルグリットとカトリーヌは古くから交流があり、互いに交換学生制度を取り入れているが、ヨランド側は交流を一切断絶している。

 そんな彼らが如何様な理由で転入したか、一介の教職員であるスティーブは知らないが、少なくとも彼らが現役の学生の枠には収まらない技量を持っていることはわかる。

 〈天竜〉セルヴィッジの召喚。

 それを、たったの二人で成し遂げた。

 それがどれだけの偉業であるか、軍に所属していた過去のあるスティーブは嫌でもわかる。

 そしてほの暗い劣等感を刺激されるのだ。

 〈天竜〉セルヴィッジの召喚は、スティーブも未だかつて経験がない。

 詠唱だけではなく、召喚の陣の出来もよかった。エステルとエミールが書いたのだろうか。

 軍の規則からは逸脱した、だが芸術的に美しく、暴力的で、強引な愛を囁く召喚のラブレター

 あれを短時間で用意できるとは、相当な腕前である。

 エステル・コルネイユ。エミール・コルネイユ。そして……『おちこぼれ』のウルリカ・ネヴィル。

 彼らに与えられるべきは最高得点だろう。

 だが、そうなれば相対的に、ロイク・マスカールを筆頭としたチームは下回ってしまう。

 この状況が続けば、ロイクの首席卒業も危ぶまれる。

 今まではロイクたちが優秀な成績を修めていたために、問題がなかったのだ。

 だが、それを軽く超えてしまったら。


(あからさまに点数を贔屓するのは、不味いな……)


 抱き合い喜ぶウルリカ達を険しい目つきで眺めながら、スティーブは考える。

 前年度、賄賂で学生を特別に扱った教員はすべからく退職させられている。

 もう後がないスティーブは、危ない橋を渡りたくない。

 そういったにっちもさっちもいかない状況で、アンジュ・バルトの糾弾は渡りに船だった。


「はぁ? インチキ? あたしたち、ちゃんとセルヴィッジを召喚したじゃない? 何がインチキだって言い張るのよ!」


 果敢に食ってかかるのは、何故か『おちこぼれ』のウルリカ・ネヴィルだった。

 あの、エリオットの・ネヴィルの義理の娘でありながら、召喚術の才能を持たない少女。

 双子と同じく、突然高等実技科へ転科した彼女は、いったいどうやって、転科が許されたのか。学内では面白可笑しく噂されているようだ。

 〈天竜〉セルヴィッジの召喚に、ウルリカは何の役にも立っていない。

 詠唱をする双子たちの傍らで、『おちこぼれ』らしく、ポカンと口を開けて、ただ眺めていただけだ。

 一般教養科から転科した彼女は顔見知りが少ないらしく、同じく新顔のエステルらとつるんで、そのおこぼれに預かっているのだろう。


「ふん。役立たずの『おちこぼれ』は引っ込んでいてくれないか?」


「なっ!」


 これに憤慨したのは、ウルリカの背中に隠れていたエステルだった。


「何言ってるんですか! ウルリカは、役立たずじゃありませんっ! だって召喚の陣を書いたのは、ウルリカなんですっ!」


 顔を真っ赤にしながら口にするエステルの主張に、スティーブはギョッとした。


(あの召喚の陣を、あの『おちこぼれ』が一人で書いた、だと!?)


 ありえない。そんなこと、あるはずがない。

 鼻息荒いエステルを、けなされたウルリカは困惑顔でどうどう、と宥めている。

 その彼女から、否定は出ない。

 ウルリカが転科する前の、合同召喚術学の成績についてはスティーブも目を通している。

 『おちこぼれ』の彼女がお情けで紛れ込むのは、あまりものの数合わせのチーム。最低評価の指定テーマを選び、彼女の作業は『召喚の陣のサポート』、と記されていた。

 お手本通りにしか書けないはずの彼女に、あの強烈すぎる召喚の陣が書けるものか。

 だが、確かに召喚の陣を書いている場面に、スティーブは立ち会っていない。ちょうど他のチームの召喚を見て、評価をしていた最中だった。

 だから、ウルリカが書いた、その可能性を捨てきれないのもまた事実。

 エステルとアンジュの言い争いに、生徒たちは野次馬で、注目が集まっているようだった。


(…………今が、チャンスか……?)


 スティーブはこっそりと〈天竜〉セルヴィッジの召喚の陣の近くに移動した。

 そして、迷わず召喚術式を書き換える。

 その姿を見ている者がいることに、気づかずに。


 ***


「……この召喚の陣、不完全だな」


 合同召喚術学の指導教員、スティーブの呟きで、エステルとアンジュの言い争いはピタリとやんだ。


「……不完全、ですか?」


 ウルリカは眉を寄せた。

 あのエミールが完璧な召喚陣だと認めてくれた。事前に、スティーブの言質も取った。

 だが、当の本人スティーブは陣の前に跪き、とある術式を指差した。


「ほら、ここ。変数の設定が間違っている。あとはこの箇所も、綴りが間違っている」


「そんなはずは……」


 ウルリカは召喚の陣に近寄ると、彼に指摘された術式を検分する。

 確かに、誤っていた。ウルリカはさっと顔を青ざめる。

 召喚の陣は完璧でなければならない。

 何故なら、少しでも誤りがあれば、事故に繋がりかねないからだ。

 時として、召喚術の失敗は暴走となり、甚大な被害を与えることもある。


「わたしも見落としていた。非は認めよう。だが、召喚に成功したとはいえ、〈天竜〉セルヴィッジの不完全な召喚術式には、点数を与えられない。一歩間違えれば、ここにいる皆が無事ではすまなかったかもしれないんだぞ?」


 スティーブの声は厳しい。

 それも当然だ。彼は教員であり、学生の命を預かる立場でもある。


「ふん、やっぱり『おちこぼれ』だな。他人の足を引っ張ることしか、できないのか」


 アンジュがあざ笑う声が、遠く聞こえる。


 そして、授業の最後に言い渡された、ウルリカたちへの評価は『可』。

 一応、セルヴィッジの召喚に成功した実績は評価されるらしい。だが、ウルリカのせいで最高評価ではない。

 最も評価が高かったのは、火の高位精霊を非の打ちどころなく召喚した、ロイクたちのチームだった。

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