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おちこぼれ召喚術師と魔王の子  作者: 藤宮晴
二章 おちこぼれ学生、初めての決闘をする
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【4】エミールの算段

(さて、お手並み拝見といこうじゃないか、ウルリカ・ネヴィル)


 護衛対象であり、召喚術師の卵である、ウルリカ・ネヴィル。

 あのエリオット・ネヴィルの養女という肩書を持ちながら、彼女には召喚術師の才が欠けている――と誰もが思うだろう。


(でもボクは、そうは思わないよ)


 護衛の任務を請けたときに渡された、ウルリカ・ネヴィルに関する調査報告書。

 確かに実技科目は目も当てられないが、ともに添えられたウルリカのレポートや召喚術式の写しを見れば、彼女の隠れた聡明さが窺える。


(彼女が持っている武器のひとつは、人脈)


 フラホルクの国宝と友好的な関係を築き、国内でも指折りの召喚術師を養父に持つ。

 事前に調べた情報によると、過去、あの第二王子とも親交があり、宮廷魔導兵団にもちらほらと知人がいるようだ。

 そして王室の守護者ハーヴェイの命を守り通したことで、結果的に王室に恩を売った。

 〈特異聖獣〉の誓約者という立場もあり、有事の際に切れるカードが多いのだ。

 本人の持っている素質があるとすれば、運の良さか。こればかりはどんなに嫉んでも手に入れられないものだ。


(いや、〈特異聖獣ノア〉を手に入れたのは運の良さだけではない。彼女の無謀すぎる行動力が効を奏した)


 命を張って、〈聖獣〉を助ける。なんてお人好しなのか。

 でもその優しさを、エミールは否定するつもりはない。

 ウルリカ・ネヴィル。愚かな少女。

 彼女の最大の武器は、その勇ましさか。

 高等実技科に転科後も、あまりにもパッとしない成績だが、実のところそれは、マルグリットの生徒全体に言えることだろう。

 三大魔導学院のひとつ、聖マルグリット高等魔導学院。

 最も歴史が古く、かの女王アリアーヌを輩出したこともあり、血統書付きの子息子女は決まってマルグリットに通わされる。

 だからこそマルグリットに集うのは優等生――言い換えれば尖った才能を持たない、どの分野も一定の水準を満たした生徒ばかり。

 エミールがかつて通っていた聖ヨランド高等魔導学院は、マルグリットとは対だ。特定の方面に特化した生徒ばかりが在籍する、本当の能力主義を理念としていた。

 だからこそ、エミールのような戸籍のない生徒でも学ぶ環境を得られたのだが。

 そういう意味で言えば、〈特異聖獣〉と誓約したウルリカのような少女こそが、ヨランドに通うべきなのかもしれない。

 最も、その場合ノアは貴重なサンプルとして被験対象になるだろうし、彼女自身がそれを許さないだろう。

 そしてそれは、エミールも望むところではないのだ。

 エミールは杖に重心を預けながら、ウルリカが召喚の陣を書く様子をじっと眺めていた。

 修練場の地面に跪いての作業だが、彼女は白い制服が汚れても気にはしていない。

 その顔は真剣で、目の前の作業に一心不乱となっているようだった。

 エミールは黙って見守っていたが、それが半分まで完成しないところで気づいてしまう。


(あれは……)


 隣にいたエステルも察したのだろう、モジモジと、ウルリカの名前を呼び掛けた。


「あのぉ、ウルリカ……」


 エミールはエステルの袖をサッと引くと、くちびるの前に人差し指を当てて声を潜める。


「姉さん。静かにして。彼女は、人の目や声を気にして、実力が発揮できない節があるようだから」


 それはともに授業を受けている中で知った、彼女の性格だ。

 エリオット・ネヴィルの養子という特別な立場のせいか、あるいは不名誉な綽名が起因するためか、彼女は自らの評判をかなり気にしているようだった。

 人に見られていると、どうにもプレッシャーで緊張するらしい。

 授業でも本来の実力が出せずに、いまひとつな成績を残す姿が度々見られた。

 エステルは困惑した表情で、エミールに問いかける。


「あの、エミール……。これって、〈天竜〉セルヴィッジの召喚の陣、よね?」


「うん」


「……五年前に言ってたこと、嘘じゃ、なかったんだ……」


 ぽつり、と呟くエステルの声を横で聴きながら、エミールは召喚陣とそれを描く少女に、睨みつけるような視線を向ける。


(個体識別名〈天竜〉。真名セルヴィッジ)


 翼竜に属する、上級種の〈聖獣〉である。

 戦闘能力は極めて高いが、温和で争いを好まない心優しき竜は、主に召喚事故の救助役として呼ばれることが多く、実際に軍属自体のエミールも何度か、彼に協力を仰いでいた。

 強力な〈聖獣〉ほど召喚の陣は大きくなる。小柄なウルリカが大の字になって寝転がってもなお有り余る大きさの陣は、しかし、見慣れているそれとはだいぶ勝手が違っている。

 本来、召喚の陣は召喚術師によって千差万別となるものだ。

 例えば、迷路のように入り組んだ道の先にいる誰かに会うために、上下左右どの道を選ぶかが人それぞれで変わるように。

 軍では必要な労力、つまり魔力量や処理時間を固定とするために、一字一句固定となっているのだ。

 だが、彼女の陣はどうだ。思わず笑ってしまうほどに、まっすぐすぎる。

 例えるなら、目的地ゴールまですべての障害物を壊しながら進むようなものだ。処理時間はかなり短縮されるが、その分、魔力の消費も激しくなる。

 と、一見荒々しい様相が目に浮かびながらも、実際の召喚陣は繊細かつ丁寧だ。

 コード規約はしっかりと守られている。変数名は一定の規則を遵守して、繰り返し呼び出される処理はきちんと関数化されていた。冗長な記述とはなっておらず、すっきりとわかりやすい。

 教本もないのにその手つきに迷いがないのは、書き慣れているのだろう。

 だが、魔力の少ない彼女は、これまで〈天竜〉セルヴィッジを呼び出した経験はないはずだ。


「――ん~、できたわ」


 ウルリカの唸り交じりの声が、ぼんやりと考え込んでいたエミールの意識を引き戻す。

 ウルリカは地面から立ち上がると、手の甲で顔の汗を乱暴に拭った。彼女の白い頬にまで砂埃が付着してしまう。

 だが、彼女はどこか満足げな顔で、召喚の陣を見下ろしていた。


 ***


(書けた……。授業では初めて書くから、うまくいくかわからなかったけど)


 ウルリカが友人になりたい〈聖獣〉を考えたとき、思い浮かんだ存在。

 ウルリカは彼への恋文を書くことにしたのだ。

 エステルは驚いた顔で、ウルリカに訊ねた。


「ウルリカ。竜を呼び出す召喚陣が、書けるのですか?」


「あ、うん。小さい頃から、国宝様の教育を受けているからね」


 『情操教育に必要な能力は絵心だぞ』とは、フラホルクの国宝様の教育理念である。

 歴代の王や女王の肖像画に落書きをさせたほか、ハーヴェイはウルリカに文字や図形の塊と称して、召喚の陣を書かせていたのだ。

 彼が教えたのは、魔力が少ないウルリカには起動することのできない、上位種の〈聖獣〉を呼びだす召喚陣ばかりだ。

 特にハーヴェイは竜の眷属。九割がた、竜に関する召喚陣を書かされていたのだ。


「いいか、ウルリカ。召喚の陣は、恋文ラブレターだ」


「こいぶみ?」


「貴方に会いたいと希う、それは『愛』だ」


 幼いウルリカにはよくわからなかった。

 でも、憧れる存在に会いたいという気持ちはわかる。

 だから、たくさんの召喚陣ラブレターを描き続けた。

 ハーヴェイに教わった召喚陣は教本を見ずとも、そらでかける。

 エミールは黙り込み、じっと召喚の陣を検分している。

 現役の宮廷召喚術師からみれば、拙い召喚の陣だろう。何か不備があっただろうかと不安に駆られながら、ウルリカは声をかける。


「え、エミール。えっと、何か変なところがあった……?」


「いや。完璧な召喚陣だよ」


 エミールは顔を上げる。その銀色の瞳はこころなしか輝いているように見えた。


「ウルリカ・ネヴィル。これは名ありの竜だね。天空の覇者こと、〈天竜〉セルヴィッジ。軍でも度々協力を仰いでいる。誓約を拒み、誰にも縛られない〈聖獣〉」


 〈聖獣〉の中には、人と友好的な関係を築きながらも、〈守護聖獣〉の誓約を受けつけないものも多数存在する。

 特に、個体識別名を与えられる野生の〈聖獣〉は皆、相当の実力者ばかりだ。

 〈天竜〉セルヴィッジは翼竜に属する、上級種の〈聖獣〉。

 戦闘能力が高いが、温和で争いを好まない心優しき竜は、主に召喚事故の救助役としてよばれることが多いらしい。

 軍に属している彼も、実際に召喚の陣を見たことがあるのだろう。


「でも、前言撤回だ。ボクは〈天竜〉セルヴィッジを呼び出すことはできない」


「そう、よね」


 考えてみれば、宮廷召喚術師といえど、彼はまだ若い。セルヴィッジを召喚した経験はないだろう。


(でも、見たかったなぁ、セルヴィッジ……)


 ウルリカがしょんぼりと肩を落とすと、エミールは訊ねた。


「ウルリカ・ネヴィル。なぜ、〈天竜〉セルヴィッジを呼び出したいと思った?」


「……セルヴィッジは、小さい頃から、憧れている〈聖獣〉のひとりなの」


 セルヴィッジは人を助ける心優しい竜なのだと聞いていた。

 彼が咆哮を上げれば、光の雨が降り注ぐ。その光は人々を癒すという逸話がある。

 セルヴィッジの光の雨が両親を目覚めさせてくれるかもしれない、と思って何度も召喚の陣を書いた。

 だからこそ、ウルリカはすらすらと彼を呼ぶ召喚の陣が書けるのだ。

 だが、確かに彼の言う通り。セルヴィッジは通常、宮廷召喚術師十人集って呼び出すものらしい。彼ひとりでは難しいだろう。


「ごめんね、急いで書き直す」


 今から新しい召喚の陣を書き直すには時間が厳しいが、課題通りの〈聖獣〉を呼び出すのであれば、十分時間は足りるだろう。

 ウルリカが杖を握り直したとき、エミールは止めた。


「……いや、その必要はない。姉さん」


「え?」


「はい、任せてください」


 エミールに目配せされたエスエルは可憐に微笑むと、担当教員に声をかけた。


「スティーブ先生。〈天竜〉セルヴィッジを呼び出したいのですが、問題ありませんか?」


 合同召喚術学の担当教員スティーブ・ニーンは十数年前軍に所属していて、退役後は魔導学院の教員を務めている。

 〈天竜〉セルヴィッジと聞いて、耳を疑うような顔つきをした彼だったが、実際に召喚の陣を確認すると目の色を変えた。


「しょ、召喚の陣は書けているが、しかし実際に呼べなければ点数は与えられないぞ?」


「呼びますよ」


 すかさず答えたのは、不敵な笑みを浮かべたエミールだった。


――『おちこぼれ』と転入生たちが、〈天竜〉セルヴィッジを召喚するらしい。


 話が伝わって、他の生徒たちも作業の手を止めて、ざわめきだす。詠唱のできないウルリカには、ただ見守ることができない。

 エステルとエミールが、召喚の陣の中に入り、手を繋ぐ。


「今、天空の覇者を呼ぼう――」


 一呼吸の後に、詠唱を紡ぐ。少女と少年の美しい声が、絡まりあう。重唱だ。

 どこからか風が柔らかく吹いて、彼らの桃色の髪を揺らす。風は渦を巻いて、サラサラの砂埃が舞った。

 美しい詠唱は、歌うようだ。ウルリカは夢見心地に聞いた。

 〈天竜〉セルヴィッジを呼び出す、〈召喚の門〉が描かれる。

 空中に、縁取りが滲み浮かぶ。風属性の彼の門は、重厚な緑色。光る線が走る。巨大な門を作り、幾何学的な紋様を彩る。

 門が開いて、そこから一匹の〈聖獣〉が天に昇った。

 

(〈天竜〉セルヴィッジ……!)


 ウルリカはゴクリ、と息を呑み込んだ。


 セルヴィッジはちらり、とウルリカたちを一瞥する。

 その空のように青い瞳は深い慈愛に満ちていて。

 青い空を優雅に旋回した天空の覇者は、光の雨で大地を満たした。

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