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おちこぼれ召喚術師と魔王の子  作者: 藤宮晴
二章 おちこぼれ学生、初めての決闘をする
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【2】双子の護衛騎士

 ウルリカが聖マルグリット高等魔導学院に復学したのは、あの〈黒杖の公爵〉の凶刃で死にかけ、〈聖獣〉の男の子と契約を交わしてからおよそ一月後。

 つまり四月も半ばのことだった。

 一時は死を覚悟するほどの怪我を負ったウルリカだが、先日、怪我は無事快癒した。

 王国最高峰の医療を施されてなお傷跡は残ってしまったが、腹に白く走る線を見るたび、よく生き残ったものだと、ウルリカは着替えのたびに、なんだか他人事のように、しみじみと感じ入っている。

 腹を裂いた刃は、臓腑まで届いていたと聞く。

 常人ではまず死んでいる致命傷。

 ウルリカが奇跡的にも生き残れたのは、ただただ〈聖獣〉の男の子ノアの存在が大きい。

 後に知らされたことだが、〈聖獣〉ノアは幼くも飛竜の子、それも〈特異聖獣〉と呼ばれる類の稀少な〈聖獣〉だったのだ。

 通常、〈聖獣〉は人間と契約しなければ、人間の世界では生きられないとされる。

 〈聖獣〉たちの暮らす異層あちらがわは、彼らの体に馴染む魔力が満ちている。

 しかし、反対にウルリカ達の住む表層こちらがわの魔力は薄い。

 魔力に満ちた土地は限られ、それも年々減っているという。

 〈聖獣〉は人間と異なり、生きるために魔力を要する。

 それは人間が生きるために食事をし、栄養を取ることに等しい。だから、契約をした人間から魔力の供給を受ける必要がある。

 だが、自ら魔力を生成するすべはないと言われる〈聖獣〉の中にも、ごくまれに魔力を生成する体質の〈聖獣〉が存在する。

 それが〈特異聖獣〉なのだという。

 その性質上、〈特異聖獣〉は極めて価値ある存在だ。過去の発見例は少なく、現存する〈特異聖獣〉は国内ではノア以外に他にはいないという。

 ノアは竜ではあるが、まだ幼く力は未成熟。

 生まれたばかりで、わけもわからぬまま人間の世界に迷い込んだノアを〈黒杖の公爵〉たちが狙う理由は不明だ。

 ともあれ、確実にろくでもない理由には違いないし、あの激しい戦闘を見れば、彼らに捕縛されたノアの命の保証もできない。

 フラホルクの最強の守護神、ハーヴェイも苦戦した相手だ。再度の襲撃にあえば、ウルリカとノアで退けることはまず難しい。

 フラホルク王室としても、貴重な〈特異聖獣〉を得体のしれない勢力にむざむざと奪われるわけにもいかない。

 そのため、フラホルク王室はウルリカに護衛をつけた。

 それが――エステルとエミールだった。

 確実にノアの存在を守り抜きたいのであれば、早い話がウルリカとノアを王城に閉じ込めてしまえばいい。

 〈黒杖の公爵〉でもそれ以外でも、ノアの身を狙う者が城を攻めたら最後、フラホルクそのものを敵に回すことになるのだ。敵もうかつに手は出せまい。だからこそ、城に篭るのが最も安全と言えるのだ。

 しかし、その選択をしなかったのには、王室にも何らかの思惑があるのだろう。

 ウルリカも「まあ『撒き餌』かなぁ……」と考えつつ、自由にさせてもらえるのはありがたい。魔導学院を辞める意志はないからである。

 もし、不満があるとすれば。


「ウルリカ、ウルリカ! 長い入院生活で退屈しているだろうおまえさんに、ビックリする情報を持ってきてやったぞ! ほら、明日から高等実技科に転科して、この『黒トカゲ』とともに、楽しい学院生活を送るのだ!」


 と、退院当日に高等実技科の転科届(承認済)を持ってきたハーヴェイと、


「高等実技科に転科して、この『黒トカゲ』とともに、楽しい学院」


 という言葉に、である。


「上位の学科で心機一転、ともだち百人できるといいな!」


 言葉の意味を理解する前に、ポヤポヤ能天気に笑うハーヴェイを問い詰めたが、もはやすでに時遅し。

 すべてはウルリカの知らないところで、万事進んでいたのであった。


 ***


「うう……なんであたし、どこに出しても恥ずかしくないおちこぼれなのにっ、高等実技科に転科しなきゃならないのよっ……?」


 実践召喚術学の授業が終わり、校庭から教室まで戻る廊下を、ウルリカとエステルは仲良く並んで歩いていた。行きと違い、帰りの足取りはトボトボと重い。

 エミールは授業が終わった途端、姿を消していた。

 護衛にしては、護衛対象に気を配らなさすぎる。

 あまりにも自由すぎて、ウルリカは本当に彼が護衛か、よもや間者では……と疑い始めているくらいだ。


「あたしは、身の丈にあった一般教養科で、のびのびと勉学に励みたかったのにぃ……」


 ともあれ、一般教養科でも身の丈にあっているかどうか怪しいところではある。

 この場にエミールがいれば「ウルリカ・ネヴィル、君は一般教養科ではのびのびと励めたの?」と首を捻られそうなものではあるが、少なくとも高等実技科に在籍するにしては、ウルリカの実力と出身は分不相応すぎるのだ。

 高等実技科に籍を連ねるのは、いずれも召喚術師の名家、血統書付きの子息子女ばかり。

 つまり、家柄も実力も、相応のものが求められるのだ。

 例外として、ごくまれに才能を見込まれた市井のこどもが名家の養子となり通うケースもあるが、ウルリカはその類ではない。

 高名な召喚術師の義理の娘、ごくごく平凡な召喚術師の卵である。

 メソメソと己の境遇を嘆くウルリカの背中を優しく撫でながら、エステルは困り顔で言った。


「身分相応ですよ。だって、ウルリカは……竜の〈守護聖獣〉と契約したのですから」


 ほとんど人気のいない廊下でも、エステルはあたりを気にして声を潜めた。


(竜、ねぇ……)


 ウルリカは頭にしがみつく『黒トカゲ』の頬を突きながら、唇を尖らせて言う。


「でも、あの国宝様いわく、この子は『黒トカゲ』になるんだけど?」


「ピギャ~」


 『黒トカゲ』もとい幼竜の〈聖獣〉は、トカゲ扱いが不満か、ウルリカの頬を尻尾でペチペチと叩き始めた。地味に痛い。

 そう。ノアは公には『黒トカゲ』――ということで通しているのだ。

 以前ハーヴェイが言っていたように、竜の〈聖獣〉自体が稀少な存在である。

 おまえに竜は強大な力を持つ種族で、幼竜といえど大量の魔力を必要とするのだ。

 本来、魔力貧乏のウルリカごときが契約できる〈聖獣〉ではない。

 〈特異聖獣〉であることは伏せるよう、王室からは仰せつかっている。

 そうなると、ノアが竜であると知られるのは非常に都合が悪く、もちろん、高位の〈聖獣〉であることが一目でわかる人型を取られるのも、大変よろしくはない。

 幸い、ノアは幼竜の形態に変化することができる。

 幼竜の彼はパッと見、トカゲそのものだ。大きさも子猫程度。

 鱗のないザラザラの肌に、長い尻尾。翼とは異なる薄い翅が生えていて、宙をフヨフヨと飛ぶこともできる。

 普通、トカゲは飛ばない。

 しかし〈聖獣〉とは不思議な生き物で、空を飛ぶ猫や豚の〈聖獣〉の存在もたびたび確認されている。

 空を飛べる『黒トカゲ』で通すのは、それほど非常識的な話でもなかった。

 とはいえ、魔導学院に提出する資料に虚偽は許されない。

 正直に竜と書いたら、今度はまた新たな問題が出てくる。

 魔導学院としてもまさか、竜を〈守護聖獣〉とする生徒を、一般教養科に在籍されるわけにもいかないのだ。

 それで急遽、ウルリカは一般教養科から高等実技科に転科する羽目になった。おとなの事情に振り回されるわけになったウルリカとしては、たまったものではない。

 事情を知るのはフラホルク王室と、魔導学院でも上位の役職の人間に限られる。

 だから、何も知らない人間からすれば、


「ついこの間まで〈守護聖獣〉もいなかった『おちこぼれ』がどうして高等実技科に来たのだ?」


 と疑問に思うのも当然のこと。

 ミルカやクラスメイトたちもそのように考えているのだろう。

 そして、転科した理由はそれだけではない。

 ウルリカはノアに頬を揉みくちゃにされながら、隣を歩く、正真正銘、本物の優等生様の姿をチラリと盗み見る。

 エステルは癖の強い桃色の髪と神秘的な銀色の瞳が印象的な、人形のように整った顔立ちの少女だ。

 ウルリカの護衛のため、ウルリカの復学よりも一足先に聖ヨランド高等魔導学院から転入してきた彼女は、現役の宮廷召喚術師――宮廷魔導兵団特殊警備部第一部隊に籍を置く、超絶エリート様なのである。

 聖マルグリット高等魔導学院、聖ヨランド高等魔導学院、聖カトリーヌ高等魔導学院の三校は、フラホルク統一王国の三大魔導教育機関として名を馳せている。

 そんな聖ヨランド高等魔導学院で優秀な成績を修めていた才女エステル・コルネイユ。

 実際に優れた実力を持つ彼女が一般教養科に転科するのは、普通では考えられない話だ。

 これはエステル・コルネイユの双子の弟エミール・コルネイユにも同じことが言える。

 彼女たちの護衛も当然秘密裏のこと。

 それならば一見、身分不相応なウルリカが「何らかの特別措置で」高等実技科に転科した――と思われるくらいが都合がよい。

 ほかにも魔導学院の教師、たとえばエリオットを筆頭に、ウルリカの護衛に動く召喚術師のほとんどが高等実技科に在籍している。

 これらの状況を鑑みると、ウルリカ自身が拒んだとしても、高等実技科に置いておくのが一番動きやすいのだという。

 ウルリカはひっそりと溜息をこぼす。


(あの一日で、あたしの人生、大きく変わっちゃったなぁ……)


 とはいえ、あの日ノアを助けたことに、後悔はない。

 憧れだった〈守護聖獣〉を得て、ウルリカは変わった。

 なしくずしに転科させられて、目の前には難しい講義や差し迫る試験、試験、追試、追試。場合によっては落第があったとしても。ウルリカは逃げ出すわけにはいかないのだ。

 だって、ウルリカには夢がある。すばらしい夢だ。その夢を叶えるために、ベソベソ泣き言ばかり口にしてばかりではいられない。

 とりあえず、次の再試験は落とさないように頑張ろうと、ウルリカはノアの尻尾を撫でながら決意したのであった。

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