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おちこぼれ召喚術師と魔王の子  作者: 藤宮晴
二章 おちこぼれ学生、初めての決闘をする
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【1】おちこぼれ学生、落第の危機

「ウルリカ・ネヴィル。貴様の試験の結果は、不合格だ」


「ふっ、不合格……」


「後日、追試験を受けるように」


「つっ、追試験……!」


――『聖マルグリット高等魔導学院のおちこぼれ』。


 不名誉なウルリカの徒名が示すように、ウルリカには召喚術師としての才能が著しく欠落している。

 そんなウルリカをドブネズミかゴミさらいか、卑しいものでも眺めるかのように侮蔑の表情を向けるのは、実践召喚術学の担当教師、ミルカ・カスタニエである。

 彼からぎこちなく試験成績表を受け取ったウルリカは――愕然とした。

 なぜなら、実践召喚術学の小試験。自惚れかもしれなくとも、ウルリカには『そこそこ』の自信があったのである。

 今回の小試験は、珍しく普段以上の実力を発揮できた……と思う。

 緊張でどもりがちな詠唱は、血の滲むような努力のおかげか淀みなく。

 呼び出した〈聖獣〉は、低級の風の精霊ではあるものの、ウルリカが収穫したばかりの花をムシャムシャと腹に納めた後、そよ風ながら魔法を披露してくれたのである。

 何より、ミルカの態度だ。

 基礎召喚術学の担当教師エドモン・ソニエール。誰にでも好かれるおじいちゃん先生は、ウルリカに対しては、非常にわかりやすく安直な男である。

 ウルリカの実技試験中に思わずといった風に溜息をこぼし、やれやれと言わんばかりに額に手を当て、あげく天を仰ぎ、試験が終わるころにはすっかり無表情になったウルリカに、


「次の授業までにレポートの提出、よろしく頼みますの?」


 と口にするのがお決まりだった。

 わざわざ口に出してもらうまでもなく、結果は目に見えていたのである。

 対するミルカは、どの生徒の実技試験中も終始無言で、眉ひとつ動かさない。

 狸ジジイことエドモンの指導にすっかり慣れきっていたウルリカは、「おっ、これはイケるかも?」と、愚かにもささやかな自信を抱いてしまったのだ。

 それも結局のところ、自惚れだったわけなのだが。

 受け取った試験成績表。

 存外丁寧な筆跡でしたためられたそれには、


【召喚術式:優、詠唱速度:不可、召喚技能:不可、召喚制御:不可……】


 不可不可不可……と、全十観点は最初の一つを除き、その後はすべて不可の評価が並んでいる。

 実践召喚術学、初めての小試験。

 聖マルグリット高等魔導学院に入学し、やむなく落第点をとる単元は数多くあれど、ここまでひどい成績がつけられたことは、未だかつてなかった。

 当然だが、養父に見せられたものではない。

 ウルリカは軽いめまいを覚えながら、戦々恐々と、険しい顔をするミルカに声をかけた。


「ミ、ミルカ先生ぇ……? そのぉ、一つ質問よろしいでしょうかぁ……?」


「どうしたウルリカ・ネヴィル。私の結果に不満があるなら、答えてみろ」


 か弱い〈聖獣〉程度なら射殺してしまいそうな視線をミルカは向けてくる。

 おおよそ教師が生徒に向けるようなそれではないし、ありますと言ったら最後、本当に仕留めにかかるかもしれない。

 ウルリカは正直に言うと、このミルカ・カスタニエという男を苦手としていた。

 何せ、この高圧的なふるまい。生徒を『貴様』呼びする教師なんて初めてだ。

 配属されたばかりなのだろう、召喚災害事故の救出活動で上官から鋭い叱責を受ける哀れな若い兵士を見たことがあるが、まさに状況が似ている。

 しかしここは学校で、厳しい軍部とは違う。

 教員らしく、適切なふるまいを心がけてほしいものだ。

 ウルリカは消え入りそうな声で、何とか問いかける。


「不満じゃなくて、質問なんですけどぉ……。……えっと、もし、追試験も不合格だったら……?」


「落第だ」


 ミルカは無情にも、バッサリと言い切った。

 彼の分厚い眼鏡の奥の青い瞳は、冷ややかにウルリカを見下ろしている。


「ウルリカ・ネヴィル。確認だが――」


「は、はいぃぃぃ、何なりとっ!」


「私の講義要項に目を通したか?」


 ウルリカは、首をブンブンと縦に振りながら、声を大にして答えた。


「それは、もちろんっ! 受け取った当日中に目を通しましたともっ!」


 再追試の後はない。ひとつでも小試験が不合格であれば、単位を落とすことになる。

 何か救済措置はないのかと、縋るような思いで分厚い講義要項を、ウルリカは一文字一文字漏らさんぞと食い入るように読み込んで――そして密かに打ちひしがれたのだ。

 知らないはずがない。

 それでもウルリカのまだ物言いたげな視線に気づいて、ミルカはフン、と高慢に鼻を鳴らした。


「なんだ。まだ不満があるなら、言え」


「だ、だから、ふ、不満なんてないですってば……。でも、念のための確認になるんですけどぉ……たとえば、レポート提出などの、救済措置というか、温情というか……?」


 なおも食い下がるウルリカを、ミルカはギロリと睥睨した。


「あるわけがなかろう、愚か者」


「うっ……」


「貴様が凶暴な〈魔獣〉に襲われて、およそ一月入院の末、休学していた事情はエリオット殿に話をされ耳に入れている。貴様、頭こそ悪いが、運はよほどいいらしいな?」


 頭こそ悪い、の罵倒は余計では……思ったが、ウルリカは反論の言葉を飲み込んだ。

 確かに彼の言う通り、頭が良ければ無策で〈魔獣〉の前に飛び出して、死にかけることなんてことなかっただろう。


「災難ではあるが、校内活動での負傷ならいざしらず、校外でのそれを加味する理由はなかろう。状態を整えて再試験に挑むように」


 ミルカはひとり淡々と話を終わらせると、ウルリカから顔を背けた。


「えっ、あの、先生? ミルカ先生? ホントに救済措置はな――」


「以上、話は終わりだ。次っ、ウォーレン・ノールズ!」


 もはや取り付く島もない。

 強引に話を切り上げられたウルリカは、ションボリと肩を落としながら、ミルカの前から離れた。

 衆目の生ぬるい視線を浴びて、校庭の片隅に膝を抱えて座る。

 ウルリカの肩に乗っていた『黒トカゲ』はタタッと軽快に膝へ飛び乗ると、「ピギャ」と慰めるように鳴いて、腹に躰を擦り付けた。

 ウルリカは頭を抱えながら鬱々と嘆く。


「ううっ、実践召喚術学も追試だなんて……。絶対無理よぉ~……。ただでさえ明後日、実践魔術学の再追試も控えているのに…………」


 何も、追試対象は実践召喚術学だけではなかった。

 先日、実践魔術学の再追試を言い渡されたばかりである。

 こうなるといよいよ落第、の二文字がウルリカの頭を、グルングルンと駆け巡る。

 半分意識が飛びかけたウルリカの肩が、白い指でトントン、と優しくつつかれた。

 ウルリカがのっそりと顔を横に向けると、薄い桃色の髪の少女が、可憐に華やぐ笑みを浮かべて、ウルリカを覗き込んでいる。


「ウルリカ、そう気を落とさないでください。実践召喚術学も、実践魔術学も、任意選択科目ですから、落としても問題ありません。必須科目と最低限数の単位さえ取れていれば、落第しませんよ」


「……………………そう。落ちること前提に、切り替えたほうが、いい?」


「えっ、…………あっ、あの、ウルリカ? ちがっ、これは、言葉の綾と言いますか!? もちろん、落ちないにこしたことは、ないですよっ、ねっ!」


 口に手を当てて、視線を泳がせながら言い繕うのは、エステル・コルネイユ。高等実技科のクラスメイトである。


「そうですよね、ねっ、ねっ、エミール?」


「ウルリカ・ネヴィル。そもそも君はなぜ、この程度の授業で単位を落としかけるの?」


「……………………」


 エステルの後ろから嫌味を飛ばした声の主に、ウルリカはジメジメとした視線を向けた。

 涼しい表情を浮かべる本人としては嫌味の自覚がないのだから、なおさら性質が悪い。


「えっ、エミールったら……! もうっ、お口が悪いですねっ。メっ!」


 エステルは美しい顔を引き攣らせて、自身と瓜二つの容姿をした少年エミール・コルネイユを咎めた。


「何。姉さん。怖い顔して。ボク、何か変なこと言ったかな?」


 エミールはキョトンとした顔で首を捻る。

 そのあどけない表情を目にしては、ウルリカは乾いた笑いを浮かべるしかない。

 双子の姉弟。エステルとエミール。

 彼女たちは実践召喚術学、実践魔術学ともにほぼ満点の評価を得ている。

 なんならそのほかの授業についても、いずれも極めて優秀な成績を修めている。

 正真正銘本物の優等生様なのだ。

 そんなふたりからすれば、「この程度の授業」で単位を落としかけるウルリカの方が異端に見えて違いない。

 ウルリカは二人からそっと距離を取りながら、ボソボソと泣き言を口にする。


「ううっ……。一般教養科に戻りたいよぉ…………」


「ウルリカ・ネヴィル」


 神妙な声色で名を呼ばれ、ウルリカはビクリ、と躰を震わせた。


「な、なによぉ……」


「一般教養科なら、単位をひとつも落とさないの?」


「…………」


 エミールの追い打ちに、ウルリカは胸を張ってそうです、とは言えなかった。

 なぜならもう既に、一般教養科にいた頃から、いくつか落としかけていたからである。

 それでも、一般教養科のほうがずっといい。

 高等実技科にいては、卒業どころか進級すら危ういのだ。


「ピガァ」


 甘えるように頬に体を擦り付ける『黒トカゲ』もとい幼竜の〈聖獣〉を撫でながら、ウルリカはかつての古巣への想いを馳せたのだった。

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