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おちこぼれ召喚術師と魔王の子  作者: 藤宮晴
一章 長い冬の終わり
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【13】小鳥と黄金のダンス

 〈守護聖獣〉ハーヴェイの護衛騎士は数えて十二人。

 護衛の召喚術師も、ほぼ同数。

 だが、当の本人が護衛をぞろぞろと引き連れるのを嫌うため、その意向を汲んだ結果、護衛の騎士、召喚術師ともに、常時二人の交代制となっていた。

 一人目の護衛騎士は騎士らしからぬ青年、ロドルフ・バルビエ。

 そして二人目の護衛騎士がリシャール・デュマという。

 リシャールは先に捕獲した八匹の〈聖獣〉たちをシュゼットのもとに届けるため、今は一時的にハーヴェイの元を離れていた。

 リシャールは何度か捜索活動に帯同しているため、ウルリカとも顔見知りである。

 厳めしい顔つきをした騎士然とした男だが、物腰は柔らかく、非常に紳士的。はぐれた〈聖獣〉の扱いもすっかり慣れたもので、安心して〈聖獣〉を任せられる。


「さっ、最近、自然召喚災害が多い、らしいですね……」


 背を丸めたロドルフがボソボソと呟く。

 奥手なロドルフが今日はやけに自発的に話し出すのは、いかにも何か出そうな森での静寂が恐ろしいのだろう。


「先月も南部で大規模な自然召喚災害が起きた、とリシャールさんから、聞いて……」


「それ、知ってます。今朝の新聞の一面に、掲載されてました」


「おまえさんたちが言っているのは、先月公国との国境沿いで起きた、アレだな?」


 我先に、と勇ましく先行するハーヴェイには守られる立場という意識が欠落しているのだろう。

 彼は手頃な大きさの木の枝を拾うと、ガサガサと茂みを掻き分けながら続けた。

 公国――オルドフログ公国はフラホルク統一王国と国境を接する、歴史の浅い小国だ。

 現在も大陸でもフラホルクに匹敵する、無類の強さを誇るマドラプタ神聖帝国の一領邦だったが、マドラプタから独立し、現在はラトリッジ公が君主を務めている。


「何でも、中位の強さの〈聖獣〉が〈魔獣〉に転じたという話ではなかったか」


「ええと、確か邪竜がナントカ……って書いてたっけ。あとは爆発魔法でドカン?」


 パラパラと流し読んだ程度の情報だ。ほぼ見出ししか覚えてない。

 ウルリカがうろ覚えの単語を頭から捻り出すと、ハーヴェイは捜索の手を止めて顔をしかめた。


「邪竜、ねぇ……。召喚事故で迷い込む竜がいるものか。仮に竜であったとして、あの程度の被害ではすまないぞ?」


 自然召喚災害で迷い込む〈聖獣〉の大半は、力の弱い獣ばかりだ。

 過去、天使や竜が迷い込んだ事例もあるとは聞くが、稀有な例である。

 竜なんて上位種中の筆頭だ。

 彼の言う通り、竜が迷い込んだらさらに甚大な被害が出ていたに違いない。


「おおかた関心を引くために、多少大げさに書いているのではないか? ウルリカ、おまえさんがガセ情報を掴まされたのは、オファロン魔導新聞あたりか?」


 ずばり言い当てられて、ウルリカは不貞腐れたように口を尖らせて言う。


「さ、三流新聞でも、さすがに虚構を織り交ぜはしないと思うけど?」


「三流新聞どころか、古い歴史書さえ、誤った記述が見つかるからの」


「生きた化石がいれば、答え合わせは楽に済むじゃないの」


 フラホルクと長い歴史を共にしたハーヴェイがいれば、恣意的に編集された歴史書の修正なんて難しくはないだろう。

 安直に考えを口に出せば、彼は心底嫌そうな顔で嘆いた。


「おまえさんも王室も簡単に言うが、史料がどれほど残っていると思っている? すべてに目を通す労力と時間を想像してみろ、わたしの気力も寿命も尽きてしまうぞ?」


 誰も老獣を労わらぬ……とブツブツ文句を言い始めたところで、ロドルフが話を逸らすように、わざとらしく会話の流れを変えた。


「あっ、あの、シュゼットさん、今日もひどく疲れたご様子でしたね……。先月の自然召喚災害でも捜索活動に、携わられて、いたのでしょうか?」


 〈守護聖獣〉の護衛騎士と魔導兵団防衛部。

 王室所属の彼らではあるが、業務内容から基本的に関わりが薄いのだろう。

 シュゼットが言葉を濁していたように、互いの職務内容は軽々しく口外されるものではない。

 実際にロドルフは防衛部の働きを知らないらしい。

 しかし、ハーヴェイは問題ないと判断したのか、「そのようだ」とあっさり頷いた。


「防衛部の中でも、シュゼットの部隊は頭ひとつ抜きんでて優秀だ。召喚事故の都度出張させられるものだから、帰還後やつれた顔で報告するのが、不憫でならんよ」


「きゅ、宮廷召喚術師って、肩書はすごく華やかですけど、大変なんですね…………」


 同じく華やかな職分筆頭のロドルフが同情的に呟く。

 彼もまた別の意味で日々奔走しているが、職務内容はいたって平和そのものである。

 護衛騎士の労力を増やしている本人ことハーヴェイは、八重歯をニッと見せて笑う。


「しかし大変なりに、やりがいはある。拘束時間が長ければそのぶん、給与水準も高い」


 下っ端のウルリカでさえ十分すぎる賃金を貰えているのだ。フラホルク軍部の予算は潤沢らしい。

 彼らの装備ひとつみても精良で、惜しみなく資材が割かれているのがわかる。国民としては安心だ。

 ウルリカには想像もつかないが、フラホルク領土内は千年前、人と人が争う時代が長く続いていたらしい。

 フラホルクが統一王国となり、以降フラホルク史の殆どは争いのない治世が続いている。

 最後に起きた内紛も三百年以上遡る。

 隣国とは現在はいずれも友好的な関係を結んでいて、戦の兆しはない。隣国を隔てた先の国では未だに戦争が起きていると聞いても、今一つ実感が湧かないのが実情だ。

 今、フラホルクが脅威とするのであれば、やはり自然召喚災害になるだろう。

 自然召喚災害自体は古くから偶発して見られる事象だが、ここ十数年、発生頻度が異常なほど上がっているのだという。

 特に昨年は数が多く、今年に入ってからも既に十件以上の報告が上がっているのだ。


(そもそも自然召喚災害って、何が原因で起きるんだろう?)


 何らかの理由で、無名の〈召喚の門〉が自然発生することにより起こる、自然召喚災害。

 事象の確認とともに今日まで多くの召喚術師が研究活動に取り組んでいるが、その原因の解明には未だ至ってはいない。

 出現地や規模もバラバラで、規則性もない。

 手掛かりになりそうな点があるとすれば、自然召喚災害の発生率はフラホルクが最も高く、近隣国では一年に二、三件報告が上がる程度の頻度であることくらいか。

 研究者の中には「自然召喚災害は人為的に引き起こされた、人災である」と陰謀論を提唱する者もいるが、たいていの場合は王室と確執がある地方貴族や、近年力をつけてきた新興宗教団体であったりと何だかきな臭い、いわくつきの後援者がついていることが多い。

 だから界隈では根拠がなく説明がつかない――と一蹴されているのだ。

 召喚術の契約において、名はもっとも重要な要素のひとつ。

 存在するものを存在しないものに記すことで、不確かな存在を確かな存在へと変える。これは考察と検証を重ねた結果、しっかりと立証された仕組みなのである。

 〈召喚の門〉顕現の折には、誓約に従い術者の名が門に刻まれる。しかし、自然召喚災害の〈召喚の門〉にはそれがない。

 一度、自然召喚災害の〈召喚の門〉を見せてもらったことがある。

 目を凝らして隅々まで探したが、確かに、門に術者の名前はなかった。


(見えていないだけで存在する……。それか、無名であることが一種の識別子になっているとか……?)


 次にレポートを書くときは自然召喚災害を題材に据えようか、とウルリカがぼんやり考えていると、ハーヴェイがとんでもないことを言い出した。


「――なあなあ、ウルリカも宮廷召喚術師を目指して、試験を受けてみるのはどうだ?」


「あのねぇ……」


 ウルリカは考えるのをやめて、ハーヴェイを半眼で睨む。


「あたしみたいなおちこぼれが、宮廷魔導兵団の試験になんて受かると思ってるの?」


 まかり間違って受かったとしても、半端な召喚術師に職務が果たせるかどうか。


「確かになぁ」


 頷きながら、ハーヴェイは意味ありげな視線をロドルフに向けている。


「……………………入ってしまえば、案外うまくやっていけるんじゃあないか?」


 それは護衛対象がハーヴェイという極端な例であるから、なんとかやっていけるのではないか。


「そっ、そうですよっ」


 ハーヴェイの言葉に同調したのは、主の視線に気づいた様子のないロドルフだった。


「その、適材適所、という言葉もありますから……。えっと、そうですね……。『魔導兵団防衛部所属特殊おとり係』なんてどうですかっ?」


「あっはっは。おとりか。それ、いいなぁ!」


 パッと瞳を輝かせるロドルフは純粋な気持ちで口にしたのだろうが、悪ノリしたハーヴェイが面白そうな顔で同調する。


「……ロドルフさんも、一緒に豚の餌になりませんか?」


「えっ? ウルリカ殿? な、なんで、ちょっと怒ってるんですか……?」


 脅えた顔のロドルフに、ウルリカは無言で微笑み返す。定年まで〈魔獣〉と追いかけっこはさすがに勘弁してほしい。


「毎回毎回、追いかけ回されるばかりではないだろう。今回はまだ、……そもそも見つからないな?」


 ハーヴェイは、はて、と不思議そうに首を捻る。

 ウルリカも懐中時計を取り出して、盤面を眺めて眉をひそめた。

 捜索開始から、かれこれ二時間は経過している。普段と比べても、進捗は悪い方だ。


「森の外に出てしまった……とか、でしょうか…………?」


 ロドルフが自信がなさそうに意見を口にすると、ハーヴェイは否定する。


「森の外では召喚術師が巡回している。出たとすれば、開けた土地の方が、逆に捕まえるのが容易い。シュゼットの予想通り、森の入口付近から、森の奥の方まで相当数が入り込んでしまったのだろうな」


「でも、あたしたち結構歩いたわよ。もうそろそろ最奥に辿り着いたと思うけど」


「何を言う。ようやく奥地に辿り着いたところだぞ」


 そんな、と隣で絶望的に嘆く声が聞こえたと同時に、奥の茂みがガサゴソと揺れる。


「ひぃっ、でっ、でっ、でたっ! ゆゆゆゆゆ、ゆうれいっ……!」


 悲鳴とともにロドルフがウルリカに抱き着いた。

 その拘束をさりげなく解きながら、ウルリカは警戒を深める。

 確実に幽霊ではないことは確かだ。もとより森に棲む獣か〈聖獣〉のいずれかだろう。


 茂みから顔を出したのは、ぽってりとした体躯、白い兎――〈聖獣〉だ。

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