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おちこぼれ召喚術師と魔王の子  作者: 藤宮晴
一章 長い冬の終わり
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【11】弱点は犬と豚

 ウルリカとハーヴェイは後続の馬車に乗っていた護衛騎士と召喚術師四人と合流し、ぞろぞろと連れ立って村の中を歩いた。

 避難は済んでいると状況説明したハーヴェイの言葉を裏づけるように、村人と思しき姿は見当たらない。

 とはいえ、まったく人の姿がないというわけではなかった。

 宮廷魔導兵団に属する召喚術師や、聖マルグリット高等魔導学院の教師や職員、鎧を着こんだ騎士の姿はちらほらと見受けられる。

 予想に反して姿は少ないが、〈聖獣〉確保に動いているという話だったし、大半は森へ捜索に出ているのだろう。

 ハーヴェイの姿に気づいた召喚術師たちは突然現れた〈聖獣〉国宝に驚いた顔を見せながらも敬意を示し、友好的である。

 だが、その隣に立つウルリカにはあからさまな不審の眼差しを向けていた。

 中には顔見知りの教師もいて、彼らは一様に「どうしてこいつ(おちこぼれ)がここに?」とでも言いたげな表情で出迎える。

 しかしウルリカはそういった待遇にはすっかり慣れていた。

 軽く会釈をしながら、きょろきょろと周辺に視線を走らせる。


(エリオット……ここにはいないのかな?)


 高い魔力を有する彼は捜索活動に向いていない。おそらく〈召喚の門〉の解析や修繕作業に当たっているのだろう。

 ウルリカと同じく誰かを探していたハーヴェイは、目的の人物を見つけたようだ。

 手をブンブンと騒がしく振りながら、声をかけている。


「おおい、シュゼット! シュゼット!」


 落ち着いた赤い色味の制服――宮廷魔導兵団防衛部の制服を着用した女性シュゼットは、ハーヴェイの呼びかけに気づくと柔和な微笑みをかたちづくる。


「あら、国宝様。知らせたのは朝方のことでしたのに。おはやい到着でございますね」


「んう、急いで出てきたからな。だが、朝ごはんはしっかり食べてきたぞ。お腹が空いては動けなくなってしまうし、好物を好きなだけ食べるのは、長生きのコツなのだ!」


「さようですか」


 女性は適当に合槌を打つと頷いた。このおしゃべりな老いた獣を前にして、余計なことを言うと話が長く付き合わさえるのだ。

 ハーヴェイはウルリカの背中をバシンバシンと叩きながら、ニンマリ、と唇の端を持ち上げた。


「そら、言われた通り、強力な助っ人を連れてきたぞ。〈魔道具〉よりもうんと優れた、〈聖獣〉を誘き出すのにうってつけな、新鮮で美味そうな『撒き餌』こと――ウルリカだ!」


 胸を張りながら主張するハーヴェイに、女性は苦笑を漏らす。

 子犬に齧られながら、情けない悲鳴をあげていたハーヴェイを救出した女神のような存在こそが、彼女である。

 かくいう国宝様も同類では……、の言葉を飲み込んでウルリカはペコリと頭を下げた。


「どうも、『撒き餌』のウルリカです。今日もよろしくお願いしますね、シュゼットさん」


 シュゼットはウルリカへと躰を向けた。

 彼女は背が高く、頭ひとつぶんは身長が違う。向かい合うとウルリカが見上げるかたちになるのだ。

 制服姿のウルリカを見て、シュゼットは申し訳なさそうに眉を寄せる。


「ごめんなさいね、ウルリカ嬢。いつも急に駆り出してしまって。今回もお給金は色をつけさせていただきますわ」


「えへへ……」


 ニヤニヤと上がる口角を指で押さえながら、ウルリカは媚びて言った。


「助かっているのはお互いさまですからっ! シュゼット様は口先だけの国宝様とは違い、羽振りがよいので本当に助かりますぅ~」


「なっ。馬鹿ものっ! わたしだって十分に報酬は渡しているじゃないか!」


 口先だけの国宝から非難の声が上がる。

 ウルリカはギロリ、と半眼で睨みつけた。


「国宝様。あなた様がお金の代わりに渡したがる木の実は、我が国の通貨ではありません。人間の世界で獣の世界の常識は捨ててくださいませんかぁ?」


「何を言う! 物々交換も立派な決済手段だぞ!」


 プリプリと怒るハーヴェイに、シュゼットは呆れた眼差しを向けた。


「まあ、国宝様。意欲的で献身的な学生を不当に安く買い叩くなんて! 我が国の威信にかかわりますから、けちけちするのはおやめくださいます?」


 宮廷召喚術師シュゼットはとんでもない才媛なのだ。

 そして〈金喰の獣〉もとい〈強欲の獣〉はケチな国宝様への敬畏を捨て、彼女を尊信するのは至極当然のことだった。

 年齢は二十代後半。茶色の髪をお団子にして、キリッとした目元が特徴的な女性だ。

 宮廷魔導兵団防衛部着任後はメキメキとその頭角を現し、かつてのエリオットと同じ部隊長の役職を与えられるまでに、時間はそうかからなかった。

 現場に出て直接指示を出す立場上、ウルリカと顔を合わせる契機も多い。

 知り合って当初こそ、よそよそしい態度ではあった。捜索活動を重ねるにつれ、次第に打ち解けるようになったのだ。正確に言えば、遠慮がなくなったともいう。

 臆面もなく、


「使えるものは親でも王子でも国宝様でも使い倒しますわ」


 と豪語する人間だ。彼女が使えると判断したら最後、本当に国宝様や学生相手でも容赦なくこき使う。

 言い換えれば立場や身分も関係なく、色眼鏡なしに評価してくれるということ。

 そのため、一部敵を作りながらもサッパリとした性格の彼女は、魔導兵団の若手とは良好な関係を築いているようだ。

 ウルリカ自身も捜索活動での実力を認めてくれて、報酬の約束を厳守するこの実直な宮廷召喚術師のことを付き合いやすく感じているし、頭が上がらない。

 何よりジャブジャブと金払いのよい点はたいへんポイントが高い。

 もし彼女に二つ名が与えられるとしたら、「慈愛」と「豊穣」を含めるよう、積極的に提案する所存である。


「ウルリカ嬢、それでは国宝様のツケも含めて、報酬は後日、部下に届けさせますわ」


「はいっ! ありがとうございますぅ! お茶菓子を用意して、お待ちしておりますぅ~!」

 ウルリカは躰をくねらせながら、元気に返事をした。

 それに対してシュゼットは優しい笑みを浮かべたあと、表情をすっと切り替えて、手元の冊子に視線を落とす。

 それから、淡々と状況を説明し始めた。


「〈召喚の門〉は森の入口近辺に出現。一部欠損が見られます。その穴をくぐって迷い込んだのでしょう。壊れた〈召喚の門〉の解析が進み、全118もの〈聖獣〉が迷い込んだものと判明しております」


「んう?」


 ハーヴェイは首を捻った。


「魔導学院の教職員を動員したわりには、数が少ないの?」


 ハーヴェイの疑問はもっともだ。

 百を超える数は決して少なくはない。しかしその程度であれば宮廷魔導兵団防衛部の兵力で事足りる。

 ハーヴェイの指摘に、シュゼットは顔を曇らせる。


「時期が良くなかったのですわ。現在、防衛部の大半は過去に発生した自然召喚災害現場に逗留していたり、別の案件で出払っていたり……」


 内内のことは部外者には公にできないのだろう。まあ、端的に言えば人手不足です、と言いづらそうに彼女は口にする。

 指揮官のシュゼット自身は連日身を粉にして働いているに違いない。

 化粧気の少ない整った顔には、ずいぶんと疲労の色が見える。


「聖マルグリット高等魔導学院の先生方には〈召喚の門〉の解析作業と、扉の一部に不具合が見つかったため、修繕作業にあたっていただいている状況です。防衛部隊には捜索活動と捕獲作業をお願いしていますわ。このうち、捕獲に成功したのが50匹。残り68匹の〈聖獣〉は未だ見つかっておりません」


「半分にも手が届かないとは。進捗が思わしくないな」


「ええ……。今回迷い込んだ〈聖獣〉たちはいずれも力の弱さに比例するように、警戒心が高く、捕獲に難航しているようですわ。それに加えて」


「地形か?」


「はい。おっしゃる通り」


 シュゼットは一枚の手書きの地図をハーヴェイに手渡した。

 ウルリカはハーヴェイと仲良く顔を並べて、手渡された地図を覗き込む。

 細かいところまで書き記されたそれは、近隣の森を示しているようだ。


「森の入口近くに発生した〈召喚の門〉から、〈聖獣〉たちは森の奥に逃げ込みました。発生地点より探索範囲を順次広げていますが、見ての通り、広大な森ですからね」


 苦々しい表情で口にするシュゼットは、ペン先でいくつかの丸印を付けた。


「現在時点で、こちらの――北東から南西にかけての調査は完了しております」


「ひぇぇ……。半日以上かけて、ようやく半分ですか!」


 ウルリカが驚いて目を丸くすると、「ええ」と疲れたようにシュゼットは頷く。


「残りの……特に、こちらの森の深奥部は未着手ですね」


「今回の事故で呼ばれたのは弱小の〈聖獣〉ばかり。もとから森に危険な獣は棲みついていないと聞いているが、間違いはないか?」


 顎に手を当てて、ハーヴェイは訊ねる。それはウルリカも気になっていたところだ。

 シュゼットは不安を和らげるよう、柔らかな笑みを浮かべた。


「ええ。普段から近隣の村人も森に足を運び野草を採取していますが、そのような報告は一切あがってないと、ポートリエ伯爵より報告を受けております。しかし……」


 シュゼットは頬に手を当てると、溜息をこぼす。


「森の奥深くとなると、見晴らしが悪くて。そのくせ〈聖獣〉たちは召喚術師の気配に敏感ですから。むやみやたらと足を踏み入れるわけにもいかず……」


「んう。召喚事故から半日以上が経って、〈聖獣〉もお腹を空かせはじめたころだろう。そんな飢えた獣の群れに『撒き餌』を放りこむのだな?」


 シュゼットは無言で微笑んだ。彼女の態度がすべてを物語っている。


「説明は以上です。何か質問は?」


「豚はいますか?」


「犬はおるのか?」


 ウルリカとハーヴェイがほぼ同時に声をあげた。


「豚も犬もいません。兎型と小鳥型だけですから、安心ですわね」


 抱き合い喜び合う『撒き餌』ふたりに、シュゼットは初めて、声をあげて笑った。

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