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おちこぼれ召喚術師と魔王の子  作者: 藤宮晴
一章 長い冬の終わり
1/48

【1】おちこぼれ学生の退学危機(自業自得)

新シリーズです。

「――『魔導学院を退学しろ』って、どういうこと!? 急にそんなことを言われても、ワケわかんないんだけど!」


「どういうこともなにも、言葉通りに受け取ってくれないか」


「だから、その考えに至った説明をしてって言ってるのよ!」


 春の朝のこと。

 灰色の髪を三つ編みにした、十代半ばの小柄な少女が威勢よく声を荒げている。

 聖マルグリット高等魔導学院の制服に身を包んだ少女。名をウルリカ・ネヴィルという。

 ウルリカは濃い紫色の瞳を吊り上げて、男に向かって食い下がっていた。

 その勢いはもはや、獲物を逃がさんと食らいつく肉食獣さながらだ。


(朝から急に、何を言い出すのよ。エリオットはっ……!)


 淹れたてのコーヒーカップを片手に応じるのは、養父エリオット・ネヴィル。

 彼はグラニエ魔導協会が発行する新聞に目を走らせたまま、ウルリカに冷たく告げる。


「いいか、ウルリカ。君には召喚術の才能がない。それならば、魔導学院に通う意味はないだろう?」


「はぁああああああああ!?」


 新聞配達員の鳥獣――カモメに似た〈聖獣〉は、ウルリカの剣幕に脅えてギャッと情けない声で鳴いた。

 三月の頭。新年度に向けて何かと忙しい日々が続いている。

 朝食を摂り終えて、いつものようにバタバタと落ち着きなく登校の準備をしていたウルリカに向かってエリオットが投げた言葉は、とうてい信じられるものではなかった。


(確かにあたし、『おちこぼれ』だけど、なんで急にそんなこと言うのよ!)


 まったくもって意味がわからない。ウルリカはソファに座る彼の目の前にズン、と詰め寄ると、乱暴に新聞を取り上げた。

 エリオットは確か、三十三歳だったか。

 年の割に幼く見られる相貌を気にして、外ではカモフラージュに、度の入っていない眼鏡をかけている。

 今は裸眼の、海よりも鮮やかな群青の瞳が、ウルリカをじっと見上げた。

 聖マルグリット高等魔導学院で教職に従事するエリオットは、転職前の華やかな経歴と端麗な容姿から、人柄を知る以前はおおよそ好感が持たれやすい。

 しかし、感情の振れ幅の小さい彼は、とっつきにくい人間なのだと度々誤解を受けやすいのだ。

 どこか人見知りの気がある彼が笑うのは、心を許した家族や友人を相手にしたときくらいなのである。

 例えば今のように。


(……………………なんで、エリオット、笑ってるの?)


 素顔の彼は、なぜか微笑みがちにウルリカを見つめていた。

 ウルリカは彼の唐突な発言に困惑したけれど、その表情は先だっての発言に似つかわしくないのも気にかかる。

 なんだかちょっとだけ、嫌な予感がしなくもない。

 ウルリカは首を捻りながら、ボソボソと口を開く。


「そ、そりゃあ、召喚術の才能がないのは、あたしにだって少しは自覚が…………なくも、ない、けどぉ…………?」


 事実その通りではあるので、強く出られないのが情けなくも辛いところである。


「そう。話が早くて助かるよ」


 すると話は終わりだと言わんばかりに、エリオットはソファから立ち上がろうとする。

 咄嗟に彼の袖をひっつかんで、ウルリカは唾を飛ばしながら怒鳴った。


「ちょっと、ちょっと、待ってよ! まだ話は終わってない! 何で今、魔導学院を辞めろって話が出てくるの? 理由をきっちりしっかり説明してもらわないと、あたし、納得できないってば!」


 もっとも、それらしく説明をされたところで、すごすごと引き下がるつもりは微塵もない。

 ウルリカは口をヘの字に曲げて、腕を組むとエリオットを睨みつけた。

 エリオットは微笑みを浮かべたまま無言で紙の束を取りだすと、ローテーブルの上にバサリと投げるようにして置く。

 ウルリカはムッと眉を寄せる。育ちの良い彼にしては珍しく粗雑な扱いだ。

 ウルリカの疑問はいよいよ深まるばかりである。


「……なぁに、これ?」


「見ればわかると思うが?」


 穏やかな表情とは裏腹に、エリオットの声はひんやりと、凍るようだ。

 ウルリカは訝しげにその一枚を手に取って――一瞬にして顔が青ざめた。


「こっ、こっ、これって、基礎召喚術の小試験の成績表っ!? なっ、なななななな、なんでっ? エエエ、エリオットが、ど、どうして、これをっ……!」


 持っているのぉ、とは続かなかった。

 何しろ彼が取り出したのは紙の束。

 一枚だけでは終わらなかったからである。

 ウルリカはカタカタと震える手で二枚目、三枚目とめくっていく。


 ――それは実技科目の、赤点の試験成績表だった。


 今年度後期の試験成績表の紙の束は、いずれもウルリカが苦手とする実技科目ばかり。

 一枚目ほどではないにしろ、続くのはお世辞にもよい成績と褒められない評価である。

 『不合格』の文字が躍る試験成績表は、渡された当日のうちに、養父の手に渡らぬようコッソリと隠したはずなのに。

 ウルリカがアワアワと成績表を手に取っていると、すらりと細く長い指が、そのうちの一枚を摘まみあげる。


「どうして、だって? よくもそう、いけしゃあしゃあとして言えるな? それは僕の台詞だと思うがね」


 ウルリカは頬をヒクヒクと引き攣らせた。

 彼の唇は未だ美しい弧を描いているのが、不穏だ。とても不穏である。

 エリオットは眼鏡のつるを軽く持ち上げて、試験成績表に目を落としながら、口を開いた。


「先日のことになるが、基礎召喚術学担当のエドモン・ソニエール先生に、声をかけられたんだ」


 エドモン・ソニエール。

 ウルリカが聖マルグリット高等魔導学院に入学して以来、ずっと基礎召喚術の担当を務めている、老年の教師だ。

 学院でも古参に位置する彼は、もう何十年と教鞭をとっているのだという。

 今でこそ教師と教師の間柄ではあるが、かつてはエリオットを教える立場にもあったとか。

 気さくでお茶目な性格、恰幅が良く温和な見た目から、「おじいちゃん先生」と親しまれ、生徒からの評判はなかなかに悪くない。


(ああああああ……よりにもよって、基礎召喚術の成績表だなんて……)


 ウルリカは絶望的な気持ちで、内心、天を仰いだ。

 折よくエリオットが手にしているのは、先日手渡されたばかりの基礎召喚術の実技試験成績表。

 内容は言わずもがな。

 エドモンの達筆な『不合格』の文字が並ぶ――見事な赤点である。


「『おたくの娘さんのレポートはすっきりとまとめられていて、着眼点もよろしいね。君を含めて吾輩が受け持った生徒の中でも、なかなかレベルの高いレポートなのよね。グラニエ魔導新聞に寄稿するよう、是非勧めてみてはどう?』とな」


「ふ、ふぅん……?」


 ウルリカはエドモンにレポートを手渡した経緯を思い出し、ダラダラと冷や汗を流した。

 グラニエ魔導新聞に寄稿される論文なんて、オファロン魔導新聞といった三流新聞とは異なり、上澄み中の上澄みばかりだ。

 一介の学生でしかないウルリカのレポートを一流新聞に寄稿するよう提案するのは、どう考えたって何らかの含みを持たせた嫌味以外、ほかには受け取れないと言うのに。

 ウルリカは密かに悪態をつく。


(いったい何考えてんのよ、あの狸ジジィ……!)


「『おうちではどういう教育をしているの?』と問われて。それを聞いたときの僕の気持ちがわかるか?」


 しかし、このエリオット・ネヴィルと言う男。びっくりするほどこの手の嫌味が通じないのである。

 ウルリカにはなんとなく、その時の様子が想像できてしまう。


「さ、さあ……、よ、喜んでくれた、とか……?」


「ああ。その通りだ。娘が面と向かって、初めて褒められたんだ。養父としてこれほど嬉しいことはないだろう?」


 エリオットはニッコリと笑みを浮かべているのが、本当に不穏でしかたがない。


「誇らしくてつい、『僕は特に何もしていません。娘の好きなようにさせています。僕の自慢の娘ですよ』と胸を張って答えたんだ」


「…………わぁ」


 ウルリカはいたたまれず、思わず顔を両手で覆った。頭脳あたまこそ優れているくせに、どうしてこの男は額面通りに受け取ってしまうのか。

 ウルリカが羞恥で声にならない悲鳴をあげている合間にも、エリオットは言葉を継ぐ。


「『しかしその自慢の娘さんは小試験で落第点を取り、このレポートは追試で提出されたものなのよね』と失笑しながら言われてね」


「…………えっ」


 羞恥心は一瞬にして吹き飛んだ。

 ウルリカは恐る恐る、指の隙間から、そっと彼の表情を窺った。

 まだ、笑っている。不穏がすぎる。


「なあ、ウルリカ。僕の気持ちが、わかるか?」

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