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災禍の魔法使いは恋慕の情には慣れていない  作者: 桜庭 暖
第1部 第5章『王族殺しは他人の城で幸せの花火を打ち上げるのか』
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第99話 馬鹿な魔法使いと無力なお姫様

「ハッ……まさかワタシが豚に変えてやらずとも、自らそうなりにいってくれるだなんてね。ひとつ仕返ししてやる手間が省けたよ」



 すっかり変わり果てた魔獣の姿の『ポール』を前にして、ヴィクターが口にしたのはそんな嘲りの言葉だった。

 巨大な豚の頭に蝙蝠の羽、そして唯一の人間の時の名残である四本の足は到底部屋に収まりきるサイズではなく、耐えられなくなった『ポール』周辺の天井が音を立てて砕け落ちる。そんな魔獣の足元には、無惨に散らばる黒い鳥の羽根。



「ヴィクター、あれが王様ならもしかして……!」


「ああ。あの豚王は魔法使いどころか、どうやら最高の魔法使い様とやらに媚びを売って魔力を得た()()()だったらしい。このタイミングでちょうど命のタイムリミットが来たみたいだね」



 ヴィクターがそう言うのとほぼ同時に、『ポール』からは奇怪なうめき声が聞こえはじめた。

 ひくひく鼻が動く度に、半開きとなった口から垂れるよだれと漏れる声。それはポール自身の声ではあるものの、それとは別に上擦った声がダブって聞こえるようにも思える。

 その声の出処(でどころ)である『ポール』の口元は――半月状の笑みを描いていた。



『フ……フヒ、ヒハハハハ! ニオウ……オンナノ……オンナノコノ、ニオイガァ……!』



 唾を撒き散らしながら笑い声を上げる『ポール』の、その頭の羽。そこに貼り付けられた二つの目玉はまっすぐにヴィクター達を――いや、クラリスを見ていた。

 あの目には見覚えがある。それは昨日クラリス達がマモナ国へ訪れてすぐ。兵士とマーチング隊を引き連れたポールが、初めて彼女を視認した時と同じ目だ。



『オンナノコ、フヒ、ネェ、ボクノオヨメサンニナッテ! アヒヒ、ネェ! ボクノ――』



 そう言いかけた『ポール』の目の前で突如、光が弾けた。

 目が眩んでしまうほどの白に、クラリスの姿が覆い隠される。光源は彼女のすぐ近く――魔獣の眼前へと突きつけられた、薄桃色の宝飾からだ。



「畜生風情が……それ以上許可なくワタシのクラリスに話しかけるなッ!」


『ギャヒッ!?』



 怒りに染まったヴィクターの声と共に、熱へと変換された魔力が解き放たれる。

 苺水晶(ストロベリークォーツ)から放たれた光線が、軌道上に七色の鱗粉を振りまく。そして大きな的と化した『ポール』に届くと共に、その鼻面を焼き焦がす爆発を引き起こしたのだ。


 爆発の衝撃でさらに崩壊する天井からは、瓦礫が雨のように『ポール』の頭上へと降り注ぐ。

 もちろんこれだけで倒せるなどと思ってはいない。その証拠に砂煙の中から現れた『ポール』の姿を見たところで、驚きの声を上げる者は誰もいなかった。



「……焼き加減はまだまだレアにすら至っていない、といったところか。クラリス。あの豚王が与えられた魔法……他人を洗脳する(よこしま)な魔法であることは分かってはいるが、現状それ以外の情報が無い。キミ、なにか知っていることはあるかね」


「し、知ってること? そんなこと急に言われても……ここに来てから私とフィリップさん以外に会話をしてるのは見てないし、王様が他の誰かに魔法を使うところなんて……」



 その時、クラリスの目が煙の中から姿を現した『ポール』の蝙蝠の羽――その目玉へと向けられた。

 今ではすっかり場所も大きさも変わってはいるが、最初に感じたあの目の不気味さだけは変わらない。彼女自身がポールの魔法に堕ちたあの瞬間だって、最後に記憶に残っているのはあの目が――



「そうだ、あの目玉! 王様の目が紫色に光ったの。私、それを見てすぐに気分が悪くなって……それで意識を失っちゃったんだ!」


「目、か……なるほど。さすがクラリスは窮地だとしても記憶力が抜群だ。発光するのは魔法発動のための予備動作といったところだね。なら、アレを潰せば脅威はひとつ取り除かれるということだ……!」



 そう言って、ヴィクターがステッキを横に薙いだ。その軌跡に現れたのは、数にして八個にもなるピンポン玉サイズの光球。



「クラリス、少し目を瞑っていたまえ!」


「う、うん!」



 ヴィクターの指示通りにクラリスが目を瞑る。それを合図に光球はひとりでに宙へと駆け出し、『ポール』の元へ。

 魔獣の目が動きにつられて上を向く。刹那――網膜を焼き切るほどの眩い光が、光球から『ポール』の眼球へと突き刺さった。



『ヒギ、ギッ、イアアアアアアアアッ!』



 守るためのまぶたも無しに、剥き出しの眼球で光を浴びたのだ。『ポール』の絶叫は、外の状況が分からないクラリスの耳にもしっかりと届いていた。

 目を瞑り、耐え切れずに腕で顔を覆ったにも関わらず、それでも眩しくて()()と感じる光。それはまるで、空から太陽が降ってきたかのように彼女の肌をじりじりと焼いていた。


 ――まさか光で目くらましだなんて……でも、これだけ強烈な光なら王様の目もしばらく使い物にならないはず……!


 間もなく収まる光と熱に、わずかに眩んだ視界の中でクラリスが顔を上げる。――既に、ヴィクターは次の行動へと移っていた。



「人の身を捨てたことが(あだ)になったね。今度は物理的に潰してやるから、覚悟していたまえ」



 そう呟いたヴィクターの足は前へ。走り出した彼は、直線上にてゆらゆら揺れる『ポール』の顔面を真っ直ぐに見つめる。

 目くらましがよく効いているのか、『ポール』は垂れ下がった羽に貼り付いた目玉から血を流し、すすり泣くようにうわ言を口にしている。あの様子では、ヴィクターの接近にすら気づいてはいないだろう。


 ――爆発の衝撃で……いや、ゼロ距離から撃ち込んでやった方が早いか。


 そして、『ポール』の眼前にヴィクターが踏み込んだ。宝飾に魔力を送り込む準備は完了している。あとは杖先を眼球に突き刺してやれ――



『バァッ!』


「……は?」



 その時だった。それまで力なく下がっていた『ポール』の両翼が突如広がり、ドーム状にヴィクターの全身を覆い隠したのだ。――ヴィクターとクラリス、二人の心臓が……跳ねる。


 ――まさかこの魔獣、目くらましが効いた()()をしていたのか? この距離は、まずい……!


 二つの目玉がヴィクターの目を捉える。

 この時、すっかり次の一撃で決着をつけようとしていた彼の視線は、『ポール』の目を――怪しい紫色の光を帯びた魔獣の目を、至近距離で見てしまっていた。



「ヴィクター!」



 クラリスが呼びかけるものの、返事は無い。隙間から光が漏れ出たのを最後に、羽の内側からは物音すら聞こえなくなってしまった。

 やがて『ポール』の両翼が持ち上がり――ヴィクターはまだ、その場に立っていた。しかし様子がおかしい。どれだけ時間が経とうとも彼が動く気配はまるで無く、ステッキを手にした左手はだらりと垂れてかろうじて得物を握っている程度。

 後ろから見ているクラリスには分からないが、上を向いたままの彼の視線の先には――焦点の合わぬ彼の目には、天井が砕け落ちてあらわとなった、曇り空だけが映し出されていた。



『ヒヒッ、ヒ、ヒハハハハハハッ! ヒッカカッタ! ヒッカカッタ! バカナマホウツカイ……サキニキミカラ、コロシチャオウ!』



 そう狂喜の声を上げた『ポール』の口の端から、でろり。蛇のように長い舌が姿を現した。

 『ポール』の舌はまるで別の生命体のようにうねり、無抵抗のヴィクターの体へと絡みつく。そして彼の体を持ち上げたまま、舌を振り上げた魔獣はニヤリと口元に弧を描き――



「――やめてッ!」



 クラリスの叫びも虚しく、ヴィクターの体は舌が振り下ろされると共に高速で宙へと投げ出され、勢いを殺すこともできずに壁へと叩きつけられた。

 ひび割れて崩れた部屋の隅。力無く横たわった彼の姿がクラリスの目に映ったのは、それからすぐのことだった。



「う、うそ……ヴィクター……?」



 まさかここまで絶望的な状況へ形勢が逆転するなど、誰が思っただろうか。

 うまく息ができない。目の前の信じられない光景を前にしたクラリスの耳には、そんな彼女を嘲笑うかのような魔獣の汚い笑い声だけが響きつづけていた。

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