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災禍の魔法使いは恋慕の情には慣れていない  作者: 桜庭 暖
第1部 第5章『王族殺しは他人の城で幸せの花火を打ち上げるのか』
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第97話 かき鳴らして、金切りオーケストラ

 ぷぁっぷぁかぷぁっぷぁか、愉快な和音が城内に響き渡る。

 そのブリキでできたオモチャのような猫は、軽快な足取りに我が物顔で廊下に敷かれた真っ赤なカーペットを歩いていく。

 こんな身体では抜け毛の心配もしなくていい。誰にも迷惑をかけず気ままに歩くというのは、実に気持ちのいいものである。



『……ぷぁ?』



 すると、ブリキ猫の前方に変化があった。どこからか音を聞きつけたのだろう。数人のメイド達が廊下の角からぞろぞろと彼の元へとやって来たのだ。

 敵意は感じられないとはいえ、一言も発さずに全員が揃って口元に微笑みを浮かべている光景は不気味ささえを感じさせる。



『ぷぁー!』



 しかしそんなメイド達を前にしても、この人懐っこい猫は艶々のガラス玉でできた目をキラキラ物理的に輝かせては彼女達の元へと駆け寄っていった。

 それまで単調だったハーモニカの音色は、一音、また一音と音が増えてやがて盛大なオーケストラの演奏に。主旋律はもちろん、彼の口の中にはまったハーモニカだ。

 たくさんの人が自分の演奏を聴いてくれているのだ。それは彼にとってこの上ない喜び。待っているのはそれは盛大な拍手喝采であると、ブリキ猫は期待を込めた眼差しでメイド達の足元から彼女達を見上げたのだが――



「……」


『ぷぁ……?』



 おかしい。期待に反して、誰も、自分を見ていない。いや、見ていないどころか聞いてすらいない。

 なぜ。なぜ。なぜ? こんなにも素晴らしい演奏が足元で奏でられているというのに、この人間達は聞こうとしてくれないのだろうか。

 もちろん洗脳された彼女達に聞く意思が無かっただけの話とはなるのだが――それは彼にとって、自分の存在を否定されたにも同等な屈辱だった。



『……』



 やがて、オーケストラのバック演奏が静まり、愉快なハーモニカの音色が止まる。

 それに気がついたメイドの一人が、曇った瞳で足元に視線を落とした。そこにいたのは……ガラス玉がぐるりと半回転して、瞳孔が開いた鈍色の生物。もしもこの猫にふわふわの毛皮なんかがあれば、それは逆立っていたに違いない。そして――



『P、Py――Pgyyyyyyyyyyyyyyy!』



 次に奏でられたのは、先程までの演奏とは似ても似つかない金属音。

 それはまるで、ステンレスの食器をフォークで引っ掻いたような。黒板に思い切り爪を立てたような。箱に詰まっていた発泡スチロールが擦れたかのような。そんな甲高く歯の浮くような音が混ざった騒音。

 そんな耳を塞ぎたくなるほどの嫌悪感にまみれた音が、ブリキ猫の口内から大音量で発せられたのだ。


 騒音はビリビリと窓ガラスを振動させ、床と天井を揺らして聞く者の脳へと突き抜ける。

 こんなものを立て続けに聞かされては、気が狂ってしまいそうだと逃げ出したくもなるだろう。ましてや、そう――間近で耳を塞ぐこともできない者達なんかは、特に。



「――な、なにこの音!?」


「うるさっ……! 頭が割れちゃう!」


「誰が早くこの子を止めてぇっ!」



 そう口々に叫びはじめたのは、あのメイド達。ポールによって洗脳され、人形と化していた、花嫁候補だった女達である。

 耳を塞いで悶える彼女達の目には、たしかに失ったはずの光が灯っていた。洗脳が――魔法が、解けたのだ。



『Py?』



 するとこれに味をしめたのはブリキ猫だ。なにせさっきまでは彼の演奏に見向きもしてくれなかった聴衆達が、今度は反応を示してくれたのだ。……それは演奏する身にも力が入るというものだろう。



『Pgyyyyyyyy!』


「いやああっ! お願いだから、誰がこの音を止めてちょうだぁぁい!」



 そうメイド達が叫ぶも逆効果だ。

 さらに騒音を重ねる金属音が奏でる演奏。すると、そんな地獄絵図の中に飛び込んでくる者が、一人だけいた。ステッキを片手に物陰から満を持して飛び出してきた――ヴィクターだ。



「よくやった! そのまま他の人間にもキミの素晴らしい演奏を聞かせてあげたまえ!」


『Pgy!』



 彼はメイド達の横を走り抜けて、廊下の角を曲がってすぐ。上階へと続く階段を二段飛ばしに駆け上がる。

 音によるアプローチは一か八かの賭けだったが、どうやら正解を引いたらしい。あとは放っておこうが、正気に戻った人間から勝手に外に逃げ出してくれることだろう。


 ――クラリスがいるのはおそらく最上階である三階……もしも豚王が彼女にもあんな魔法(洗脳)を使っていたとしたら……


 強く噛み締めた唇から、血の味が口内に広がる。

 すると間もなく、踊り場でターンしたヴィクターの視線の先――上階に複数の人影が立ちはだかった。あの模造品(レプリカ)の剣を手にした兵士達である。



「この……邪魔をするなッ!」



 彼は走る勢いを緩めぬまま、振り上げたステッキの石突きを地面に打ち付けた。

 もちろんあの鎧の中身が誰であるのか分かっている以上、爆破だなんて手荒な真似はしない。せいぜい――転がり落とす程度だ。



「うちの可愛いペットが迎えに来るまで、まとめて大人しくしていたまえ!」



 瞬間、兵士達の背後に巨大ななにかが現れた。あれは間違いない、ハサミだ。

 巨大なハサミは勢いよく床に突き刺さったかと思えば、じょきんとカーペット()()をひと断ち。ヴィクターが指を鳴らすとカーペットはひとりでに頭を持ち上げ、波のごとく兵士達に覆いかぶさった。

 間もなく。彼女達を巻き込んだカーペットはぐるぐると回転し、階段を転がり落ちていく。


 その上を蹴りつけて飛び越えたヴィクターは、もう一度指を弾いて巨大ハサミを収納した。

 そしてようやくたどり着いた――三階。そこまで来たところで、彼はようやく足を止めた。



「クラリスは……あそこか」



 息を整えながら呟いた先。廊下の奥に現れたのは、これみよがしに大きな両開きの扉。途中にもいくつか部屋はあるようだが、ヴィクターの勘があそこにクラリスがいると告げている。

 彼は疲労で重くなった足を気合いで前へと動かし、一心不乱に彼女の元を目指す。早く、早く、一刻も早くその顔を見て助けに来たと、伝えなければ。この扉を開いて、彼女を連れて――



「――クラリスッ!」



 なかば体当たりする形で重厚な扉を蹴破り、ヴィクターは彼女の名を呼ぶ。しかし次の瞬間――信じ難い光景を前に、彼は息の仕方すら忘れて呆然とその場に立ち尽くしていた。



「んん? ……おお! よかったねぇ、クラリスちゃん。僕達のお祝いをしてくれるために、最初のお客さんが来てくれたみたいだよ!」



 そう喜びに満ちた声を上げたのは、豪奢な椅子に身を沈めた、ヴィクターが豚王と罵った男――国王ポール・マモナ。そして彼の膝の上で微笑みを見せる、派手なネオンピンクのドレスを纏ったクラリス。

 ヴィクターの目の前に広がっていたのは、彼が想像もしたくなかった最悪の光景――ポールの花嫁として選ばれたクラリスの姿であったのだ。

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