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災禍の魔法使いは恋慕の情には慣れていない  作者: 桜庭 暖
第1部 第5章『王族殺しは他人の城で幸せの花火を打ち上げるのか』
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第90話 信頼の芽に一滴の不安を垂らして

 これが直接的な絶望なのかと言われたら、決してそうではない。

 しかし真綿でゆっくりと首を絞められるかのような、そんな息苦しさに。クラリスの内臓はヒヤリと冷えて、立ちくらみを起こしそうになる。

 そんな彼女の意識を現実に引き戻したのは、聞き馴染みのある爆発音と、煙の臭いだった。



「――まってヴィクター! なにしてるの!?」



 この場でそんな爆発が起きたということは、そう。ヴィクターが魔法を放ったからに他ならない。

 幸いにも火事にはなっていないものの、黒々とした硝煙を上げる跳ね橋を前にして、クラリスはステッキを構えたままのヴィクターに迫る。

 彼女を一瞥したヴィクターの態度は、それは白々しいものだった。



「なにって、ドアが閉まっていれば普通は開けるものだろう。しかし……思ったより頑丈な橋だね。もう少し火力を上げてみようか」


「だめだめ! こんなの目立つし、壊しちゃったらみんな困るでしょ!」



 そうクラリスが言うと、ヴィクターは渋々といった様子でステッキを下ろした。

 今の爆発音を聞いては周囲に野次馬も集まりはじめている。ましてや出入口が閉ざされてしまった今、こんな所で咎められて居づらくなってしまうのはごめんだ。



「とりあえずここは離れて、どこかで落ち着いて話し合いましょ。本当に出られないのなら、泊まる場所だって探さなきゃ」


「……分かったよ」



 これ以上人だかりができる前に離れることができて良かった。

 どうにかヴィクターの了承を得たクラリスは、彼を連れて通りを戻ることにした。


 そろそろ本格的に今日の営業を終わらせるつもりの店は、安売りなんかを始めている。

 いつもならば、気になる食べ物なんかがあればクラリスが真っ先に飛びつくところであるのだが――あいにく、今はそんな気分にはなれやしない。心なしか、ヴィクターとの間にも少し重たい空気が流れているように思えた。



「……ヴィクター。これから……どうしようか」


「どうしようもなにも、今夜泊まるホテルを探すのではなかったのかね」


「そうじゃなくて、明日からのこと。あの橋が閉じたままじゃ逃げ場なんてあるわけないし、もしも本当に……王様が私のことを(さら)いに来たりしたら……」


「なに。キミは今更そんなことを心配しているのかね。安心したまえ。そばにはワタシがついているんだ。あの豚王が兵士を何人引き連れてこようが関係ないさ」


「……うん。そうだよね」



 ヴィクターは確固たる自信のもとそう言い切ったが、依然としてクラリスの不安は拭えないままだった。

 レストランで手早く食事を済ませ、その間にスマホで宿泊料金を見比べて。とりあえずと妥協をした、ほどほどのクラスのホテルに予約をとる。

 少しでも気持ちを前に向けるべく、本当は奮発したホテルを選んでもよかったのだが……観光地はどこも割高なのだ。


 今日泊まることにしたホテルも、他の建物と同じく石造り。

 しかし内装は客に対して不都合を感じさせないためか、ざっとロビーを見たところ、他の町で泊まったホテルとは大差は無かった。

 磨かれた白い床に映る白昼色の照明に、小型テレビが置かれた団欒(だんらん)スペースが何ヶ所か。もちろん鎧が飾ってあることも無ければ、先日のパルデのように自己主張の激しい肖像写真が飾ってある様子もない。

 今の時間はチェックインする人も多いのだろう。ロビーは観光客達でごった返していた。



「しまった……こんなことなら、先にこっちに来てからご飯にすればよかったわね」


「仕方ないさ。時間も時間だし、みんな考えることは同じだったというだけだよ。ほら、クラリス。あそこの列に並ぼう」



 順番待ちの列はいくつかあったが、パッと見で一番人の少ない列をヴィクターは選んだ。

 この混み具合だ。ただでさえ予約していた客が多かった上に、正門が閉まったことで出国できなくなってしまった旅行客もいるのだろう。


 ――そういえば……正門は閉まっているが、王や兵士達はどこから城に戻るつもりなのだろうか。


 退屈な待ち時間。うつむき気味なままのクラリスに掛ける言葉が見当たらず、ヴィクターの思考はその根本たる原因であるポールについて向けられていた。


 仮にも城の近くに別の出入口があったとして、正門と同じように閉じられているのならば、そちらを使うメリットはほとんど無い。むしろ外周を回るなんて遠回りだ。

 普通に考えれば、来た時と同じ正門――すなわち直線距離を移動してくると考えるのが自然だろう。あんなにも重たいポール(荷物)を運びながらともなれば、なおさらである。


 ――しかし、今に至るまで彼らが大通りを通って帰ってきた姿は見ていない。野営……なんて、するはずないか。もしもワタシ達……いや、クラリスを出国させない目的で正門を閉じたのであれば、再び開けるとも思えない。ならばやはり、無理にでも遠回りをするか、それこそ()()()()()でもしない限り――



「ヴィクター? 前、進んでるよ?」


「えっ? ああ……すなまい。少しぼぉっとしていたよ」



 急に思考の外から掛けられたクラリスの声に、ヴィクターの意識は戻ってきた。

 間もなくチェックインを済ませて、そのままの足で先にクラリスの部屋へと必要な荷物を置きに行く。先日訪れたパルデでは階層ごと部屋は分かれてしまったが、今日は隣同士だ。



「パジャマにスキンケアセットに、あとは明日着る服と……うん。揃っているね」



 そう言ってパチリ、指を弾く。熱の無い花火が弾けると共に、ヴィクターの魔法によって呼び出されていたクローゼットは二人の前から姿を消した。



「ありがとう。えっと……ヴィクターは部屋に戻るんだよね」


「うん。この距離なら誰かが近づいてきた時点でワタシも気づくことができるから、安全性は心配しなくていい。それでも不安なら……またペロを護衛に付けておくかい?」


「大丈夫。私になにかあっても、アナタなら助けてくれるって信じてるから」



 そう言ってクラリスは微笑む。

 だが、その笑みが純粋なヴィクターへの信頼だけではなく、拭いきることのできない不安を抱えた彼女の強がりだということに彼は気がついていた。



「……明日は少し早めに迎えに来るよ。正門が閉じられてしまった今、わずかな望みとはなるが、他にも出入りできる場所が無いかを探したい。……いいかな、クラリス」


「もちろん」



 クラリスが頷くと、ヴィクターもひとつ頷きを返して「それじゃあ、おやすみ」と一言。部屋を後にしようとする。

 時刻は日付が変わるまで残り三時間。チェックインに思ったより時間がかかったせいか、既に窓の外は真っ暗。真ん丸で不気味に大きく浮かび上がった月が、カーテンの隙間から二人の背中を見つめている。



「――待って、ヴィクター」



 彼女がそうヴィクターを呼び止めたのは、彼の手がドアノブに触れようとした、まさにその時だった。



「ん? どうしたのかね」


「その、もしアナタが大丈夫ならこの後……やっぱりもう少しだけ、話せないかな。もしも他の出入り口なんかが見つからなくて、王様が本当に私を花嫁候補として連れ去りに来るのなら……ううん。この国(マモナ国)にいる間、私達が()()()()()()()()()。もう少しだけ話し合いたいの」


「……いいよ。私は今からでも構わないが……キミの都合のいい時間に合わせよう」



 ヴィクターが肯定の返事をするまで、そこには少しの間があった。

 室内はこんなにも明るいというのに、わずかに差し込んでいるだけの月明かりが嫌に目につく。こちらを真っ直ぐに見つめるクラリスの眼差しは、あんなにも真剣だというのに――



「ありがとう。それじゃあ一時間後にまたここで。私も少し……考えを整理したいから」



 なんだか、胸騒ぎがする。

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