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災禍の魔法使いは恋慕の情には慣れていない  作者: 桜庭 暖
第1部 第5章『王族殺しは他人の城で幸せの花火を打ち上げるのか』
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第88話 国王ポール・マモナの行進

《一時間後》


 レストランでの食事を終えたヴィクター達は、また町の散策に出ることにした。

 普段ならば服もアクセサリーもスイーツだって、そればかり眺めていてはヴィクターから小言が飛んでくるものなのだが……すっかり上機嫌で夢見心地な彼が口出ししてくる気配は感じない。

 いまもこうして、スイーツ店のガラスにくっついてしまいそうなクラリスすらも愛おしそうに見つめてしまっている。



「わぁ、美味しそうなプリン……専門店なのかな。味の種類もたくさんある」


「それなら買っていってホテルで食べるかい? クラリスが気になると言うのなら、食べ比べできるよう何個か買ってくるけれど」


「本当? あー……でも、ちょうど食べたかったやつは品切れみたい。どうせなら食べたい味で食べ比べしたいし、明日になったらまた買いに来ましょう。……ん?」



 そんな会話をしていると、突然大通りに金管楽器のアクセント弾ける力強い音色が響き渡った。

 その音を聞いた人々は一斉に音のした先に注目し、そのさらに先――城まで続く長い階段の奥へと目を向ける。



「なんだろう。パレード……でもやるかな」


「……それにしては、なにやら物々しい雰囲気な気もするがね」



 ヴィクターの言った通り、彼らの周りはそれまでの賑やかさから一転、人々が慌ただしく建物の中へと避難を――否、男達が率先して近くにいる女子供を建物へと誘導していた。

 理解が追いつかない二人が周囲を見回していたのもつかの間、彼らの後ろから飛んできたのは切羽詰まった男の声だった。



「君達! そこに突っ立ってないで、早くこっちに来なさい! 急がないとその嬢ちゃん……()()()()()()()()!」



 そう叫んでいたのは、例のプリンを販売しているスイーツ店の店主であった。

 エプロンを外す手間も惜しんで店先に飛び出してきた彼は、城の方を気にしながら必死に手を振って二人に店に入るようにアピールをする。



「連れて行かれるって、どういうこと……?」


「Um……分からないが、とにかく楽しい催し物ではないみたいだね。クラリス、ここは彼の言う通りにしよう」



 クラリスはひとつ頷くと、急いで店の中へと駆け込み促されるままに息を潜めた。

 とはいえ、このスイーツ店は外からの見え方にこだわった一面ガラス張りの外観。もちろんショーケースだって透明なガラスでできているのだから、隠れる場所は無いも同然だ。


 なにが起きているのかも分からないクラリスは、まず状況把握のために店主に尋ねることにした――のだが、外の様子に変化があったのは、そんな時である。



()()ポール・マモナ様のお通りだ!」



 聞こえたのは鋭い女の声。

 それから間を置かず、大通りの中心に現れたのは――城からやって来たのだろう、その(かず)百人を超えるであろう兵士の姿であった。

 銀色の甲冑に身を包んだ兵士達の最前列にはラッパや太鼓を持ったマーチング隊が音楽を奏でており、歩きながらでも音のブレの無い演奏からは彼らがかなりの練習を積んでいることがよく分かる。


 しかしそんなマーチング隊の後ろ。一際目を引いたのは、行列の()にまで飛び出た大きな存在である。

 それは数十人の兵士が一丸となって担ぐ、長い四つの棒に取りつけられた玉座。あそこに鎮座している大柄な男が、国王ポール・マモナなのだろうか。

 ポールのすぐ後ろには、趣味の悪い蛍光色のピンクの羽根でできたうちわを扇ぐ女達に、黒いローブを深く被った人間も控えている。彼らの姿は、マーチングの音が近づくと共にハッキリとあらわになった。



「王政だなんて、今時時代遅れな……ねぇ、クラリス。あのデカくて醜い男が王様なのかな?」


「こら、ヴィクター。そんなこと言ったら失礼でしょ」



 世界各地に象徴(シンボル)的な王が君臨する国家はあれど、あのように権力を見せびらかすような――それこそヴィクターの言うように、王政の気配を感じさせる王なんてものは今の時代にはそぐわないはずだ。


 クラリスが外に目を向けると、別の建物に避難をしている人々……国王であるポールを出迎える人々の様子は、ここから見た限りとても歓迎しているようには見えない。

 王というものは多かれ少なかれ、国民からは畏怖(いふ)の念を抱かれているものである。しかし彼らからはそんな気配を感じることができないのだ。

 石を投げる者こそいなくとも、ここにいるのは行進をただじっと見つめる者や睨みつけるような者ばかりで、華やかなラッパの音だけが虚しく町中を反響する。


 そうこうしているうちに、行列はいよいよこのスイーツ店の前まで迫ってきた。

 ポールの目鼻立ちまで、くっきりと見える距離。

 赤く豪奢(ごうしゃ)な飾りの付いた玉座に乗るポールの体はとても収まりきってはおらず、胴体はまん丸なブドウの粒のよう。玉座が移動するごとにぽよぽよと揺れる腹は、いつしか女王蜂の巣で見た村人達の比にもならない。

 しかし特筆してクラリスが気になった点があるとすれば、それは彼の目だろう。大きな体の上に小さく乗った頭はアンバランスで、ギョロギョロと動く瞳はまるでこれから食べるデザートを吟味するかのように、脅えて震える民衆を見下ろしていた。


 ――なにかを……探してる?


 そう考えながら見ていたことがバレてしまったのだろうか。

 ポールが店の前を通り過ぎるまさにその時。彼は右手を挙げて静止の合図を送った。そしてすんすんと鼻を鳴らして辺りを見回すと――ギョロリとした瞳が、ガラス越しにクラリスの方へと向けられた。



「……まずいな」



 クラリスの後ろ、店主の男がそう呟いたのが聞こえる。

 彼女のことを頭のてっぺんから爪先までジロジロと眺めていたポールは、ローブの人間になにかを伝えると……何事も無かったかのように、そのまま玉座に揺られてゆっくりと去っていってしまった。

 同時に遠ざかるマーチングの音に、町中を包んでいた緊張感がふっと解ける。



「ヴィクター……今の人」


「ああそうだねクラリス。キミのことをあんな視姦(しかん)するような目つきで見るだなんて……実に不愉快で、腹立たしくて、不敬であること極まりない! 今すぐにでも追いかけて、あの汚らしい鼻っ面をミンチにしてやりたいところだ」


「ミンチって……気分が良くないのは分かるけど、そういうグロテスクなのは冗談でもやめて」


「なるほど。魔法でブタにでも変えてしまう方がお似合いだと?」


「ちがうちがう! そうじゃなくて、今の行進……なんだか違和感がなかった? ただ権力を見せつけるだけなのが目的じゃなさそうだったというか……」



 ポールが去ったことで、町には活気が戻りはじめていた。

 しかし、あちらこちらに難しい顔をしている男達の姿や、顔を覆って泣きじゃくっている子供の姿。それをなだめる老人など――あの行進の後、町ではなにかが起きている。



「Um……たしかに人々の様子もおかしいね。……店主。キミは先程のあの行進の意味を知っているような態度だったが。よかったら教えてもらえないだろうか」



 そうヴィクターが尋ねると、店主の男は一度頷いてから店先の『営業中』の看板を『準備中』に裏返した。

 これでうっかり誰かが入店してしまうこともないだろう。

 


「行進の意味……今回のはそうだな。俺の予想通りなら、昼に起きた謎の爆発の調査……といったところか」


「爆発の調査……」



 店主の言葉に、クラリスは思わず口を引きつらせた。

 隣のヴィクターをチラリとうかがえば……無表情。どうやらノーコメントを貫くつもりらしい。爆発を起こした張本人は自分だというのに、このしらばっくれようである。

 口の回る男は、こと恋愛方面以外は表情管理も一流なのだ。



「なるほど。その調査というものが目的ならば、王自ら出向くのは褒められる行為だね。だが……あの王は、民衆からはまるで歓迎されていないようだった。それにはなにか理由があるのではないかね」


「……ああ」



 店主が打った相槌には、複雑な感情が込められているように思えた。



「歓迎されないのも当たり前だよ。その調査っていうのは、あくまで()()()の話だ。たしかにポール達は国の外へ調査に向かうだろう。だが……本当のアイツの目的は、国民の品定め。――自分の()()を探すことなんだよ」



 店主の口から告げられた言葉は、ヴィクターとクラリスを唖然(あぜん)とさせるには十分であった。

 それもそうだろう。ここまで盛大に兵士とマーチング隊を引き連れては、理由をつけて国外にまでわざわざ足を運んでいる。その理由が――



「花嫁探しぃ?」



 よほどそのワードが癪に障ったのだろう。

 珍しく大きな声を出したヴィクターはどこかイラついているようで。腕を組んだ彼の機嫌は真っ逆さまに急降下したのだった。

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