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災禍の魔法使いは恋慕の情には慣れていない  作者: 桜庭 暖
第1部 第5章『王族殺しは他人の城で幸せの花火を打ち上げるのか』
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第87話 大好きなキミから、世界で一番の贈り物を

《数分後》


 鉄と鉄が擦れる耳障りな音。それが聞こえると共に、クラリスの周りを囲んでいた鉄板が倒れていく。

 暗闇に慣れた目は光にすぐに順応することができず、数度の瞬きを繰り返したところでようやく彼女の周りの景色が姿を現した。



「やぁ。可愛い可愛いワタシのクラリス。ずいぶんと待たせてしまったね」


「ヴィクター……」



 箱の中に敷き詰められたクッションを抱えてうずくまっていたクラリスは、ふらりと立ち上がると吸い寄せられるようにヴィクターの元へと近づいていく。

 まさか、一人で怖かったとでもいうのだろうか。ここは勇気を出して彼女を抱きとめようと、ヴィクターはそわそわ落ち着かない様子で両腕を広げたが――彼の元へと飛びこんできたのは、クラリス渾身(こんしん)の蹴りであった。



「ッ――いっだぁ!」



 ましてやクラリスが狙ったのは彼の(すね)の部分。

 あまりの痛さで一瞬息の仕方を忘れたのだろう。間をあけて悲鳴と共にしゃがみ込んだヴィクターを見下ろして、彼女は少しスッキリした表情で腕を組んだ。



「なに勘違いしてるの。たしかに守ってくれるのは嬉しいけど……もう少し方法はあるでしょ。こっちはあんな硬い箱の中で転がされて、体中が痛くて仕方ないの。これでおあいこってことね」


「あぁ分かった……今度からはクッションの量を増やすか、ご希望ならばクマのぬいぐるみでもなんでもいっしょに入れるから……」


「入れなくていい。それより、さっきの魔獣は――って、聞くまでもなかったわね」



 クラリスが自分が転がってきた坂を見上げる。

 彼女から見えるのは、もくもくと上がる灰色の煙。あの爆発の中心地には、空から見れば隕石が落下でもしたかのような巨大なクレーターができていた。

 わざわざ確認しに行かなくても分かる。あの場にはもう、何も無い。もちろん人々を襲う魔獣の姿も、草木もなにもかもだ。



「とりあえず、これ以上魔獣の被害が増えることは無さそうだけれど……ここ、誰かの私有地とかじゃないわよね。スモーアの広場を爆発した時みたいに、罪悪感で押し潰されそうになるのだけは嫌なんだけれど……」


「HAHA! そんな心配はいらないさ! どうせ草が伸び放題で手付かずの場所だったんだ。むしろ整地してやったとでも思えば褒められるべきだろう」


「わわっ、ちょっとヴィクター、押さないでよ!」



 屁理屈を言わせたら彼の右に出る者はいない。

 いつの間にかケロリとした表情で立ち上がっていたヴィクターが、ぐいぐいとクラリスの背中を押す。今更戻るわけにもいかず致し方なしと、彼女達は遠くに見える巨大な塀を目掛けて歩きはじめた。


 二人がようやく到着することができたのは、休憩を挟みながら何時間かが経過した頃だった。

 塀の外側は水を張った深い(ほり)に囲まれていて、跳ね橋が中と外を繋ぐ唯一の架け橋となっている。

 クラリスはその外観をゲームから飛び出してきたみたいだと称したが、きっと昔からあまり姿を変えずに、わざとそのままの外観を保っているのだろう。いわゆるレトロ文化というものだろうか……こういうものも一種の流行であるらしい。



「ようやく着いたわね……! 見たことないお店もたくさんある!」


「あぁ。大きい町だから賑わっているだろうと思ってはいたが、これは想像以上だ」



 ヴィクターとクラリスが塀の中へ足を踏み入れた時。すでに二人の頭上の太陽は傾きはじめていた。

 町の中には石畳が()かれていて、建造物のほとんども同じように石造りのものが多い。都会の背の高いビルが立ち並ぶ光景とは違って、長い時間を生きるヴィクターにとっては少し懐かしい光景だ。


 二人が立つ正門からまっすぐ進んだ先には長い階段があり、その上方には遠くからも見えていた城と城壁が町全体を見下ろしている。

 中でもヴィクターが驚いたのは人の多さで、一見すると住民ばかりに見えるが、よく観察をすれば大きな荷物を持った旅人らしき人間も多く見かけられた。



「どうやらここは、旅人達の(いこ)いの場となっているようだね。物珍しいものを売っている商人なんかもいるかもしれないな」


「それじゃあ、しばらくは見て回ってても文句は無いってことよね! 楽しみになってきた……行きましょう、ヴィクター!」


「あぁ待ってくれクラリス、あまり高いものは禁止だ! さっきの(やつ)をまだ換金していないのだからね!」



 目を輝かせて駆け出すクラリスを追いかけるヴィクターも、新しい町には少なからず高揚(こうよう)しているらしい。彼はキョロキョロと道端にならぶ店を眺めながら、長い足でのんびりと彼女の後ろを着いていく。

 時折すれ違う人々の中には城へと向かう者も多く、なにかイベントでもあるのか若い男達の姿も多く見られた。


 ヴィクターの心に飽きが生まれたのは、数十分が経過した頃である。



「クラリス。そろそろランチにしないかね。キミがさっきから見ているその……服や装飾品には飽きてしまったよ。買ってから日の目を見ていない服だって何着も持っているだろう」


「それはそうなんだけど……でもこの町、どのお店も綺麗なお洋服ばっかりで……わぁ! このイヤリングもすごく可愛い!」


「聞いちゃあいない」



 ヴィクターの遠い記憶。遥か昔に、フィリップから女性の買い物は長いだなんて話を聞いたことがあったが……どうやらクラリスもその例には漏れないらしい。

 当時はそれくらい待っていればいいだろうと思ってはいたものの、実際に自分の身となるとたったの数分で文句が口をつく。せめて試着でもしてくれるのならば、まだコメントのしがいもあるというのに。


 ヴィクターがそんなことを考えている間に、クラリスの買い物は終了していた。

 鼻歌混じりにアクセサリーショップを出てきた彼女は、手のひらサイズの紙袋を片手に戻ってくる。そしておもむろに袋の中身を手に取ると、ヴィクターにも見えるようにと上へ掲げて見せた。



「ねぇ、これ! このイヤリング、ヴィクターに似合うと思うんだけれど……どうかな?」


「へ?」



 彼女の手の中にあったのは、桃色から青色へのグラデーション。不思議な色をした、半透明の石でできたイヤリングだった。

 きょとんと目を丸くするヴィクターの耳元へ手を伸ばして当ててみると、クラリスは満足げに口角を上げる。



「やっぱり似合うじゃない。これ、私とヴィクターの瞳の色とおそろいでしょ? なかなか珍しい色で気になって……アナタ、ピアスの穴は開けてないみたいだし、イヤリングなら付けられるかなって」


「ワタシと、クラリスの瞳とおそろい……」



 その言葉の意味にヴィクターは思わずニヤけそうになる口元を手で押さえる。が、次の瞬間――隠しきれない歓喜の花火が彼の後ろでぼこぼこ咲きはじめた。

 こんなに派手な放出、一見なにかのパフォーマンスに見えなくもない。なにも知らない通行人たちは奇異の目でヴィクターを眺めていたが、それでも今だけはクラリスも満足そうに笑みを浮かべていた。

 元を辿れば、彼女のお金はヴィクターから預けられたお小遣い……しかしそんなわずかな資金を使ってまで、自分のために考えて贈り物をしてくれたということが、彼はなによりも嬉しかった。



「一応、蹴っちゃったお詫びのつもりなんだけれど……気に入ってくれたならなにより。ほら、ちょっとしゃがんで? 立ってたらアナタの耳まで手が届かないわ」


「う、うん……」



 言われるがままに少し屈めば、クラリスはイヤリングを付けようと優しい手つきで彼の耳に触れる。が……もちろんヴィクターが平常心でいられるはずもない。

 いつも以上に近い。良い匂いがする。なにかいけないような気がして少し息を止める。それでも耐えられずに息を吸えば、やはり良い匂いがする。


 ――なんかこれ、デートみたいだな。


 赤くなりながらそう考える彼の後ろでは、さらに小さな花火が数を増やして咲き続ける。

 クラリスが両耳にイヤリングをつけ終える頃には、それを見るために見物人ができているくらいで、今更ながらに彼女はこんな道のど真ん中でプレゼントをしたことに少し後悔をしていた。

 それでもプレゼントをもらった本人は、この上なく嬉しそうで。



「ふふ、ありがとうクラリス。キミからプレゼントを受け取ることができるなんて、今日は最高の一日かもしれない。これからは肌身離さず大事にするからね」


「え、ええ……。本当に喜んでくれているのは私も嬉しいんだけど、やっぱりその後ろの花火ってしまえないのかしら。さっきからすごく目立ってるんだけど……」


「んー、無理」



 よほど嬉しかったのか、すっかり破顔したヴィクターは耳たぶからぶら下がったイヤリングをずっと触り続けている。

 もちろん安物の石ころだということは分かっている。だが……彼にとっては宝石なんかよりももっと価値のある、本物のお宝。何ものにも代え難い、世界にただ一つのクラリスからの贈り物だった。



「えっと、じゃあ気を取り直して……遅めのお昼ご飯だっけ? 行きましょうか、ヴィクター」


「はぁい」



 つい数時間前まで、魔獣を相手に一方的なショーを繰り広げていた男と同一人物とはとても思えない。

 なにせ今のヴィクターを形作っているものは、頬が落っこちそうな腑抜け顔に、この気の抜けた返事だけなのだから。

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