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災禍の魔法使いは恋慕の情には慣れていない  作者: 桜庭 暖
第1部 第4章『成り代わりの町』
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第82話 夜明け前。全部が元通りになる

《同時刻――洞窟内・左の小道》


 黒一色に染まる視界。

 ホテルでの出来事がフラッシュバックしたクラリスは、恐怖心から思わず目を瞑って、次に来るであろう、あの顔を奪われる気味の悪い感覚に身構えていた。

 だが――どれだけ待っても、なにも無い。背筋を凍らす黒腕の感触も、顔が浮いてしまうような未知の感覚だって感じない。


 ――なんで……


 おそるおそる、クラリスがまぶたを開く。彼女の肩に置かれていたはずの渦男の手が離れたのは、まさにその時だった。



『オオ……! か、……オ、オォ……!』


「……えっ? もしかして、苦しんでる……?」



 状況はクラリスが口にした通り。

 たしかについさっきまで、目の前の渦男は彼女の顔を奪い取るべく動いていたはずだ。それが今は両手で自身の頭を押さえ、聞くに堪えない呻き声を上げて壁に全身を打ち付けている。


 変化があったのは、クラリスの腕を掴んでいた偽物の住民も同じだ。突然、それまで痛みを感じるほどだった腕を掴む力が緩んだのである。



「――クラリスちゃん!」



 その時。名前を呼ぶ声が聞こえると同時に、クラリスの体に衝撃が走った。なにかが後ろからぶつかってきたのだ。

 正確に言えば、その衝撃を直接受けたのは彼女の後ろに立っていたあの偽物の住民。その背に向けて体当たりをしたのは他でもなく、魔法を使っていて動けないはずのアリスタであった。


 クラリスを掴んでいた手がようやく離れ、バランスを崩した彼女の体をアリスタが抱きとめる。

 そのまま地面へ倒れ込んだ彼らは、全身を打ち付けて一瞬息を詰まらせたものの、すぐに顔を上げた。



「す、すみませんアリスタさん! 大丈夫ですか!?」



 アリスタの上に倒れたクラリスはまだよかったが、彼女の下敷きとなって地面と挟まれた彼はさぞや痛かったことだろう。

 その証拠に彼は眉を八の字にして息を整えていた様子だったが、クラリスに声を掛けられると問題ないとでも言うかのように笑って見せた。



「大丈夫だよ。それより……俺が集中してる間、クラリスちゃんが守ろうとしてくれてたんだね。ありがとう。それと……あんな危ない状況になるまで、気がつかなくてごめん」


「私の方こそ……危ないところをありがとうございます。そうだ。私を襲った渦男達は……」


「それならもう大丈夫だよ。ほら」



 アリスタの上から降りて、クラリスが振り返る。すると――彼女の鼻先を、黄金色に輝く小さな光の粒が掠めた。



「どんどん消えていく……きっと、ヴィクターが魔導士を倒したんだ」



 そう呟くクラリスの視線の先。先程まで苦しみ悶えていた渦男の身体が、頭のてっぺんやつま先から順に細かい粒子となって崩壊していく。

 間もなく、あの苦しげな呻き声すらもが宙に溶けて、渦男達の身体は完全に消滅した。


 変化があったのはあの偽物の住民も同じである。

 アリスタに体当たりされた拍子に地面へ転がり落ちた男は、両手で顔を覆いながらジタバタともがいていたようだったが、その手が離れて顔の正面があらわになった途端――クラリスは思わず口を押さえた。



「顔が……無い」



 そう。男には顔が無かった。つるりと見覚えのあるその顔は、成り代わられた住民達と同じのっぺらぼう。

 すると驚きの声を上げるクラリスの横で、アリスタが立ち上がった。

 彼は手を差し出してクラリスを引っ張りあげると、「あれを見て」と言って空間の奥を指し示す。


 そこにいるのは、顔を奪われた住民達だったはずだ。

 しかし今や彼らの元に、顔は――ある。そこに集まっていたはずの、顔を奪われ、渦男達に成り代わられていたはずの住民達は、皆一同に自分自身の顔を取り戻していたのだ。

 全員意識を失ってはいるものの、怪我も無く無事であることにクラリスは安堵の息を漏らす。



「よかった……これってもしかして、アリスタさんの魔法で……?」


「うん。俺の魔法で、彼らの顔を()()()んだ。だから顔が元の持ち主に戻ったことで、アイツらも元の姿に……渦男に戻ったんだよ。本当に、間に合って良かった」



 アリスタの言葉通り、つい先程までのたうち回っていたはずの男の姿は、醜い渦男の姿へと変化していた。

 そして先に消えていった個体同様、渦男は苦しげな呻き声を上げては二人の見ている前で光となって、ふわり。消えていく。


 ――消滅した……。本当に私達、パルデの人達を救うことができたんだ……


 ほっとクラリスがひと息つく。

 達成感はまだ無いが、これは一区切りついたと考えていいのだろうか。それなら後は住民達の安否を確認し、ヴィクターと合流することができれば事件は解決するものだと――この時のクラリスは、そう思っていた。



「……揺れてる……?」



 油断大敵。帰るまでが遠足とはよく言うものだ。事態はまだ、終わってはいなかったのだ。

 クラリスが呟いてすぐ、壁や天井からは砂埃が舞い、小さな揺れが洞窟全体を揺らし続ける。しかしその揺れは次の瞬間、地面を突き上げるほどの巨大な揺れへと変化したのだ。



「な、なに!? これ……もしかして崩れるんじゃあ……!」



 クラリスの脳内で、過去に女王蜂の巣から逃げ出した時の記憶が思い起こされる。

 あの時は脱出口まで案内してくれた小鹿のおかげでどうにか生き埋めにならずに済んだものの、この場所で……ましてや気を失った住民達を連れて逃げ出すことなんてできるはずがない。


 ――ヴィクターはまだ鍾乳洞に残っているはず……早く合流しないと! そうしたらここにいる人達を起こして、状況を説明して出口まで走って……


 本当に短時間でそんなことが可能なのか? ここがいつ崩れるかも分からなければ、そう上手いこと混乱を招かずに住民達へ説明できる自信もクラリスには無い。

 アリスタと二手に分かれることも考えたが、たった一人でこの数の住民をなだめるのは難しいだろう。どちらか一方を任せきりにするわけにもいかない。

 そうクラリスが頭の中を巡らせている間にも、揺れはどんどんと大きくなっていく。



「この揺れ……どんどん大きくなってる! アリスタさん、皆さんを連れて外に逃げないと!」


「分かってる! でも、今動くのは危ない! ――ッ、ダメだ……クラリスちゃん、こっちに来て俺に掴まって!」



 揺れて、揺れて、揺れて、揺れて。視界が回って天地の境も無くなって。

 クラリスが壁に手をつかないと立っていられないほどの振動に、アリスタが彼女の肩を支える。

 そして、一際大きな振動が洞窟全体を突き上げた、まさにその瞬間――


 パチン。目の前の光景が変わった。

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