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災禍の魔法使いは恋慕の情には慣れていない  作者: 桜庭 暖
第1部 第4章『成り代わりの町』
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第79話 託された私に今、できることを

 土煙を上げてクラリスの目の前に立ち塞がる、瓦礫の山。

 なにが起きたのかも分からない彼女は、しばらくぼんやりとした様子でそれを見つめていたものの――急にハッと目を瞬かせると、足をもつれさせながらもその山へと駆け寄っていった。



「ヴィクター! 聞こえてたら返事して!」



 そう声を上げたところで返事は無い。

 鍾乳洞と洞窟の境目を爆破して崩したのだろう。これだけ大きな岩が積み重なっているのだ。クラリス達がいくら頑張って掘り出そうとも、手作業なんかでは一日や二日でどうにかなる量ではない。



「クラリスちゃん。ヴィクターくんは……」


「……私達を逃がして、自分だけでどうにかするつもりみたいです。あんなに離れて行動しないようにって言ってたのに、どうして……」



 その時ふと、クラリスの脳裏にヴィクターの言葉がよぎった。

 あの爆発が起きる直前、たしかに彼は()()()と。クラリスに向けてそう伝えたのだ。

 なにを頼まれたかなんて、今更考える必要もない。


 ――もしも、ヴィクターが私達と離れてまで残ることを選んだ理由が、あの鍾乳洞の中にあったのだとしたら……


 彼が危惧(きぐ)していたのは、クラリスとアリスタが自分と離れた際に襲われることだ。

 今更その危険性を無視してまで、彼が単独行動を選んだ理由があるとすれば――すなわち、その条件をクリアしたことになる。



「だとしたら……急ぎましょう、アリスタさん! ヴィクターがせっかく作ってくれたチャンスを無駄にしないために……行かないと!」


「チャンス?」


「はい。話は走りながら……今はとにかく、連れ去られた人達の元へ!」


「あっ、待ってよクラリスちゃん!」



 一人納得した様子のクラリスに置いていかれぬようにと、彼女から一呼吸遅れてアリスタが走りだす。

 ヴィクターによる派手な灯りを失った洞窟の中は、来た時よりも暗く、視界も不明瞭。松明の炎が濡れた岩肌に反射する揺らめきだけが、二人を照らす道標となっていた。



「それで、チャンスっていうのは?」



 数歩もしないうちに追いついたアリスタが、息を整える間もなくクラリスへと問いかける。

 道はまっすぐ。ギリギリ二人であれば並走しても問題のない広さだ。



「単純な話です。診療所を出てから囲まれるまでの間、誰とも遭遇なんてしませんでしたよね? きっと私達を確実に仕留めるために、渦男達は魔導士によって鍾乳洞へと集められていたんです。だとすれば……今ヴィクターが道を塞いで引き付けている間、こっちの方は手薄なはず」


「だから俺達二人にこっちを任せたってことか。でも、それなら道を塞いでヴィクターくんもこっちに来ればよかったんじゃ……それか一度全員で外に出て、体勢を立て直すとか……」



 アリスタの指摘はもっともだ。

 ヴィクターと三人一緒に脱出をして、機をうかがって、もう一度潜入をする。それができれば、わざわざ彼一人を危険に晒してまで走り回る必要は無いはずだ。

 しかしクラリスはわずかな沈黙の後、視線は前方を向いたままアリスタの言葉に首を横に振った。



「おそらくヴィクターもそれは考えたと思います。でもいくら道を塞いで時間を稼いだとしても、渦男達のパワーならあんな岩、時間稼ぎにもならない。私達が外に出ている間に町の人達を人質にされたり、最悪危害を加えられたりなんてしたら……それこそ手を出すことができなくなりますよね。だから彼はさっきの自分の意見を曲げてまで、私とアリスタさんを逃がしたんだと」


「なるほど。それならヴィクターくんの行動にも納得がいく……すごいね、クラリスちゃん。この短時間でそこまで彼の考えを汲み取ることができるなんて」


「あはは……四六時中一緒にいれば、考えてることはなんとなく分かりますから」



 そう言ったところで、クラリスの視界の端をなにかが横切った。

 先程よりも暗くて見落とすところだったが、今通り過ぎようとしたのはあの分かれ道。ヴィクターが正解だと称した、左のルートだ。



「アリスタさん、こっちです! 戻ってきてください!」


「おっと。危うく入口まで戻るところだったよ」



 先に行ってしまいそうだったアリスタを呼び止めて手招きをすれば、彼は数歩のバックステップの後にクラリスの元へとやって来る。


 それから分かれ道を左に入り、再び彼女達の足が止まったのはわずか三分にも満たない頃。

 道が広くなり、空間がひらける。しかしひらけるとはいっても、先程の鍾乳洞に比べれば半分の大きさも無い。だいたい見積もったとしても、こパルデの町役場程度の空間だ。

 そんな場所に押し込められていたのは――



「……この人達が、本当のパルデの住民達……」



 その光景を見たクラリスには、そんな言葉を絞り出すことしかできなかった。

 一言で言えば――そう、()()()()()()()薄気味悪い。

 その場所はほとんど()()であり、人の息遣いすら感じられない不気味な空間であった。


 灯りに照らされ、土と砂利の硬い地面に座り込むのは項垂(うなだ)れた人々の姿。しかしその顔は、否、頭には――そこにあるはずのパーツが無かった。


 例えるのであれば、それは手指に服を着せたかのような。そんな表現が妥当だろう。

 毛髪を失ってつるりとした頭の正面は、目鼻の無いのっぺらぼう。クラリス達の到着にすら静まり返って無反応であるのは、耳が無いからに他ならない。

 鼻も口も存在しないこんな状態で、果たして彼らは生きていると言えるのだろうか。



「アリスタさん、彼らは生きて……いるんですよね」


「大丈夫。見た目はこんなことになっているけれど、ちゃんと生きてるよ。それにしても、鼻も口も無いのに呼吸をしているみたいに胸が動いてる……。今後のためにもう少し詳しく観察しておきたいところだけど、それより今は治してあげないとだね」



 そう言うと、アリスタは一歩前へと踏み出した。

 いくらパルデが過疎化した町だったとはいえ、ざっと見渡しても二百人以上はいる。魔導士の罠に嵌められた旅人もいるということであれば、納得のいく数字だろう。



「数が多い……クラリスちゃん。俺は少しの間集中しないといけないから、見張りはお願いしててもいいかな」


「分かりました。それで、アリスタさんの魔法っていうのは……」


「ああそっか。なにをするのかまでは言ってなかったね。簡単に言えば……魔力に干渉された傷や病を俺が吸い取って、肩代わりする()()の魔法……みたいな感じかな。吸い取った魔力は俺の体の中でゆっくり浄化するんだ。普通の怪我とか風邪みたいなのはどうにもできないけど……今回に関しては最適な魔法でしょ?」


「最適って、ここにいる全員を相手にだなんて……そんなことをしたらアリスタさんの体が!」



 アリスタの話が本当ならば、彼がこれから相手にするのはここにいる二百人以上の成り代わられた人間達だ。一人や二人を診察するのと訳が違う。

 しかしアリスタは分かっているとでも言いたげな笑みを浮かべると、胸の前で指を組んで祈るような姿勢をとった。次の瞬間――



「ッ……この、光は……?」



 思わずそう呟いたクラリスの目に映ったのは、一面を覆い尽くす優しい光。

 アリスタの足元から同心円状に広がった純白の光の輪が、クラリスや住民達の元へと広がり、瞬く間に空間全体を包み込んだのだ。


 ――暖かい……この光、すごく明るいのに眩しくない。これがアリスタさんの言っていた、癒しの魔法……


 不思議と心を奪われる光景を前に、クラリスはわずかな間考えることすら放棄して見とれてしまっていた。警戒を怠ってしまったと言ってもいいだろう。

 だから――そう。彼女は()()()の接近を許してしまった。背後に奴らが迫るまで。聞こえるはずのない他人の声が、聞こえるまで。



『――さい』



 それはきっと、この町の住民であったのだろう、()()の声。



『顔を……くだ、さい』


「ッ!」



 とっさに振り返ったクラリスに向けて、突きつけられる人差し指。

 この空間唯一の出入口を塞いでいたのは、歯茎を剥き出しにしながら人様へ無遠慮に指を向けた偽物の住民と、男女の区別さえつかないような奇怪な声を上げる渦男。

 まだ、鍾乳洞へ集まりきっていない残党が外に残っていたのだ。


 偽物の住民の方は、クラリスよりも一回りは大きな男の姿をしている。

 襲われれば抵抗することなどできない体格差ではあるものの、日中に見た個体同様こちらに襲いかかってくる気配は無い。となれば――実質的に驚異となるのは、渦男がたったの一人。

 しかしヴィクターのいないこの場において、これが絶体絶命的な状況であるという事実をクラリスは既に理解していた。



「アリスタさん!」



 そうクラリスが呼びかけたところで、背中を向けているアリスタからの返事は無い。

 魔法の発動に集中すると言った手前だ。他の感覚は意識的にシャットアウトしているのだろう。


 ――このままみんなを治すまで待つなんてできない。今すぐアリスタさんだけでも逃がさないと。でも……!


 逃げ道なんて、どこにあるのだろうか。

 出入口には化け物が二体。背後には隙間なく詰め込まれた人、人、人。逃げ道はおろか、逃げ込むような隙間だってここには無いではないか。



『か――か、顔、を――!』



 その間にも、渦男は動き出していた。

 痙攣する顔の中心から伸びた手が、渦の(ふち)に掛かる。彼女へ――違う。渦男の()()の先にいるアリスタへ向けて、あの手は伸びようとしているのだ。

 それが分かった瞬間、クラリスの足は無意識に前へと踏み出していた。



「この――絶対に、アリスタさんに手は出させるもんかッ!」


『――ッ!?』



 武器などなにも持っていない彼女がとった行動は、全身を使って飛び込みながらの体当たり。

 手応えは――あった。

 シンプルながらに有効な一手であるその攻撃は、渦男のバランスを崩し、化け物の身体を硬い岩場へと叩きつけたのだ。


 ――やった! これで少し時間稼ぎができるはず。今のうちにアリスタさんに知らせて――


 そう、クラリスが起き上がった時であった。

 不意に右腕を掴まれて、彼女の体がビクリと跳ねる。腕を掴んでいたのは魔法の発動を終えたアリスタ――ではない。傍観を決め込んでいると思われたあの偽物の住民が、クラリスの腕を掴みあげていたのだ。



「いたっ――は、離して!」



 そうは言っても返事など無い。体格差では劣るクラリスが、化け物同然の男を相手にして簡単に逃げ出せるはずがあるだろうか。

 もがこうにも腕を捻れば痛みがあるだけで、言葉が通じたとしても話を聞いてもらえる可能性はゼロ。


 それに加えてクラリスの状況を悪化させたのは、今さっき押し倒したはずの渦男が立ち上がったことである。

 岩肌が擦れて穴の空いた背中から綿(わた)をこぼした渦男は、顔の中心を()()とクラリスへと寄せて、彼女の両肩に手をかける。



「やめ――」



 話が聞いてもらえないことは、今の今で理解していたではないか。

 そして、ぐるり。目と鼻の先で渦が回り――身動きも取れないまま、クラリスの視界は黒一色に覆われた。

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