第61話 花は、人知れず乾いた土に種をまく
《数十分後――町のはずれ・上空》
町の人間達の避難が完了した頃には、クラリスの花馬の扱いも慣れたものだった。
彼女の予想通り、憎しみに駆られた人々の感情は、ラヴから一定の距離を離れたところで元の落ち着きを取り戻していた。
サラは今回が自分で受け持った初めての任務だと言っていたが、声を張り上げ、現在町で起きていることを住民達に説明している姿は、凛としていて説得力がある。
そんな彼女の必死の説明の甲斐もあって、それ以上は大きな混乱が起きることもなく、その場を収めることに成功したのだ。
「……よし。ひとまずこっちの仕事は完了ってところね。やるじゃない、クラリス」
「この子が私に合わせて走ってくれたおかげだよ。それよりサラ……」
「分かってる。ヴィクターのところに戻るんでしょ?」
「うん。もう爆発音も聞こえないから、あっちの戦いも終わったみたい」
クラリスが合図を出すと、花馬が空へと駆け上がった。
空から見下ろした町は、いたるところがサラの咲かせた花に覆われていて、まるでここら一帯が花畑になったかのようだ。
争いの中で誰が引火させたか建物はいくつか燃えてしまったが、ヴィクターの素早い消火のおかげでどれも全焼までした様子はない。
被害が最小限で済んだことにサラは安堵すると、それまで気になっていたあることについてクラリスへと問いかけた。
「ねぇクラリス。ヴィクターってなんの魔法使いなの?」
「なんの?」
花馬の動きが安定してきたことを確認して、クラリスが意識を後方のサラへと向ける。
「あっ、なんのっていうのはなにが得意なっていうことね。アタシだったらお花を咲かせる魔法使いだし、ダリルさんは武器を作りだして操る魔法使いって感じなんだけれど……彼、あの大きなクラゲを創ったり、そういえばクラリスが最初にこの子に乗った時も足台を出したりしてたよね? 戦闘スキルもあるみたいだし……魔法使いにしても多芸だなと思って」
「ああ、そういうことね」
サラの疑問の答えを、既にクラリスは知っていた。
それはスモーアで彼が魔法使いのことを説明する際に、目の前で実演を混じえて話していたことだからだ。
「ヴィクターが言うには、自分はイレギュラーなんだって。大概のことはできるのよね。旅の荷物は全部管理してもらってるし、魔獣と戦う時にも色んな技を持っているというか……ただ、しいて言うなら爆発させるのは得意なのかも。なにか物を出す時にも、いつも花火みたいなエフェクトと一緒に出してくるし」
花火といえばヴィクターの感情表現のひとつ、あの肩上から上がる喜びや照れの感情と共にポコポコ現れるものもそれだ。
それを一概にエフェクトと称するには彼の反感を買いそうではあるが、クラリスから見た感覚はその表現が一番近い。
他にも踊るティーセットやペロ達使い魔の召喚、女王蜂と戦った時にはビームのようなものも出していたはずだが、これこそ挙げだしたらキリがないというやつだろう。
――私は当たり前に思っていたし、一般人からしたらすごいの一言で済むけれど。たしかに魔法使いから見たら不思議なぐらい色々できる人なんだ……
これでよく定職に就かずクラリスと一緒にフラフラ旅をしているものだとは思うが、そもそも誘ったのはクラリスだ。今さらどうこう言うつもりもない。
「そうか……イレギュラーな魔法使い……性格に難はあるけれど、あれだけ有望な人材なら、それこそエルマーにスカウトされてもおかしくはないはず……。クラリス、アナタ達さえよければアタシと一緒にサントルヴィルまで行かない?」
「えっ? サントルヴィルに?」
「うん。興味があれば、魔法局で働くのはどうかなって。最近事件続きで……魔法局は優秀な人材をいつでも求めているから、ヴィクターなら試験を受けなくても入局できるかも。それに二人はサントルヴィルを目指しているって話だったし……悪い話じゃないと思うんだけど、どうかな」
願ってもないサラからの申し出に、クラリスは考えた。
二人の旅の目的はサントルヴィルへと到着すること。その後のことは考えていないし、もしかするとサラの提案を飲んで魔法局へ行くことが、ヴィクターの能力を最大限に活かすことのできる――彼にとって幸せな選択なのかもしれない。
――エイダちゃんみたいに魔導士になってしまった人達を救うためにも、魔法局に行くことは大きな一歩になる。情報も人脈も、きっと今以上に力になるはず。
だが、それを素直に受け入れることができないのはなぜだろう。
もちろんそんな大事なこと、ヴィクターがいないこの場で決めることもできないというのもある。だが――
「……ごめん、サラ。提案はとっても嬉しいけれど、私達はまだ一緒には行けない。もう少しこの目で世界を見て回りたいし……なにより、この気ままな二人旅をまだ続けていたいの」
「そう……ヴィクターだけでも行きたいって言う可能性は?」
「多分無いかなぁ……サラも見たでしょ。彼、私がいないと人助けになんてちっとも興味を示さないの」
そう言って、クラリスが苦笑する。彼女は悩んだ結果、自身のエゴを優先した。
魔法局に行けば、魔導士達を救うための希望は遥かに大きく見えてくる。
この冒険をしている間に出会ったフィリップやエイダ、そしてベンにラヴ――この出会いが無ければ、きっとクラリスはサラの提案を飲んでいたことだろう。
――魔法使いのことも、魔導士のことも。ラヴくんみたいな魔獣がいることだって、私は全然知らなかった。それにヴィクターのことだって……もしかしたら、私はまだなにも知らないのかもしれない。それなのに、今ここでサントルヴィルへ行ってしまったら――彼のことを知る前に、冒険が終わっちゃうような気がする。
それは果たして、到達という意味での終わりなのか、はたまた別の意味なのか。見てもいない未来だ。そんなことクラリスには分かるはずもない。
もしも――物語が動き出したとでもいうのならば、きっと今がその序章にすぎないのだろう。ならばそれが終わるまではせめて、彼と共に自分の目で世界を見て回りたい。
「そっか。クラリスがそう言うのなら、残念だけど今回は諦めるわ。でも、サントルヴィルに来た時には絶対会いに来てよね? せっかくできた友達ともう会えないだなんて、そんなのは嫌だから」
「もちろん! 一緒にスイーツ巡りだってしたいし……」
「カラオケとショッピングにも行きましょう!」
切り替えも早ければ、そんな約束を取り決めるのも早い。
そして弾む女子トークもつかの間。道なりに花馬を滑らせ続けると、やがて視界の奥に見知った人物が見えてきた。ヴィクターだ。
「クラリス!」
喜びに満ちた大きな声は、空の上にまでよく響く。
彼はクラリスが無事に戻ってきたことに気がつくと、満面の笑みを浮かべて嬉しそうに手を振った。




