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災禍の魔法使いは恋慕の情には慣れていない  作者: 桜庭 暖
第1部 第3章『盲目的ラブロマンスは犬も食わない』
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第59話 クラリスとサラの花畑大作戦

《少し前――町の中央・空中》


「……サラ。行きましょう。少しでも早く、町の人達をここから離れさせないと」


「本気で言ってるの、クラリス!? あんな状態のラヴをヴィクター一人に任せるだなんて……今のあの子はそう簡単に手に負える状態じゃない。訓練された魔法局の魔法使いでもない彼がどうこうできるかなんて……」



 そうサラが言った瞬間、突然聞こえた爆発音に二人の視線はラヴの方へと向けられた。

 よろめく巨体。それがヴィクターの放った爆発による衝撃からなったものだと、クラリスにはすぐに分かった。



「できるよ。ヴィクターは強いんだから。彼が私達に頼んだってことは、ラヴくんを止めるためには、それが必要なんだってことだと思う」


「……信じていいのね?」


「うん。絶対に大丈夫」



 サラが振り返った先で、クラリスが力強く頷く。

 わずかな逡巡の後、花馬はラヴに背を向けて空へと駆け上がった。サラが前進の合図を出したのだ。



「分かった! アタシもダリルさんに町の人達の避難を優先するって言っちゃったからね。すぐに終わらせて、ヴィクターを手伝いましょ!」


「ありがとう、サラ。……私達で、ラヴくんを止めよう!」



 花馬が空を滑り、高所から町の広範囲をチェックする。

 既に逃げた人々が町の外へ出ていたことは、来る途中に確認している。争いなど起こしていなかったこともだ。

 人々が争っているのは町の中心――すなわちラヴに近い場所にいる人達だけ。


 ――ヴィクターはたしか、ラヴくんの力が人間の憎しみの感情を増幅させるって言ってた。ということは、先に逃げた人達は元からそんな感情を持っていなかったから……いや、違う。きっとその効果には有効範囲があるんだ。争っている人達をその範囲の外に誘導することができれば、落ち着きを取り戻してくれるかもしれない。



「サラ! アナタの魔法でみんなの気を引くことってできないかな? 今の町の人達の行動が憎しみに支配されているのなら、その矛先を私達に向けちゃえば、ここから離れさせることができるかも!」


「矛先を変える……か。試してみる価値はありそうだけど、アタシの魔法でできるかな。お花なんて見たら、みんな怒るどころか癒されちゃいそうだと思うけれど」



 それで落ち着いてくれるのならば苦労はしないが、ラヴの力の有効範囲から脱出しない限りは繰り返しとなるだけだ。

 今ここで頼りになるのはサラの魔法だけなのだ。少ない手数の中で、なにかしら考えをひねり出さなくてはならない。



「そうね……憎しみの矛先を向ける……ということは、つまり嫌われるようなことをすればいいってことよね?」


「なにか思いついたの? サラ」



 にわかに周囲が騒がしくなり、花馬がビルの屋上に着地した。

 地上はラヴの力に呑まれた人間達の争いの中心地である。

 大部分が言葉による罵りあいや、興奮して手が出る程度のものではあるが、ビルの爆発も起きたくらいだ。このまま影響を受け続ければ、いつ中心地のように凶器を持ち出す人間が現れてもおかしくない。



「気は乗らないけれど、アタシの魔法でやれそうなことがひとつだけ思いついて。アタシは集中したいから、操縦はクラリスにお願いしてもいい?」


「えっ? この子……私が手綱を握ってても大丈夫なの?」


「もちろん! アタシの子供達はみんな良い子なんだから。クラリスなら大丈夫。ほら、こっちに座って!」



 花馬が座ると、慣れた動作で鞍を降りたサラに言われるがまま、クラリスは手綱のある方へと移動する。

 植物とはいえど握った手綱は彼女が思っていたよりも固く、頑丈で、ずっしりとした重さがある。

 挨拶の意味も込めて花馬の表面に咲いた花びらを撫でると、甘い香りと共に花馬はクラリスの手の平へと擦り寄ってきた。


 ――ちょっと可愛いかも。


 馬は、クラリスが想像していたよりも愛嬌があるようだ。



「よし。作戦開始よ。なるべく町に残った人達を集めてから外に誘導できるようにしましょう。順路はクラリスに任せるわね」


「うん……やってみる!」



 花馬が立ち上がると、見よう見まねでクラリスは足を使い、前進の合図を出した。



「わっ、動いた……!」


「そうそういい感じ! それじゃあ、アタシもひと仕事するとしますか!」



 空へと駆け上がった花馬が地上から離れすぎないよう、クラリスが軌道を修正する後ろで、サラが両手に握り拳を作る。

 どうやらこの花馬は細かい指示をせずとも、ある程度は乗り手の考えを汲み取って動いてくれるらしい。いくら本物の馬ではないとはいえ、乗馬自体が初めてのクラリスにとってそれはかなりの安心材料となった。



「よぉし……みんな、少し痛いかもしれないけど許してちょうだいね!」



 そうサラが言った直後、彼女は握っていた両方の拳をパッと開いた。刹那――



「すごい、綺麗……!」



 クラリスの目の前に現れたのは、まさに息を飲んで見惚れてしまうほどの光景。

 家が、ビルが、道路が――見渡す限り一面、色とりどりの()で覆い尽くされたのだ。

 わずかな間操縦を忘れてしまった彼女と同じように、地上の人々もこの変化には驚いたらしい。あれだけ怒号の飛んでいた町中が一瞬、静寂に包まれた。

 しかし、次の瞬間。



「あだっ!」


「いてぇ! なんだこれ……ツタか?」



 おかしなことに、短い悲鳴と共に次々に人が倒れ――否、転びはじめた。

 幸いにも花がクッションとなり怪我をすることはなさそうだが、起き上がった人々は不思議そうに足に絡まった()()を見ては首を傾げている。


 ――ツタで足を絡めとって転ばせた……ってこと? サラが思いついたことって、もしかして……


 後ろからサラのハンドサインを受けて、クラリスは花馬の高度を地上に向けて落としていく。

 花馬のこの見た目はあまりにも目立つ。町の人間達の視線を一身に浴びながら、サラは意を決して大きく息を吸い込んだ。



「――ああら、こんな植物なんかに見惚れて転ぶだなんて、この町の人間はとんだおマヌケさんしかいないのね! あくびが出ちゃうくらいだわぁ!」


「さ、サラ……?」



 予想だにしなかったサラの口調に、思わずギョッとしてクラリスは振り返った。

 サラはといえば、右手の甲を口元に添えて高笑いをしている。そのポーズと彼女の金糸のような髪が相まって、まるで漫画に出てくるプライドの高いお嬢様のようだ。

 そう、彼女が考えた作戦。それは悪役に徹することで人々の怒りを買い、注意を引きつけようとするというものだった。……その行動は、足を引っ掛けて転ばせるという、幼稚な行為そのものとしか言えないのだが。



「くそ、なんだあの女……もしかして魔法使いか?」


「馬鹿にしやがって。ふざけんじゃねぇ! そこから降りてこい!」


「そうよ! いたずらでも許さないわ。みんな、あの子達を捕まえてちょうだい!」



 サラの幼稚な作戦も、演技も、怒りの沸点が限りなく下がっている今の住民達には効果はてきめんだったらしい。

 誰かが放った一言により、町の人間達は一丸(いちがん)となってクラリスとサラの元へと走り出した。



「あははっ、面白いくらい簡単に引っ掛かっちゃった! クラリス、馬を出して! なるべく追ってくる人達が見失わないように、速度には気をつけてね!」


「分かった。伊達に日頃からうちのじゃじゃ馬……じゃなかった。トラブルメーカー(ヴィクター)を飼い慣らしてる腕を見せてあげる!」



 花馬が走り出すと、馬は低空飛行で宙を駆け、町を滑りはじめた。

 ヴィクターの言葉を思い出す。彼はたしかに、ラヴを弱体化させるには町の人間達を遠ざけることが必要だと言っていた。すなわちラヴと町の人間、その両方を落ち着かせるにはクラリス達の活躍が最重要となるのだ。


 ――待っててヴィクター。みんなを連れ出したら、すぐに戻るから。


 手綱を握る手に力を込める。

 遠くに聞こえる爆発音を耳にしながら、クラリスはただひたすらに憎悪と怒りの声響く町の中を駆け抜けていくのだった。

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