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災禍の魔法使いは恋慕の情には慣れていない  作者: 桜庭 暖
第1部 第3章『盲目的ラブロマンスは犬も食わない』
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第58話 『ラヴ』、愛を履き違えた哀れな獣

 例えるならば、ラヴのその姿は()()()に近かったのだと思う。

 大きな大福に、小さな大福が乗っかったようなフォルム。ふかふかの白い体毛に覆われた全身には長い耳と強靭な後ろ足がくっついていて、真上にピンと伸びた耳は花馬が滑る上空へと向けられている。


 ひとつ、それが普通のウサギの見た目と違う点があるとすれば、額から角のような突起物が生えていることだろう。

 目を凝らせば突起物には腕があり、頭があり、目があり――ラヴ本人の姿をしているのだと分かったのは、サラ達がよく近づいてからのことだった。



「ラヴ! よかった、こんな所にいたのね……。早く一緒に戻りましょう! これ以上アナタがここにいたら、町中が大変なことになる。それはアナタが一番よく分かってることでしょ!」


『……サラ?』



 花馬が速度を落として、ラヴの目の前で停止する。

 彼の目はゆっくりとサラへ、そして後ろのクラリスへと向けられた。



『俺のことを迎えに来たの? 後ろにいるの……この前の人間だよね』


「そう。ラヴをここで見たって教えてくれたの。ねぇ……ラヴ。アナタ、どうして逃げ出したりなんてしたの? 魔法局に着くまでは、一人で出歩かないって約束したよね。まさか初めからこうすることを目的にしてたんじゃあ……」


『違うッ!』



 突然大声で叫んだラヴに驚いて、サラの肩がビクリと揺れた。

 辺りが静まり返り、消化しきれなかった残り火が弾けるかすかな音だけが、その場にいる者達の耳に届く。

 そんな静寂を破ったのはラヴ自身で、彼は荒い呼吸でしきりに『違う』と呟いては、両手で頭を抱えた。


 クラリスがラヴのその様子に嫌な予感を感じたのは、きっと先日のスモーアでの一件を経たことによる経験があったからだろう。

 どうやらその経験は上手く生かされたようだ。――彼女の嫌な予感は、的中した。



『サラには分からないよ。綺麗な魔法を使って、みんなから愛されて、楽しい人生を送っているサラになんて。嫌われものの俺のことなんて、本当は心配なんてしていないし、嘘つきで人間に害を与えるそこらの魔獣と同じだって、そう思ってるんでしょ』


「そんな……そんなこと思ってないよ! アタシはアナタが悪い子じゃないって、知って――」


『でも今、俺のこと疑ったよね?』



 瞬間、顔を覆っていた指の隙間から見えたラヴの瞳は、瞳孔が広がり、大きく見開かれていて――今度こそサラ達への敵意を剥き出しにしていた。

 動きがあったのは、ラヴの体の下から生えたあのウサギの胴体だ。前足を大きく上げて、振りかぶる。

 それが友好的なアクションではないのだと気がつくまでに、サラの判断は一瞬遅れた。



「ヴィクター!」



 とっさに声を上げたのはクラリスである。

 彼女がヴィクターの名前を呼ぶと同時に、閃光。花馬とラヴとの間に大きな花火が打ち上がった。

 派手な破裂音。耳元で鳴った大きな音に、反射的にラヴは前足を引っ込めて、音に敏感な長い耳を塞いだ。

 その隙に花馬が数メートル後退して魔獣との距離をとる。



「ふん。クラリスに感謝したまえよ」


「う、うん。ありがとう、ヴィクター、クラリス……」



 思わず言われたままに、サラが礼の言葉を述べる。

 ヴィクターは器用に立ったまま鞍の上へと乗っていて、ステッキについた苺水晶(ストロベリークォーツ)からは、まだ微かに硝煙の臭いがしている。



『うぅ……オマエ……』



 すると、ラヴが耳を覆っていた前足をゆっくりと下ろした。

 よほど先程の音が堪えたのだろう。彼は唸り声をあげると、ジロリと恨みの籠った視線でヴィクターを睨みつけた。



『オマエ……あの時の頭でっかちだな……。そうか、魔法使いだったのか。だから(悪魔)のことを知ってたんだ……嫌な態度をとって、大きい音で怖がらせてきて、これから俺のことを虐めるつもりなんだろ……嫌いだ! オマエら全員、嫌い! 嫌い! すっごく嫌いだ!』


「うるさいな。別にわざわざ構いにいくつもりなんてないよ。それならこの前みたいに、ワタシ達の前からとっとと消えて魔法局のところにでも帰ればいいだろう。キミは平穏な生活に戻って、ワタシはこれ以上巻き込まれずに済む。町は平和になるし、今起きている面倒事がすべて解決するとは思わないかね」



 それが誰も傷つかずに済む、最善の方法である。ヴィクターはもちろん、クラリスやサラでさえそう思っていた。

 しかし当のラヴ本人だけはそうは思っていないらしい。彼はヴィクターの言葉を聞いてゆっくりと首を横に振った。



『……解決? そんなのしないよ。俺が愛を司る魔獣になれるまで、魔法局になんて絶対に帰らない。帰ったところで、俺には嫌われ者(憎悪の魔獣)のレッテルを貼られるだけなんだ。そんなの嫌だ! 俺は人間達から愛されたい。名前(ラヴ)に恥じないような魔獣になって、嫌いな自分とサヨナラするんだ』


「無理に決まっているだろう……キミらの本質は変えることはできない。周りはどうだ。そう言ってキミの力が生んだものは争いだけじゃないか。存在するだけで他者の憎しみの感情を増幅させるキミがいくら頑張って説得したところで、意味なんてない。現実を見てからものは言いたまえ」


『そんなの分からないだろ! 俺がもっと頑張れば、みんなきっと分かってくれる時が来る。憎しみなんて感情を持つ人間がいなくなれば、俺は――』



 その時だ。ラヴの動きがピタリと止まった。

 さらに大きく目を見開いた彼は、瞬きも忘れてフクロウのように首を右に左にへと傾ける。


 体毛に覆われた前足が数歩先に踏み込むと、ラヴの身体はようやく重い腰を上げた。

 後ろ足が街灯をへし折り、民家の屋根を押し潰す。近くで争っていた人間達も、空から振り下ろされた巨大な獣の手のひらからは堪らず逃げ惑い、建物に反響した悲鳴がクラリス達の元までこだまする。

 


『この匂い……オマエだったのか。オマエからもするよ、小さな憎悪の匂いが。そうだよ、オマエみたいなのがいなければ……オマエらみたいなのが一人残らずいなくなれば……こんな感情無くなれば! 憎しみは世界からなくなって、俺はきっと本物の愛を司る魔獣になれる!』



 ラヴの口は吊り上がり、隠れていた牙が剥き出しとなった。

 おそらくもう――対話による説得は不可能だ。いくら姿が変わったとはいえ、それまで人間とほとんど変わらないと思って話しをしていた相手が豹変してしまったことは、少なからずクラリスとサラにショックを与えていた。

 ラヴが後ろ足を大きく振り上げ、思い切り地面に叩きつける。その瞬間――



「ッ! (あつ)ッ……!」



 なんの前触れもなかったはずだ。突然、ヴィクターの全身が黒い炎に包まれたのだ。

 ヴィクターがステッキをひと振りするとすぐに炎は消えたが、すぐに自分がラヴの標的となったことに気がついた彼は、花馬から飛び降りるとビルの屋上の給水タンクの上へと降り立った。



「ヴィクター! 大丈夫!?」


「問題ない! それよりクラリス、キミはサラと一緒に町の人間をできるだけここから遠ざけてくれ! あの魔獣は周りに憎しみの感情を持つ人間が多ければ多いほど力を増す。弱体化させれば少しは落ち着くはずだ!」



 そう言ったそばから、降ってきたラヴの前足が給水タンクを踏み潰した。瓦礫から土煙が上がり、タンクに貯まっていた水が周囲を水浸しにする。

 ヴィクターの姿は、空にあった。

 ラヴの攻撃を避けた彼は空中でステッキを構えると、魔力で固めた光球を放ち、魔獣の脇腹に触れたところで起爆をする。

 轟音。そしてよろめくラヴの巨体。体勢を立て直したラヴは、湧き上がる怒りに身を任せて何度も地面に後ろ足を打ち付けた。



『ううぅ……! 俺の邪魔をするな!』


「邪魔なんてしていない。ただの正当防衛さ」



 地上近くで起こした小爆発をクッションに、ヴィクターが地面に降り立つ。

 目線だけで周囲を確認するが、花馬に乗ったクラリス達の姿はない。言いつけ通りに住民達を誘導しに向かったようだ。

 ヴィクターは左手でステッキをくるりと回すと、杖先を地面に打ち付けた。



「それじゃあ、ラヴ……自分の本質を見誤った、哀れな魔獣。クラリス達が事を()すまでの時間稼ぎに、お望み通り殺さない程度に相手をしてあげるよ」

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