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災禍の魔法使いは恋慕の情には慣れていない  作者: 桜庭 暖
第1部 第3章『盲目的ラブロマンスは犬も食わない』
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第55話 なんだかちょっと面倒な人

 数分と経たずにクラリスの元へと戻ってきたサラは、先程までとは打って変わってしょぼくれた様子で項垂(うなだ)れていた。

 その横を、黒髪の青年が運転する黒い車が追い抜き去っていく。どうやら町まで乗せていってくれるというわけではないらしい。

 彼女は「行きましょう……」とだけクラリスに言うと、とぼとぼと肩を落として歩みを再開した。こんな人間を前にして、声をかけないという選択肢があるだろうか。



「はぁ……せっかくダリルさんと一緒に仕事ができると思ったのに……」


「サラさん? えっと……大丈夫……ですか?」



 クラリスが遠慮がちに声をかけると、サラはゆっくりと顔を上げて悲しみに満ちた眼差しを彼女に向けた。



「うん……ああいや、はい……大丈夫です。期待が外れちゃったというか、なんというか……仕事に私情は持ち込まないという教えですから。現場に到着するまでには持ち直すようにします……」



 口ではそう言いつつも、サラの肩はがっくりと下がったままだ。


 ――サラさん、もしかしてさっきの先輩って言ってた人と行きたかったのかな。


 いくら持ち直すとは言われても、今からずっとこの調子の彼女と数時間を共にするというのは、コミュニケーション能力に自信のあるクラリスとはいえど正直キツい。


 ――せめて、少しでも楽しく話せればいいんだけれど……


 町に戻るまで、約二時間。ヴィクター共々三人無言で歩く地獄絵図、誰が好き好んで過ごしたいと思うだろうか。

 ここはなにか策を、練らねばならない。



「あの……サラさん。もしよかったら敬語をやめて、普通にお話ししませんか? 見たところ私と歳も近そうだし……多分、敬語で話すのあまり得意じゃない……ですよね?」


「……いいの?」


「はい。私のことは友達だと思って、クラリスって呼んでください。それとあっちでむっすりしてるのはヴィクター。町に着くまでの少しの間ですけれど、よろしくお願いします」



 クラリスが手を差し出すと、サラの表情がパッと明るくなった。

 ()()と言われたことが、よほど嬉しかったのだろう。彼女は両手でクラリスの手を取ると、ぶんぶんと上下に振りながらその場で飛び跳ねた。



「ありがとう、クラリス! わぁ……友達なんて、こっちに来てから初めて。アタシのことも、気軽にサラって呼んで! もちろん敬語なんて使わなくていいから!」


「分かった。改めてよろしくね、サラ」



 ヴィクターの魔法によって空に浮かんだ傘はちょうど二人用のサイズだ。

 クラリスはすっかり元気を取り戻したサラを隣に連れて、一人待つヴィクターの元へと向かった。


 どうやらペロ達はもう川まで水浴びに行ってしまったらしい。

 景色を眺めてぼうっとしていた彼は、クラリスが戻ってきたことに気づいて振り向いたものの――彼女の横を歩くサラを見て、はたから見ても分かる不快感を顔に滲ませた。



「クラリス……話しはついたのかね」


「うん。これから町に戻って、ラヴくんを探すことにしたの。あの子、魔法局から逃げ出した魔獣だったんだって。今ならまだ町に残ってるかもしれないし、探す人数は多い方がいいから。……もちろんヴィクターも手伝ってくれるわよね?」


「……」



 返事は無い。表情では明らかに()()と言ってはいるが、他でもないクラリスからの頼みだ。すぐに断るようなことはされなかった。

 じっとヴィクターがサラを見つめる。

 目が合った彼女はわずかにたじろいで下がったものの、やはりそこは魔法局の魔法使い。クラリスの背に隠れるようなことはしなかった。



「……仕方ない。クラリスがそうしたいというならいいよ。ただし、ワタシは着いていくだけだからね。魔獣の捕獲はそっち(魔法局)で勝手にやってくれ」


「えっ? うん……あ、ありがとう……?」



 考えること数十秒。

 てっきり断られるものかと思っていたが、思わぬオーケーの返答に、サラは疑問を抱きつつもヴィクターに感謝の言葉を伝える。


 歩きはじめると、彼はなにも語らないままクラリスとサラの後ろを着いてきた。

 まるで監視をしているかのごとく、その間も視線はサラに注がれたまま。クラリスが心配するのも無理はなかった。


 ――二人共……初対面であることには間違いなさそうだけれど。ヴィクターはずっとサラのことを気にしてるみたい。純粋で良い子みたいだし、仲良くやってくれればいいんだけれどな……


 あまり好意的な視線とはいえないものの、彼がクラリスよりも他の女性を見ているなんて、珍しいこともあるものである。



「ねぇサラ。アナタと一緒に来てた人のことを先輩だって言ってたわよね? どこかに行っちゃったみたいだけれど……もしかして、先にラヴくんを探しに?」


「ダリルさん? ううん……実はアタシ、今回が自分で受け持った初めての任務なの。だからまずはできるところまで自分の力でなんとかしてみなさいって。ダリルさんはダリルさんで、ラヴを連れ戻すためにやらなきゃいけないことがあるから」



 どうやらあの運転席の男はダリルというらしい。

 新人一人に仕事を任せるというのもなかなか酷な話だとは思うが、サラの話を聞くに彼もなにかの準備をしているようである。


 ――連れ戻すための準備ということは……網とか、縄……とか?


 ただの動物を捕まえるのではないのだと、分かってはいてもクラリスが考えつくのはそんな程度のものだ。

 そうこう考えている間にも、質問のターンはサラへと回っていた。



「それじゃあクラリス。アタシも聞いていいかな。クラリス達って、きっとこの辺の人じゃない……のよね? もしかして旅をしてるとか?」


「うん。私達、サントルヴィル(中央大都市)に向けてずっと旅をしているの。そういえば……サラって、サントルヴィルから来たんだよね。どんなところなのか教えてくれない?」


サントルヴィル(中央大都市)かぁ……そうだなぁ。とにかく建物が大きくて、人と車もいっぱいいて……あと、美味しいものがたくさんある、かな。実はアタシ、数ヶ月前に田舎から出てきたばかりでまだよく知らないの。これでもスカウトされて魔法局に入ってるのよ」



 そう言って、クラリスが自慢げに胸を張る。

 これだけ誇らしげに語っているのだ。おそらくスカウトされるということは普通ではあまり無いことなのだろう。

 すると今の彼女の発言の中に、なにか気になることがあったらしい。二人の会話にちゃっかり聞き耳を立てていたヴィクターが、サラの背後から不意に声をかけた。



「サラくん。キミをスカウトしたという、魔法局長はどんな人物なのかね」


「魔法局長……アレクシスさんのこと? あぁ、違う違う。アタシをスカウトしたのは今の部署の上司で、別の人よ。アレクシスさんはそうねぇ……一言で言うなら堅物って感じかしら。あと怒りっぽいし、目つきが悪い。夜まで部屋で書類を作ったりしてるのが見つかると、早く帰れぇ! ってすぐに飛んでくるのよ」


「ふぅん……そう。もう聞きたいことは分かったから、前を向いて歩きたまえ」


「えぇ……なにそれ」



 自分から聞いておきながらこの態度。どうやらサラも、ヴィクターのことは怖い人というよりも面倒くさい人としての認識に改めたようである。

 それから数分も歩いていれば話の内容はまったく別方向に向くもので、正直――ヴィクターはもう彼女達がなにについて話をしているのか、よく分からなくなっていた。

 美容、スイーツ、最近見た映画やテレビの話。なぜこうも自然と話題を変えてベラベラと喋り続けることができるのだろうか。


 ――魔法局の動きが少しでも分かればと思ったのだが。警戒もされないところを見るに、下っ端にはワタシ(ヴァルプルギス)のことはまるで伝わっていないみたいだね。しかし……まさか魔法局長がいつの間にか()()()()していたなんて。その辺りのことを詳しく聞きたいところだが、あまり突っ込むと怪しまれるか……


 いくら周りに隠し、否定しようがヴィクター自身が魔法局を抜け出(脱獄)した事実に変わりはない。

 クラリスとの華々しい将来のためだ。彼女のために協力する姿勢は見せたものの、なんらかの拍子に自分の存在が勘づかれることだけは、なんとしてでも避けなくてはならない。

 すると彼がそう思考に(ふけ)っていた、そんな時である。



「――ヴィクター!」


「えっ? あぁ……すまないクラリス。考え事をしていたんだ。どうしたのかね」


「どうしたじゃないでしょ! あれ!」



 どうやら彼女は少し前から自分のことを呼んでいたらしい。

 しかしのんきにそう返事をしたヴィクターとは対照的に、クラリスの表情には焦りが浮かんでいた。


 それもそうだろう。彼女が指をさしたその先。あれは――遠くに見えたオレンジ色の空。もくもくと立ち込める煙は灰色で、煙の合間には真っ赤に燃える火の手が。

 町は、彼らが離れていたたったの数時間の間に、戦場と化していたのである。

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