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災禍の魔法使いは恋慕の情には慣れていない  作者: 桜庭 暖
第1部 第3章『盲目的ラブロマンスは犬も食わない』
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第53話 白い小悪魔は愛の伝道師を自称する

「ら、らぁぶ……? えっと、アナタは……」



 おそるおそるクラリスが謎の青年に問いかける。

 怪しい。見た目の不自然さもそうではあるが、そもそもこんな声のかけ方をしてくる人間にろくな奴がいるはずがない。これが道化師の見た目をしていれば、まだ受け入れるのも楽に思えただろう。


 隣のヴィクターはじっと青年の動向を観察していて、口を挟む様子はない。への字に曲がった口元からは、せっかくのクラリスとの食事の予定を邪魔されたことへの怒りすら感じとれる。

 しかし青年はそんなこちらの様子はまったく気にしていないのか、クラリスの問いを受けては上擦った声と共に、大仰に両腕を広げて見せた。



「よくぞ聞いてくれました! 俺の名前は()()! 人々の愛……すなわち()()()を司る恋のキューピッドであり、世界中に愛を届ける伝道師。それがこの俺なのさ!」



 怪しさは限界点を突破した。

 ラヴと名乗ったその青年は、決めポーズなのか自身の右目に被せる形でピースをすると、華麗なウィンクをキメる。

 しかしそんなポーズをとられたとて、反応には困ってしまう。クラリスからしてみれば、彼の言動は全てにおいて、まったくと言っていいほどに意味が分からなかったからだ。



「えっ? な、なに……キューピッド? 伝道師? どういうこと……?」


「クラリス。こんな()()戯言(たわごと)、真に受ける必要はないよ。放っておけばいい」



 そう言ってヴィクターはさっさと店に入ろうとするが、彼の言葉を聞いたクラリスはそれどころではない。

 その言葉には、明らかに聞き捨てならない単語が含まれていたからだ。



「魔獣!? ヴィクター、冗談だよね。それってこの人のこと……を言ってるの? どこからどう見ても、人の見た目をしているけれど……」



 チラリとクラリスがラヴへと視線を向ける。

 たしかに人間離れをした妖艶さのある容姿ではあるが、頭のてっぺんからつま先まで、どう見たとしても彼は人間だ。腕がたくさんあるわけでも、口がバツ印に開くわけでもない。

 しかしクラリスの抱えた疑問の答えは、当のラヴ本人の口から放たれた言葉によって語られることとなった。



「なぁんだ。お兄さん、そういうの分かるタイプの人かぁ。つまんないの。そうだよ、俺は魔獣。愛を司る魔獣――すなわち悪魔ってやつさ。残念ながら、まだまだ見習いだけれどね」



 ラヴは頭の後ろで手を組むと、不満げに口を尖らせてもう一度改まった自己紹介をする。その仕草や表情は、やはり人間そのものだ。

 するとクラリスは背伸びをして、なるべくヴィクターにだけ聞こえるようにこそこそと耳打ちを始めた。

 ヴィクターも彼女の負担とならないよう、少しだけ体を傾ける。



「ヴィクター、本当に冗談じゃないの? 魔獣って、もっと化け物とかペットショップにいるやつみたいな、変な見た目をしてるイメージがあるんだけれど……しかも悪魔って」


「キミがそう思うのも無理はないね。だが、コレの言っていることは間違いでも作り話でもないよ」



 クラリスの気づかいにも関わらず、ヴィクターの話すトーンはいつものままだった。

 ここ最近にクラリス達が出会った魔獣はといえば、それこそ蜂人間のように身体は人間に近くとも自分達とはかけ離れた生態系のものや、『エイダ』のように元々は人間であったものが変貌し、人ならざるものとなってしまった姿だ。

 彼女が少なくとも、魔獣に対して良いイメージを持っていないのは当然のことである。



「クラリスは初めて見るかもしれないが、魔獣にも種類があるんだよ。その中でも極小数、知性があり、意思の疎通ができて、我々にそっくりな容姿をしているものを、ワタシ達人間は()()()天使や悪魔と呼ぶ。こういうのはいるだけで周囲に影響を及ぼす災害だ。関わらない方が身のためだよ」


「周囲への影響……それじゃあ今ここで起きてる喧嘩って、もしかしてこの子が……?」



 そう疑いをかけられるのも仕方がない。なにせ今のヴィクターの話から推測すれば、この突然変貌してしまった町民達の原因は目の前のラヴにあると考えるのが自然だからだ。

 しかし当のラヴは首をぶんぶんと横に振ると、彼女の発言を真正面から否定した。



「ちがうちがう! 言ったでしょ。俺は愛を司る魔獣。それでもって見習いなの。まだ力が弱くて誰にもラァブ()を届けられてないだけで、今からひとりひとり説得するところなの!」


「見習いなんて話、聞いたこともないがね……まぁ、どこかに行ってくれるのならそれでいいよ。早く消えたまえ」


「ふーんだ! ラァブ()の足りない頭でっかちなんて、こっちから願い下げだね! ばぁか!」



 そう彼の語る(ラァブ)とはかけ離れた言葉を吐き捨てて、ラヴは町の奥へと走り去ってしまった。

 ヴィクターはなにか気に障ることがあったのか、口元をピクリと動かして反論したげな様子だったが、相手はもう去ってしまった後だ。

 彼は行き場のない感情を抑え込むと、ひと呼吸間を置いてからクラリスへと向き直った。



「……魔獣と意思の疎通ができるというのも、これはこれで考えものだね。ほら、クラリス。アレのことは忘れてお寿司を食べに行こう。周りも落ち着いてきたみたいだし、キミが気にすることでもないよ」


「うん……そうだね。ラヴくん、大丈夫だといいんだけれど……」



 周囲で喧嘩をしていた人々は、ラヴが説得するまでもなく落ち着きを取り戻しはじめていた。

 そもそもどれもが些細ないざこざだ。時間が経てば自然と仲直りをして、元の関係に戻るものである。


 当初の予定通り、見慣れた看板の回転寿司店に入った彼らは――いや、ヴィクターは。席に着くなりテーブルの上が埋め尽くされるまでに皿を広げ、そしてクラリスはその量に絶望した。

 目の前にあるこれらは彼女が頼んだものではない。ヴィクターが次々に手に取った、食べ切れるかも分からない寿司の山だったからだ。



「クラリス! またお寿司が運ばれてきたよ! すごいね。行進してるみたいで面白い。これも見たことないから食べてみようかな」


「ちょっとヴィクター……お皿取るのはいいけれど、ちゃんと残さないで食べてよね。私はお味噌汁注文するけど、アナタは?」


「いる」



 真剣な目はレーンに向けられたまま、ヴィクターは簡潔にそう答えた。

 クラリスの思った通り、彼はレーンを流れてくる寿司をえらく気に入ったらしい。どうやらポピュラーなネタ以外を食べたことはないのか、知らない名前の寿司が流れてくる度に手に取ってしまうから困りものである。


 ――本当に食べきれるのかな……どこかでストップかけないと、延々にお皿が増えちゃいそう……


 ヴィクターが少食なのはクラリスもよく知ったことだ。彼の食べきれなかった寿司が自分に回ってくることを考えれば、下手に注文をとることで胃のキャパシティが超えてしまうことは避けなければならない。

 とてもではないが、この座席の見えない場所に隠したタッチパネルを渡すことなど、クラリスには恐ろしくてできなかった。



「ねぇクラリス。メロンも取っていい? あとポテトも食べたい」


「それはお願いだから、一度このテーブルの上のものを食べきってから考えてちょうだい……」



 この量だ。とっくに周りのテーブルからも奇異の目で見られている。

 そして席にフォークが常備されていないこの空間において、箸の扱いが苦手なヴィクターの食事は驚くほどに遅かった。


 ――もう……結局二貫乗ってても一貫ずつしか食べてないじゃない。しょうがない。色々食べ比べできる機会だと思って、私も頂こう。


 とにかく皿を空けて積んでいかなくては、このテーブル上の渋滞は解消されない。

 どうせ自分の食べたかったネタも目の前にはあるのだ。

 クラリスはこの状況を割り切ることにして、早速目の前で自分を待つマグロの寿司に手をつけることにした。

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