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災禍の魔法使いは恋慕の情には慣れていない  作者: 桜庭 暖
第1部 第2章『賞味期限切れの魔法は腐った果実の味がした』
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第48話 爆散。愛の力は熱く輝いて

 神というものを信じているのならば、きっとこんな偶然を女神が微笑んだとでも比喩するのだろう。

 しかし無神論者のヴィクターにとって、そんなものがいくら手を差し伸べてこようと興味はない。なにせ彼が手を取る相手はただ一人だけ――



「――エイダちゃん! こっちだよ!」



 そう遠くない場所から聞こえた声に、『ミニエイダ』達が反応する。

 反応を示したのはヴィクターも同じである。なにせその声は――彼が今一番聞きたかった人物のものだったからだ。



「ヴィクター、大丈夫!?」



 瞼を開くと、どこかへ集団で移動していく『ミニエイダ』の流れに逆らって、クラリスが駆け寄ってきた。

 どうやらクラリスが引き連れていた個体とヴィクターの周りを囲んでいた個体は、皆同様に彼女の投げたチョコレートに引き寄せられていったらしい。

 ひとつか、ふたつか――いや、あの数を引き付けているのだ。全て使ったのだろう。あんなにも食べるのを楽しみにしていた、お高いチョコレートだったというのに。



「……あれ、クラリス? なんで……」


「なんでって、アナタが呼んだんでしょ! 声が小さすぎて、一瞬私の聞き間違いかと思っちゃったんだから。ほら、立てる?」


「ん……そっか。ワタシの声、聞こえていたんだね……」



 腕を引かれて、クラリスにもたれかかりヴィクターが立ち上がる。重いだろうに、彼女は不満ひとつ零さずに彼の体重を受け止めていた。


 ――あれ?


 肩を支えられて、不意に近づいたクラリスの横顔にドキリとする。まではいいのだが――それよりも、この時ばかりはさすがのヴィクターでも驚きが勝った。

 今、不思議なことにすんなりと立ち上がることができた気がする。さっきまであれだけ力が入らなかったのに、だ。

 きょとんとした顔でヴィクターが見てくるので、クラリスもつい同じ顔で首を傾げてしまった。



「どうしたの、ヴィクター?」


「あーいや、なんか……キミの顔を見たら大丈夫になった、かも」


「えっ? ……まさかこんな時に、仮病?」



 あからさまに怪訝な面持ちでクラリスが見上げる。心配して来てくれたことを思うだけに、いたたまれない気持ちが強い。

 そういえばクラリスの顔も鮮明に表情まで見えるし、吐き気は相変わらずだが耐えられないほどではない。

 動くことが、できる。



「ちがっ……本当にさっきまで立てないくらいで……そう、これはきっと愛の力だね! クラリスを想う愛の力が、ワタシを奮い立たせてくれたに違いない!」



 我ながらに苦しい言い分だ。

 意図せず耳まで熱くなるが、しかしあながち間違ってもいない気もする。だってそうだろう。好きな人の前で、一日の間に二度もかっこ悪い姿など見せたくないのだから。

 パッと両腕を広げて、必死に弁明するヴィクターが面白かったのだろう。クラリスは安心したようにくすりと笑った。



「もう……なんでもいいけど、大丈夫なら良かったわ。それで、ヴィクターの方の状況は? 私、今のチョコでエイダちゃん達の気を引けそうなものは最後だったんだけれど」


「それなら問題ない。弱点は引きずり出した。あとは……ぶち込んでやるだけだよ」



 そう言ってヴィクターがステッキを握りこむと、バチリと音を立てて苺水晶(ストロベリークォーツ)の周りで光が弾ける。



ちょこれいと(ましゅまろ)?』


『ちょこれいと、あまいね』


『あまいね、あまいね。ましゅまろ』



 するとタイミングを合わせたかのように、ダウンしていたはずの『エイダ』の首が持ち上がり、チョコレートを食べ終えた『ミニエイダ』達が一同にヴィクターとクラリスの方へと振り返った。

 無意識に後ずさりするクラリスと入れ替るようにヴィクターが前に出る。



「よく目に焼き付けておきたまえ、クラリス。今のワタシの言葉がいかに本心だったのか。そしてキミの存在がどれだけワタシに力を与えてくれたのかを」


「あっ、ヴィクターちょっと待って。行くなら私が離れてか――ぎゃっ!」



 その刹那、閃光がクラリスの目の前で弾けた。


 ――目がおかしくなったらどうしてくれるのよ!


 あまりの眩しさに目を閉じると、すかさず遠くで聞こえる爆発音。

 チカチカと眩む視界にクラリスの目が慣れた頃には、ヴィクターは――空を飛んでいた。

 まず彼が処理にかかったのは眼下の『ミニエイダ』達だった。クラリスが一箇所にまとめてくれたおかげで、ようやく彼女を巻き込むことなく相手することができる。



「……そこだね」



 狙いを定め、ヴィクターは『ミニエイダ』達の()()へと降り立った。その場所は、先程クラリスがチョコレートを投げ込んだまさにその中心地。

 空から人が降ってきたことに驚いたのか、『ミニエイダ』達が人間の群衆かのようにどよめきたつ。ぐるりと三百六十度、隙間なしに沸く魔獣の鳴き声。囲まれてはいるが、今度は先程までと状況が違う。


 落ちた時の衝撃で、ステッキの先端は地面へと突き刺さっていた。

 そして行儀など気にもせず、ヴィクターは石突の部分に足を乗せるとニヤリと口角を上げて――



「――BANG!」



 瞬間、彼の声に合わせて流れでた魔力により地面が――『ミニエイダ』達の足元が、轟音と共にサークル状に爆発を引き起こした。

 地中から発生した熱と衝撃が魔獣達の身体を突き上げる。

 その爆発の威力は柔らかい魔獣の腹を突き破り、ゲル状の全身はぐつぐつと煮立った湯のごとく泡と煙を上げ――これ以上生物としての形を保つことができずにあえなく飛び散った。


 これではまるで、凄惨なテロでも起きたかのようだ。

 ぐちゃぐちゃになった地面、焼けたことでさらに酷い悪臭を放つ魔獣の腐った身体の残骸。むしろ火が通った分マシになるのではないかとも思ったが、まったくそんなことはなかった。



「小さいのは、これで全部。あとは……」



 爆発現場の中心地に、既にヴィクターの姿は無い。あの爆発の衝撃に乗じて、彼は再び空へと飛び上がっていたのだ。

 もちろん、目指す落下ポイントは『エイダ』の弱点。その背中に他ならない。

 しかし彼女も先の攻撃にて、自身の弱点が剥き出しとなってしまったことには気がついているのだろう。激しい点滅を繰り返す無数の触角は迎撃のため、照準を空中で自由な身動きが取れないヴィクターへと向け、その大口を開いた。



ましゅまろ(おにいさん)あまいね(たべて)


「……いいや、もうこれ以上はお腹いっぱいだよ」



 気味の悪いいくつもの『エイダ』の鳴き声に混ざって、エイダ本人の声が聞こえたような気がした。聞き間違いかと想ったが、きっとそうではない。

 ヴィクターは一秒間にも満たない動揺の後、短く息を吸ってステッキを構え直した。高度は最大。あとは真っ逆さまに落ちていくのみ。


 ――さて、ただでは殺らせてくれそうにないな。


 『エイダ』の触角から、次々とジャム()の塊がヴィクター向けて吐き出される。ひとつ、ふたつ、みっつ、数えている暇はない。

 ヴィクターが右手で指を鳴らすと、彼の周りに何十個もの紫色のガラス玉が現れた。大きさは大玉なキャンディと同じくらいだろうか。


 ガラス玉はふよふよと頼りのない動きで浮遊していたが、パチン。もう一度指を鳴らせば、それらは『エイダ』の酸の弾と同等――いや、それ以上の速さで正面から向かい来る凶弾を迎え撃った。

 まるで自我を持っているかのように、ジグザグの軌道を描くガラス玉達は獲物の位置を的確に捉え、貫いていく。



「――ッ! ……えっ? わっ、綺麗……」



 そう場違いな声を上げたのは、広場の端まで避難をした地上のクラリスだ。

 彼女の目に映っていたのは、夜空に咲く美しきいくつもの花火であった。『エイダ』の酸の弾と、ヴィクターのガラス玉が衝突したところから順に、赤い光の花が咲いていくのだ。


 ひとつの獲物を捕らえたガラス玉は、次から次へとヴィクターに迫り来る酸の弾へと身を(てい)して突撃を繰り返す。その度に咲く、目を奪われるほどの大輪。

 その全てを無効化することに成功した時。ガラス玉は役目を終えたのか、煙の中で小さな亀裂を発し、粉々に割れて消え去った。

 そして入れ替わりに煙の中から現れたのは、この花火に引けを取らぬほどに美しい男。



「終わりにしよう」



 ヴィクターは苺水晶(ストロベリークォーツ)を前方に突き出して、まっすぐに『エイダ』の背中の瓶へと落ちていく。

 しかしそう簡単にいくこともなかった。突然仰け反る姿勢をとった『エイダ』が、ほとんど無いはずの頭を目いっぱいに伸ばしてきたのだ。

 その様子は自身の弱点を守るための防御行動のようにも見えるが、彼女の身体の特異性を考えればそれが一転、攻撃に変わることをヴィクターはよく分かっていた。



「往生際の悪い魔獣だねッ!」



 彼がステッキへ魔力を込めると、白い光がバチバチと音を立てて宝飾を彩った。そして――



『――ッ! ――、――!』



 『エイダ』へ向けて放たれたのは、身を引き裂かれるほどの衝撃波だった。

 ヴィクターから直下する形で、彼女の頭――人間でいえば顔の真ん中だろうか。そこにはもう一度、ドデカい穴が開いていた。

 すかさずヴィクターが穴を通ってエイダの背中へと潜り込む。

 フィナーレの準備だ。苺水晶(ストロベリークォーツ)には熱が籠り、魔力放出の予兆から全身の体温が上がっていく。



「……ん?」



 そこへ水を差すように、ぽたり、となにかがヴィクターのコートの袖へと落ちてきた。途端にジュワリと音を立てて生地が異臭と煙を上げる。

 上空を見上げれば、今しがた通ってきた『エイダ』の穴の縁から、ポタポタと彼女の体液が溶けた酸の雨が降り注いでいた。それどころか、徐々に穴は小さくなっていっているようにも見える。


 ――今さら修復しても遅い。どんな手を使ってこようと、その前にこちらが瓶を壊してしまう方がはや――


 放出は寸前だ。あとは先端が瓶にぶつかる、それだけ。

 だがそのわずかな間は、相手に最後の悪あがきをさせるには十分な時間だった。



「――ッ! 待て、まさかワタシ諸共巻き込んで死ぬ気かね!」



 『エイダ』の背中の両端から、彼女の頭にあったものと酷似した何本もの触角が天へ向けて急激に伸びていく。その行先は今しがた修復を終えたばかりの、自身の頭の端々であった。

 はたから見れば、まさにヴィクターの姿は鳥籠に入れられた小鳥のようであっただろう。

 しかしこの籠が実際には縦だけではなく、横にも伸びていたことに気がつくのが遅れたことは、単にヴィクターの注意不足。それだけだった。



「ヴィクター!」



 ()からクラリスの声が聞こえる。

 籠は触角同士がそれぞれ隙間を補うように広がっていき、瞬きもしないうちに中の空間は完全に密閉された球体となってしまった。

 つまり、これから来る魔力放出に伴う爆発から――ヴィクターの逃げ道が絶たれてしまったことを意味する。

 止められるか。いや、今さら放出寸前の魔力を止めることはできやしない。



「――チッ」



 広くはない密室の中に小さな舌打ちが響く。

 そして宝飾が『エイダ』の瓶へと触れた瞬間――広場を丸ごと吹き飛ばしてしまうほどの大爆発が、町全体を大きく揺らした。

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