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災禍の魔法使いは恋慕の情には慣れていない  作者: 桜庭 暖
第1部 第2章『賞味期限切れの魔法は腐った果実の味がした』
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第32話 そのクッキーは『なに』からできている?

 残念ながら、昨日の場所にエイダの姿は無かった。それどころか町中に出店している露店や二人が訪れたあのカフェでさえ、今日は人足が少ないのかランチタイムにも関わらず閑古鳥(かんこどり)が鳴いている。

 今回のスイーツフェアに参加している店はもちろん、そうではないレストランやビルだって、観光客がいるならば日中はうんと混み合うはずだ。しかし不気味にも静まり返った町の様子――確認をせずとも、本来いるべき客足がどこへ向かっているのかなんて、容易に想像することができる。



「うーん……エイダちゃん、ここにはいないみたい。もしかしたらまた場所を変えたのかも」


「それなら一昨日いた場所に行ってみるとしよう。あっちは通り沿いだからね。仮にいなかったとしても、歩いているうちに運良く見つけられるかもしれない」



 ヴィクターの提案に、クラリスは頷いた。

 はたしてエイダはどこに行ったのだろうか。最初は妙なワゴンがあると思う程度だったが、今となっては彼女の()()()()()に、とっくにスモーア全体が巻き込まれていると考えた方が自然だろう。

 もしかしたら、異常を聞きつけた町の権力者や自警団が既に動いているかもしれない。しかし……この様子では期待をするだけ無駄だろう。なにせ今だって見回りの警備員一人ですら見当たりやしないのだ。あのクッキーがどこまで出回っているのかなんて、クラリス達には知る由も無かった。



「……ねぇヴィクター。エイダちゃんがみんなを魔力中毒にしてまでクッキーを売るのって、なんでだと思う? あの子の話を聞いた感じ、お金目的ではなさそうだし……みんなを幸せにしたいっていう純粋な想いは本当だと思うの」



 気を取り直して、通りに戻ってエイダとワゴンを探す途中。ふと思い立った様子でクラリスがヴィクターに問いかけた。



「Hmm……そうだね。きっと、キミの意見こそがレディにとってのきっかけ(純粋な想い)であり、目的(みんなの幸せ)だったのは間違いないのだろう。しかしワタシが思うに……今回問題となるのは、その過程と結果(どうやって叶えたか)の方だ」


「過程と結果?」



 クラリスが不思議そうにヴィクターを見上げる。するとなにか言いづらいことでもあるのだろうか。彼は少しの間黙り、自分の意見をクラリスに話していいものかと思案しているようだった。

 それから考えること数秒。次にヴィクターの口から飛び出たのは、意外な質問であった。



「……クラリスは、あのクッキーは()からできていると思う」


「えっ? それは、薄力粉とかバターとか……いや、でもアレがエイダちゃんの魔法でできているとしたら、ヴィクターが言っていた魔力そのもの……?」



 そう。それこそが昨日、ヴィクター自身が話していた内容。カフェでの話し合いの際、彼はエイダのクッキーが彼女の魔力そのもので作られているのではないかという仮説を立てていた。

 もちろんヴィクターがその仮説自体を否定することは無い。しかし彼はいつものようにクラリスの記憶力を褒めるようなことはせずに、彼女の答えを聞き流しては歯切れが悪そうに次の話へと移っていった。



「うん……まぁ、とりあえずそれでいい。じゃあそんなエイダくんの魔法()()で生み出されるクッキーっていうのは、いったい一日にいくつ程だとキミは思う」


「いくつだなんて……百とか、二百とか? でも一つの袋に十個くらい入ってるとしたら、その十倍以上はあるだろうから――」


「答えは()()だ」



 自分が振ったにも関わらず、クラリスが考えている途中でヴィクターは自らそう答えを明かした。彼女が眉をひそめるのも当然のことである。



「ゼロ? なんで? だって実際にエイダちゃんは、自分の魔法で作ったクッキーをスモーアで売り歩いているのよね。それがゼロになると、今まで私達がしてきた推測は全部間違っていたってことにならない?」


「……クラリス。キミは大変愛らしく、聡明ではあるが……まだ魔法使いの世界についての理解は浅いらしい。一度質問を変えよう。――エイダくんの使う魔法は、どんな魔法だと思う」


「それは、ずっと言っていたようにクッキーを生み出す――」


()()。それで済むのならば、金銭目的ではない彼女が、わざわざ客を中毒症状に陥らせるためにクッキーに魔力を込める必要なんてない。つまり、そうしないといけない理由がエイダくんにはあったということだよ」



 そう話すヴィクターの目は、クラリスが口を挟むことができないほどまでに真剣だった。

 たしかに彼は昨日、確証がない()()だと言って、一度エイダの魔法に関する話題を中断している。それが今こうして、続きを話す気になったということは――


 ――この一晩の間に、確証を得るなにかがヴィクターの中にあった……ってこと?


 それはこの異常事態における、ひとつの核心へと触れるためのピース。自然と背筋が伸びる感覚に、クラリスは無意識にヴィクターの次の言葉を待っていた。



「いいかい。エイダくんは魔法でクッキーを作り出す。それ自体は間違いない。もちろん悪意など無い、純粋な想いからやっている行為なのだろうね。だがその製造工程は、ただその場にできたてのクッキーを生み出すだけのものではない。通常の菓子作り同様、材料が必要なんだ」


「つまり……エイダちゃんの目的は、その材料……」


「そう。ワタシの考えでは……エイダくんの魔法というものは、彼女の作ったクッキーを口にした人間に対して、効果を発揮する魔法なのではないだろうか。ましてやそれが、摂取量と時間に応じて、人間そのものを変質させる効果があるとすれば……過程(材料)結果(客の幸せ)のサイクルを作り出すために、客を魔力中毒にして何度も通わせるのにも納得がいく。クラリスも先程異変は感じたばかりだろう。ワタシの体から、彼女のイチゴジャムの香りがしたという異変を。……それをふまえて、最初の質問を考え直してみるといい」



 ここまで丁寧に前振りをされたのだ。ヴィクターの言いたいことは、クラリスにはもう分かっている。



「クラリスは、あのクッキーは(ダレ)からできていると思う」


「……」



 彼女は答えなかった。その考えを口にすることが、なんともおぞましかったのだ。それが分かっているのかヴィクターがそれ以上を言うこともなく、二人の間にはしばらく気まずい沈黙だけが流れ続けていた。


 ――もしも、あのジャムが人の体の中で作られていて……エイダちゃんがそんな人達からジャムを回収して、新しいクッキーを作っているのだとしたら。どんな理由があったって、きっと正しいことではないはずだよね。でも……


 本当にそんなことが起こり得るのだろうか。他人の体の中で作られた未知の物体を、そのまた他人が口にする。料理とも呼べない、そんな非人道的な行為を年端もいかない子供が行っているだなんて。

 魔力に呑まれるとは……ただの人間が魔法使いになるということは、そんなにも恐ろしいことなのだろうか。


 ――ううん。考えすぎてもしょうがない。まずは私にできることをやろう。絶対にエイダちゃんを説得して、みんなの魔法を解いてもらわないと。答え合わせはそれからだ。


 どれもこれもがエイダに直接聞いたわけでもなければ、まだクラリス達の想像の域を出てはいない。

 気持ちを切り替えろ。胸につかえたモヤモヤを吹き飛ばすように、クラリスは自身の頬を叩いて気合いを入れ直した。――そんな時である。



「わぷっ! ……ちょっと、ヴィクター。急に立ち止まるなって言ってたのはアナタじゃない。いったいどうしたの?」


「クラリス。アレを見たまえ」



 急に止まったヴィクターに衝突し、クラリスが抗議の声を上げる。いくら自分も上の空だったとはいえ、この身長差ではヴィクターの背中はほぼ壁だ。弾みで尻もちをつかなかっただけ、まだ良かった方だといえるだろう。

 だが……クラリスはヴィクターが立ち止まった理由をすぐに理解することになる。()()と言って彼が指を指した方向に目をやると、その光景はすぐにでも彼女の目に飛び込んできたのだ。


 ――なに、あれ。


 年に一度のスイーツの祭典、スモーア・スイーツフェア。この催しの開催を聞いて、わざわざ遠くから訪れていた観光客だって数多くいたことだろう。だがそんな彼らも、この光景を見たらきっと残念がるに違いない。なにせ――



「まさか……エイダちゃんがいるのって、あの人達の中……?」


「そのまさかに違いないだろうね。あの中心から、鬱陶しいジャムの香りがプンプン臭ってくるよ」



 この町で盛り上がっている唯一のワゴンは、広場を埋め尽くす程の人々に囲まれていた。その数は昨日、一昨日の比ではない。その姿はまるでライブや街頭演説を観に集まった観衆のようである。

 その上、クッキーの影響だろうか。客は皆一様に興奮しきっているらしい。怒号を上げるどころか、そこかしこで殴り合いや掴み合いが起きている。さすがに死人が出ているとは思いたくないが、怪我をしている人間くらいはいるだろう。



「……さて、クラリス。ワタシの考えが正しければ、この件はかなり厄介だ。もしかすれば、キミの心に傷を負わせてしまうことになるかもしれない。それでも、キミはエイダくんを助けたいと……彼女の一時の幸せを奪いたいと。そう思うのかね」



 ヴィクターが真剣な声音で問いかける。

 これがエイダの語っていた『彼女が作ったクッキーで、たくさんの人を幸せにしたい』という夢が叶った末の光景。本当にこんなことを彼女は望んでいたというのだろうか。



「……うん。怖いけど、ヴィクターがいるから大丈夫。あの中でエイダちゃんはもっと怖い思いをしているかもしれないし……私は全員助けたい。さっきの話を聞いて、今更引き返せるものですか。それに頼まなくたって、私が危ない時はヴィクターが守ってくれるんでしょ?」


「HAHA! 当たり前だろう。人間だろうが魔法使いだろうが、クラリスには指一本すら触れさせないに決まっている。世界で一番の腕を持つ魔法使いが隣にいるのだということを、キミはしっかりと心に刻んでおきたまえ」



 ヴィクターがステッキを呼び出し、臨戦態勢に入る。

 覚悟を決める時だ。クラリスは一度大きく深呼吸をすると、意を決して怒号飛び交う広場の中心へ向けて足を踏み出した。

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